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オルファン・ソース  作者: 肩口鰯


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19/22

#3 ストレート・アローズ 7

『ハァアアアア!』


 突進する逢坂。右腕のドリルを水平に振るう。

 すかさず天空は両の手にリングを出す。左の輪でドリルを防ぐと、先端を内側に引っ掛け横に流し、右の輪で反撃する。三日月みたく研がれた切っ先は、無機的に変質した逢坂の胸を――切り裂けなかった。


「ッ!?」


 切り返し、メリケンサックの要領でリングを力いっぱい叩きつける。生まれた衝撃が輪を震わせ、腕を這う。だが相手は身じろぎもせず、ノズルの付いた左腕で天空の腹を打つ。

 腸のうねりに耐え、腕を抱えて殴打する。しかし重厚な腕はびくともせず、むしろこちらの肘の方が痛んでくる。

 一瞬攻め手が緩まった隙に、逢坂はドリルを突き上げ、


「ガハッ!?」


 顎に加わる力。天空はたまらず退く。


 口元を拭い、考える。かなり力を込めて殴っても、まるで効いているように思えない。以前に雷破が戦ったフレンジーはこんなに硬くなかったはずだ。彼と天空では使う武器が違うとはいえ、こうも差が出るのはやはり、逢坂の体を覆う黒いパーツが原因だろうか。


 肩や腕、胸や腹に至るまで、逢坂の上半身は黒いプロテクターに覆われている。質感はプラスチックに似ているが、その実異常に硬く、ちょっとやそっと叩いただけでは壊せそうにない。

 となると、狙うべきはプロテクターに覆われていない部位か。胴部や上腕にあるプロテクターの隙間を突けば、有効打になるかもしれない。


 狙いを決めた天空は踏み出す。大腿部を目掛け振りかぶる――がそのとき、怪物のノズルが何かを放つ。


「うわっ!?」


 柔らかな感触。ゴムまりみたく弾かれ、天空は尻餅をつく。


 撃ち出されたのはゲル状の壁だった。巨大な細胞が寄り集まっているような気色の悪い見た目で、うっすら緑色に透けている。

 気を取り直し右から回り込むも、逢坂はそこにもゲルの壁を展開した。リングで斬りつけ破壊を試みるが、弾力のある壁はぐにゃりと変形するだけで、すぐ元に戻った。まるでスライムだ。


 やけくそ気味に切っ先を突き合わせ、至近距離で水平に振り払う。軌跡から生まれる熱の刃は壁を大きく歪ませ、しかし突き破ることはできず。

 むしろ跳ね返ってきた壁は、天空を吹っ飛ばした。


「ぐえっ!」


 墜落し、潰れたカエルのように呻く天空。背中と後頭部を中心に鈍い痛みが走る。ああ、あの日もこんな風に投げ飛ばされたっけ。これでは格好がつかない。

 羞恥を覚える天空をよそに、物狂いは右腕をこちらに向けた。壁越しで見えづらいが、ドリルが腕の中に収納され、代わりに大きな針へ換装されたのがわかった。


『消えロ!』


 ハッとして横に逸れた、直後。


 ズシャァアアアアアアア!!!!!


 猛烈な激流が発射される。

 ゲルの壁を穿ち、幹へ着弾する極細の水流。それは白い飛沫を巻き上げ、チーズに竹串を通すかのように髄を貫く。


「インチキでしょ!?」


 言う間も放水は止まらず、天空はとにかく走って避ける。水の槍は射線上の木々を深く削る。距離があるのにこれほどの威力を保っているのだ。変身中は体が丈夫になるとはいえ、当たれば無事では済まないだろう。なんとか接近しなければ――。




 ガシュッ




 しかし、放水は唐突に止んだ。林が横槍を入れたのだ。


「こっちを見て!」


 トリガーを引き、二発目を射る。怪物は壁を展開するが、矢は突き抜けて肩に命中する。傷つけられずとも苛立たせるには十分だ。


『邪魔スるな!』


 逢坂が林に銃口を向けたると、すかさず天空は飛び蹴りを仕掛けた。


『ぐアッ!?」


 不格好なフォームの蹴りは、しかし不意を突くことには成功する。

 倒れた相手を足で押さえつけ、天空は輪で装甲の隙間を斬った。


『グウゥゥッ!?』


 熱く赤熱した刃先から火花が飛び散る。今度は確かな手応えがあった。畳み掛けてやる――と思ったら。




 ボヨンッ




「あ?」


 急に怪物が起き上がり、天空は後ろに倒れかける。振り向き様、逢坂は腕をドリルに換装する。


「あっ――ぶなっ!」


 頭を倒してかわし、なんとか跳ね起きる。林と合流し、二人で怪物に相対する。

 一瞬何が起きたのかわからなかったが、すぐ理解する。体の下にゲルを出し、膨らむ反動で天空を退かしたのだ。理性を失っているという割には、とっさによく思いつくものだ。


「埒が明きませんね」


 林は険しい表情で言った。攻撃の方は一応避けられるとはいえ、ゲルの壁と装甲という二重の守りが問題だ。人数差はあっても、このままでは勝ち筋が見えない。


「でも、さっさと止めないと」


 正気を失った化け物を野放しにしてどうなるか。逢坂がどこへ行って何をしでかすか予測できない以上、撤退はし難かった。下手をすると誰かを殺してしまうかもしれない。

 手をこまねく天空と林。


 すると突然、ゴオォォォン……と、厳かな音色が山全体にこだました。


「これは?」

「時報の鐘ですよ。もう五時みたいですね」


 林が答える。


『あ……アア……! 帰らナきゃ……!』


 鐘の音を耳にした怪物は、突如そっぽを向いて駆け出した。


「あっ、どこ行くんですか!」


 天空が引き留めても聞き耳をもたない。


「この方角、きっと家に戻る気です」

「家に戻るって、あの姿で!?」


 山を下りれば房子が待っている。異形化した逢坂と彼女を会わせるわけにはいかない。


「とにかく追いかけましょう!」


 二人は一歩遅れて、走る物狂いを追跡した。もう足元も覚束ない時刻だが、目立つ痕跡と足音で見失うことはなかった。


 元の畑に出ると、作物の間を虚ろな足取りで行く逢坂が居た。姿は人間に戻っていたが、向かう先には房子が見えた。彼女はちょうど軒先に干した洗濯物を取り込んでいて、天空と林は一段足を速めた。


 

「ずいぶん遅い帰りだったわね。さ、今日は豚汁にしましょう」

 逢坂が近くに寄ってくると、房子は顔も向けずに言った。


「……すみません。すぐに支度します」


 逢坂は、さっきの豹変ぶりが嘘のようにしおらしかった。だが、それがむしろ天空の足を速めた。


「房子さん離れて!!!」

「きゃっ!」


 猛ダッシュで畑を突っ切り、天空は逢坂を羽交い絞めにした。


「東濃さん!? あなた、朋美さんに何を――」

「いいから早く! すぐここから逃げて!」


 急な事態に狼狽える房子に、天空は必死に呼びかけた。


「言う通りにしてください! 朋美さんは今……普通じゃないんです!」


 林が続ける。以前フレンジーとなって天空に襲ってきたレストランの店員も、最初は普通の人間と変わりないように見えた。ここで逢坂を止めなければ、房子に危害を加えかねない。


「――いっ!?」


 足の甲を踏まれ、天空は怯んだ。その隙に拘束を脱した逢坂は、歯を剥き出してこちらを威嚇した。


「お前ら……畑に入っタな!!!』


 再びゲルに覆われた彼女は、怪物へと変身する。


「え……あ……朋美、さん…………?」


 わなわなと震え、その場にへたり込む房子。まずい!


『安心シてください、お義母さン。私が、私がコの畑を守りますかラ……』


 天空はもう一度リングを構えるが、すでに手遅れだった。


『ウアアァァァァァァァア!!!』


 畑の真ん中に立ち、叫ぶ怪物。それに呼応するかのように怪しく光った作物たちは、根本から急激に茎を伸ばし、たちまち急成長を遂げていく。その規模はもはや、生物の理を逸脱していた。




「嘘……」




 呆然と見上げる天空は、林に腕を掴まれ農道に退避する。房子はもう声も上げられない。




 そうして、広いキャベツ畑を覆い尽くす、巨大な植物の牢獄ができあがった。


 化け物に変わった逢坂は、壁の向こうに消えてしまった。

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