第6話『崩壊の地、再び動く影』
廃城が遠くに霞む。
灰色の空はまだ晴れず、風が二人の足跡を消していく。
「……ここから、どこへ向かうの?」
ミラの問いに、リードはしばらく沈黙していた。
その瞳は、何かを探すように地平線を見つめている。
「――北だ。
この地を焼いた兵器は、北の研究都市で造られた。
もし世界にまだ“動いているもの”があるなら……そこだ」
彼の声には決意が宿っていた。
罪を赦されても、心の奥の痛みは消えていない。
それでも彼は進む。もう、逃げることはできないのだ。
ミラはそんなリードの背中を見つめながら、静かに歩を重ねた。
---
しばらく進むと、崩れた街路の中央に黒い結晶が埋まっていた。
それは心臓の鼓動のように微かに脈打ち、異様な音を発している。
「これ……動いてる?」
「いや……“生きてる”」
リードが低く呟く。
次の瞬間、ミラの左目が淡く光った。
視界がぐにゃりと歪み、時間が逆流するような感覚に襲われる。
――燃える空。
――血に染まる地。
そして、瓦礫の中に立つ“リードと同じ姿”の者。
だがその瞳は冷たく、何かを支配するような光を宿していた。
(……これ、未来?)
ミラは思わず息を呑む。
「ミラ、目を逸らせ!」
リードが叫ぶが、その時には遅かった。
黒い結晶がひび割れ、地面から黒霧が噴き上がる。
低いうなり声。
人のようで人でない影が形を持ち、ゆらゆらと揺れる。
その群れは、言葉を持たないままリードたちを包囲した。
「……“無き者”だ」
「無き……者?」
「記憶を喰らい、過去を失わせる亡霊。
かつてこの世界を滅ぼした、本当の災厄だ」
リードは剣を構えた。
その刃が、かつての戦場のように淡く光を放つ。
ミラは怯えながらも彼の背後に立ち、左目で敵の動きを見極める。
「右、上から来る!」
「……見えてるな」
リードの動きは鋭かった。
一閃。
黒霧を纏った亡霊が斬られ、光の粒となって消える。
だがすぐに、次の影が現れる。終わりのない戦いのようだった。
その中で――
ミラの視界に、光の残像が映った。
焼けた街の中、笑う人々。
幼いリードを見守る仲間たち。
「……今度こそ、守って」
声がした。
ミラはその声を追うように左手を伸ばした。
刹那、彼女の左目がまばゆい光を放つ。
その光がリードの剣に流れ込み、刃が青白く輝いた。
「これは……」
「――行って!」
叫びと同時に、リードが地を蹴る。
光の軌跡が闇を裂き、“無き者”たちは次々と消滅していく。
やがて、すべてが静まり返った。
黒い結晶は砕け、灰となって風に消えた。
リードは深く息を吐き、剣を下ろした。
「……お前の目、まるで……」
「……“未来”を見たのかもしれません」
彼女の左目には、まだ微かな光が残っていた。
それは、過去と未来、そして二人の運命を繋ぐ光。
リードは空を見上げた。
遠くで雷鳴が響く。
その先に待つものが、希望か、再びの絶望かはまだわからない。
それでも彼は歩き出す。
ミラと共に。
――この崩壊した世界で、“生きる”ために。




