酷暑
六月二十三日
またこの季節がやってきてしまった・・・。うだるような暑さ、汗ではりつくTシャツ、水道の水は生温く、空気まで重く感じ息苦しい。いつも、次の夏までにはこの土地から離れよう、そう思っているのにまだ自分はここにいる。
「この土地の夏は酷く暑い、自分には厳しすぎる。次こそは――来年の夏までには――、必ずここから出ていこう。」と、前年と変わらぬ決意と目標を掲げ今日も私は生きている。
ただ今年の夏は前年とは違うことをしてみようと思っている。日記だ。
日記をつければ自らの行いを省みれる。自分の感情、記憶、其の全てを俯瞰的に見ることができれば、私はまた新しい一歩を踏み出せるかもしれない。そう今日から書くんだ、私はここから必ず出ていく、私の抱えている問題、そのすべてに決着をつけてみせる。これは幸福への第一歩だ。そう自分に言い聞かせ前へ進もう。
六月二十八日
仕事帰りにこの日記を書いている。あまり気分はよくない。仕事でミスが続く。言われたことを忠実に守り、慎重に作業を行っているのに、どうしてこうなってしまうのか。店長からは嫌味を、年下の女性社員からは侮蔑交じりの注意と叱責。
だが彼らの言動が不当だ、いじめだなどと訴えかける気持ちも私にはない。実際、私はミスが多すぎるのだ。
動きが遅く就業時間中に作業が終わらないし、商品もしばしば損ない、欠品させてしまう。愛想が悪く、他人と関わる気もなく、休憩時間には部屋の隅で誰とも関わらず、一人座っている。
彼らの言動も無理からぬことだ。このような駄目人間、雇われてもらえているだけでもありがたいと、自分でも思っている。
職場環境は最悪――自分自身のせいで――、賃金も安く仕事もまともにこなせない。それでもここで働いて良いことが一つだけある。
ここは空調が効いていて、常に人間が過ごすのに快適な温度に建物全体が保たれていて、心地が良い。そう私は、自分の家で、空調が、自由に、使えないのである。
七月二日
休日なので、一日中家にいる。やる事もなく、昔読み終えた小説を、暑さに耐えながら読み返すだけで一日を終える。
普通の人ならば、休日には友達と会ったり、趣味の活動に勤しんだり、旅行にもいったりするのだろう。
だが私には趣味もなく友達もいなく、努力して節約しているのにも関わらず家計を苦しめる生活費、毎月少ない金額だが積み上げていっている貯金、当然旅行にも行けない。
ただただ一日暑さに耐えている。窓から入り込む日差しは、体を突き刺さずも電子レンジのように部屋を焼いている。湿気が私の体を包み込み、体全体がねばついているように感じる。息苦しい、大したこともしていないのし、運動しているわけでもない。どうして夏とはこれほど息苦しく感じるのだろう、本当に嫌になる。
扇風機だけが救いだ。風は温かく体から熱が引かないが、それでも私を癒し、慰めてくれている。扇風機だけは手放したくはない。
七月四日
仕事終わりにスーパーへ寄り酒を買ってきた。酒に酔えばこの夏の不快感や自分の人生に対してのイライラから逃げられるのではないかと思ったのだ。
スーパーの中は外の暑さとはまるで違い、空調が効いていて涼しく心地が良かった。出来ることならしばらくここに留まりたかった。だがここは田舎で、スーパーの店員は親しくなくとも顔の知れてる近所の住人。長時間居座ってしまえば、ただでさえ悪い評判がさらにわるくなってしまう。私は、アルコール度数40のウイスキーを片手にレジへいき、会計をすませ、足早にスーパーを去った。
家へ帰りつき玄関のドアを開けると家の中はムッとした空気と嫌な臭いに包まれていた。私は家中の窓を開けて回り、空気の入れ替えを行った。本当は窓も開けたくはない。窓を開けたくはない窓をあけると嫌なものが目と耳に入ってくる、出てはいけないものが外に出てしまう。だが開けなければならない空気の入れ替えは行わなければならない。
10分だ、10分だけ耐えよう。私は部屋の隅に置かれている扇風機をつけ、目と耳を塞ぎその場でじっと座って時間を数えて10分が過ぎるのを待った。1,2,3,4,5,6・・・。60秒を十回数え終わり、もう十分だろうと私は立ち上がり、家の窓をすべて閉めて回った。やっと一息つけた。このようなことを私は毎日のように続けている。冬ならば窓を開ける必要も薄く苦労しないのに。
馬鹿々々しくもやらざるを得ない儀式を終えた私は、玄関に置きっぱなしにしていたウイスキーを取り、のそのと台所に向かった。棚からコップをだし、ウイスキーの栓を開けた。さてどうしようか、私は酒を飲む習慣がないので、どのようにすれば美味しく酒をいただけるのかよくわからない。どうせなら早めに酔いたいなと、水で割らずにコップに注ぎ、冷凍庫から氷を3つ取り出しいれた。
さて飲むかと、コップを手に取り一口ウイスキーを体の中に入れた。口の中に入ったウイスキーはその匂いで私の鼻を貫き、お世辞にも良いとは言えない味、ピリピリとした刺激と熱とが舌から食道を通り胃の中に流れていった。これは美味しいのだろうか、酒飲み達はこれを喜んで飲んでいるのか。これがわたしのウイスキーへの感想だった。
この味はあれだ、接着剤だ。食べたこともないのにそう思った。不快に感じながらも酔うためだ、ウイスキーを休みながらも一口、二口、三口と口に入れた。喉が痺れてきた、だがまだ酔いを感じない、苦しいがもっと飲む、もっと飲む。顔から熱が出ているようだ、酔っているのだろうか。試しに歩いてみた。少しふらつくがまっすぐ歩ける。意識もハッキリしている泣き出したり怒ったりもしていない。まだ足りないのだろうか、もう一口、もう二口。酔っているのかどうかわからずウイスキーをあおり続け瓶の中身を半分程空けた。腹の中から気持ち悪さとムカつきを感じたので、手を止めた。
これでいいのだろうか、あっていたのだろうか。酔った感じはしない、望んだものが手に入らない。何故だろうか、何が間違っているのだろうか、酒に飲む慣れていないからか、私は私はなんだか疲れてきた、体の外からの熱と、体の内から出てくる熱の間に挟まれながら、私は床の上に横になり、目を閉じ私の脳が眠りにつくのを待った。
七月五日
腹の中が気持ち悪いが、頭は痛くない。どうやら二日酔いはしていないようだ。やはり飲む量が少なかったのだろうか。
七月八日
休みがない休日だが休めない糞糞糞、暑い暑い辛い辛い。どこかへ行くかどこへ行けばいいんだ行く場所なぞ無い。図書館はだめだ、あそこにはもう行けない。一番近いショッピングモールも行くのに片道二時間かかる。金も時間もかかる行くべきか行かざるべきか。いや、やはり無理だ出来ない駄目だ、糞糞糞。
七月十日
今日は雨が降っている。窓が締まっているにも関わらず家の中には湿気が入り込んでいた。床の上はべたべたとし、万年床はしっとり濡れている。一般的に言えばあまり気分のいいものではないのだろうが、私の精神はいつもと違い、落ち着いていた。
私は雨が好きだ。雨は静かで優しい。私は座って壁にもたれかかり、ぼーっと外の雨を眺めている。このような静けさがいつまでも続いてくれればいいのにと、そう思っている。でもそうはならない。やまない雨がないように、明けない夜もなく、昨日と同じ明日がやってくる。
七月十四日
仕事を仮病で欠勤した。朝から全身が気怠く、頭の中は不快な想像でいっぱいだった。こんな状態で作業を行って、私は正気を保てるだろうか。突然奇声をあげたり、同僚に怒鳴りかかったり、泣き出してうずくまったりしないだろうか。自信がない、怖い、立ち向かう勇気がない、助けてくれる人などいない。他人を拒絶して生きてきたのに、自身が追いつめられると他人に縋り付きたくなる。自己嫌悪。
だが一日休んだからといってどうなるというのだろうか。私の精神状態は変わらず苛まれている。隣人トラブル、将来への絶望、孤独、少ない貯蓄。無理をしてでも働くべきなのだろう。歯を食いしばってわが身を立たせ、唇をギュッと結んで叫ばないようにし、心を殺して一日をやり過ごせば、少なくともお金は手に入るのだから。
でもそうはしなかった。私は私はなんなのだろうか。自堕落で勇気がない、要領も悪い、顔も良くはないし、学がなく運動もできない。
自分には何かあるのではないか、できることが何か一つでも。そんな希望にすがり、考え行動し、時には何もせず眠り続け、十年が過ぎた。私は何も見つけられず、何も達成できず、自分の人生とは何だったのかと嘆いている。
七月十六日
昼間から夕方にかけて、隣の家の犬がずっとワンワン、ワンワンと吠えている。癇に障る鳴き声だ、隣の住人は何故吠えるの止めない、不快じゃないのか。理解できない。クソが、隣の家さえなければ、私の生活も、もう少し、まともなものになれたのに。あいつらさえいなければ。
冷静になれ私、落ち着きを取り戻せ私、私は清廉潔白、私は善良。私は法治国家の住人、罪を犯すことなどないと胸を張って言える人間。他人を思いやり、笑って幸せに生きれる人間になるんだ。そうだ、そうするんだ。
七月二十一日
何も書くことがない。いつも通りの嫌な一日。でも書かないと、書かないと空白が埋められない。ただ苦しいだけの日常、空虚な人生。そんなものは肯定したくない。這い上がるための一歩を、生きていてよかったと思えるなにかを求めて。書く、空白を埋める。今日はそれでおしまい。
七月二十三日
一か月、書き続けたものを読み返している。ヒドイ。文章は稚拙だし、内容も悪い。中身がない。恨みつらみをかいたところでどうにもならない。私は何か変わったか?いや、何も変わっていない。当たり前だこの程度のことでなにが変わるというのだ。むなしい、全部むなしい。
七月二十四日
天啓だ、私はここを出ていく。
いや、これは当初からの目的なのだがそうではなくて。なんと書いていいのかわからない。悟りを開いたんだ。いや天啓か。どちらでもいい。私を私たらしめているものは生来のものであるが、それだけでなく、私の身の周りにある全て、全てのものが私。過酷な暑さ、嫌いな隣人、美味しくない酒、うまくいかない仕事、あらゆる気に食わないもの、それ全部が私なんだ。だから、ここを出ていけば、私は私でなくなることができる。だから、出ていく。それが望み、論理的帰結。私は幸福感に包まれながら決意をあらたにした。その後、私は寝床に入り、眠りに落ちる。そうして昨日と同じ明日がやってくる。