前を向いて
翌朝。
出掛ける準備をした後、ロードは、仲間たちに昨夜の話を打ち明けた。
マ「…そんなことがあったんだ…。」
ル「お母さんを殺してしまった相手でもあり、自分が殺しかけてしまった相手か…。そんな人に再会したら、精神状態もおかしくなるよな…。」
マオとルクは、昨日の出来事に納得しながらも、悲しい表情を浮かべている。
フ「とても辛かったね…。ディムアは混合児だったのね。だからメア族なのにこんなに優しい心を持っているの。」
フレイシーは、ディムアを優しい眼差しで見つめる、
デ「…みんな、私のこんな過去を知って、軽蔑しないのか…?」
仲間たちに恐る恐る視線を合わせ、ディムアは尋ねる。
マ「軽蔑なんかしないよ!仲間でしょ?」
ル「そうそう、寧ろ、ディムアはすごく辛い思いをしてるんだからさ…。」
フ「みんなディムアの味方だから、心配しないでねね…。」
デ「…みんな…ありがと…。」
仲間たちの温かい言葉を聞き、ディムアは目に涙を溜める。
ロ「そういうことなので、僕たちはこれから彼と話をして来ます。戻って来るまで、みんなは待機でお願いします。」
マ「…うん、わかった。待ってるよ!」
ロードの言葉に、マオは頷いた。
ロードとディムアは、タンゴの家に来た。
タ「…にゃにゃ!ロードさんとディムアさんにゃ!おはようにゃ!」
家のドアを開け、2人と目が合ったタンゴは、笑顔を見せていた。
ロ「おはようございます。昨日は突然出て行ってしまい、すみませんでした。」
タ「全然気にしないでにゃ!」
ロードが頭を下げると、タンゴは首を横に振る。
ロ「…あの、イグナスさんに話したいことがあるんです。彼はいますか?」
タ「イグナスかにゃ?今は出掛けてるにゃ。」
ロ「そうですか…。」
デ「…。」
ロードとディムアは視線を合わせる。
タ「すぐ帰ってくると思うにゃ。上がって待つといいにゃ!」
ロ「ありがとうございます。」
タンゴの言葉に、ロードは小さく笑った。
2人は、タンゴの家に上がった。
タ「ディムアさん、もう体調は大丈夫にゃ?」
デ「…え…?」
お茶をテーブルの上に置いたタンゴが、ディムアに尋ねる。
タ「昨日、突然出て行ってしまったとき、とっても顔色が悪かったから心配してたにゃ。もしかして、長旅の疲れが出ちゃったにゃ?」
デ「…ええと…。」
タンゴの問い掛けに、ディムアは返答に困ってしまう。
ロ「…そのことなんですが、タンゴ村長は、イグナスさんからディムアのことは、何も聞いていませんか?」
タ「にゃ…?何も聞いてないにゃ。もしかして、イグナスとディムアさんはお知り合いなのにゃ…?」
ロードの問い掛けに、タンゴは首を横に振り、慎重に尋ねる。
ロ「…実は、僕も昨夜初めて彼女から聞いたのですが…。」
ディムアの母親が、襲われそうになった彼女を庇う為に、5年前イグナスに殺されたこと。
その母親がメア族ではなく人間だったこと。
そのショックで一時的に理性を失い、ディムアはイグナスに大きな傷を負わせ、足に障害を残させてしまったこと。
ディムアもイグナスも傷付かないように、言葉を慎重に選びながら、ロードはタンゴに全て話した。
タ「…にゃ…。2人の間にそんな大変なことがあったなんてにゃ…。」
話を聞き終えたタンゴは、大きなショックを受けた様子だった。
デ「…。」
ロードが話している間、ディムアはずっとうつむき、口を閉ざしていた。
ロ「ディムアは、母親が殺されたショックももちろん大きいようですが、イグナスさんに大きな傷を負わせ、心身にも深い傷を残してしまったことを、今までずっと悔やんでいたようです。」
タ「そうなんだにゃ…。でも、その話だけ聞くと、イグナスが先にディムアさんに手を出してるにゃ…。そして、ディムアさんを庇ったお母さんの命を奪ってしまっているにゃ…。しかも、メア族ではなく人間にゃ…。かといってメア族を殺していいというわけでもないけどにゃ…。」
酷く困惑しながら、タンゴはそう口にする。
その言葉からは、母親を亡くしてしまったディムアを精一杯気遣う気持ちが伺えた。
ロ「…彼も、そのときは自分の身を守ることに必死で、ディムアのお母さんの命を奪うつもりはなかったのかもしれません。そのときの状況が僕にもはっきりとわからないので、今はイグナスさんに話を聞きたいです。そして、ディムアと話をして、お互いの心の傷が少しでも癒えると良いと思っています…。」
タ「そうだにゃ。とりあえずは話し合うことが大切だにゃ。イグナスの帰りを待とうにゃ。」
デ「…。」
一旦話を終えても、ディムアはずっと無言でいた。
その様子を、ロードは心配そうに見つめていた。
ロードとディムアがタンゴの家に来てからしばらく経ったが、イグナスは帰って来る気配がなかった。
タ「…イグナス遅いにゃー。そろそろ帰って来ると思ったんだけどにゃ…。」
そう呟いたタンゴは、玄関のドアを開け、外の様子を見渡す。
家の外の近くにも、イグナスはいないようだ。
ふと、家の郵便受けに、1枚の紙が入っていることに、タンゴは気が付いた。
タ「にゃ?お手紙かにゃ…?」
郵便受けから紙を出し、文章を読む。
タ「…っ!!た、大変だにゃ…!!」
その紙を握りしめ、タンゴはロードとディムアの元へ飛んできた。
ロ「どうしたんですか…?」
タンゴの様子に驚き、ロードは尋ねる。
タ「い、今郵便受けを見たら、中にこれが入ってたにゃ…!」
タンゴが差し出した紙を受け取り、ロードは読み上げる。
ロ「『私は大変な重罪を犯しました。ディムアさん、お母さんの命を奪ってしまい、本当に申し訳ありませんでした。タンゴ、今までありがとう。命をもって償います。さようなら。…イグナス…。』」
「―っ!!!」
その手紙の内容に、ロードとディムアは驚愕した。
タ「…イグナス…さっきの話、陰で聞いてたのかにゃ…!?」
恐る恐る、タンゴは呟く。
ロ「…聞いていたのかもしれませんね…。すぐにイグナスさんを探しに行きます!」
そう言ったロードは、立ち上がる。
デ「…どうして…こんなことに…!?」
イグナスからの手紙を見て、ディムアは震えていた。
ロ「…ディムア、まだ間に合います。彼が自ら命を絶ってしまう前に…急ぎましょう!」
デ「…うん…!」
ロードの掛け声に、ディムアは何とか気持ちを保ち、頷いて立ち上がった。
タ「ボクも行くにゃ!イグナス、絶対死んじゃダメにゃ…!!」
今にも泣きそうな表情で、タンゴは声を上げる。
3人は、イグナスを探しに、家を飛び出した。
宿の近くで待機していたマオの携帯電話に、ロードから着信があった。
マ「…ロード?どうしたの?」
ロ『マオ、緊急事態です。すぐにイグナスさんを探してください。』
マ「えっ…一体何が…。」
ロードの慌てた声を聞き、マオは戸惑って聞き返す。
ロ『彼が自殺をしてしまう可能性が出てきてしまいました…!』
マ「…じ、自殺…!?」
その言葉に、マオは驚愕した。
ル「なに?ロードから?」
フ「大丈夫…?」
すぐ近くにいたルクとフレイシーも、胸騒ぎを覚え、不安そうにマオに歩み寄る。
ロ『イグナスは車椅子で移動しているので、まだそんな遠くへは行けていないはずです。村人も彼を目撃しているかもしれないので、聞き込みもしながらお願いします!』
マ「う、うん!わかったよ…!」
そこで、通話は途切れた。
ル「なんか、ただ事じゃなさそうな感じだけど…。」
ロードの切羽詰まった口調から、大変なことが起きていることを感じたルクは、焦りながらそう呟く。
マ「大変だよ!イグナスが自殺するかもしれないんだって!すぐ探しに行こう!」
フ「…えっ!?大変…!!」
ル「…わかった、急ごう!」
マオ、フレイシー、ルクは、慌ただしく走り出した。
タ「にゃー!村のみんな、ちょっと聞いてにゃ!」
家の近くにいた数人の村人に、まとめてタンゴは声を掛ける。
「あら、村長。そんなに慌ててどうしたの?」
1人の村人が、タンゴにそう尋ねる。
タ「急いでるにゃ!イグナスを見た人、いないかにゃ!?」
「イグナスくん?さぁ、私は見てないけど…。」
「俺も見てないなぁ。」
村人たちは、首を横に振って答える。
「私さっき見たわ。テチチ火山の山頂の方向へ向かって行ってたわよ。」
1人の村人が、イグナスが行ったという方角を指した。
タ「ホントにゃ!?ありがとうにゃ!」
村人に御礼を言ったタンゴは、ロード、ディムアと視線を合わせる。
タ「こっちに行ったそうにゃ!」
ロ「はい、わかりました!」
デ「…。」
走り出すタンゴの後ろを、2人は追いかける。
ロードは、走りながらマオに再び電話を掛けた。
マ「…テチチ火山の山頂の方向だね!わかったよ!」
ロードからの電話で、マオとフレイシーとルクは、テチチ火山の山頂が見える方向へ走った。
フ「…あの、すみません!」
フレイシーは、通り掛かった村人に声を掛ける。
「なんだい?お嬢ちゃん?」
フ「この辺りで、車椅子に乗った男の人を見掛けませんでしたか!?」
「車椅子…。あぁ、イグナスくんのことね。イグナスくんなら、あっちの方角に向かって行ったよー。」
村人の指す方向を見て、3人は嫌な予感を巡らせる。
ル「…あっちって、何がある…?」
「あっちかい?崖があるだけだけど、そこからの景色がいい眺めなんだ。きっとそこまで散歩して、気分転換に行ったんじゃないかねぇ。」
マ「…崖…!!?」
フ「…わかりました。ありがとうございます…!」
その村人と離れ、3人は更に焦り出す。
ル「崖はヤバくないか…!?」
マ「うん…嫌な予感しかしない…!ロードに電話だ!!」
フ「イグナスさん…!早まらないで…!!」
イグナスの無事を強く祈りながら、3人は崖の方向へ走り出した。
ロ「…。わかりました。」
マオとの通話を切り、ロードはディムア、タンゴと視線を合わせる。
タ「…ロードさん…イグナスは…!?」
ロ「…崖の方向へ向かっているとの目撃情報があったそうです…。」
「―っ!!」
ロードの静かな言葉に、ディムアとタンゴは言葉を失う。
タ「…イヤにゃ…!!イヤにゃあ!!」
ついにタンゴは泣き出してしまった。
デ「…っ。」
辛そうな表情で、ディムアはタンゴを優しく抱きしめた。
デ「大丈夫…。イグナスは死なせない…。」
タ「…ディムアさん…にゃぁ…。」
ロ「…きっとまだ間に合います!急ぎましょう!」
ロードの必死の掛け声を聞き、ディムアとタンゴは視線を合わせる。
デ「行こう!」
タ「…うん!にゃ!」
頷き合った3人は、急いで崖へ向かった。
車椅子に乗ったイグナスの目の前には、良い眺めの景色が広がっていた。
あと数メートル進めば、崖の下に落ちる。
この下に行き、楽になりたかった。
あの事件のことを、彼女と再会して思い出してしまい、酷く辛そうな表情の彼女を見て、やはり自分は生きている資格はないと、改めて思い知った。
片足が不自由になってしまっただけでは、罪はあまりにも軽すぎた。
それならば、自分で全てを終わりにしてしまおう。
ディムアさん…本当にごめんね。
タンゴ…今までありがとう。
心の中で念じ、イグナスは、車椅子を前へ進めた。
しかし、車椅子を何故か動かせなくなってしまい、イグナスが崖の下へ落ちることは阻止された。
その原因は、彼が後ろを振り向いたとき、明らかになった。
ロードが車椅子を押さえていたからだった。
ロ「…間に合いました…。」
安堵して小さく笑ったロードは、そう呟いた。
イ「…ロードくん…。」
イグナスは、とても気まずそうな表情を浮かべた。
タ「にゃぁ!!イグナス良かったにゃぁ!!」
イ「タンゴ…っ。」
自分の胸に飛び付いて号泣するタンゴを見て、イグナスの瞳からも涙が溢れ出る。
そして、イグナスの目の前に、ディムアが立った。
デ「…。」
イ「…ディムア…さん…。」
2人は悲しい瞳で見つめ合う。
そのとき、マオ、フレイシー、ルクも、その場にたどり着いた。
マ「よかった…間に合った…!!」
フ「イグナスさん、ちゃんと生きてるわ!」
ル「最悪の事態は免れたな!」
3人は笑顔を見合わせた。
デ「…どうして自ら死のうとする…?お前が死んでしまったら、悲しむ人がいるのがわからないか…?」
イ「…っ。」
タ「…にゃぁ…にゃぁ…。」
ディムアの静かな言葉に、イグナスは自分の膝の上に乗って泣いているタンゴを見つめる。
イ「…でも、俺には、生きる資格がないんだ…。だって、君のお母さんの命を奪ってしまったんだから…!」
デ「お前が命を絶っても…私のお母さんが生き返るわけじゃない!だから、死のうなんて考えるな…!」
ディムアは必死の思いでそう声を上げる。
イ「…どうして…?君は、俺が憎いだろ?お母さんの命を奪ってしまったんだよ…。しかも、彼女はメア族ではなく…人間だったなんて…。」
苦しそうな表情で、イグナスは消えそうな声を発する。
デ「…お母さんの命を奪ったことは、許すことは出来ない。でも、私もお前の命を奪いかけて、そんな身体にしてしまったからな…。本当に、ごめん…。」
イグナスに向け、ディムアは小さく頭を下げる。
イ「…君が謝る必要なんて微塵もないよ…。俺はお母さんを殺してしまったのに、君は俺を殺さなかった…。足が不自由になったくらいじゃ、俺の罪は償いきれないよ…!」
デ「…。」
返答に困ったディムアは、うつむいて黙ってしまう。
ロ「…イグナスさん。僕たちは、そのときの状況を出来る限り知りたいのです。覚えていることを、話していただけませんか?」
おもむろに口を開いたロードは、イグナスに問い掛ける。
イ「…うん。あの日、旅先で村を訪れたんだ。ちょうどその村に、メア族の集団が迷い込んで来ていてね…。そのとき、村の人々から『メア族は残らず始末しろ』という司令が出ていた。俺も初めてのことだったから、パニックになっていたんだ…。しばらく建物に隠れていたら、俺と同じように震えながら隠れている少女がいて…。その子が、そのとき俺じゃない違う旅人に見つかり、その旅人と闇の魔力で戦っていたんだ。」
「…。」
イグナスの話を、ロードたち5人とタンゴは無言で聞いている。
イ「俺はパニックだったから、その旅人と一緒にそのメア族の少女を攻撃してしまっていた。そして、少女を庇った彼女の母親を、気付いたら殺してしまっていた…。」
デ「…っ。」
昨日のフラッシュバックが再び起こりそうになり、ディムアは咄嗟に目を伏せ、胸を押さえる。
ロ「…。」
そのことに気が付いたロードは、ディムアを落ち着かせる為に、彼女の手を握り、背中をそっと擦っていた。
イ「その後…母親を殺されて理性を失ってしまった少女に、俺は強力な闇魔法で殺されかけた…。気付いたら病院に運ばれていた。命は助かったけど、片足が動かなくなってしまった。…という感じだね…。」
話し終えたイグナスは、とても悲しい表情をしていた。
ロ「…その少女が、ディムアだったということですね…。」
イ「…うん。」
ロードの問い掛けに、イグナスは静かに頷く。
ロ「…イグナスさんは、ディムア母娘に対し、明確な殺意を持っている訳ではなかった…。それが、今の話で明らかになりました。」
デ「…っ!!」
ロードのその言葉を聞き、ディムアはハッとなり、顔を上げた。
マ「…そっか!イグナスもディムアと同じで、そのときパニックになってたんだね…!」
ロ「そうですね。だからこそ、自らの犯した過ちを重く受け止めすぎてしまい、自殺をしようとする所まで精神的に追いやられてしまったのでしょう…。」
声を上げたマオに続き、ロードは深刻な表情でそう話した。
デ「…私と同じだったんだな…。」
そう呟いたディムアは、わずかに穏やかな表情を取り戻していた。
イ「…うん。でも、パニックだったとしても、ディムアさんのお母さんの命を奪ってしまったのは事実だよ。謝って許してもらえるとは思わないけど…。ディムアさん、本当にごめんなさい…。」
ディムアに向かい、イグナスは、深々と頭を下げた。
デ「…もういい。この出来事は、誰にも防ぐことが出来ない事故だったということだ。もう気にすることはない。」
イ「…でも…。」
デ「私とお前は、お互い今までもう充分な罰を受けたんだ。あとは、それぞれがちゃんと前を向いて生きていけばいいんじゃないか…?」
イ「…っ!」
ディムアのその言葉に、イグナスは再び涙を流す。
イ「…ありがとう…。ディムアさん…みんな…本当にありがとう…!」
タ「…よかったにゃ…イグナスにゃ…。」
イグナスとタンゴは、抱きしめ合った。
ル「…和解出来て、本当によかった…。ロードとディムアが話してくれたおかげだな。」
フ「うん…。ディムアは本当に強くて優しい子ね。イグナスさんもタンゴちゃんも、とっても嬉しそう。」
2人のその姿を見て、ルクとフレイシーも安堵して微笑んでそう話す。
ロ「…ディムア、辛い過去によく耐えて、彼とちゃんと話が出来ましたね。本当にすごいです。」
デ「…。ロードのおかげだ。ありがとう…。」
ロードとディムアも、そう言って微笑み合った。
マ「…あの2人、本当にオレとロードみたい…。」
イグナスとタンゴの姿が、ロードと自分の姿と重なって見え、マオは胸が熱くなっていた。




