#3 ストレート・アローズ 10
「本気で言っているんですか」
農道に設置された即席の待機所。林の提案を聞いた三船は、つい顔を歪ませてしまった。
「刑事さんまで、どうして顔をしかめるのですか? とても合理的な作戦だと思いますが」
林は悩ましげに言った。
逢坂朋美が変貌した物狂いは、天空や林の攻撃もほとんど通じない装甲をもつという。警察の装備で対応するのもまず無理だろう。だから逢坂にこっそり近づき、彼女がヒトの姿に変わったタイミングを狙って毒矢を当てる――林が立てた戦略はこうだ。
「たしかに合理的だとは思います。倫理から目を背ければ、ですが」
事件発生から一晩が経ち、もう正午を過ぎた。房子と志々雄は安全な場所に退避させていた。物狂いはまったく動きを見せず、植物の牢も変わらず鎮座していた。
「駆除を生業としていますから、わたしにはこのやり方が一番性に合っているんです。それに皆さん、徹夜で疲れているご様子」
夜通しの作業で草をいくらか切り倒し、侵入口は開きつつあったものの、現場の警官は皆疲弊していた。いつ事態が急転するかわからない以上、手短に解決できるのならしたかったが、だからと林の案には飛びつけなかった。
「民間人を犠牲にするのは最終手段であるべきです。今はまだ差し迫った状況とはいえない」
「では、代案はありますか? 他のどなたかが対処されるのであればともかく、そうでないならこれが最善かと」
「その言い草、結構な自信がおありのようだ。自分なら絶対に倒せるとお考えで?」
皮肉を混ぜて言ったつもりだった。だが、
「こう見えて場数は踏んでいるんです。うふふ」
と、林は顎に手を添えて可愛らしく笑ってみせた。あまりの屈託のなさに、三船は全身の毛が逆立ちそうになった。
林に任せることはできない。とても一般人とは思えないほど、彼女は殺しに躊躇が無さすぎる。こうなったら別の廻元者を呼ぶ他ないか。
しかし、呼んでいる間に物狂いが活動を始めたらどうする? 電話がある最寄りの署とはだいぶ距離がある。それから協力を要請した廻元者が現場に来るまで、どの程度の猶予があるか。話はそう単純ではなかった。
三船は歯を食いしばった。何故、自分に備わったのが追跡能力なのか。物狂いに立ち向かえるだけの力が自分にあれば、誰かの手を借りる必要など無いというのに――。
「三船さん!!」
ふと大声で呼ばれ、三船は顔を上げた。白い服を着た少女が、待機所の天幕の下に飛び込んできたところだった。
「はぁ、はぁ……間に合った……」
息を切らして膝に手をついたその少女は、東濃天空だった。
「東濃? お前、どうしてここへ来た?」
「私、戦います! 林さんの代わりに」
「……何だと?」
思わぬ言葉に、三船は林の方を見た。どうやら彼女にとっても想定外のことらしく、鳩が豆鉄砲を食ったような表情でぽかんとしていた。
「林さんがどうする気か知ってますか?」
「ちょうど聞いたところだ。しかし言ったはずだぞ。お前が関わると厄介なことになりかねない」
「じゃあ、三船さんは逢坂さんが死んでも良いって言うんですか?」
そこを突かれると痛かった。だがそれでも、天空を事件に巻き込むのはリスクが伴った。
外界が絡む問題は非常に複雑だ。三船も多くは知らないが、この町の自治は外界政府との絶妙なバランスの上に成り立っている。もしも外来人である天空に最悪の事態が起き、それが町の外に漏れ出たとしたら、均衡は大きく崩れることとなる。その影響は、三船には到底コントロールしきれない範囲にまで及ぶだろう。
「お言葉ですが東濃さん、どうやって逢坂さんを倒すつもりですか? 昨日の戦いで、正面から立ち向かうのは無理だとわかったはずです」
林が会話に加わる。
「まだ勝てないって決まったわけじゃありません。最初から妥協なんてせずに、誰も傷つけずに止められる可能性に賭けたいんです」
「まあ。妥協しているつもりはありませんよ。わたしにとってはこのやり方が一番効率的なんです。あなたはそれを止めさせて、非効率な手段に頼るおつもりですか」
どうやら天空も、解決方法を巡って林と揉めていたようだ。表面上こそ穏やかだが、二人の間には確かな緊張があった。
「そうじゃないです。私はただ、自分の仕事を全うしたいだけです」
天空ははっきりと、堂々と言い放った。
「私はまだ見習いです。今まで大事なことは林さんに任せてばかりだったし、仕事のことだってまだまだわからないことだらけです。でも私も、林防除会社の社員です。一度任せられた仕事は、最後までちゃんとやり抜きたい」
そこで言葉を切って、彼女は深く頭を下げた。
「たしかに余計なことかもしれないけど、こんな自分にもできることがあるって信じたいんです。だからお願いします、私にやらせてください!」
勝算があるとは言っていなかった。ただ、その覚悟が半端でないことくらいは、大きく沈んだ背中を見れば明白だった。それは金も地位も身寄りも無い、十九の娘にできる最大限の決意表明であった。
「……本当に聞き分けのない奴だな」
三船には、彼女の背が眩しく映った。立場とか職務とかいうものに囚われたのはいつの頃からだったか。町の外から来た彼女は、そんなしがらみに縛られることもなく、己の望むままに走っているようで、それが少し羨ましくなった。
「いいだろう。撃破する役はお前に任せる」
だから三船は逡巡の後、決心した。警官として以前に年上として、応えないわけにはいかなかった。
「はいっ!」
力強く返事をする天空。
「林さんにも援護に入ってもらいます。構いませんね?」
訊ねると、林は目を閉じた。そして数瞬の後、
「そこまで仰られては、仕方ありませんね。ここは裏方に徹しましょう」
と、瞼を開いて承諾した。彼女に感化されたのかはわからないが、上司として思うところはあるのだろう。
「ただし東濃、絶対に死ぬなよ。もし危険だと判断したらすぐに逃げろ。いいな」
念のため警告すると、天空は首を縦に振った。ここは見届けさせてもらうとしよう。彼女の覚悟を。
かくして討伐作戦が始まった。
変身した天空と林は、警官たちが切り開いた入り口から植物の壁の中へ入った。天井が空いていたため、内部は存外明るかった。しかし、茎が以上に伸びたキャベツや雑草が密集しているせいで見通しが悪く、一種の迷宮と化していた。二人だけで入る判断は正しかったようだ。
腰に収めた大振りの鉈で、林は行く手を阻む草を薙ぎ払っていく。そうして奥へ進んでいくと、間もなく呪詛のような囁きが耳に入ってくる。
「絶対……絶対守らなくちゃ……でないと、お義母さんに示しがつかない……」
円形に大きく開けた場所で、逢坂はうわ言を呟きながら同じ場所をぐるぐる彷徨っている。草間の陰から覗く天空たちには気づいていないようだ。
「まだ攻撃しちゃダメです」
クロスボウを現出させた林に、天空は耳打ちする。
「わかっています。段取り通りにいきましょう」
四方を茂みに包囲されたこの空間は、作戦を実行するのにお誂え向きだった。互いにアイコンタクトをし、天空はあえて茂みから飛び出した。
「なっ……お前、また来たノかあぁぁァァアアア!』
こちらを視認するなり、逢坂は化け物の鎧を纏った。天空もリングを両手に出し、攻撃に備えた。
『コこから出テいけえぇぇエっ!』
ドリルを腰だめに構え、逢坂はいきなり突進してくる。天空は左輪の内側に刃先を嵌め、軌道をずらす。勢いは削がれず、壁に押しつけられる。
至近距離のもつれ合い。引っ掛けたドリルごと左腕を上方に跳ね上げ、輪を外すとともに右脚でキックするが、相手は怯まない。どころかますます体重をかけ、ドリルを押し付けようとしてくる。
高速回転する刃が喉元へ迫る。振動と対流が頸動脈を浅く撫でる。まだだ。まだ耐えなければ。あと三秒、二――一。
――バシュッ
『ムッ!?』
後方から射られた矢。気が逸れた隙に天空は相手を蹴り飛ばす。退く逢坂。
腕を交差させ、体を下げる。踏み込み、懐へ潜って斬り払う。熱を帯びた先端は彼女の腹、緑に光る三角形の部位を引っ掻く。右手で仕掛けた二撃目は振り払われ、再びインファイト。
頭を抉ろうとするドリル。肩で流し、右輪でコアを殴る。硬い衝撃。
胸への刺突。左輪の内刃で弾き、また右ブロー。狙いはやはり同じ、山形の突起。
まったく洗練されていない、素人同然の身振り。けれど必死だった。
「待て」
雷破の私室を去る直前、天空は彼に呼び止められた。
「物狂いとやり合うんなら、腹を狙え。奴らにはみんな、腹に三角の宝石みてぇな核がある。そこを突けば倒せるはずだ」
思い返せば、雷破がフレンジーと戦ったときも核を攻撃してとどめを刺していた。それさえ壊せば、きっと逢坂も元に戻る。
逢坂が左腕のノズルを構えると、頭に矢が当たる。怯んだ瞬間、両刃を突き合わせ光刃を放つ。
『ッ!?』
コアに当たった斬撃は怪物をノックバックさせたが、傷を付けるには至らなかった。装甲だけでなく、コア自体も相当な耐久力のようだ。
それでも、叩き続ければいつか壊れるはず。林が隙を作ったときにアタックすれば――だが。
「くっ!」
速攻を仕掛けようとした天空に、相手はゲルのバリアを大量展開して戦場を二分する。これでは突っ込めない。
現状、天空が使える技は二枚のリングを用いた格闘戦と、特撮でよくあるような遠くまで届く斬撃だけだった。どちらもバリアを破るには威力が足りない。どうにかしてあちら側へ回らなければ。
「――ゴハッ!?」
不意に側頭を強打される。倒れつつ見ると、戦場を囲う植物の外壁から、茎が横向きに飛び出していた。
ズシャアアアア!
倒れたところへ、ゲルの向こうから一本に凝縮された激流が襲いくる。
土の上を無様に転がり起きる。狙いを外した水流は草を一瞬で刈り取り、なおもこちらを追いかける。
「うおっと!」
内壁に近寄ると、足元の茎が真横に伸びてくる。なんとか避けても肩口、腰元と続けざまに茎が生え、動きを阻んでくる。硬質化したキャベツの茎は鈍器と相違なく、壁から次々と突出する様はまさにトラップだ。
そしてついに膝裏を突かれ、バランスを崩す――と、水流が脇腹を掠めた。
裂ける布。
(ッ――)
わずかに散る血、水。
駄目だ、止まれば死ぬ。
ガシュッ
茂みの奥から林がもう一発射る。二発、三発と急いで連射し、敵の背をチクチクと刺す。
『アア鬱陶シい! こノ害虫が!』
痺れを切らし振り向く逢坂。その銃口はもう茂みに隠れる林を狙っていた。ここだ!
伸びた茎を左足で踏み、跳躍。
「とりゃああああッ!!!」
生まれて初めての宙返りで、天空はバリアを跳び越えた。
『ぐハァッ!?』
着地とともに背面を斬り下げる天空。
よろめく相手を蹴り倒し、仰向けにさせて胸を踏みつける。それから拳に力を入れ、腹の核を殴打する。
「お願いッ、壊れてっ!!!」
その一心でひたすら殴り、斬り続けた。
『グハッ! 離セ!』
がしかし、どれだけ攻撃を加えてもコアは一向に壊れず、ひびが入る気配さえなかった。怪物は呻いているものの抵抗は激しく、効いているようには見えなかった。
震えながらも左腕を掲げる逢坂。すると、牢獄の壁の一部が光った。
「きゃあっ!?」
悲鳴がした方を見れば、蔦のように変化した草に林が巻きつかれていた。
「林さん!」
「うっ、うぅ……」
首と四肢を拘束され、磔のようにされた林は苦悶する。強く絞めつける蔦が軋んだ音を立てる。
迂闊だった。植物を成長させるだけでなく、動きまで操作できるということは、ここはフレンジーにとって絶対的に有利な環境だ。ましてや茂みの中で立ち回るのは悪手でしかない。
『離レろッ!』
よそ見をした間に、逢坂は天空の腹へゲルを撃ち出す。
「うわッ――!?」
強烈な反発力に弾かれ、天空は盛大に吹っ飛ばされた。
バリアの向こうへ落ち、弾みで輪を落としてしまう。間髪入れずに壁から数本の蔦が伸びてきて、拾うのを諦めて這いずり、リーチ外に出る。
「……あ、ああっ……」
締め付けが一層強まり、林の右手からクロスボウが落ちる。相貌は青ざめ、苦痛に歪む。
このままだと林は締め殺される。だがこの期に及んでも、天空はフレンジーの攻略法を見つけられない。敵の思うままに変化するこのフィールドでは、接近戦を仕掛けることもままならないが、かといって遠距離でやり合う手段はこちらに無い。他方、相手は遠近どちらにも対応できる上、防御にも優れる。
『必ズ殺シてやるわ……うちの畑ヲ荒らす奴は、必ずね!』
天空は歯を食いしばる。自分のカードと相手のカードの枚数は明らかに違っている。豊富な手札で好きなように動けるあちらに対し、こちらにはさして強くもない札が数枚。これでどうやって捲ろう?
あまりにも貧弱で、あまりにも不利――もはや手詰まりも同然だった。
だが、諦めてはいなかった。
料理とか逆上がりとは訳が違うのだ。できないからと放り出すのは、絶対に許されない。
必ずやり遂げる。手札が無いのなら、生み出してしまえばいい。
天空は念じた。もっと、強く。
林の矢はゲルを突き抜けるが、怪物の装甲には通じない。だからそれよりも、もっと強い力が必要だ。あまねく壁も障害も、すべて貫いて蹴散らす力を。
もっと強く。もっと、もっともっと――――!!!




