Chapter6 「忍び寄る赤い影」
Chapter6 「忍び寄る赤い影」
『ズズーーー ツルルッ』
「美味しいね~、濃厚スープとニンニクが最高だよ、やっぱ筋系だね」
米子が満足そうに言った。
「だよねー、しかもこの店、筋系最上位の裏筋系列だよ。久しぶりの食事だからしょっぱい味で口の中がキューンってなるよ。今回はちょっとした冒険だったね。野宿したりヘリコプターに乗ったりさ」
ミントが嬉しそうに言った。
「そうだね。今度ゆっくり東北に行きたいね」
「だよねー、飽きるほどフカヒレ食べてやる」
米子とミントは西新宿のラーメン屋『筋系裏筋:玉袋屋西新宿店』で濃厚豚骨醤油ラーメンを食べていた。外務省工作員の安本は無事に内閣府に入った。米子達は警察の簡単な事情聴取を受けたが、内閣情報統括室から連絡が入った為、解放されたのだ。
米子とミントはラーメン屋を出ると西新宿の事務所に入り、木崎達を待っていた。 15:20、事務所のドアが開いて木崎達が入って来た。
「帰ってたのか。話は東山管理官から電話で聞いた。大変だったなあ」
木崎が言った。
「外務省の安本さんは無事に内閣府に護送しました」
「よくやった! かなり派手にやったみたいだな。自衛隊の装甲車両に都営バスをぶつけたんだって」
「ああしなければあのバケモノみたいな車両を止められなかったよ。米子の機転だよ。まさか自衛隊の内部にまで敵がいるなんて思わなかったよ!」
ミントが言った。
「ああ、俺も驚いた。今回の件は防衛省も重く受け止めている。『レッドフォックス』は『東雲』に高速ボートを準備していて、そこから安本を連れて逃げるつもりだったようだ。東雲の敵はウチの戦闘チームが殲滅した。捕虜もいるようだからもっと情報が聞き出せるだろう」
「米子先輩大活躍っすね。咄嗟にバスを使うなんてマジカッコイイっすよ!」
瑠美緯が言った。
「ブッシュマスターにバスで突っ込むなんてデルタフォースでも思いつかないぜ! やっぱり米子は一味違うぜ」
パトリックが感心するように言った。
「咄嗟の判断力は訓練では鍛えられません。さすがIQ200です」
樹里亜も感心している。
「たまたまバスが停まってたんだよ。運が良かっただけだよ。あんなの不細工な戦法だよ。でも時間が無かったからね。それとIQは160、200は調子がいい時だよ」
「あの状況であんな事できるのは米子だけだよ。交通規制をしてた警察だって大勢いたのに何も出来なかったじゃん!」
ミントが言う。
「緊急時の連絡体制に問題があります。今回も公安や警察とウチの連携がバラバラでした。最後はウチの管理官に連絡してようやく警察が動いてくれました」
米子が言った。
「ああ、前沢サービスエリアの段階で既に命令系統がバラバラだった。指揮権限の委譲も突発的だったしな。今後は警察庁、内閣情報統括室、防衛省等、全省庁を一括指揮できる体制と連絡網が必要だな。上に強く進言する。それと、官房長官と東山管理官がお前とミントに会いたがってる。近々霞が関か永田町に呼ばれるだろう」
「官房長官って新しく就任した与党の福山さん? めちゃくちゃ偉い人じゃん! ご褒美貰えるのかな?」
ミントが言った。
「失礼の無いようにしろよ」
「当たり前だよ! 私達は全国の女子高生の代表だよ」
「アサルトライフルをぶっ放す女子高生なんて私達だけだけどね。それにしても『レッドフォックス』は凄い組織力です。何よりも既にこの国の中枢に入り込んでいるのが脅威です。勝てるんですか?」
米子が言った。
「この戦い、勝つしか道はないんだ。その先に何があるのかわからんが」
木崎が言った。
「生き残った方はその先を生きるだけです」
米子が呟くように言った。
【警視庁本部庁舎公安本部長室】
「今回も沢村米子が活躍したようだな。たかが護衛任務でこっちは19人の損失だ」
公安部部長の阿南警視監の声が中央合同庁舎第2号館の第3会議室に響いた。
「申し訳ありません。今回は完全に不意を突かれました。私は沢村米子と前沢サービスエリアから行動を共にしましたが、彼女の能力には目を見張るものがあります!」
藤谷が言った。
「知っている! 君の報告書は読んだ。ニセ警官を見破り、猟師に扮した敵の集団を倒し、自衛隊の車両にバスをぶつけて止めた。まるで漫画みたいじゃないか。18歳の女子高生とは思えんな」
「沢村米子は射撃と格闘がSランクで、作戦も立案してるようです。今回も一部は沢村米子が準備したプランでした。他にも竹長暗殺、三輝会の木船組長暗殺、二和会と龍神会を壊滅させた襲撃、闇バイトの元締めの殲滅等、沢村米子が立案して実行しました」
公安1課課長の神崎警視正が報告した。
「それも報告書で読んだ」
阿南が不機嫌そうに言った。
「監視を付けていますが、普段は学校に通う普通の女子高生のようです。成績は抜群に優秀で、容姿もレベルが高いので異性にモテるようです。放課後と土曜日は西新宿のニコニコ企画というダミーの会社に顔を出しています。そこの責任者は木崎竜一と言います。内閣情報統括室の課長で元自衛官です」
公安第1課3係係長の鷲尾警部が報告する。
「そんな事はどうでもいい! その沢村米子を上手く使えないのか?」
「使うといいますと? 赤い狐との戦いですか?」
第1課課長の神崎が訊いた。
「赤い狐は敵ではない! 彼らこそ21世紀を牽引する覇者なのだ」
阿南がきっぱりと言い切る。
「しかし我々の仲間を19人も殺しました」
「仲間? あんなもの駒にすぎん。夜桜ももう壊滅だな。それよりもっと重要な任務がある」
「重要な任務ですか?」
神崎が恐る恐る訊いた。
「東郷首相と福山官房長官の件だ」
「そっ、それは決定事項なのですか!?」
神崎が声を震わせて言った。
「期限は3ヵ月以内だ」
「新しい力と古い力の全面戦争になりますが・・・・・・」
「かまわん。新しい力も古い力ももう必要ない。潰し合えばいい」
「しかし我々は新しい力の側では?」
「時代は変わる。古い力は古いアメリカの、新しい力は新しいアメリカの傀儡にすぎない。何が新しい力だ! 我々公安上層部はアメリカの傀儡から脱却する時なのだ」
「しかしアメリカは重要な同盟国です。我々はCIAとも連携しています」
神崎が言った。
「同盟国だと? あの国は日本を属国としか見ていない。所詮黄色いサルとしか思っていないのだ。対等になる事はありえない。いいように使われ、搾取され続けるだけだ。それにあの国は遠すぎる。日付変更線を超えた太平洋の向こう側だ。もっと近くて歴史的にも繋がりが深い国が幾つもある。君達も思想と行動を改める時が来たのだ。何度も言うが、赤い狐は敵ではない」
阿南が忌々しそうに言った。
「あの、沢村米子の件は・・・・・・」
鷲尾が恐る恐る訊いた。
「鷲尾君、たしか当時、君の下に沢村栄一の元上司と部下がいたな。そう、原田と川島だ。上手く使うんだ」
阿南が鷲尾を睨みつけた。
「沢村米子を取り込めと?」
神崎が言った。
「駒としては申し分ないだろ」
「そこまで沢村米子に拘らなくてもウチにも何人かS級の工作員がいます」
「なら沢村米子にぶつけてみるんだな。恐らく勝てないだろう。私は最強の駒を手元に置きたい。18歳の女子高生というのも実に都合がいい。制服姿で花束でも持たせてセレモニーに参加させれば東郷や福山の至近距離に近づけるだろう。海外の来賓のレセプションもしかりだ。美人だというのは猶更都合がいい。花束贈呈にはうってつけだ。銃弾もセットの死の花束だがな」
「あの、私はこの場にいていいんでしょうか?」
藤谷が顔を青くして言った。
「君は運がいい男だ。今回の任務でたまたま沢村米子と面識を持った。行動も共にした事により、多少なりとも信頼関係を構築できただろう。だからこの場にいるんだ。今後も協力してもらいたい。もう夜桜は無いも同然だ、君に帰る所は無い」
阿南が藤谷を見据えて言った。
藤谷はなぜか背筋に寒いものを感じた。来てはいけない場所に来てしまったと思った。
会議はお開きとなった。神崎、鷲尾は休憩の後、小会議室に移動した。そこには原田と川島が呼ばれて待機していた。
「なんとかして沢村米子をこちら側に取り込むんだ」
神崎が言った。
「しかし、内閣情報統括室は名目上我々の上位の組織です」
鷲尾が言う。
「沢村米子は正式な職員ではない。一般的な雇用契約も結んでいないだろう」
「取り込むといってもどのようにすればよいのですか?」
「沢村米子は9年前の事件の真相を知っているのか?」
神崎が訊いた。
「おそらく知らないはずです。あの事件は警察内部でも極秘扱いです。また、沢村米子は事件直後に精神的ショックで失声症になりました。原田君、補足してくれ」
鷲尾が原田に話を振った。
「はい、私と川島警部補は事件の3日後に現場に臨場しました。その時沢村米子は呆然自失という状態で、腐敗が始まった家族の遺体がある部屋に座り込んでいました。3日間です」
「恐らく事件の真相ついて調べてはいないだろう。きっと記憶から追い出して生きた来たはずだ。だからこそあの事件の真相を餌に取り込む事が可能かもしれない。阿南さんの狙いはそこなんだ」
神崎が言った。
「しかし追い出した記憶を思い出させるのは酷なんじゃないですか? 米子ちゃんは記憶に蓋をすることであの状態から立ち直って今を生きているはずです」
川島が言った。
「もう子供じゃない。事件の真相に興味はあるはずだ。うまくやるんだ」
「あの事件の事は公式な記録には残ってないんですよね? 私は退職を勧告されましたが」
原田が訊いた。
「おとり捜査だった事が世間や極左グループ知られる事を上層部が恐れたんだ。『エス』も2人死んでるしな。それに妙な怪文書も出回っていた。組織防衛のためだ。君には悪い事をした。しかし退職金はかなり上乗せされたはずだ。口止め料も込みでな」
「しかし工作員とはいえ18歳の女子高生を公安の道具にするというのは気が進みません。まして私はあの現場を見ています」
原田が言った。
「私もです。何回か小さい頃の米子ちゃん会いました。とても素直でいい子でした。まさか工作員になるとは思いませんでした。きっとあの事件の後もいろいろあったのでしょう」
川島が同調した。
「川島君、沢村米子に接近してくれ。もしかしたら君の事を覚えているかもしれない。まずは沢村米子が当時の事をどれだけ憶えているか探りを入れるんだ。君も公安刑事の端くれだろ。今の仕事で定年を迎えたいだろ? それとも離島の駐在に行って一生釣りでも楽しむか?」
「わかりました。やります。原田さんも協力して下さい。米子ちゃんを監視している捜査員からも話が聞きたいです」
「現在沢村米子を監視しているのは第1課3係の杉浦という男だ。階級は巡査部長だ。それとあの藤谷という男も使えるかもしれないな。最近沢村米子に接触を持った。一緒に野宿までしたんだから沢村米子も少しは心を開くかもしれん。原田君も興信所の仕事が忙しいだろうが協力してくれ。謝礼は機密費から出せるだろう。君は優秀な公安刑事だった。場合によっては外部の相談役として組織に席を用意してもいい。正式な準公務員としてな」
神崎が言った。
「会社の方は個人の裁量に任されてますんでどうとでもなります。それより阿南さんはどういうつもりなんでしょうか? 新しい力も古い力も関係無いというスタンスでした。私の認識では公安は新しい力の側で、夜桜はその先兵のはずです。赤い狐は敵のはずです。しかし阿南さんは違うようです」
原田が不安そうに言う。
「正直私も驚いている。阿南さんは我々の上司だ。それに我々は阿南さんに見込まれたようだ。我々も赤い狐に組する事になったのかもしれん。組織とはそういうものだ」