第2話『視界に映る記憶』
焚き火の残り火が、ぱちりと音を立てた。
洞窟の中は静まり返り、外の風の音だけが遠くで唸っている。
ミラは、微かに息を詰めながら目を閉じた。
痛みはまだある。けれど、あの時よりはずっと穏やかだった。
――眠れば、またあの夢を見るのだろうか。
そう思いながら、薄く目を開ける。
火の光が、揺らめく影を作り出していた。
リードは焚き火の前に座り、片手で刃物を研いでいる。
その仕草が不思議と落ち着いていて、恐怖よりも安堵を覚えるほどだった。
「……ありがとう」
ミラが小さくつぶやくと、リードは少しだけ肩を動かした。
「礼は要らん。まだ生きているなら、それでいい」
そう言って、彼は再び火を見つめた。
その横顔には、どこか深い哀しみの色があった。
そのとき――
視界の端が、ふっと白く霞んだ。
(え……?)
目の奥が焼けるように熱くなり、頭の中に誰かの声が流れ込む。
『……逃げろ! 森が燃える!』
怒鳴る声、泣き叫ぶ子供、燃え落ちる家々。
ミラの視界が急に“別の世界”に切り替わった。
足元には血が流れ、剣を握る少年の姿。
その胸には、奇妙な紋章が光っている。
(誰……この人……?)
息を呑むと同時に、映像がぷつりと途切れた。
視界が戻ると、焚き火の前のリードがこちらを見ていた。
彼の表情には、ほんの一瞬――驚きと、痛みが混じったような色が浮かんでいた。
「……見えたのか」
「いま、誰かが……剣を持って……」
「それ以上は言うな」
リードは低く言い、焚き火の炎を棒で突いた。
「その目は、俺の“記憶”を映す。
お前に渡した時点で、繋がりはできてしまった。
だが、過去は毒だ。深く覗けば、お前の心まで蝕まれる」
「でも、あなたは……あの子を助けようとしていた」
「やめろ、ミラ。それは俺の罪だ」
焚き火が激しく弾け、火の粉が舞った。
リードは静かに立ち上がると、洞窟の出口の方を見やった。
「もう夜が明ける。
外の世界を、見てみたいか?」
ミラは頷いた。
その瞳――片方は人の色、片方は異形の光を宿している。
そして、初めて夜明けの風が、彼女の頬を撫でた。
その瞬間、ミラの左目が淡く光り――
遠い記憶の中で、誰かが微笑んだ気がした。




