第一話『ゴブリンの青年』
薄暗い洞窟の中。
焚き火の赤い光が、岩肌にゆらゆらと揺れていた。
目を覚ましたミラは、全身を走る痛みに息を詰めた。
左の頬に、鋭い熱が走る。
指先で触れると、包帯の下がずきりと疼いた。
――あぁ、そうだ。盗賊に襲われたのだ。
あの炎と、笑い声と、叫び声が、耳の奥でまだ焼き付いている。
「動くな」
低く落ち着いた声が響いた。
声の方へ顔を向けると、そこにいたのは一人の青年。
だがその肌は緑色に染まり、瞳は黄金に光っていた。
人間ではない。
――ゴブリン。
恐怖で身体をこわばらせたミラに、青年はゆっくりと布を差し出した。
「飲め。まだ熱がある」
差し出された水の器は粗末だが、温もりがあった。
ミラはおそるおそるそれを受け取り、一口だけ口に含んだ。
喉を通る冷たさが、現実を引き戻す。
「……助けてくれたの?」
「そうだ。お前は死にかけていた」
「……どうして?」
「俺も、昔――お前と同じ“人間”だったからだ」
その言葉に、ミラは目を見開いた。
緑の肌の青年――リードと名乗るそのゴブリンは、静かに火を見つめていた。
片方の目を布で覆い、まるで何かを隠すように。
炎の音が弾けるたび、ミラの胸に小さな鼓動が蘇る。
人でなくなった者に救われた少女。
二人の運命は、ここからゆっくりと動き出す――。




