これは、多分どこにでもある、よくある話です。
ーーー今日はいい天気だなあ。昨日見つけた木陰で、刺繍を進めながら昼寝でもしようかな。うん、そうしよう。
雲一つない空を見上げて、心の中で今日の予定を決める。
瀧本玲奈。前世では、24歳だった。
元々は普通のOLだった私は、残業終わりに駅まで急ぐあまり道路に飛び出してしまったところ、運悪く無灯運転していた車に轢かれてしまったのだ。
痛みは覚えていないが、激しい衝撃があったことはなんとなく記憶している。
ぶつかった瞬間に意識を飛ばした私は、気がついたらこちらの世界、いわゆる異世界にきてしまっていたのだ。
異世界転生にもいくつかパターンがある。
元の姿形のまま転生する人、転生直前に女神様とやらに会って自分のスキルを付与される人、人格は転生前そのままに他人の肉体に乗り移る人・・・。
どうやら私は最後のパターンだったらしく、今はこちらの世界で16歳の少女として生きている。
幸いなことに転生した少女、 ニナ=バレンタインは相当裕福な家の生まれであった。意地悪な継母はおらず、気の乗らない婚約者と無理やり結婚させられることもなく、友人には恵まれ悪役令嬢なんかとは無縁の生活を送っている。(もちろんニナ自身も悪役令嬢ではなかったので、断罪ルートも回避できた。)
元いた世界ではアパレル店員だった私だが、こちらの世界での今の一番の仕事は、平日にしっかりと学校に通い、日々自由に過ごすことだ。特に私を喜ばせたのは、こちらの世界では老若男女普段から正装しており、皆ドレスを普段着として着こなしていることだ。社会人になる前には縫製の専門学校に通っていた私からすると、素晴らしい技術が惜しみなく注ぎ込まれたスカートの刺繍は、まさしく目の保養だ。おそらく私は今、前の世界よりも生き生きとしていることだろう。
そう、私の異世界ライフはまさしく順風満帆なのである。
ただ、一つだけのぞいて。
⦅レイナ!どこに行こうとしているのよ!あなた今日こそは王子の目に留まるようにしなさいよ!⦆
頭の中で、もう一人の私が大声を出す。
ーーー私の頭の中には、この肉体の前の持ち主が住み着いてしまったのです。




