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回想 ハンベルト

ハンベルト視点の回想となります。

 俺とヴィヴィアンが出会ったのは生まれて間もない頃だったと聞いている。ヴィヴィアンはビーキルド領の隣にあるスピアーダ領の領主の娘で、同い年ということもあって親同士で顔見せをよくしていたそうだ。


 そういうこともあり、生まれてすぐに婚約を結ぶこととなった。親が勝手に決めた政略結婚というやつだ。婚約を結んでいるということを知った時には俺はすでにヴィヴィアンのことが好きだったから問題はなかった。


 だがヴィヴィアンからしたらどうだろうか?俺のことが好きなのだとしたら問題はないが、好きでもないのに結婚するというのは可哀想なことだと常々思っていた。


 それなら俺のことが好きかどうか聞けばいいだけなんだが、それを聞く勇気がなかった俺は好きになってもらえるように頑張ろうと剣術や勉強など色んなことを努力するようになった。


 そうして8歳になる年の春、俺は次期領主としての教育が始まり、ヴィヴィアンは花嫁修業をするためにビーキルド家にやってきた。まだ実際に結婚はしていないが、実質的に俺とヴィヴィアンが夫婦として領地経営を学ばされることになったというわけだ。


 だが俺は勉強が全くできなかったから領地経営のことはさっぱりと言っていいほど分からなかった。それに対してヴィヴィアンは1を知れば5を知るというくらいに賢く聡明で、大人も驚くほどのスピードで知識を身につけていった。


 13歳になると俺とヴィヴィアンは領地経営の一部を任されるようになったが、実際はヴィヴィアンが一人で行っていたと言っていい。年を重ねるにつれ、任される業務量が増えていくがそれも全てヴィヴィアン一人で行っていた。


 そんな状況が続くと親や周りからは領地経営が全くできない馬鹿野郎という目で見られるようになり、ヴィヴィアンとは釣り合わないという声まで出始めるようになった。


「周りが何と言おうと気にしなくていいわよ。私があなたを支えるから。私はあなたの味方だから」


 ヴィヴィアンはいつも俺に気をかけてくれた。全く役に立たない俺を引き立ててくれた。嬉しい反面、情けなくも感じた。本来ならば俺がヴィヴィアンを守らないといけないのに、俺がヴィヴィアンに守られていたからだ。


 一方、俺の2つ下の弟であるザマーサレルはヴィヴィアンには劣るが俺なんかより何倍も賢かった。正直なところ、領地経営の観点からすれば俺なんかよりザマーサレルの方が優秀だ。俺がヴィヴィアンとは釣り合わないと言われるようになったのはザマーサレルの存在が大きい。


 次第に次期領主にはザマーサレルを、そしてその妻にはヴィヴィアンを、という派閥ができ始めた。その派閥ができ始めた頃からだったと思う。ヴィヴィアンの俺に対する態度が変わり始めたのは。


 それまでは何をするにしても一緒に行動することが多かったが、徐々にそれが少なくなり、18歳になる年のころにはほとんど一緒に行動をすることがなくなった。それをヴィヴィアンに問い質したところ、


「私達はもう領地経営のほとんどを任されるようになっているのよ。だから業務の多さであなたと一緒にいる時間が取れないの。ごめんなさいね。本当はあなたとの時間も大事したいんだけど」


 と言われ、何も言えなかった。何もサポートができていなかった。かなりの負担をヴィヴィアンにかけさせていたことを知り愕然とした。俺は領主に向いてないのは分かっているから、ザマーサレルに領主になってもらい、ヴィヴィアンには領地経営の任を降りてもらおうと心に決めた。


 そんな矢先のことだった。たまたま夜、俺は喉が渇いたため台所へ行き水を飲みに行こうとしたところ、ザマーサレルの部屋の扉が少しだけ開いていて、そこから声が漏れ出ていた。


「ねえ、いつになったらあいつを追放するの?早く追放されるところを見たいわ」


 ヴィヴィアンの声だった。あいつ?追放?何のことだと思ってると、


「ああ、もうじきに兄者を追放するさ。ただ追放するだけじゃつまらないだろ?お前が言っていたように兄者からお前を略奪する演出の準備をしている最中なのさ」


「あら、私があなたとこうやって会うようになった頃からの言葉、覚えていてくれてるのね。うれしいわ」


 ヴィヴィアンとザマーサレルの会話に絶句した。そして怒り任せて扉を開けてザマーサレルの部屋に入って行った。


「ヴィヴィアン!俺と会う時間がないと言っておきながらザマーサレルとはそうやって会っているとはどういうことだ!」


 一瞬ヴィヴィアンは驚いた顔をしたが、すぐに落ち着きを見せ、今までにない冷徹な表情を俺に見せた。


「あら、ようやく気づいたのね。本当にあなたは馬鹿だわ。私はあなたのものじゃないの。ザマーサレルのものなの。もう何年もこうやってたのに全然気づかないんだもの。ザマーサレル、この際だからここで全て片付けてしまいしょう」


「そうだな!兄者よ、ヴィヴィアンはもう俺のものだ!兄者への情などこれっぽっちもないんだよ。もう何年も前からな!そしてもうすでに次期領主は俺になることが決まっている。次期領主である俺からの最初の命令だ。ハンベルト・ビーキルド!お前の今ある地位を剥奪し、この地から出て行ってもらう!」


「領主の器でないことは分かっていた。だからお前に譲ることを考えていた!そしてヴィヴィアンの領地経営の負担をなくすためにこれから一緒になろうとしていたというのに……。ヴィヴィアン、もう俺に愛情はないのか?」


「何言ってるの?あなたとの結婚は政略結婚なのよ?初めからあなたに愛情なんてあるわけないじゃない」


「なんだ兄者よ。ヴィヴィアンが兄者のことを好いてると勘違いしていたのか!これは面白い!よほど兄者はヴィヴィアンに惚れていたんだな!はっはっは!」


 ザマーサレルはヴィヴィアンの腰に腕を回して抱き寄せた。


「そういうわけだから、私はザマーサレルと一緒になるわ。もう二度と会うことはないでしょう。さようなら」


 そのまま俺はビーキルド家から追放され、ビーキルドを名乗ることを禁止された。その日のうちにビーキルド領からも追放され、俺は全てを失った。


 別にビーキルド家からの追放とかそんなのはどうでもよかった。ヴィヴィアンにずっと前から裏切られていたことが一番ショックだった。


「あなたは私が支えるわ」


 ヴィヴィアンのあの言葉には俺に対する愛情が込められていると思っていた。それは大きな勘違いだった。元々好きでもなんでもなかったんだから。





 あの時の裏切りと屈辱で忘れていた。ヴィヴィアンのことが今でも大好きだということ。そしてそれを伝えられていなかったことを。


 あいつが俺のことを好きでなくてもいい。生きてさえいてくれればそれでいい。今ここで滅びようとしている故郷を救うことだけを考えよう。


 そう思うとスッと高まっていた感情が収まり、少しだけ楽になった気がした。


「ああ、すまねえ。お前らには言ってなかったんだが、ここは俺の故郷なんだよ。だから懐かしくて泣いちまったんだ。もう大丈夫だから竜人倒す準備を始めるぞ!」


 俺の言葉に納得してくれたのか三人とも特に追及せずに対竜人戦への準備を始め出した。モリソンの見た未来では40分後に竜人がやってくる。あいつらには少し時間が足りないかもしれないが、まあ以前の竜人戦よりはやってくれるだろう。


「あの……。もしやハンベルト様では?」


 街の入口を通り過ぎようとする馬車から一人の女性が顔を出した。ん?誰だこの人は。どこかで見たような気がするな……。


「ああ、ハンベルトだが。すまないが俺はあんたが誰か分からねえ」


「やはりハンベルト様ですね!お久しぶりです!お屋敷でヴィヴィアン様の侍女をしているナターシャです!」


 ああ、そういえばヴィヴィアンがビーキルド家に来た時から一緒にいた侍女がいたな。


「懐かしんでるところ悪いんだが、もうじきここに竜人が来る。さっさと避難することだな。もうこの領地はここしか残ってないのは分かってるだろ?俺達冒険者が街には入れさせねえから安心しな」


「え?もしかして救助要請がようやく届いたってことですか!?しかもその冒険者がハンベルト様だなんて……」


「とりあえず早く行け!冒険者達の邪魔になる!」


「も、申し訳ございません!冒険者の皆さまのご無事をお祈りいたします」


 ナターシャを乗せた馬車は街の中へと消えていった。

お読みいただきありがとうございました。

次話はヴィヴィアン視点の回想となります。

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