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激突

 ハルとテンが現場に到着する頃には、既にハヤテコードの持ち主は暴走していた。周囲の生徒たちは逃げ惑う者や勇敢に立ち向かう者で入り組んでしまっている。

 ジャミング化したハヤテコードの持ち主は、豪風の二つ名に相応しく超高速移動で校内を縦横無尽に駆け巡り、電子機器を次々に浸食していく。

 校内のセキュリティカメラが次々と停止し、非常灯だけが残っている状況だった。


「悪い、遅れた!状況は!?」

「テン!」


 薄暗いデータベースの中でミヤビのサファイアのような瞳はギラギラと輝き、既にツクヨミコードを発動していることが伺えた。

 エフェクトボードを滑らせながらミヤビの横に急停止させたテンは、すぐさまブレイブエフェクトを顕現し起動させる。


「とりあえずジャミングが拡散しないように防衛ネットワークは敷いた。緊急警報は発動したけど、今日休暇の先生たちが多すぎる」

「あーこういう時に限って!……いい、とりあえず戦略出すからパス繋いで」

「了解」


 すぐに戦況を空中ディスプレイに展開したミヤビは、そのままテンへと共有していく。ミヤビの敷いた電子結界である防衛ネットワークにあわせて、フロア全体にゲージやアイコンが表示された。


「目標、ハヤテコード」


 ミヤビの声に合わせて、それまで浮遊していた照準マークが暴走したハヤテコードの持ち主へとフォーカスされていく。

 冷静にそれを見つめるテンと、集中するように深呼吸したミヤビ。静かな声が、フロアに響いた。


「目標捕捉……固定。ツクヨミコード、およびアカツキコードを認証完了」


 すると、ミヤビとテンの間に淡い紫色のラインが繋がれた。言葉を交わすことなく、データ上を介しての会話を可能にするための超高速伝達手段である。


「俺はいつでもいけるよ」

「オッケ。こっちもいける」


 準備が整った二人は赤と青の異なる煌めきを宿し、現在進行形で暴走し続けるハヤテコードを見据えた。


「一旦こっちでクラッシュさせるから、ミヤビは半月で」

「あれ、テンを守れって?」

「自分の身は自分で守る、って言いたいところだけど、ハヤテ相手だからなあ。お願い」

「スピード対決で俺が出るとか……ムメイじゃないんだから」

「代わりに戦闘以外は全部請け負うよ」

「よし乗った」


 その言葉を皮切りに、ミヤビの背中に月の文様が浮かび上がる。ツクヨミコード独特のエフェクトは、月の満ち欠けを彷彿とさせた。

 月相は三日月を越え、半月で止まる。


「じゃ、ヒーローしにいきますか」

「何それ」

「ハルの受け売り」


 クスクスと笑ったテンは最後にハルの方へと振り返り、片手をひらりと上げた。横にいたミヤビもハルに気づき、控えめに手を振る。

 テンの周囲には電子文字や幾何学的な模様が浮かび上がり、戦略コードとしての二つ名を持つアカツキコードを起動したことが分かった。

 ガーネットの瞳がジャミング化したハヤテコードを打ち破らんと視線を向けた瞬間、相手は音もなく消えた。


「テンちゃん!」


 ハルは思わず叫ぶ。音もなく消えるように動いたかと思えば、次の瞬間にジャミングはテンの背後にいたのだ。

 どす黒く変色したジャミングのブレイブエフェクトは、確実にテンを再起不能にするように、サイバージの急所である右手首へと刃を振り下ろす。


「……」


 しかし、ハルの声は一切聞こえていないようなテンは、その場で微動だにしない。

 ハルには、まるでその様子がスローモーションに映っていたが、実際彼女のガーネットの瞳は冷静にハヤテコードの動きを計算し、正確な攻撃予測を行っていた。

 ハヤテコードを通して、ジャミングの制御権を奪うために。

 振り下ろした刃がテンのサイバーチップへと届く。しかし、寸前でその攻撃は怒涛の斬撃に阻まれ、ジャミングは十メートル先へと大きく弾き飛ばされた。


「甘い」


 その声は、慣れ親しんだ柔らかなミヤビの声ではない。固く冷たい、サイバージの声。

 ミヤビの足元から淡い青の光の円が広がり、周囲の電子データを吸い込むように上昇していく。力を溜め込んだミヤビは、ジャミングの攻撃を真っ向から斬り伏せるように次の一呼吸で大きく飛躍した。


「テンの解析、邪魔しないで」


 戦闘時やジャミング浄化において、圧倒的な正確性と安定性を誇るツクヨミコード。万能型コードと呼ばれるそれは、戦闘においても優秀な動きを見せる。

 ミヤビのブレイブエフェクトを持つ手の動きが、攻撃を躱すものから攻撃を仕掛けるものへと変化した。


「クッ!」


 ミヤビがブレイブエフェクトを振り下ろすと同時に、ジャミングは疾風のように横に避ける。

 次の瞬間、ミヤビの視界が歪んだ。いや、ジャミングが速すぎて視覚が追い付いていないのだ。

 高速移動の際に分身のように見えるジャミングの動きは、動体視力が追いつかないミヤビを翻弄し続ける。

 すぐに刀を持ち直し、壁を蹴り上げてジャミングを追う。空中で一撃を食らい体勢を崩されるが、直後にテンの追撃がジャミングに突き刺さった。それでも数発しか当てられていない。


「速すぎる……」


 床を滑り、ハヤテコードを解析し続けるテンに攻撃を仕掛けるジャミング。それを阻止するミヤビ。

 テンの解析が終わるまでの防衛線はまるで永遠のようにも思えて、ハルは固唾を呑んで見守っていた。

 周りの生徒たちもあまりの戦況に圧倒され、一歩も動けなくなってしまっている。

 電子倭国を代表する一族に与えられるコード。それらが激しくぶつかり合った時の衝撃は、一般人にとっては災厄そのものでしかない。

 ただ才能のみでサイバージとなったハルと、生まれた瞬間から血統によってサイバージになる定めを持っていたテンとミヤビ。

 どちらがより強いかなど、聞くまでもない。

 学年最下位。自身に突きつけられた無力感に、ハルは唇を噛んだ。


「ミヤビ!」


 テンの鋭い声が、ミヤビの脳を揺さぶった。光の速さで伝わってくるテンの指示に、ミヤビはすぐに対応しようと視線を動かす。

 風を切る音が耳元で爆ぜた。

 次の瞬間、ミヤビの身体が吹き飛ばされる。ミヤビの視界に映ったのは、自分を追い越し、さらに彼方へと飛び去るジャミングの姿だった。


「ああ、速いな!」


 右手に握るブレイブエフェクトが青く輝き、電子的な波動を放つ。ミヤビは膝を折りながら刀を構え直すが、その刃が相手を捉えるよりも先に、また別方向から一撃を食らった。

 高速移動と同時に周囲の電子機器を操り攻撃してくるジャミング。予想外の動きに手こずり始める。


「ミヤビ!」


 ハルの声が防衛ネットワークを敷いた電子空間越しに響く。同時に、空間に文様のような青い光が広がった。

 そして、紫色のラインを通じて重なるテンの視界。


「上か!」


 ミヤビが咄嗟に頭上を睨めば、ジャミングの残像が虚空を駆け上がっていく。蒼天の刃が力強く振り下ろされると同時に、空間全体が火花を散らした。


「あっ、ぐ!」


 力は速さに押し切られ、ミヤビの背中に浮かび上がる半月の文様が点滅し始める。

 眉を寄せて攻撃に耐えるミヤビに、背後から仕掛けられた突風が直撃した。

 ミヤビの手が、力なく垂れていく。


「ダメ!ミヤビ!」

「おいおいおいおいおい馬鹿!逃げるぞ!」


 電子結界の張られた防衛ネットワークを叩きつけるようにミヤビの方へ手を伸ばす。

 その音に反応したのか、それまでミヤビにトドメを刺そうとしていたジャミングが不規則な電子音を立ててハルの方を向いた。

 横にいた上級生がハルを逃がそうとするように引っ張るが、ミヤビへの心配のあまりその場から動けなかった。

 ――しかし、そんな油断は命取りとなる。


「ハル!?」


 焦ったようなテンの声。次の瞬間には、ジャミングが電子の粒子のように弾けて、ハルの目の前で一気に形成された。

 目の前に現れたジャミングにハルは頭が真っ白になり、思わず身を固くして目を閉じる。


「っく……!」


 死ぬ。そんな絶望的な思考に、ハルの頭は塗りつぶされた。

 呼吸は浅くなり、バクバクと心臓が忙しなく動く。

 ジャミングはその腕を大きく振りかぶり、迷いなくハルへと攻撃を仕掛けた……はずだった。


「あ……れ?」


 数秒遅れて、空間を切り裂くような甲高い電子音がハルの耳を貫いた。

 ゆっくりと、固く閉じた目を開けば、眩い電子の光が視界に映る。

 次いで、ブォン、と空を切るブレイブエフェクトの音がした。ハルの目の前にはいつも以上に乱れたオレンジの袴。


「……何これ」

「ムメ……ちゃん?」

「何これ」


 機嫌の悪そうな低い声を出し、威圧するようにハルの方を振り向くムメイ。

 攻撃を受け止められたジャミングへ、ミヤビはブレイブエフェクトを逆手に持ち替え、一気にジャミングの懐へと踏み込んだ。

 そんな戦況に背中を向けたまま、ムメイは無表情のままでハルの前に立っている。


「……状況」

「は、はい!」


 大きなため息を吐いたムメイはボサボサの頭を掻きながら、吐き捨てるようにハルに命令した。

 その圧に気圧され、ハルはこれまでの状況を説明する。

 ハヤテコードの持ち主がジャミング化したこと、ミヤビに呼ばれたテンが加勢したこと、テンの解析が終わるまでは防戦一方になってしまうこと。

 拙い説明にもちゃんと耳を傾けたムメイは、大きな舌打ちを打ってその場に座り込んだ。


「えっ、えっ……ムメちゃん?」

「何」

「何って……助けに行かないの?」


 ハルの言葉に疑問符を浮かべたムメイは、視線を彷徨わせた後に胡坐をかいて頬杖をつきながら戦況を見守り始めた。


「僕の助けがいるなら最初から呼ぶでしょ」

「そ、それは……そうかも」

「要はテンの解析が終わるまでミヤビが持ちこたえれば良いんでしょ?僕よりミヤビのが持久戦向きだし、僕コード持ってないし」


 淡々と告げられる声は、まるでスポーツ観戦でもしているような気楽さだ。

 ムメイの反応にハルは緊張感を削がれ、テンとミヤビの方へと視線を向けた。

 ハルの目には、ミヤビとテンの攻撃と補助が一本の糸のように絡み合い、ジャミングの動きを確実に追い詰めているように見えた。しかし、それでも防戦一方なのか、と。少しの不安が胸を掠める。


「む、ムメちゃん……」


 ムメイを呼ぶハルの声は、いつもより震えていた。


「何?」

「このままで、いいのかな」


 胸につっかえる不安を口にすれば、ムメイは感情のない橙の目をハルに向けた。

 おそらく、テンの解析が終わればすぐにでもジャミングは抑えられる。いつも通り、テンやミヤビの個人としての能力の評価も上がる。

 だがしかし、そこにチームの意志はないのだ。

 個人としての能力は高い。だが、それまでだ。と言っていたカイの言葉がハルの頭に響いた。


「ミヤビが、テンちゃんが、大変そうなのに!」

「ジャミングを楽に倒せるわけない」

「違う!」


 ムメイの肩を掴めば、驚いたようにその瞳が揺れる。ムメイの瞳に映るハルの姿は、泣きそうなくらいに必死だった。


「助けにいかないと……」

「……」


 ムメイは静かに、無表情でハルを見つめる。

 その向こう側では、ミヤビとテンがジャミングと戦い続けていた。


「僕、コード持ってないんだけど」

「それは……」


 そう言いながら静かに立ち上がったムメイは、我関せずという様子で戦況を見守り続けている。

 コードはコードでしか相手ができない。ムメイも、もちろんハルも、それは痛いほど理解している。


「でもさ、コード保持者だかなんだか知らないけど」


 俯いたハルに投げかけられた無機質な声は、先よりも確かな温度を宿していた。


「僕、あれよりは速いよ」


 そう、言ってのけた。

 自信でも虚勢でもない、事実確認と言わんばかりのムメイの言葉は、何よりもハルを勇気づけた。


「ムメちゃん……」

「だから、ハルも手伝え。ハルが言い始めたんだから」

「え、あ、うん!」


 その切り替えの速さにワンテンポ遅れてついていけば、ムメイはぶっきらぼうな動きでハルとのパスを繋いだ。

 淡いベージュとくすんだ桜色のラインがムメイとハルの間に流れ、ムメイの思考回路が直接頭に入ってくる感覚に顔を顰める。


「む、ムメちゃん」

「何」

「私、どうすればいい?」


 防衛ネットワークをぶち破り、ハルの方へと振り返ったムメイは考えるような素振りを見せ、不敵に笑った。


「ただ、見てて」

「えっ見るって、その」


 心臓が跳ねる感覚に何度か頷いて誤魔化すが、ムメイは無表情だった顔を歪め静かに訂正する。


「いや、僕じゃなくて……戦況。ハルは僕の視覚補助役」

「あっ、えっ、そ、そうだよね!ははは……!頑張ります!」

「……まあ、頑張れ」


 一瞬呆れたような顔でハルを見つめたムメイは、防衛ネットワークの向こう側、ジャミングのもとへと足を進める。

 ムメイに続くように足を踏み入れたハルは、ブレイブエフェクトを握りしめながら言われたとおりに戦況を見渡せる高所へと飛躍した。


「いい?ハルはあくまで僕の視覚補助役。余計なことはするな」

「わ、分かってるよ」


 ライン越しに伝わってくるムメイの声に、怯えながら身を隠せる場所に着く。脳内に誰かの声が響く感覚はあまり慣れない。

 ハルの手は震えていたが、目の前で戦う仲間を見て何もしないわけにはいかなかった。


「……あの二人助ければ、ハルは満足するんでしょ?」 

「うん!」

「じゃあ、ちゃんと僕の役に立ってよ」

「了解です!」


 ムメイがハルの位置を目視で確認した時に、親指を立てて合図を送る。「合図はデータ通信で送ればいい」と説教をされたが、その声は穏やかだった。


「まずはテンを援護する。あいつが解析を終わらせないと何も始まらない」

「わ、わかった!」


 ムメイは容赦なく淡々と指示を送り始めた。パスラインを通じて共有された情報が、ハルの脳内を埋め尽くしていく。

 テンやミヤビの動き、ジャミングのパターン、その全てが見えるようになり、同時に自分の動きもムメイに伝わっていることを実感した。


「ハルのやることは簡単。僕がジャミングの相手をする間に、テンが安全に解析できるよう時間を作る。僕とミヤビのことは無視でいい」

「うん、わかった!」


 ハルは深呼吸し、自分の役割に集中する。自分にはコードがない。生まれ持った血統はない。

 それでも、この場でできることを探して必死に動いた。仲間を助けるために。

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