回想 ヴィヴィアン
ヴィヴィアン視点の回想になります。
Sideヴィヴィアン
今私は屋敷から見える景色を眺めている。遠くの空は夕方でもないのに赤く染まっているのはこの領地が竜人によって燃やし尽くされているからでしょう。
最強の人外である竜人。そんな存在がこの領地に現れたこと自体が私への天罰なんだと思っている。私はこの世で最も大切で、愛してやまない存在を裏切ってしまったのだから……。
もうこの領地で残っている街はこのホロビーのみ。もっと早く救助要請を出していればここまでの被害にはならなかったかもしれない。なぜ救助要請を出さなかったのか。それは私の夫であるザマーサレルが原因だ。
ここビーキルド領は王国の外れにあるため外からの情報が入ってくることが少ない。その代わり領内で起きたことはすぐに広まってしまうという不思議な所。外からの情報が入ってこないから竜人という存在がどんな存在なのか分からなかった。
だからザマーサレルはこの領地にいる冒険者が簡単に倒してくれるだろうと楽観視していた。私は何か嫌な胸騒ぎがしていたから王国に救助要請を出すようにザマーサレルに進言したけれど、耳を傾けてくれることはなかった。
天罰が下るのは私とザマーサレル、それとザマーサレルを領主に祀り上げた一派達だけでいい。それなのにホロビー以外の街や村は全て滅ぼされてしまった。生き残っている者も少ないことでしょう。命からがら逃げ延びた者達がちらほらホロビーに集まっているけど、ここも火の海と化してしまうのも時間の問題。
関係のない人々が死にゆくのを見ているのが本当につらい。私のせいで辛い思いをさせてしまっている。もし彼が——ハンベルトが領主だったらもっと違う未来だったに違いない。
※
私とハンベルトは同い年で生まれてすぐに交流があったとお父様から聞いている。いつも私の隣にはハンベルトがいて仲は良く、彼を好きになるのに時間はかからなかった。
そして6歳の時にすでに婚約を結んでいることを聞いた時は庭中を走り回ったくらいに嬉しかったわ。
でもハンベルトはどうなんだろう?私はハンベルトと一緒になれるならなんでもよかったけど、ハンベルトには別の好きな人ができるかもしれない。それは嫌だ!
だったらハンベルトに私のことが好きか聞けばいい話なんだけど、私には聞く勇気がなかった。こうなったら意地でも常に一緒にいて私のことを好きにさせてやる!ってなった私はお父様に早くビーキルド家で花嫁修業として住みたいと駄々をこねてお願いした。
そんなことがあり、本当は10歳から始まる予定だった花嫁修業が8歳から始まった。ビーキルド家のしきたりや料理の味付けなどハンベルトの妻として恥じないように一生懸命に花嫁修業を頑張った。
と同時にハンベルトと領地経営の勉強が始まった。勉強だから知識だけを身につければいい、私はそう思っていたけどハンベルトは違った。
自分が領主になるための教育が始まったことを領地の人々に挨拶して回ったのよ。そして領地の人々と交流を深めることを始めた。泥にまみれながら田畑を耕すのを手伝ったり、お店の手伝いをしたりと領地の人々の目線を見ることに努めたの。
「俺は領地経営って何なのかさっぱり分かんねえからさ。せめてみんなとは仲良くしとこうと思ってるんだよ」
ハンベルトは正直勉強は全くと言っていいほどできなかった。こんなことも分からないの!?ってくらいに頭が悪かった。その代わり領地の人々と交流をすることでビーキルド領に起きている問題を知ることができた。
そう、ハンベルトは現場主義の人間だったというわけ。そのおかげで私達が13歳になって領地経営の一部を任されるようになると、ハンベルトが人々から意見や訴えを聞き、それを私が取り入れて色々なことを成果としてあげることができた。
自分達の意見や訴えが反映されるというのが分かった領地の人々はハンベルトを支持するようになった。成果をあげた私達は徐々に与えられる仕事が増えていき、とてもいい循環ができているという実感があったわ。
ところがそれをよく思わない連中がいた。それがハンベルトの弟であるザマーサレルをはじめとする一派だった。
ザマーサレルは領地経営を行っているのが実質的に私だということ、ハンベルトが領地の人々と遊んでばかりいるというありもしないことを領主に告げ口していたの。
そのせいでハンベルトは領主にふさわしくない、領地経営もできない馬鹿野郎と言われるようになり、なぜかザマーサレルの妻には私がふさわしいという声まで上がるようになった。
それがザマーサレル一派の裏工作だと分かった時、ハンベルトが暗殺される寸前の状態だった。このままじゃハンベルトは殺されてしまう。そこで私は「ザマーサレルの妻にはヴィヴィアンがふさわしい」という声を利用してザマーサレルの計画を阻止することを決めたの。
「ねえ、ザマーサレル。あなたハンベルトを暗殺しようと企んでるって聞いたわ。それって本当なの?もし本当ならそれよりももっと面白いことがあるからそれに乗っかってみない?」
「ヴィヴィアン、一つ確認したいが今の発言を考えると君は兄者のことをよく思っていないと考えていいんだな?」
「ええ、そうよ。だから暗殺よりももっと惨めな思いをさせた方がいいと思ってるの。どう?私の話聞いてみない?」
本当はこんなこと言いたくなかった。心苦しかった。でも暗殺を阻止するためには仕方なかった。
「はっはっはっ!まさか兄者側についていると思ってたヴィヴィアンがこちら側だったとはな!これは面白い!話を聞かせてくれ!」
「とても簡単なことよ。あなたが私をあいつから略奪するの。想像してみて。好きだと思っている相手が裏切る。しかも自分の弟に奪われる。こんな屈辱、簡単に殺されるよりもよっぽどダメージが大きいわよ。どう?面白くない?」
私の提案にザマーサレルは大喜びし、暗殺に関してあっさりと引き下がってくれた。これでハンベルトが殺されることは回避できた。でもこのままじゃまた暗殺の計画が上がるか分からない。だったらザマーサレルを領主にして彼を追放すれば命を落とすことはなくなる。
だから私は心を鬼にしてハンベルトを裏切ることにしたの。毎晩ザマーサレルの元に赴き、奴の心をコントロールする。次第に私に惹かれていくように仕向け、私も奴のことが好きであるかのように振る舞った。
本当はこんなことしたくない。ハンベルトと顔を合わせると申し訳ない気持ちでいっぱいになる。だから彼とは顔を合わせないようにしていった。
「なあヴィヴィアン、最近全く俺と過ごす時間がないけどどうしたんだ?」
ハンベルトにそう聞かれた時、私のことを気にかけてくれてるんだと嬉しくなった。でももうすぐ彼を追放することが決まっているから私は領地経営の業務の多さを理由に言い訳をした。心がはちきれんばかりに辛かった。
そして運命の日、私がいつものようにザマーサレルの部屋にいたときにハンベルトが突然現れた。ここで片を付けることを決心した私はハンベルトを裏切り、ザマーサレルの妻となることを告げた。
「領主の器でないことは分かっていた。だからお前に譲ることを考えていた!そしてヴィヴィアンの領地経営の負担をなくすためにこれから一緒になろうとしていたというのに……。ヴィヴィアン、もう俺に愛情はないのか?」
「何言ってるの?あなたとの結婚は政略結婚なのよ?初めからあなたに愛情なんてあるわけないじゃない」
「なんだ兄者よ。ヴィヴィアンが兄者のことを好いてると勘違いしていたのか!これは面白い!よほど兄者はヴィヴィアンに惚れていたんだな!はっはっは!」
ハンベルトが私のことを好きだったということがこの時初めてはっきりと分かった。なんて残酷な瞬間だったでしょう。あの時の苦痛に歪んだハンベルトの顔は今でも忘れられない。
「そういうわけだから、私はザマーサレルと一緒になるわ。もう二度と会うことはないでしょう。さようなら」
※
こうして私は最愛の人を失った。あれから10数年。私は今でもハンベルトのことを愛している。だからザマーサレルにはこの体を差し出してはいない。本当だったらその時点で怪しまれてもおかしくはないけど、ザマーサレルには本命の女性がいて、私のことは利用することしか考えていなかったみたい。
好きになるように仕向けていたけど、私にはよっぽど魅力なんてないのね。まあそんなことはどうでもいいわ。もうすぐ私の命は終わりを迎えるのだから。
バン!
いきなりドアが開き、私が小さい頃から侍女として面倒を見てくれている親友と言ってもいいナターシャがすごい形相で部屋へ入ってきた。
「ヴィヴィアン大変よ!もうすぐに竜人がここへ来るみたい。その竜人を相手にしようとしているのがあのハンベルト様なの!どうやらこの地を出られてから冒険者になったようで、救助要請に応じて駆けつけてくださったのよ!」
その話を聞いた私は居ても立ってもいられず、部屋を飛び出し街の入口へと走って行った。
お読みいただきありがとうございました。
次話は対竜人戦になります。