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疾風

 動くたびに機械の悲鳴のような音が響く。その輪郭はぼやけ、電子的な粒子が不規則に漂っていた。

 ジャミングとの攻防戦は一進一退。双方、依然として決め手に欠けていた。


「テン、いけそう?」


 冷静な声の先で、ミヤビは静かに息を吐く。ジャミングからの一撃を食らって以降、データの消耗が激しいことには気づかないフリをしていた。


「もう少し粘ってほしいかも」

「了解」


 呼吸を整え、ミヤビは最後の防衛戦へと舵を切った。

 テンさえ守り抜くことが出来れば、勝機は必ずミヤビたちに向く。ハヤテコードを解析するなんていう荒業をテンがやってのけるのならば、ミヤビもそれに応えるしかない。

 ジャミングの動きは俊敏なままだが、ミヤビとテンの攻撃を受けて確実に消耗している。そろそろ相手の速さに視界が慣れてくる頃合いだった。


「……なんだ?」


 ミヤビの視線の先、テンの動きが一瞬止まる。そして、テンの表情が緩んだような気がした。


「う、わ!」


 瞬間、それまで息を殺していた獅子が目を覚ます感覚にミヤビは震えた。武者震いにも似た、身体の内側から戦意が掻き立てられる感覚。

 自身を横切ったオレンジの颯に、ミヤビの口角が吊り上がる。

 視界が追い付かない。その姿は、まさに風そのものだった。


「……ムメイ!」

「文句はハルに言って。……ハル、目標確認。ちゃんと見て」


 驚いたミヤビから視線を逸らして敵に向かい合うムメイを見て、ミヤビは喉の奥でクツリと笑う。

 付き合いも長い中で、ムメイのこんな姿を見るのはミヤビの中では初めてだった。

 無理やりパスを繋げば、その先に見知った協力者がいるではないか。


「ハルちゃん!俺のサポートもよろしく!」

「りょ、了解です!回線繋ぎます!」


 ムメイと繋いだパスをそのままハルへと接続し、ミヤビの視界は一気に開けていく。なるほど、非力なハルは視界補助役として役立つらしい。

 学年最高殲滅速度を誇るムメイと、ハルという俯瞰の目を手に入れたことで、戦況は一気に覆った。

 それがミヤビとテンにとって微々たる力だとしても、武器は多いに越したことはない。

 何より、この瞬間はチームなのだ。


「よし、じゃあ、最終防衛戦といきますか!」

「おー!」


 ミヤビの明るい声に呼応したハルの声に、ムメイはこめかみを押さえて顔を顰める。

 ガンガンと響く二人の声に、助けるんじゃなかったと後悔し始めていた。


「よし、じゃあムメイは俺の……」

「指示しないで。僕は勝手に動く」

「……はいはい、じゃあいつも通りで!」


 ミヤビの了承の声と同時に、ムメイは音速を越える速さでジャミングを追尾し始める。

 ムメイの動きに合わせてミヤビの攻撃はジャミングを徐々に追いこむようなものへと変化し、ムメイとの空中戦へと持ち込んだ。


「遅い」


 ただハルの頭の中に一言響いたムメイの声は、ブレイブエフェクトが激突する衝撃に飲み込まれていく。


「右、青」

「了解」

「赤」

「了解。ターゲット捕捉」


 淡々と交わされるムメイとミヤビの会話は、互いが互いの思考を読むように一言でも完結したやり取りを見せている。

 ハルは何が何だか分からなかったが、とにかく常人の域ではなかった。

 風の音が耳を切り裂く中、一瞬だけハルの視界に影が映り込む。それがジャミングであることに気が付き、真っ先に声を上げた。

 ムメイが死んでしまう。


「ムメちゃん、左からジャミング接近!」

「了解」


 ハルの必死な声とは正反対に、端的な言葉が返ってくる。力が抜けたハルはその場にへたり込んだ。

 頭の中では、またミヤビとムメイが淡々と情報のやり取りを続けている。

 ただ一言告げるだけで大変な作業を、あの二人はなんてことないようにこなすのだ。その凄さに恐れながらも、ハルは気を引き締め直した。

 一分一秒が命を削る戦いに、ハルも身を投じている。自分の目が、チームを守る要になるのだ。


「テンの解析終了まで一分切ったよ!」

「了解。撤退準備開始」

「了解です!最後まで気を付けて!」


 ミヤビの声に、ムメイが大きく後退する。着地した時に、彼のブレイブエフェクトの刃が床を引き裂いた。

 ムメイはその速さを持って最後までジャミングへの攻撃を緩めずに、ジャミングをテンの元へと引き付けていく。

 その様子を目に焼き付けるように、ハルはしっかりと戦況を見続ける。

 時折ジャミングは不規則な挙動をしているが、攻撃が効いている証拠だろう。


「右上、赤」

「了解」


 ジャミングからの攻撃を紙一重で躱しながら、ムメイは空間を走る疾風に狙いを定めた。

 ジャミングとムメイの攻防を目で追っていれば、ハルの耳元に小さな電子音が混じる。


「……タス、け」

「え?」


 その音が聞こえた瞬間、ハルの思考が止まる。聞こえた声は、ミヤビやムメイ、テンのものとは異なっていた。

 ハルは残り数十秒のタイムリミットを縫って、音の周波数を辿る。

 辿った先は、あのジャミングだった。


「あの人の声だ……!」


 ムメイが狙いを定める視線の先、ジャミングの方から声が聞こえた。

 助けて、と、か細い救難信号が発されている。


「解析まで残り三十秒!ムメイ、撤退!」

「了解。これより前線撤退、戦闘補助に入る」


 滞りなく進む戦況に、ハルはたまらず叫ぶ。


「待って!その人、生きてる!ジャミングじゃないんだ!」

「!」


 ハルの声に、それまでジャミングに相対していたミヤビとムメイの動きが止まる。その視線は状況を俯瞰してたハルの方へと向けられた。

 次いで疑うような目でジャミングを見たムメイの顔色が、ハッキリと変わっていく。

 遠い位置で重なった三人の視線が、焦りに変わった。


「おい、テン!」


 残り十数秒。ムメイの表情が崩れ、そこで初めて声を荒げた。

 テンのガーネットの瞳が揺れ、身体の周りに浮き出ていた電子文字が大きく脈打つ。その姿を見て、ハルは恐怖に蝕まれた。

 テンは恐らく、目の前のジャミングを破壊するために今まで解析し続けていた。今さら目の前のジャミングがジャミングではないと知るには、時間が遅すぎる。

 解析完了のアラートが鳴り、ムメイがテンの行動を止めようと一気に加速した。


「アカツキコード、起動」

「っぐ、あぁっ!」


 しかし、それはコンマ数秒の差で届かなかった。

 空間は大きくねじれ、暁の薄暗い光が辺りを包む。テンは目の前にいるハヤテコードの権限を奪い、破壊するためのプログラムを起動させた。

 アカツキコードに弾かれたムメイの呻き声が響き、その身体は受け身を取れずに床へ転がり落ちていく。


「ムメイ!」

「テンちゃん!」


 ミヤビはムメイの元へと走り、ハルはそれまで状況を俯瞰していた高台から予備動作無しに飛び降りた。

 それまでのジャミングよりも、圧倒的殲滅速度を誇るムメイよりも速い攻撃。サイバージの親とも言えるアカツキコードの正統後継者の一撃。

 止められるはずがなかった。

 暁を象徴する赤紫と青白い光がフロアを包み、空間を切り裂くようなデータの奔流がテンのブレイブエフェクトから溢れた。


「っ!」


 咄嗟に腕で目を覆う。防衛ネットワークを突き破るようなジャミングの絶叫が、ハルたちの脳みそを揺らす。

 ジャミングは一瞬の輝きを放った後、消滅することはなく崩れるように倒れ込んだ。

 破壊は、されていなかった。

 それが分かった瞬間、ハルはふらりと足元から力が抜けていく。その場に座り込んでしまう寸前、力強い腕に抱き止められた。


「う、あ……?」

「お疲れ、ハル」


 耳元を擽るのは、ジャミングの悲鳴ではなく、ハルの親友の声。女性にしては低い、心地いい声。


「テン、ちゃん……?」

「うん、そうだよ?」

「ジャミングは」

「とりあえずスリープさせたよ。あれ、まだジャミング化してなかったんだよね」


 はは、と軽く笑ったテンに、それまでの緊張の緩んだハルは一気に崩壊した。


「ああもう!テンちゃんんん!」

「おおおどうしたどうした」

「馬鹿ー!」

「ごめんて」


 一切反省の色が見えない謝罪に、ハルは泣きながらテンの肩を掴んで揺らす。

 そんなハルに続き、薄ら笑いを浮かべたミヤビとボロボロに負傷したムメイが無言でテンを睨んでいた。


「あー、ごめん」

「ジャミング化してないって分かってたなら最初から言ってほしかったな?」

「僕、止めようとしたんだけど」

「いや本当にごめん!私も残り数秒で気づいたから……」

「言い訳」


 報連相不足を咎める二人に、焦った様子で平謝りするテン。

 本気で怒った様子はないミヤビは早々にテンを許したが、一番最後に来たにも関わらず一番ボロボロのムメイは、機嫌悪そうに舌打ちをしたままそっぽを向いている。


「いや、ムメイが来てくれるとか思わなかったんだって……」

「助けるんじゃなかった」

「本当に!この通り!今度なんか奢るし!ほら、ブレイブエフェクトの新しいカスタム用意するし!」

「……それで釣れると思うなよ」

「釣れちゃったね」

「ミヤビ」

「はいはい」


 それぞれが安心したように会話を交わし、防衛ネットワークを閉じる。だんだんと校内のセキュリティカメラは回復していき、それまで非難していた生徒たちも続々と野次馬に来た。


「うわっ、人やばっ!あ、おーい!みんなー!」


 野次馬に流されて大きく手を振る女性の姿に、テンとミヤビは顔を引き攣らせた。ムメイの表情がより一層暗くなる。

 図ったようなタイミングで来た女性は、事実図ったのだろう。ニヤニヤとした悪戯な笑みを隠すことなくハルたちに近づいてくる。


「いや、凄いことになったみたいだねえ!」

「ミヨちゃん!」

「うんうん、ハルちゃんもしっかり自分の仕事を全うできたようで先生は嬉しいよ~!」

「ミヨ先生……」

「ミヤビくん、初期対応としてはバッチリ!自分の力を過信せずにテンちゃんへと頼ったのもベリーグッドでしょう!」

「ミヨ、見てたでしょ」

「テンちゃん!報連相が間に合わなかったのは仕方ないね!うん!あ、あとは解析速度をどうにか出来れば申し分ないかなあ!授業に組み込むわね!」

「……」

「ムメイくん、そーんなボロボロになるまで頑張ったのね……職員会議で報告しないと!先生、報連相は必要以上にする性格なので!」


 怒涛のマシンガントークに気圧された面々は、担任であるミヨに辟易としながら黙って受け入れた。

 どれだけ生徒を死地に追い込むような狂気的な性格だとしても、サイバージの教育者としては最高レベルの手腕を持っている。

 だからこそ、ハルはもちろんテンやムメイですら何も言い返せないのだ。


「さて、反省会はここまで!派手にやっちゃったから後片付けは先生に任せなさい!」


 ミヨの言葉に野次馬の生徒たちは段々と減っていくが、最後に残ったハルたちに振り返ってミヨはあっけらかんと口を開いた。


「そうだ、この子シンクロイド帰りなのよ。回復したら話聞いてみてね~」

「はっ?」

「君たち、次シンクロイド行くんでしょ?」


 ニヤニヤと笑うミヨに、何も言えずに黙り込む。

 今回の戦いは、どうやら無駄な戦闘ではなかったらしい。

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