Chapter2 「戦場 東北自動車道:前沢サービスエリア」
Chapter2 「戦場 東北自動車道:前沢サービスエリア」
【秋田港のコンテナヤード】
05:30、青い朝靄に包まれたコンテナヤードに横付けされた小型貨物船のラッタルを紺色のスーツ姿男が降りて来た。男は3人の護衛に囲まれて5台並んだ黒いヴェルファイアの先頭車両の後部座席に乗り込んだ。先頭車両は護衛対象のスパロー8、運転手兼護衛、護衛が3人の計5人が乗っている。2台目から5台目までは運転手兼護衛、護衛3人の4人が乗車している、全て夜桜の工作員だ。木崎が運転するハイエースとパトリックの運転するハリアーは夜桜の車列から50m離れて停車していた。ハイエースには木崎と米子とミント。ハリアーにはパトリックと樹里亜と瑠美緯が乗っている。
《サクラより各チームと『ヒナギク』へ、移動を開始する》
作戦用の共通周波数のインカムから声が流れた。
《レッドリーダー了解》
《ブルーリーダー了解》
《イエローリーダー了解》
《グリーンリーダー了解》
《オレンジリーダー了解》
5台のヴェルファイアが順々にゆっくりと動き出した。
《ギャラクシーよりプラネット各位へ、これより移動を開始する》
ニコニコ企画内部連絡用の周波数のインカムからも声が流れる。
《サターン了解》
「レッドとかブルーとか夜桜のコードネームはアメリカ軍みたいだね、映画で観た事があるよ。それに黒いヴェルファイアが5台ってギャングみたいだよ。私達は『ヒナギク』だって。サクラにヒナギクか」
ミントが言った。
「うん、1台目がレッドチーム、2台目がブルーチームだね。各チーム運転手も入れて4人。レッドチームはレッドリーダーからレッド3(スリー)。他の色のチームも同じで総勢20名。大所帯だね。ヒナギクの花言葉は『希望』、『平和』、『美人』、『純潔』だよ」
米子が言った。
「美人なんて私達にぴったりだね。護衛が20人か。護衛対象の『スパロー8』が持ってる情報ってきっと凄いんだろうね」
「そうだろうな。俺達は距離を置いて前の5台を追いかける」
木崎が言った。
木崎の運転するハイエースとパトリックの運転するハリアーは時速80Kmで秋田自動車道路の夜桜の車列の500m後方を走っていた。米子達は秋田港で停車中にアウトドアウェアに着替えていた。3日前に米子とミントが神保町のアウトドアショップで買ったものだ。米子とミントは赤いチックのシャツとアイボリーのトレッキングパンツだった。靴はネット通販で買った『バスク』のジャクストシリーズの鶯色のスニーカーだ。樹里亜と瑠美緯はブルーのチェックのシャツにカーキ色のトレッキングパンツイボリー。靴は同じバスクのジャクストシリーズで色はチリペッパ-だ。バスクのジャクストシリーズのスニーカーはトレッキングシューズ並みに丈夫だが軽くて歩きやすいのが特徴で普段使いにも適している。アメリカの特殊部隊の隊員がアフガニスタンでビンラディン暗殺作戦を実行した時に履いていたものだ。特殊部隊は官給品ではなく、しばしば優れた民生品を選んで装備する事がある。今回の武装は『HK416Cカスタムカービン』に各自の拳銃だった。HK416CカスタムカービンはHK416カービンのショートバジョンである。HK416カービンはH&K(ヘッケラー&コッホ)社がアメリカ陸軍の要請を受けてM4カービンを改修したカービンアサルトライフルだ。M4の作動信頼性と耐久性を高めたライフルで全長71cmと小型で、各国の特殊部隊で使用されている。HK416Cはさらに全長を短くしたバージョンで全長57cmだった。
「そろそろ北上ジャンクションだ。東北自動車道に入るぞ」
木崎が言った。
「すぐに前沢サービスエリアで休憩ですよね?」
米子が訊いた。
「そうだ。トイレ休憩が20分だ」
7:10、ハイエースとハリアーは前沢サービスエリアに入った。駐車場には大型の長距離トラック8台と一般の乗用車が10台停まっていた。夜桜の5台のヴェルファイアは固まるように駐車スペースの真ん中に停車していた。ハイエースとハリアーは夜桜から離れた場所に前後に並んで停車した。
《サクラよりヒナギクへ。20分の休憩を取る》
《ヒナギク了解》
《マーズよりジュピターへ、大型車用駐車スペースの後ろの木立ちで待機せよ》
《ジュピター了解》
樹里亜はスナイパーライフルの入ったケースを持ってハリアーを降りると、大型自動車用の駐車場を横切り、外側の木立の中に入って行った。米子と木崎は双眼鏡で5台のヴェルファイアを見ていた。2台のドアが同時開き、先頭車両から護衛対象のスパロー8と4人の夜桜の護衛の男達が降り、他の1台からも4人が降りた。スパロー8と8人の黒いスーツ姿の男達がトイレとレストランがある建物の方向に向かって歩き出した。男達の一団は早朝のサービスエリアで異様に映った。
「お前達も交代でトイレに行ってこい」
木崎が言った。
「私達は尿を抑える薬を飲んでいるから大丈夫です。敵が襲ってくるとしたら間違いなくここです。次の休憩の那須高原サービスエリアに到着するのは10時過ぎです。車の出入りが増える時間なので敵も襲いにくいはずです。観光地で休日なのでレジャー客も多いでしょう。私が敵ならここで襲います」
米子が言った。
「なるほど。しかし今のところ敵の気配はないな」
《こちらジュピター、狙撃位置で準備完了》
《マーズ了解、待機せよ》
樹里亜は今回、HOUWA‐M1500ライフルを装備していた。HOUWA‐M1500ライフルは、自衛隊の64式小銃や89式小銃を製造している国内企業の豊和工業が製造したボルトアクションのスナイパーライフルで警察のSATが使用している。撃てる弾丸の種類は多いが、樹里亜は『30-06スプリングフィールド弾』を選択した。通常の7.62mmNATO弾より薬莢が長く、威力がある。第2次世界大戦でアメリカ軍の主要ライフルM1ガーラントに使用された弾丸だ。
サービスエリアに黄色い大型の観光バスが入って来た。スモークガラスで中が見えない。バスは大型車用の駐車スペースに停車した。
《マーズからジュピターへ、今入って来た観光バスのナンバープレートの平仮名を読んで》
《ジュピター了解。ナンバープレートの平仮名は『し』です。『新聞のし』です》
《マーズ了解》
《マーズより各位、臨戦態勢をとれ。今は入った観光バスに注意せよ。大型バスのナンバーの平仮名は『か』もしくは『き』しか割り当てられていない。また、『し』は全車種で使用されていない。バスのナンバープレートは偽造と思われる》
ミントと米子は後部座席に置いた弾倉と拳銃を装着した弾帯とHK416Cカスタムカービンを急いで取った。ハリアーの中でもパトリックと瑠美緯が装備を身に着けている。
「ミントちゃん、リュックも背負って」
「わかったよ」
米子とミントは40リットリサイズのオリーブドラブ色のリュックを背負った。
《サターンよりマーズへ、M240準備完了》
M240は制圧射撃用の汎用機関銃だ。パトリックがハリアーのボンネットの上に給弾ベルトのぶら下がったM240を置いて構えている。
《マーズ了解》
《こちらジュピター、バスの後ろが開きました!》
米子は双眼鏡で観光バスを見た。バスの後ろがハッチバックのドアのように大きく上に開いていた。バスの後部から人影が複数飛び出した。グレーの迷彩服を着てライフルを持っている。
『ダダダダ』 『ダダダダダダ』 『ダーン』 『ダダダダダダダダダダダダ』
『ダダダダダダダダ』 『ダーン』 『ダーン』。
フルオートとセミオートの銃声がパーキングエリアに響いた。夜桜の護衛が乗った5台のヴェルファイアに火花と破片が飛び散り次々に弾痕が空く。グレーの迷彩服の男達が突進しながら射撃している。
《こちらオレンジリーダー、敵襲! 敵数12! オレンジ1(ワン)死亡!》
インカムに声が響く。
《こちらグリーンリーダー、反撃を許可して下さい! グリーン1(ワン)とグリーン2(ツー)被弾!》
《こちらレッドリーダー、反撃を許可する!》
《こちらイエローリーダ、全員負傷、凄い射撃だ!》
2台のヴェルファイアのスライドドアと前部座席のドアが開いて夜桜の男達8人が飛び出す。手に持った拳銃を構えて発砲する。拳銃はグロック17。1台のヴェルファイアは窓から銃を突き出して撃っている。
『パン パン』 『パン パン パン』 『パン パン パン パン』『 パン パン パン』
9mm弾の銃声が響く。
『ダーン』 『ダーン』 『ダダダダダダ』 『ダーン』『ダダダダダダ』 『ダーン』『ダーン』 『ダダダダダダ』
グロックの銃声をかき消すように襲撃者のアサルトライフルの銃声が響く。グレーの迷彩服の男達は速度を落としてゆっくりと歩きながら射撃をしている。距離は30m。夜桜の男達の体から血が噴き出し、次々に弾かれたように後ろに倒れる。
『パン パン』 『パン パン』
夜桜の男達が撃った弾丸はグレーの迷彩服の男達の体に当っているがまったく効いていない。
《ギャラクシーより各位、敵はボディーアーマーを装着している模様!》
木崎がインカムで警告する。立っている夜桜の男が1人になった。地面に片膝を着いて反撃している。
『ダダダダダダ』
夜桜の男の頭が破裂するように血を噴いて倒れた。車の中から撃っていた男達も被弾したのか反撃が止んでいる。ヴェルファイアの周りには人形を無造作に置いたように黒いスーツ姿の男達8人が倒れている。血を流し、スーツが捲れ凄惨な光景だった。アサルトライフルと拳銃では勝負にならない典型的な例だ。
《マーズよりジュピター、狙撃開始! 対象は襲撃者!》
《ジュピター了解》
樹里亜がスコープの中に捉えたグレーの迷彩服の男達を素早いボルト操作で続けて3人倒す。3人とも頭が破裂している。レストランとフードコートと土産物屋の入った建物から銃声が聞こえた。
「ビーナス、建物に行くよ、中から銃声がした」
米子が言った。
「わかったよ」
《こちらマーズ、私とビーナスはレストランの建物に向かう。サターン、ジュピター、マーキュリーは駐車場の敵を殲滅せよ》
米子とミントはハイエースを出ると建物に向かって走りだした。駐車場の端には、無関係な一般人が数人、蒼白な顔をしてしゃがんでいた。
夜桜のレッドチームとブルーチームと護衛対象のスパロー8はフードコートに入った。
テーブルにはトラックの運転手と思しき男が3人座り、ソバなどの軽食を食べていた。他の客も8人、コーヒーを飲んだり軽食を食べている。カレーの匂いが漂っている。
「前沢牛入りコロッケだって。それが載ったカレーもあるのか。食いたいなあ。いいですよね?」
スパロー8が壁に貼られたメニューを見て無邪気に言った。
「ダメだ」
レッドリーダーがつっぱねる。
「コーヒーくらい飲ませて下さいよ」
「早くトイレに行ってこい! すぐに出発する」
スパロー8がトイレに向かう。レッド1(ワン)が付きそう。
「あの男、どういうつもりなんでしょうね? 命が狙われてるっていうのに」
レッド2(ツー)が言った。
「わからん。呑気なものだな。ペットボトルの水を人数分買っとけ。次の休憩は3時間後だ」
レッドリーダーが言った。外で連続した銃声が響いた。
《こちらオレンジリーダー、敵襲! 敵数12! オレンジ1(ワン)死亡!》
《こちらグリーンリーダー、反撃を許可して下さい! グリーン1(ワン)とグリーン2(ツー)被弾!》
《こちらイエローリーダ、全員負傷! 凄い銃撃だ!》
「なに!?」
「こちらレッドリーダー、反撃を許可する!」
レッドリーダーがインカムのマイクの横のトークボタンを押して叫ぶように言った。
「おいっ、敵襲だ、外に出ろ!」
レッドリーダーがレッドチームとブルーチームに命令した。
『バン バン バン』 『パン パン』 『パン パン』 『パン』 『パン パン』『パン パン』
レッド3(スリー)とブルーリーダー、ブルー1(ワン)が被弾して倒れた。
レッドリーダーは目を疑った。ソバを食べていたトラックの運転手2人が、コック服を着たフードコートの料理人2人が、お土産屋のエプロンを着た女性2人が拳銃を撃ってきた。被弾を免れた夜桜の男達はスーツの内側に手を入れてショルダーホルスターからグロック17を抜いた。
『バン バン』 『バン バン』 『バン バン パン』
夜桜の3人はグロック17のスライドを引いている最中に被弾し、あっという間に倒された。
「なんだお前ら!?」
レッドリーダーが叫んだと同時に弾丸が眉間を貫いた。
米子とミントは走りながらHK416Cのチャージングハンドルを引いて弾丸をチェンバーに送弾した。短い階段を駆け上がり、建物の中に入った。レストランの入り口から中をを覗くと一般人と思しき客が数人床に伏せていた。敵は確認できない。移動してフードコートを覗いた。黒いスーツの男達が7人倒れている。拳銃を持ったコックと土産物屋の店員とトラック運転手が米子達に銃を向けた。
『ダン ダン ダン ダン』 『ダン ダン ダン ダン』
米子とミントはセミオートでコック服の男2人と土産物屋の店員2人とトラック運転手2人を撃ち倒した。一瞬の出来事だった。薬莢がコンクリートの床で跳ねて何度か『キーン』という高く澄んだ音を響かせた。フードコートに入ると一般客が引き攣った顔をして床に伏せていた。テーブルの下にはトラック運転手が伏せていが、ガタガタと震え、失禁していた。一般人のようだ。
「スパロー8がいないよ。レッドチームとブルーチームは全滅だね」
ミントが言った。
「夜桜は全部で8人だからあと1人いるはずだよ。トイレを探そう」
米子が言った。
『ドドドドドドドドドドドドドドドドドド』
パトリックがハリアーのボンネットの上に置いたM240を連射した。グレーの迷彩服の男達が次々に倒れる。瑠美緯も斜めに走りながらHK416Cを連射する。樹里亜も木立の間に伏せて狙撃する。グレーの迷彩服の男達は突然の正確な銃撃に反撃する間もなく全員撃ち倒された。ボディーアーマーは拳銃弾は防げてもライフル弾には効果がなかった。
《こちらギャラクシー、駐車場の敵は殲滅。マーズ応答せよ》
《マーズ了解。トイレでスパロー8とレッド(ワン)を発見。これよりそちらに戻る》
樹里亜と瑠美緯がハイエースに駆け寄った。
「敵の銃はAK74です。敵は白人が3人、東洋人が9人でした。トドメは刺しました。グリーンチームとオレンジチームは車外で全員死亡です。イエローチームも車の中で全員死んでました。警官隊の損耗率は50%以上だと思います。敵の使った弾丸はおそらく徹甲弾です」
樹里亜が報告した。
「そうか、ご苦労さん。訓練の成果だな。凄い命中率だったぞ。しかし恐ろしい光景だな。夜桜がほぼ全滅だ。まるで『ゲルショッカー』の戦闘員に『ショッカー』の戦闘員が粛清されたシーンみたいでトラウマになりそうだ。とにかく米子達の帰りを待とう」
「ゲル? なんすかそれ」
瑠美緯が首を傾げながら言った。
米子の戦闘指揮と樹里亜の狙撃、いかがでしたか 次回、米子の頭脳が冴えます!
次は火曜日の投稿です。