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Chapter7 『監視への逆襲』

Chapter7 『監視への逆襲』


 日曜日の18:00、米子は駒沢公園の中を黒いナイロンのトレーニングウェアを着て走っていた。笹塚の自宅から駒沢公園までウォーミングアップとして時速10Kmで走り、駒沢公園でのランニングは距離を15kmと決め、50分で走る事を目標にしている。時速18Kmだ。駒沢公園のランニングコースは1周2400m。人気のあるコースなのランナーは多い。この日の米子は珍しく30分でランニングを切り上げると駒沢公園を出て、駒沢通りを歩いて『駒沢バッティングスタジアム』に入った。1ヵ月に1回の割合で来ている場所だ。


 米子は時速140kmのレーンで金属バットを構えてバッターボックスに立つ。アーム式ピッチングマーシーンから時速140kmのボールが飛び出す。

『キーーン!』

米子がダイナミックなフォームでスイングするとボールが勢いよく弾き返され、弾丸ライナーとなってネットに突き刺さるように飛んだ。動体視力と運動能力の優れた米子は強烈なライナーを打ち続けた。他の客も米子の鋭いバッティングに興味を持って観ている。スタイルが良く、アイドル級の容姿の若い女性がホームラン性のライナーを打ち続ける。

「あの娘凄いな」

「滅茶苦茶カワイイじゃん。それにバッティング上手いよね」

「140キロのコースだぜ。女の子なのに凄いよな。全部クリーンヒットだよ。フォームも綺麗だよな」

グレーのトレーニングウェアを着た杉浦智也はバッティングセンター内の離れた場所から米子のバッティングを見つめていた。杉浦は警視庁公安部第1課第3係の警察官で年齢は29歳、階級は巡査長。今回、課長の神崎に監視任務の指示を受けたのだ。杉浦は最初、この監視任務に疑問を持った。なぜ公安刑事の自分が女子高生を監視しなければならないのか。組織によるイジメとすら思ったが、イジメられる原因が思い当たらなかった。しかし、次第に監視対象に対する興味が湧いて来るのが自分でもわかった。監視対象は沢村米子18歳。高校3年生の内閣情報統括室1級特殊工作員。暗殺と戦闘で今までに60人以上を殺した女、いや、女子高生だ。杉浦は沢村米子の監視を始めて1ヵ月半近く、桜山学園への通学やニコニコ企画への出入りを尾行し、行動記録を作成して鷲尾係長に提出していた。沢村米子が任務で東北に行った時はその活動状況について逐一『夜桜』の本部から情報を得ていた。前沢サービスエリアでの戦闘、気仙沼への徒歩での逃避行、都内での自衛隊装甲車両への攻撃をほぼリアルタイムで情報を聞いていた。そして沢村米子の能力の高さに驚愕し、気が付けばアクション映画を観るように興奮し、沢村米子を応援していた。18歳の女子高生が、公安配下の実働部隊『夜桜』の護衛チームが壊滅する中、護衛対象の外務省工作員を見事に秋田から東京の内閣府まで護送したのだ。杉浦は沢村米子を監視する中で、木崎竜一、高梨ミント、パトリック・グリーン、浅井樹里亜、水谷瑠美緯の存在を知った。特に女性3人が女子高生である事に衝撃を受けた。この日本に女子高生による暗殺部隊が存在する事とその戦闘能力の高さに驚いた。沢村米子とは何者なのか? 阿南警視監が興味を持ち、監視を付けるほどの女子高生。杉浦自身も沢村米子に大いに興味を持った。


 杉浦は東急東横線の『都立大学駅』まで移動する途中、駒沢公園の4号トイレに入った。沢村米子はまだバッティングセンターにいたが、特に変化も無いと思われたので本日の監視を終了して帰る事にしたのだ。男子トイレに入ると便器の前に立ち、トレーニングズボンを降ろした。直後に体が強く後ろに引っ張られた。後ろ襟を掴まれたまま体の向きを変えられると体の動きをコントロールされたまま個室に奥に押し込まれた。振り返るとごく近い距離に沢村米子立っていた。

「何だ!? 何の真似だ!」

杉浦が叫ぶように言った。

「私の事、1ヵ月以上尾行してるよね」

「何の話だ、俺はたまたまこの公園に用があったんだ」

『バコッ』

『ガッ』

米子の左ボディブローが杉浦のレバーに強烈な衝撃を与え、右の肘打ちが左こめかみに炸裂した。

「うっ、ううー」

杉浦はしゃがみ込むように便器に座った。呼吸が苦しく、眩暈がした。米子は個室のドアを閉めるとポケットからコールドスチールの折り畳みナイフを取り出して刃を開いた。左手で杉浦の右耳を掴んで引っ張ると耳の付け根の上の部分にナイフの刃を当てた。

「切るね」

「やめろ! やめるんだ!」

「じゃあ、あなたが誰か教えて」

杉浦は黙った。

米子はナイフの刃を引いて切り込みを入れるように杉浦の耳の根本を1cmほど切った。開いた切り口から血が流れて頬を伝う。

「うぎゃーーー!   わかった、俺は公安の刑事だ。おっ、お前、犯罪だぞ、おっ、俺は警官だ!」

「名前と目的は?」

米子はナイフの刃を杉浦の左目の瞼に押し当てた。

「名前は杉浦だ! 目的は・・・・・・」

杉浦は再び黙った。

「公安の刑事か。尾行してるって事は私の事知ってるよね。躊躇しないで人を殺せる事も。警官でもヤクザでも政治家でも、面倒くさい時は殺す事にしてる」

「やめろ、監視だ! 監視するように命令を受けたんだ、それだけだ」

「誰に?」

「上司だ、ひっ!」

米子はナイフの刃を引いて杉浦の瞼を浅く切り、刃先を眼球に当てた。

「上司って誰? もう全部話してよ。眼球行くよ。3、2、1」

「公安の上層部だ。お前を監視するよう言われたんだ」

「だから誰なの? 3、2、1」

「神崎課長だ、公安1課の」

「目的は?」

「知らない! 監視してレポートを上げてるだけだ」

「そう、信じるよ。ここ狭いし、場所変えてお茶でも飲みましょうよ」

「えっ?」

米子は個室から出るとトレ-ニングウェアの上着と中に着ているTシャツの後ろを左手で捲り上げ、ガムテープで背中に張り付けたSIG‐P229を右手で剥がした。スライドを引いてチェンバーに弾を装填するとデコッキングレバーを押してハンマーを倒した。トレーニングウェアの上着のポケットにSIG‐P229を握ったままの右腕を入れた。銃口は杉浦に向いている。

「変な事したら躊躇なく撃ちますよ。知ってますよね」

「わかった、俺だって命が惜しい」


 米子と杉浦は無言で歩き、三権茶の喫茶店『喫茶室:シリアナノシワール』に入った。テーブルが10席以上ある落ち着いた店だった。客の入りは4分の1程度で店内には軽やかなクラシックが流れていた。米子と杉浦は一番奥のテーブルに座った。米子はテーブルの下でSIG-P229を構えた。米子がカフェモカを、杉浦はホットコーヒーを注文した。

「杉浦さん、知ってることは全部話下さい」

米子は敬語になった。自分に危害を加えない相手であれば、年上には最低限を敬意を払うことにしている。

「いつから気付いてたんだ?」

「1ヵ月位前です。捕まえて吐かせようと思ってました。でも任務が入って忙しかったから放っておいたんです。もちろんそっちが襲って来たら殺るつもりでした」

「任務って秋田からの護送か?」

「そうです、よく知ってますね。さすが公安です。ひょっとして『夜桜』の人ですか?」

「俺は夜桜じゃない。あそこは特別だ。俺もこの監視任務をするにあたって最近存在を知ったんだ。夜桜は公安の中の実行部隊だ」

「暗殺や対象を急襲するのが仕事なんですよね?」

「そうだ、訓練された精鋭部隊だ」

「でもあまり強くなかったですよ。凄く強いって聞いてましたけど、レッドフォックスの襲撃で護衛チームは壊滅しました。拳銃しか持ってなかったです。私も神宮で夜桜の人達を15人殺ってます」

「知ってる、夜桜もこの前の護衛任務であんた達と組むなんて思いもしなかっただろうな。今の夜桜はほぼ壊滅状態だ。それにこっちではレッドフォックスではなく『赤い狐』と呼んでいる」

「私の何を監視してたんですか?」

「俺はただ監視しろと命令されただけだ」

「神崎って人にですか?」

「そうだ」

「公安は私の事をどこまで知ってるですか?」

「大抵の事は知ってる。竹長と木船の暗殺、二和会と金龍会への襲撃、闇バイトの実行犯暗殺や元締めの壊滅だ」

「何で私を捕まえないんですか?」

「犯罪者の逮捕は刑事部の仕事で公安の仕事じゃない。それに内閣情報統括室は名目上は俺達の上の組織だ」

「でもそっちから仕掛けて来たました。中学生のアサシンまで使って。夜桜は警察や公安じゃなくて『新しい力の』の実行部隊なんですよね?」

「俺にはそこまでは分からない」

「新しい力もレッドフォックスと戦う為に私達と手を組もうとしてるですよね?」

「そうなのか?」

「知らないんですか? でも夜桜も壊滅状態じゃ新しい力も大変ですね。私の監視は何のためなんだろう」

「俺にはわからん」

米子はずっと杉浦を観察していた。目の動き、瞬き、口調の変化等だ。今のところ嘘はついていないと思った。

「この事も報告するんですよね?」

「それが任務だ。あんたに殺されなければな」

「杉浦さんは強いんですか? 丸腰ですよね、怖くないんですか? 私はいつでもトリガーを引けます」

「俺は尾行や調査が専門なんだ。強くは無い。まさか反撃されると思わなかった」

「アサシンを舐めない方がいいですよ」

「君は特別だ。有り得ない経歴だ。さっきのボディブローも強烈だった」

「あれでも手加減したんです。耳と目の上を切ってすみませんでした。でもそっちの出方次第では命が無かったですよ」

「君は高校生なんだろ? 何でアサシンなんかやってるんだ?」

「逆です。アサシンが女子高生をやってるです。暗殺に都合がいいですから。それと君って言うのやめて下さい、あんたって言うのも」

「沢村さんでいいか?」

「はい。神崎って人に言っておいて下さい。コソコソ嗅ぎ回るの止めてって。話があるなら直接聞きます」

「伝えておくよ、沢村さん」

「それと、もう私の監視は止めて下さい」

「それは上と相談してからだ。俺の判断では決められない」

「杉浦さんはご家族はいらっしゃるんですか? 出身校はどこですか? 出生地は? 初恋の人は誰ですか? 良く行くお店は? 趣味は? 好きな芸能人は? 初体験はいつですか? どんな性癖ですか? 昨日の夕食は何を食べましたか? 今日は何回トイレに行きましたか?」

「そんな事君には、いや、沢村さんには関係ないだろ」

「他人にいろいろ探られるのは嫌ですよね? 私もそうです」

「わかった、上に掛け合ってみる」

「お願いします。帰りましょうか、もう10時です。それと携帯の電話番号教えて下さい。仲良くしましょう、杉浦さん」

「気が進まないが仕方ないな」

「現役女子高生の友達が出来たんだから喜んで下さいよ」

「女子高生の振りしたアサシンだろ」



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