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第21話 リハーサルと、向き合う理由

ライブ当日まで、あと一週間。


軽音サークルのスタジオは、いつになく熱気に包まれていた。

年に数回しかない、学外ライブイベント——「サウンドリンク」への出演が近づいているからだ。


 


俺たちのバンド「セロトニン」は、今回が初の外部ライブ。

俺(Gt.Vo)、藤瀬(Dr)、真央(Ba)の三人で構成されている。


 


「んじゃー、もう一回『光の境界』いきますか」


 


俺の声に、真央が大きく頷いた。


 


「今のテンポ、めっちゃよかった! このまま固めてこ!」


 


「藤瀬、バスドラ少しだけ抑えてくれ。Aメロ、陽葵が一番聴きやすいの、そこだと思う」


 


「ほいよ、了解ー」


 


実は——今回のライブ、陽葵を一人だけ特別に客席に呼んでいる。

一番前の中央席、そこに彼女が座ることを、俺たち三人だけが知っていた。


 


彼女の耳に、この曲がどう届くか。それだけを考えて、俺は音を組み立てていた。



帰り道、藤瀬がコンビニに寄るというので、先にスタジオを出た。


駐輪場の近くまで来たとき、不意に視界に現れたのは——陽葵だった。


 


「……練習、してた?」


 


「ん、まぁ。うるさかった?」


 


「……ちょっとだけ。音漏れが甘いんじゃない?」


 


「お前がこの場所にいる確率と、そのセリフが一致しなすぎるな」


 


陽葵は少しだけ唇を尖らせ、でも目は笑っていた。


 


「……聴いてたよ。全部じゃないけど」


 


「……そう」


 


「思ったより、よかった。ていうか、あんたって……高校の頃よりずっと音に深みがある。

 ……“誰かのために”って音、してた」


 


俺は一瞬だけ、言葉を失った。


彼女はそれを見透かすように、少しだけ首を傾げた。


 


「なに、図星だった?」


 


「いや……なんで分かるんだろうって、思っただけ」


 


「分かるよ。音に嘘があるかどうかくらい、私にも聴こえる」


 


言葉が重いわけじゃなかった。ただ、真っ直ぐだった。


その“まっすぐ”が、今の俺には少しだけ、こそばゆい。


 


「……なぁ陽葵」


 


「なに?」


 


「……ライブ、来てくれてありがとうって、先に言っとく。

 その、なんか……お前がそこにいてくれるだけで、演る意味あるから」


 


言った瞬間、やっぱり少しだけ恥ずかしくなって、

陽葵の反応を見ずに、俺は自転車を起こす。


 


でも、その背中に届いた声は、あたたかかった。


 


「うん。ちゃんと、聴くよ。

 “あなたの音が、私に届くかどうか”——この耳で、試すから」


 


その言葉に、俺の心は静かに震えていた。



ステージ袖で、俺はギターを抱えて立っていた。


客席のざわめき。照明の熱。アンプから響く、リハの残響。


どれも現実感があるのに、まるで夢の中にいるような感覚だった。


 


「大丈夫か、奏」


藤瀬がドラムスティックを指で回しながら、こちらを見て言った。


「ああ」


俺は短く返した。


真央はベースのチューニングを終えて、いつものように軽く笑っている。


 


「観客の中に“あの子”いるの、分かってんでしょ?」


「……うん」


「じゃあ、届けてきなよ」


「……わかってる」


 


スタッフの合図が入り、俺たちはステージへと歩き出した。


目の前の観客席。

ライトでほとんど見えない中でも、中央前列にいる彼女の存在は、はっきりわかった。


彼女——陽葵は、少し緊張したような顔で、俺たちを見つめていた。


 


マイクの前に立つ。


心臓の音が、少し早くなる。


ギターを構え、右手を置く。


目を閉じて、ひと呼吸。


 


「……こんばんは、『セロトニン』です」


 


静かなMCのあと、イントロが始まる。


一音目から、俺は自分の中の“何か”が変わっていくのを感じた。


 


——この音を、陽葵に届けたい。


ただそれだけで、音が生きていく。


 


『光の境界』


俺が作ったこの曲は、陽葵の耳に何かを届けるために、生まれた曲だった。


 


Aメロはやわらかく、でも芯のあるアルペジオ。


Bメロでは少しずつ音が広がっていき、サビで一気に開ける。


そして、サビのラスト。


 


「君の耳に、僕の音が届くなら——

 どうか、今だけは、逃げないでいて」


 


視界の先で、陽葵の表情が変わった気がした。


手が、震えていた。目は大きく見開かれ、何かに驚いたような顔。


その顔が、何よりの答えだった。


 


ライブが終わったあと、楽屋の裏口で荷物をまとめていたとき、

陽葵が静かにやってきた。


 


「……よかった」


 


彼女はそれだけ言って、俺をまっすぐに見つめた。


 


「全部、ちゃんと届いたよ。——全部、聴こえた」


 


その言葉に、俺はようやく息をついた。


今日、初めて。


やっと、少しだけ報われた気がした。


 


「ありがとう」


 


俺は、彼女にそう返した。


それだけで、世界が少しだけやさしくなった気がした。

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