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【短編小説】素晴らしき世界

作者: 青いひつじ

これが、最先端の素晴らしき世界。


便利な時代になった。

私が住んでいる星では、人の心が手に取るように分かる。というか、見える。



17年前に海外の若い研究者が開発した"人の心が見えるメガネ"その名も「マイングラス」

これが若者の間で流行り、当時、私にはそんなもの必要ないと思っていたが、今や人々の生活の一部となっているのである。

元々は、耳の不自由な人や年配者とのコミュケーションを円滑にする目的で研究されていたらしい。



17年前のある朝、同僚が青色の不審なメガネをかけていたので訊ねたところ、それが例のマイングラスだった。正確には、マイングラス4という名前だった。


「スタイリッシュで、いいメガネだね」


人間は往々にして、新しいものが好きである。

発売日当日の開店前、深夜からブルーシートを敷き列をつくる人々の映像が垂れ流される。どうせ一過性のブームに過ぎないというのに、平日の朝っぱらから何をしているのか。


半年後の新聞には、マイングラス返品者続出?!という見出しが出ており、私はにやにやしながら記事に目を通した。繰り返し起こる不具合、説明書の不備、本社の対応の杜撰さに返品者が続出しているという内容だった。予感は見事、的中した。

その後、私の星では"マイングラス"という単語を聞くことはなくなった。



しかしその2年後、マイングラス5が発売されるというニュースが飛び込んできた。

マイングラス4から改良され、よりクリアに、スピーディーに相手の心が表示されるようになったという。

例の如く、テレビでは発売前の映像が流され、私はまた鼻で笑っていたが、今回のマイングラスは、前回とは様子が少し違うようだった。


形は非常にシンプルになり、通常のメガネと区別がつかないほどであった。性能もかなり改良されているようで、発売から半年経っても、あの時のような見出しを見ることはなかった。


気づけば周りは、マイングラス保持者が多数派となり、この部署で持ってない人間は、私と機械に疎い年配社員だけだった。時代は一気に、マイングラス一色になった。

飲み会では必ずマイングラスの話題になり、持っていない者は話についていけなくなった。



そしてさらに2年後には、マイングラス6と6aが発表された。

これまでマイングラスもマイングラスに踊らされている人間も馬鹿にし、今さら同僚に訊ねることもできない私は、元マイングラス保持者になりすまし、喫煙所で出会った他部署の人間から聴取することにした。




「君がかけているのは、マイングラスかね」


「そうです。これは5型です」


「ほう。それで、5の使い心地はどうだい?私は以前4を使っていたが、不具合が多くてね、返品してしまったんだよ」


「え!4持ってたんですか!いいなー!性能は置いといて、僕は前の尖ったデザインも好きなんですよねー。そろそろ6に買い替えようかなと思ってます」


「少しかけてみてもいいかね」


「どうぞ」


メガネをかけ彼の方を見ると、彼の心臓あたりにカタカナ文字が表記された。


"ダサイ スーツ ダナ"


私は彼の失礼な本心よりも、マイングラスのその性能に脱帽した。


「おぉ、これは、、、すごい」


「6は、きっともっとすごいですよ。表示も平仮名になるそうです」


「4とは全くもって違うな」


「僕の経験では、これをかけて商談にいけば、ほぼ、100パーセントうまくいきます」


彼の言葉に、私はまさかと笑った。


「確かにこれはすごい代物だけどね。こんな道具ひとつで仕事がうまくいけば、誰も苦労しないよ」


「もしよければ、半額でお譲りしましょうか?

僕は6に買い替えようと思っていたので」


「いくらだい?」


「実はくじ引きの景品で当たったんですけど、5千円でどうですか?」


確か価格は10万近かったはずだ。5千円くらいなら悪くない。私は騙されたつもりで、彼からそのメガネを買い取った。そして昼食をとり、マイングラスをかけ、訪問先へと向かった。


どうやら、度数や相手の心を表示する頻度は自分で設定できるようである。私は頻度を"常に表示する"に設定した。行き交う人々は、スーツを着て髪を整えていても、その心は真反対であった。



訪問先に到着すると、入り口では広報担当らしき男が私を待っていた。

彼の心臓部分を見るとグラスには、"ナンカ タヨリナサソウナノガ キタナ ダイジョウブカ"と表示された。


私は平然を身にまとい名刺を渡し、提案を始めた。

私の提案を聞いた広報担当者は、頷いていたが、グラスには"ンー イマイチダナ"と表示された。

私はすぐ方向転換し、別の案を出した。

彼はさほど反応しなかったが、グラスには

"コッチノ ホウガ イイナ" と表示された。


さらに、彼の表情は冷静でありながらも、心は次の商談時間が迫っていることに焦っているようだった。


「こちらで一度検討いただけますと幸いです」


ここで粘るのはきっと得策ではない。長ったらしく話す人という悪い印象を与えてしまう。今日は一旦切り上げることにした。


「いやぁ、さすがですね。来ていただいて良かったです。ご提案いただきありがとうございます」


グラスには、"ワカリヤスイ テイアンダッタ

コノヒトニ マカセテミヨウ"と表示されていた。


その日の夕方に先方から連絡があり、商談は成立した。 こんなに効率的に進められるなんて。無駄な世間話などしなくてもよかったのか。


心が分かるというのは、想像以上に便利なことであった。私は、すっかりマイングラスの虜になってしまい、帰りには最新型を求め電気屋へ駆け込んだ。

新型の金額は20万円となかなか高額だったが、私の心は決まっていた。

定員の説明を食い入るように聞く姿は、客観的にみて宗教信者そのものであっただろう。

夏には7が発売されるらしい。



マイングラスが一般的になってからというもの悪用した事件も多発した。しかし、私とマイングラスは非常に相性が良かった。マイングラスに出会ってから、私の人生はまるで万華鏡のように、瞬く間に変化していった。翌年には仕事での地道な功績が称えられ、課長へと昇進した。

直属の部下も増え、所謂、頼れる上司になっていった。若者の心を把握している私は、必要な時にだけ手を差し伸べ、それ以上のコミュニケーションは取らなかった。私の噂は他部署にも届き、私の下で働きたいという人間まで出てきた。

翌年には、部次長へと昇進した。

私を推しているという女子社員まで出てきた。


全ては、マイングラスのおかげである。





17年が経った現在、この星の人々は必要最低限の会話はしない。この現象が起きた年には"トークロス"という言葉が流行語大賞に輝いた。

人々は、初めこそ時代の変化に困惑していたものの、徐々に必要以上の会話をする人は減っていった。


会話などしなくても、私はマイングラスのお陰で結婚し、理想の家庭を築くことができた。

娘はもうすぐ12歳になる。多感な年頃だが、親子喧嘩は1度もしたことない。娘の好きなキャラクターも、色も、花も、推しのアイドルも、私はなんでも知っている。


夫婦喧嘩もしたことない。

彼女が何を思っているか分かるので、逆鱗に触れることなく平穏で幸せな日々を送っている。

マイングラスのない生活など、私には想像できない。

今年の夏にはマイングラス14が発売されるらしい。私は発売日前日の深夜から並ぶ予定である。



時代は便利になった。

自分と同じ気持ちの人とだけ繋がり、嫌いな人とは一切の会話をしなくていい。意味のない天気の話もしなくていい。

最近は、一生懸命に相手のことを知ろうとしなくなった。お互いの心をぶつけ合いながら切磋琢磨することもしなくなった。


それでもいいのだ。


友達と喧嘩した夜、私の心情を見透かした母が作ってくれたシチューにホッとするようなこともなくなったけれど。

涙のわけを聞くこともなくなったけれど。 

好きな人にメールを送るか迷ったり、やっぱり送ったり、その後に後悔したり、返信が来て飛び上がるほど嬉しくなったりすることはなくなったけれど。


唇と心を震わせながら言葉を紡ぐこともなくなったけれど。

デートの後、お風呂で1人反省会をしたり、彼女の顔を思い出して、どんな気持ちだったのか想像することはなくなったけれど。


娘が泣いている理由が分からず、妻と2人で困ったり、同僚に子供のことを相談したり、クリスマスプレゼントを何にするか悩むこともないけれど。


この先連れてくるであろう彼氏に、娘のどこが好きなのか訊ねたり、娘に子供が産まれた時、相談されることもないけれど。

最後の時に、妻がどんな気持ちなのか想像することもないけれど。

人の気持ちに触れて、笑ったり、泣いたり、怒ったりすることはなくなったけれど。

それでもいいのだ。想像などしなくても、相手のことが手に取るように分かるのだから。



なんて無駄のない、最高の世界だろう。

これがトレンドの、最先端の

素晴らしき世界。







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― 新着の感想 ―
[良い点] 皮肉が効いててとても面白かったです。
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