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作戦会議

「……実技訓練?」

「あ、本当に忘れてた感じ?」

「ほらね、ムメイが覚えてるわけないと思った」

「ははは」


 陶器のような滑らかな肌、胸まで届く淡いベージュの髪は無造作に束ねられており、最新のトレンドを押さえたサイバースタイルの袴をまるで部屋着のように着崩し、いつも通りスニーカーを引きずるように履いているムメイ。

 生徒の中でも一際目立つその容姿は、ともすれば可愛い美少年と持て囃されるものではあるけれど、いかんせん中身のほどは絵に描いたような冷徹なサイバージそのものである。

 ここにいる生徒たちは、政府の言葉を借りれば『電子倭国の盾』だ。ジャミングに立ち向かうための道具。その現実を意識しないようにしている者もいれば、徹底的に向き合う者もいる。

 それはおそらく、前者がハルで、後者がムメイ。


「まあ、別にいつだっていいけど」


 興味なさげに頰杖をついたムメイは、大きなあくびと共に遠くを見て黙り込む。横で朗らかに笑っていたミヤビは、ムメイの非礼を詫びるように口を開いた。


「それにしてもまあ、グループでの実技は久しぶりだね。ハルが来てから三回目でしょ?」


 天晶学館きっての好青年ミヤビは、中身まで見た目を裏切らない爽やかな性格をしている。

 夜空を彷彿とさせる黒い髪に青いインナーカラー、ムメイと同じサイバースタイルの袴の襟元には鎧にも似たサイバーギアが見え隠れしていた。


「そうなんだよね……他のグループは月一でやってるっていうのに、私はまだ一年でたった二回……」

「まあまあ、来たばっかりはそんなもんだって」


 サイバーチップの適性検査が済み次第すぐに年齢ごとに分けられるためか、天晶学館に入学式という概念はない。テンは三歳、ミヤビは六歳、ムメイは十歳から天晶学館に籍を置いている。

 普通ならムメイくらいの年齢で入学するのが平均なのだが、こればかりはサイバーチップの適性が血筋か才能かで大きく分かれていく。


「今回こそは!足を引っ張らないように頑張る!」

「頼もしいね」


 カラカラと笑うミヤビは、サイバージ育成でも有名な家系の生まれだ。『ツクヨミコード』という特別なスキルを持っている。

 もちろん、学年首席であるテンもサイバージを輩出し続ける一族なのだが、ここはそもそもの格が違う。テンの持つアカツキコードは、サイバージ史上最強と名高いレイメイコードと並んで義務教育の教科書に載るレベルだ。


「ムメちゃんも、よろしく!」

「……」


 コクリと頷くムメイだけは、ハルと同じく血筋に囚われていない。とはいえ、血筋の希少性からしてサイバージのほとんどは才能で選ばれている。

 血統が高いことに越したことはないが、そもそもそんな人材は多く現れることはない。事実、ハルたちの学年で血統で入学したのはテンとミヤビの二人だけなのだから。

 それに比べると、ムメイは唯一と言える血筋をも超えた遺伝子レベルのサイバージだ。

 遺伝子適性テストは驚異の満点。サイバージになるべくしてなったと言わんばかりの、恐るべき才能である。

 何度もムメイの個人実戦訓練を間近で見たハルとしては、自分もジャミングにならないようにしようと危機感を覚えるほど。


「前回の実技訓練のフィードバックもあるだろうし、早くミヨちゃん来ないかな~!」

「ああ、いやあれはムメイが……」


 そうしていつものメンツで話していれば、底なしに明るい声が教室に入ってきた。


「ん?ああ!全員ここにいたのか!」


 ハルたちが扉の方へと振り返れば、片手をひらりと上げて軽く挨拶をする担任のミヨ……ではなく、実技指南専属サイバージ、カイがいた。


「カイさん!」

「なんだ、珍しくムメイもいるんじゃん。集める手間減らせてラッキーだったなこりゃ」


 カラカラと笑うカイにじっとりとした視線を向けるムメイ。

 サイバージとして活動しながらも、時たま実技訓練と称して生徒の指導をするカイは、ハルたちのグループに専属でついている。

 それも、おそらくはハル以外の三人が抜きん出て優秀だからなのだが。


「ハルもそろそろ実技訓練したくてウズウズしてたんじゃないの?ってことで、次の実技訓練の説明を始めまーす」

「おお、待ってました〜」


 両手を上げて声高らかに宣言したカイに反応して拍手をしたミヤビ。空間に大きく投影される実技訓練の説明資料と共に、ハルたちは各々席に座っていく。


「さて、前回の実技訓練はなんと失敗に終わってしまった諸君だが!」

「は?」

「殺気立てんなムメイ!お前が全部蹴散らしたらグループの意味ないの!個人の戦績になっちゃうの!」

「……」

「まあまあ、落ち着いてムメイ、カイの言うことも分かるでしょ?」


 あっけらかんと告げたカイに不満を隠すことなく顔を歪めたムメイだが、横にいるミヤビに諫められ舌打ちをしながら口を閉じる。

 そんな様子を見ながら、小さくため息をついたテンは挙手をして口を開いた。


「カイさんの言いたいことは分かります。でも、緩い任務を持ってきたところで役不足なのも事実です。実際、ムメイの殲滅速度は私でも処理できないことがある。カイさんもよく分かっているはずですが」

「そーね、そうだよ。だからあえて前回は緩い任務を出させてもらったのさ!」


 言いたいこと、分かるだろ?と言わんばかりに意地悪な笑みを浮かべたカイ。その意図は嫌と言うほど分かっている。


「チーム同士の連携、ですか……ムメイがその意図を汲みとれるなら、サイバージになんてならないはずですが」


 眉をひそめながらカイに物申すテン。前回の実践任務は、ジャミング直前に陥った人間のチップを切断し、強制再起動させるものだった。

 ハルにとってはかなり難しいと思っていたものの、そんな不安は現場に着いた瞬間で消え失せることになる。

 音速を越える動きで移動できるムメイの手腕により、数分にも満たない間に切断、再起動共に完了していたのだ。


「いやでもね、あれじゃあグループって言わないのよ」


 先の任務のリプレイ映像を見ながら大きなため息をついたカイに、テンはすかさずフォローを入れようと口を開いた。


「でもカイさん、自分たちはあの任務にはムメイが一番適していると判断したんです」

「そこなんだよお前らの問題は!」


 勢いよく鞘から青い電流のエフェクトが走る大剣を引き抜いたカイは、刃の切っ先をハルたちに向けてくる。


「お前らは確かに個人の力量が高い。今すぐにでもサイバージとして働けと言いたいほどだ」

「……カイが楽したいだけじゃん」

「う、る、せ、え、よ!」


 ボソリと呟くムメイの言葉に青筋を立てながら大剣を大きく一周振り回したカイは、ブォンと低く鳴った電子音に合わせて優秀なサイバージの証でもある金の瞳を細めた。


「確かにサイバージになったところでチーム戦になることはまずない。だからこそ個人の力量を極めるのが一番の近道なのもそうだ。ムメイが一番効率よくジャミングを倒せると判断したお前らの考えも正しい」


 真剣な目で一人一人と目を合わせていくカイの姿は、教師というより上官に近い。

 現役サイバージとして前線で戦う人間の言葉の重みは、ハルたちにも伝わっていた。


「でもな、個人の力量だけが問われるんなら最初から天晶学館はグループ制なんてルールは作らない。そこを履き違えるほど俺らに近づいた、なんてのは言い訳にならないからな?」


 感情の温度を一切感じないカイの声に緊張感漂う教室内。

 天晶学館を卒業したら、一人前のサイバージとして働くことになるが、その時点であらゆる感情を失ってしまう。心に作用するジャミング対策にと、サイバーチップへ埋め込まれた機能なのだ。


「個人としての能力は高い。だが、それまでだ」


 心がないサイバージたちは、連携という言葉が頭の中からすっぽりと抜けている。

 感情のないカイの声に教室内の空気は凍り付いていたが、次の言葉にその空気感も霧散していった。


「ってことで、俺の仕事やるわ」

「はぁっ?」


 重なる四人の声。にっこりと笑うカイは、ハルたちの意見に耳を貸すこともせずに任務の資料を投影し始める。


「安心しろ、ちゃんとミヨに話は通してる」

「一気に安心できなくなったんですけど!?」


 あっけらかんと告げたカイに、ハルは血の気が引いていく。

 ハルたちの担任であるミヨとカイはかつての同級生でありチームだったらしいのだが、性格はほとんど正反対である。

 ミヨの狂気的な教育方針に乗っからないのがカイの唯一の良いところなのだが。


「ミヨに通した、って」

「遺言書残してた方が良さそう?」

「縁起でもないこと言わないで!」


 口癖が「元気に死地を駆け抜けろ」であるミヨと「生きてればモーマンタイ」なカイでは、そもそもの行動理念が違う。

 圧倒的に教師に向いていないミヨが教師となり、教師向きのカイが臨時指南役になっている事実は天晶学館七不思議のうちの一つだ。

 つまり、「死こそ生」を掲げるミヨがオッケーを通す仕事など、良い仕事であるわけがない。

 いつもにこやかなミヤビの顔は珍しく引き攣っており、テンは微妙な表情で資料を眺めている。

 ムメイだけは常と変わらない無表情で大きなあくびをしていた。


「まあ、簡単にいえばジャミング除去任務だな。今まではジャミング暴走寸前の人間を相手にしてきたが、今回は完全にこっち側のものだ」

「わ、本当にサイバージの任務みたい」

「みたい、じゃなくて本当にそうなんだよ!」

「原因はデータの暴走、ですか。ミヨに通したにしては随分……いや、なんでもないです」

「ああ、だいぶ頑張ったんだぜ?」


 失言を撤回するように咳ばらいをしたテンに、意地の悪い顔で笑うカイ。

 データの暴走。

 人々のチップがネットワークに接続されることで、大量のデータが個人に流れ込み、耐えられなくなったチップが暴走する。

 暴走の原因は、過剰な情報摂取や感情の極端な変動。

 外部的要因によるものであることと、原因も明らかなものが多いもののため、その対処法も自ずと限られてくる。


「だが、ジャミング除去任務だ。今までの実践訓練ではなく、サイバージに与えられた任務といえる」

「よく自分たちにそれ持ってこれましたね……ミヨ先生はともかく、社会的に見たらだいぶまずいんじゃないですか?」


 まだ天晶学館に通う生徒ですよ、と言いかけたミヤビの言葉を遮って、カイはケロリと開き直ったように笑い声を上げた。


「いや、まあ、そういや俺らもガキの頃にジャミング討伐してたわってなってな」

「はあ!?それ、完全にアウトじゃないですか!?」


 素っ頓狂な声を上げて立ち上がったハルは、カイに捲し立てていく。


「ハル。カイさんとミヨだけが例外なんだよ」


 興奮したハルを落ち着かせるようにテンが声を上げ、横にいたミヤビが説明するように人差し指を立てた。


「だってほら、カイさんって学生時代はレイメイコードと同じグループだったんでしょ?それなら、そうなるのも自然じゃない?」

「レイメイコード……」


 その単語に合点がいく。

 義務教育で口酸っぱく教えられるその言葉は、電子倭国において最も偉大なサイバージ一族の一つだ。

 人々がまだジャミングへの対処策を持たなかった時代。真っ先に原因究明に取りかかり、ジャミングを除去するための電子刀、ブレイブエフェクトを携えて戦った一族。

 今も昔も、最強のサイバージが生まれるとされている一族。


「な、なんだ……それなら問題ないのか」

「そうそう、で、それがオッケーならお前らも適応されるかな〜って思ってね」

「私たちになら?」

「そういうことだろうと思いましたよ」


 どこか不満げな声を上げたテンは、微妙な顔をした後に綺麗な笑みを浮かべる。そんなテンを見てハルは「あっ」と声をあげた。

 ブレイブエフェクトを携えて戦った一族がレイメイコードであるのなら、そのブレイブエフェクトを開発したのがテンの一族、アカツキコードである。

 力のレイメイ、知性のアカツキ。二つの家系は電脳社会において、重要な役割を担っているのだ。


「まあ、私のコードが役に立つならいくらでも使ってよ」


 レイメイコードと同等な扱いを受けているアカツキコードならば、法の裏をついたところで問題はないということをカイは言いたいらしい。

 ひらりと手を振ったテンの瞳には、相変わらずガーネットの輝きがある。


「話が逸れたな。さて、今回の実戦任務の概要だが」


 カイが空中ディスプレイに手をかざすと、データが広がるように展開される。その情報には、次回のミッション地点やジャミングの概要、対処すべきポイントが詳細に記されていた。


「今回の目的地はシンクロイド。デジタルトーキョー郊外にある大規模なデータ施設だ。そこで、最近奇妙なジャミング活動が報告された。恐らくは高度な電脳ウイルスが原因だと思われる」


「シンクロイドって、確か国家レベルのデータが秘密裏に保管されてるところじゃなかったっけ」


 テンが眉をひそめながらカイに問いかける。


「そうだ。しかも、このシンクロイドのシステムが崩壊すれば、電脳都市全体が機能不全に陥る可能性が高い。要するに、これはお前たちの力量を試すにはうってつけの場所ってわけだ」

「うってつけって……それ、ハルにとっては荷が重くないかな?」


 ミヤビが冷静に指摘しながら、心配そうにハルの様子を窺ってくる。そんなミヤビにハルは苦笑いを浮かべた。


「いや、でも……やるしかないよね!私もチームの一員なんだし!」


 精一杯明るく振る舞うハルに、カイは満足げに頷く。


「その意気だ。まあ心配すんな。お前なら乗り越えられるはずだ。つかまず俺の仕事だし。なんかあったらすぐ呼べよ」

「……職務放棄」

「うるさいぞ〜」


 ムメイの言葉を聞き流すことなく突っ込んだカイは投影された情報を消し、足早に部屋を出ていった。

 窓から入る電子太陽の光が、まるでハルたちを応援するようにきらめいている。


「まあ、あの人一応凄腕サイバージだし……ね?」

「それくらいの仕事も舞い込むくらいサイバージが人材不足ってことでしょ」

「闇だ……」


 カイ的に見たら簡単すぎる仕事も、世間的に見たら大問題のうちの一つで。

 それを優秀とはいえ、まだサイバージにもなっていない生徒が引き受けるのはどうにも気が引ける話だった。


「とりあえず、明後日までに資料は読み込んでおこう。来週にでも作戦練ろうか」

 テンの一声で動き出したムメイとミヤビは、慣れた様子で任務の詳細を読み込んでいく。

 そんな三人を他所に、ハルは一抹の不安を抱えていた。

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