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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

男主人公の短編

たとえ地獄に落ちるとしても。

作者: 烏丸じょう

 列車の中では誰もが緊張で顔を青くしていた。何しろ稀代の連続殺人犯が乗車しているという情報があったからだ。

 しかもこの大陸間鉄道は次の駅に到着するまであと一晩かかり、それまで誰も逃れることはできないのだから。



 電信で車掌に連絡があったその情報が、乗客に知られるに至ったのは、ほんの少しの手違いからだった。


 車掌が伝声管を通じて大急ぎで機関士に伝えた内容が、たまたま車掌を訪ねたご婦人に聞かれてしまい、瞬く間に乗客全員に伝わってしまったのだ。


 本来なら、秘密裏に停車予定ではない次の駅で警吏を乗せて殺人犯を捕まえる予定だったようだが、今はそれが全員に知られ台無しになってしまった訳だ。

 しかし、それ以上に恐怖によるパニックで車両内が騒然としていることが車掌の頭を悩ませていることだろう。


 僕はサロンで、知り合ったばかりのご令嬢、メリア・エルクール嬢を慰めるようにその肩に手を添えた。

「メリア嬢、ご安心ください。貴女の安全は僕が保証しますよ。警吏が来るまで何人たりとも指一本触れさせないと約束しましょう。なあに、明日の9時には駅に着いて万事解決です」


 メリア嬢はこくりと頷くと僕の目を見て言った。

「ありがとうございます。こんな所でご高名な貴方にお会いできて幸いでした。でないと誰も信じることができずに不安なまま過ごす羽目になるところでした」


「高名なんて!少し新聞に顔写真が載ったくらいですよ。僕の方こそ貴女が僕をご存知で幸いでした。じゃないと僕も一人寂しく過ごす所でした」


 僕は駆け出しの学者として、先日研究論文が認められて、新聞にインタビューと写真が掲載された所だった。

 メリア嬢はたまたまその新聞を読んでいたそうで、サロンに入ってすぐに彼女から声をかけてきたのがきっかけだった。彼女とお茶をお供に談笑していると、別の乗客たちがニュースを携えやって来たのだ。


「プリミス駅で刺殺体が見つかったのですって、目撃情報によるとその犯人がこの汽車に乗ったそうなの!何でも遺体の頬にあの傷があったのですって!」

 「あの傷」という言葉にサロン内の客は皆息を止めた。


 今国中で話題になっている連続殺人鬼がいる。なぜか被害者の両頬にXの文字が刻まれるということで、ウィギンティーと呼ばれている。


 ウィギンティーが今まで殺したのは全員男だが、今回の被害者の性別の情報まではないようだ。

 ウィギンティーの殺害動機は不明とされているが、性別以外の被害者の共通点は皆名士と呼ばれるような人物だったと新聞にはあった。


 日もすっかり落ち、サロンの人も少なくなると、メリア嬢はその細い肩を振るわせ、俯いた。

 僕は彼女の臙脂色のドレスに僕のジャケットをかけてあげた。


「冷えて来ましたね。メリア嬢、客車までお送りしましょう。もう今夜は休んだほうが良いでしょう」

「ええ、先生。そうしますわ。どうもお付き添いくださりありがとうございました」

「初夏とはいえ、夜は冷えます。ホットミルクをもらって行くのが良いでしょう。そして何も考えずに、鍵を閉めてベッドで目を閉じれば、目覚めた時には全ては終わってますよ」

「……そうですね」

 メリア嬢は沈んだ声でそう答えた。

 僕は給仕にホットミルクを届けるように頼んでからメリア嬢の客車に向かった。

 彼女も僕と同じく一人旅だそうで、個室を取っており、車両は僕より一つサロンに近い。

「さあ、着きました。給仕が来てもチェーンは掛けたままにしておくことをお勧めします。溢さないように気を付けて。それでは良い夢を」

「ありがとうございます。先生も良い夢を」


 メリア嬢は弱々しいながらも何とか笑顔を作ってそう言った。

 不安でしようがないだろうに、何とも健気な女性だ。

 僕は彼女の不安を吹き飛ばすように飛び切りの笑顔で「おやすみ」と言うと、扉を閉めて、自室に向かった。


 一人用の客室は小さいが、ベッド以外に窓際に椅子とテーブルがある。

 僕はその小さな椅子に座ると荷物からウイスキーのボトルを取り出し、一口煽った。

 「殺人犯」の情報で一つ引っ掛かったことがあった。「刺殺体」という言葉だ。ウィギンティーは今まで全て絞殺している。模倣犯ならなぜそこまで真似なかったのだろうか。

 もしかしたら真似できなかったのではないか。

 絞殺するには幾つか条件が必要だ。例えばやられる方の身長が高ければ、しゃがんでいる時や寝ている時を狙う必要がある。力の差があれば、後ろからだったり道具を使う必要もある。

 ウィギンティーの殺し方は確かに後ろから紐で一括りするものなので「吊るし人」と呼ぶ記事もあるぐらいだ。

 

 今回の事件がどのような状況で行われたか分からないが白昼の混雑する駅で、中々大胆な行動だと言える。


 まあ良いだろう。明日の朝には駅に着く。そうしたら全てに片がつくだろう。

 僕はベッドに横たわるのもめんどくさく感じ、窓に寄りかかって目を閉じた。



 サロンカーは早朝から開いている。

 ほとんど寝ずに過ごした僕は、目覚めに珈琲を求めてオープンと同時に席に着いていた。


「おはようございます。」

「やあ。よく眠れましたか?」

 メリア嬢が昨日とは違う薄緑のドレス姿でやって来た。浮かない顔を見るとあまり眠れなかったのだろう。まあそれも当然だ。

 何しろ昨夜は彼女に取って恐怖の一夜となったのだろうから。


「あのこれ、ありがとうございました。返すのが遅くなって申し訳ございません」

 彼女はそう言って僕のジャケットを差し出した。

「ああ、お気になさらずに。わざわざ届けに来てくださったんですか?ありがとうございます」

「いえ、私も何か飲み物が欲しくて」

「そうですか。良ければ朝食をご一緒にいかがですか。あと少しで食堂車も開きますし」

「いえ、私はこれで失礼致します。食欲もないので……」

「そうですか。まあ、あと数時間で駅に着きますからね。それまでごゆっくりなさってください。では、また後ほど」

 メリア嬢が会釈をして立ち去ると同時に僕はジャケットを持って食堂車に移動した。


 もうすぐ仕事仲間が現れることだろう。そしたらまあ、そいつを少しは助けることができるかもしれない。

 僕はこの先起こる事を予想して口角を上げた。


◇◇◇


 汽車が駅に到着すると一人自室にいたメリアは緊張で更に顔を固くした。

 メリアの下車予定の駅はまだ先だが、ここからは警吏が何人か乗り込んでくる。

 動き出すまでは暫くかかるだろうが、容疑者が捕まればまた速やかに動き出すだろう。

 そんな事を思いながら、メリアはただ時間が過ぎ去るのを願った。


 しかし暫くして、扉をノックする声が聞こえてメリアは思わず声をあげそうになり口を押さえた。


「メリア・エルクール。ここを開けなさい。貴女には殺人容疑がかかっている」

「わ、私に殺人容疑!?何故そんなことに?私は何もやってないし、知りません!」

「証拠品はすでに押さえられている!観念するんだ!」

 メリアは慌てて窓を開けようとしたが、その先に昨日出会ったあの男が笑顔で手を振っているのを見つけて激昂した。


「何であんたがそこにいるのよ!」

「だって僕は犯罪心理学者だよ。彼らとは仲間みたいなものだからね」

 そう頷いたモノクルの男、つまり僕は彼女にとびきりの笑顔を見せた。


「自ら証拠をありがとう。お陰で助かったよ。」

 僕は彼女が僕のジャケットに忍ばせた血の付いたハンカチを振った。

「仲間ってどういうこと?あんただってあの……」

 その瞬間、客室の扉がこじ開けられ、続きが言えないままで彼女は警吏に連れて行かれてしまった。


 なるほど、彼女は僕のもう一つの顔を知っていたようだ。ということは彼女は普通のご令嬢ではなく裏社会に出入りする者なのだろう。


 そう考えると事件のあらましが見えて来た。

 殺人を請け負った彼女は、僕があの列車に乗ることを知り、この計画を立てたのだろう。犯罪心理学者として名前を知られるようになった僕が、隣国で講演会に参加する予定なのはまあ調べれば分かることだ。しかし本職の方を知らない所を見るともしかしたら顔だけどこかで見られたのかも知れない。

 人相書きでも出回ってるのかな?まあ別に問題じゃないけれど。


 お察しの通り、僕が本物のウィギンティーだ。

 だが一つだけ注意しておきたいことがある。僕は別に無差別殺人鬼という訳ではない。

 この国は十年ほど前王制から共和制に変わったのだが、僕は王制時代は暗部の一員で、今は秘密警察の職員だ。犯罪心理学は仕事を通じて得た副業的なものだ。

 そしてこの秘密警察の職員としての職務の一つに粛清という名の殺人があるだけだ。

 ただ全く私情がないわけではない。

 僕が今まで粛清した人数はそれこそ星の数ほどだけど、個人的に許せないターゲットには両頬にXの文字を刻んでいる。それが所謂「連続殺人犯(ウィギンティー)」の正体だ。

 ダブル X、つまり二十という意味だが、タロットカードの「審判」を意味付けたものだ。


 僕が「審判」を下した者たちは、前王家の裏切り者で、特に僕の大事なお姫様を死に追いやった奴らだ。

 

 僕と姫様、シャーリーが出会ったのは十歳の頃で今から二十年ほど前になる。

 シャーリーは僕と同い年で、金髪にルビーのような赤い目をしたとても可愛らしい女の子だった。

 当時、斜陽にあったこの国の、唯一の光だった。


 当時の僕は暗部の訓練の一つで昼間は庭師見習いとして働いていた。

 王宮の手入れをする中、同じ子供同士ということでシャーリーから声をかけられたのが始まりだ。


「まあ、貴女どこの子供?ここで子供を見るのは初めてだわ!」

 シャーリーは天真爛漫な様子で興味深そうに僕にそう言った。

 僕は膝まづいて返した。

「庭師ハザックの甥、アンバーと申します。先日から庭師見習いとして務めさせていただいております」

「そうなのね。私この庭が一等好きなの。特にね、一番好きなのはスイトピーなのよ」

「へえ、何色がお好きですか?」

「もちろんピンクよ!ああ、私の目の色もあれぐらい淡い色だったら良かったのに」

「宝石のようなのに?」

「それは貴方の眼じゃない!私の方はどちらかといえば血のようでしょ!王家の色と言われても、こんな色じゃない方が良かったわ。それに……」

 シャーリーはそこで言葉を切った。僕はただじっと続きを待ったが、侍女がシャーリーを呼ぶ声が聞こえて、シャーリーは「またね」と言い残してその場を去った。


 まさか本当に次があるとは思っていなかった僕は、翌日からほぼ毎日シャーリーに突撃されて驚く羽目になる。


 二人きりの時は名前で呼び合うようになるまでそう時間は掛からなかった。


「アンバー!」

「シャーリー、こんにちは。お作法の授業が終わるには早くないですか?」

「もうとっくにお作法の授業は卒業したわよ。今はね、歴史の授業を受けているの。私、この国を黄金期の頃のように発展させたいわ!今は皆暗い顔だけどいつか皆が笑顔になれる国を作りたいの」


 王国は度重なる不作と王侯貴族の腐敗で民は日々食べる物にも事欠くような状態が続いていた。

 連日デモが繰り広げられ、王宮の門の外に市民が殺到するなど日常茶飯事と化しており、兵士と国民の衝突も一度や二度ではなかった。


 シャーリーはそんな国を憂えて、何とか「黄金期」と呼ばれる芸術を愛し、民が豊かに暮らしていた時代の様にしたいと何度も僕に語った。


 僕がそんな純粋なシャーリーに惹かれたのは、暗部として影で生きる定めの自分にとって、王族が僕の存在意義そのものだったというのもあるが、彼女の笑顔があまりにも可愛かったというのが本心だ。


 僕は単純に彼女に恋をしていた。

 決して伝える事はできないけれど、彼女の為なら命を含めた全てを捧げられる程にいつの間にか強い想いになっていた。


「シャーリーがしたいことは全部僕が叶えてあげる。だから成人を楽しみにしておいて」

 僕はそう言っていつも彼女を励ました。

 そして必ず成し遂げると密かに誓っていた。


 僕は彼女が成人したら王位を継いで、国を正しく治められるように色々準備していた。

 国王と王妃に蟄居いただくだけなら簡単だ。王族は他に王弟がいるが、こいつも碌でもないので速やかにご退場いただく予定だった。宰相も同様だ。


 各地の貴族達の弱みを洗い出し、使えそうなのと粛清した方が良さそうなのを振り分けて、目星をつけて、有産市民階級の中で、コマにできそうな奴らも同様に振り分けた。


 暗部の中で信頼ができる者達との間で計画が共有され、着々と準備が整っていった。


 僕は暗部の正式な一員となった後も庭師として彼女の庭園での護衛の一役を担うことになったので、革命の前日までずっとそばに居続けることができた。


 計画は予定通りに進んでいた。

 しかし、有産市民階級と貴族の一部が扇動して革命を起こし、宮殿に市民が雪崩れ込み、シャーリーを含めた王族全員が命を落としてしまった。


 暗部の中にも裏切り者がいて、僕やその他シャーリーを支持する派閥は皆投獄された直後のことだった。

 突然襲われて瀕死で牢にいた僕が、無事だった仲間に助けられた時には全てが終わった後だった。


 シャーリーを失い、目の前が真っ暗になった僕は、祝勝会の様な革命派のパーティーで傷を押さえながら首謀者だった男を殺した。


 危険人物として、再び投獄された僕はその後三年間牢で過ごすことになった。自殺も考えたが、裏切り者共を全員地獄に送るまでは死ねないと、長年貯めた貴族や有産市民階級達の弱みが綴られたノートをネタに何とか生きながらえた。


 奴らは僕がノートの在処を吐くまでは僕を殺せない。僕はそれを僕が死ねば公表される手筈になっていると嘯いて、交渉を続けた。


 そんな中、暗部が正式な共和国の秘密警察となり、僕の仲間の一人が裏切り者共を粛清してトップになった。彼は当時国外の仕事をしており、革命後に戻って来たせいで、シャーリーの死を止められなかった事を酷く悔やんでいた。

 瀕死だった僕を救ってくれたのも彼だった。


 僕は牢獄から出て今度は秘密警察の一員として再び光を浴びることができた。


 三年間見ることができなかった世界は、シャーリーの願いが叶った様に明るく見えたが、腐敗はどこにでもあった。

 特に、革命で漁夫の利を得た奴らは肥え太り、また新たな歪みを生み出していた。


 僕は隠し場所からノートを取り出して、秘密警察の業務の一環として粛清を始めた。


 警察内部では共有されているので、死体が見つかっても僕が逮捕されることはない。

 これはルールに基づいた国に必要な行いだからだ。ただ、国民が知る術もないというだけで。


 その中に、あの革命を扇動した奴らが入っていたのは単なる偶然でなく必然だった。


 無駄な血を流して、権力を得た屑どもに、相応しい審判を下したまでだ。




 僕は講演会を無事に終え、家に帰った。

 帰りの汽車はトラブルもなく、至極快適な旅となった。

 僕はお喋りは嫌いではないけれど、仕事柄無駄に交友関係を広げる気はない。「道中での偶然の出会い」などもう懲り懲りだ。また罪を着せられそうになるかもしれないからね。


 僕は一服ついた後、ベランダで花に水をやった。

不在にしていたこの数日間ですっかり花が満開になっていた。ここは陽当たりがあまり良くないので、開花が遅い。でもおかげで水遣りの頻度が少なくても枯れずにいてくれたのは幸いだ。


 ベルが鳴り響いて来客の訪問を知らせた。

「空いてるぞ」と声をあげれば、男が一人入って来た。


「何度見てもピンクの花はお前に似合わんな」

「僕もそう思うよ。でもこれは僕のための花じゃないからね」

「はいはい。あの事件について知りたいだろうと思ってな」

「あの事件?ああ、行きの汽車の件かね」

 男はそうだと頷いた。

「わざわざどうも。お茶を淹れよう。コーヒー方が良いかね」

「いや、茶で結構だ。どうせ美味いやつを買って来たところだろ?」

 付き合いの長いこの男は僕が隣国に行くたびに贔屓の店からお気に入りの紅茶を買ってくる事を覚えていた様だ。

「まだ前の缶が残ってるんで新しいのは開けたくないんだけど」

「ケチケチするなよ。まあ、古い方で良い。下手な店で飲むのと雲泥の差だからな。お前のお茶は」


 僕はヤカンに水を入れ、ポットとカップを取り出した。

 男は勝手知ったるが如くテーブルにつくと喋り出した。


「あの女はフリーの暗殺者だった。被害者は富豪で遺産目当ての依頼だった様だ。依頼者は富豪の身内で、そいつも逮捕済みだ」

「やっぱり裏社会の人間だったんだね。ウィギンティーの事を言ってなかったかい?」

「煩かったぞ。それで俺の所にすぐに回って来たんだ。ウィギンティーの正体が世間に漏れたら面倒だからな。それで女は『尋問中に病死』という結末になった」

「おやおや。それはご不幸だね。まあ、ウィギンティーがタブーだとこれを機に裏に流しとくのが良いね」

「そもそもお前があんな目立つマークを付けるから騒ぎになるんだよ。いい加減にしろ」

「それはできないね。僕はね。奴らを皆地獄送りにした上で、地獄まで行って更にクズ共が苦しんでいる様を見るのが夢なんだ。地獄に行くにはまだ悪行が足りないと思うんだよね。個人的に」

「馬鹿も休み休みにしろ。お前だけじゃなく俺の首も飛ぶだろが」

「その時は一緒に地獄に行って、悪党共を向こうでも殺しまくろう。なあに、僕たち二人なら軽いことさ」

「……、全く。本当にあの女は愚かだったな。よりにもよってこんなヤバい奴に罪をなすり付けようとしたんだから」

「稚拙だよね。ウィギンティーの犯行に見せかけるために、男物の服を着て、汽車に飛び乗り、客車で着替えて、ハンカチ以外の証拠品は窓から投げ捨てたんでだろ?そして僕のジャケットにハンカチを入れて、僕が気付かないと思う事があり得ないよ」

「何だ、尋問の内容をもう知ってたのか?誰に聞いた?」

「そんな事聞かないでも分かるさ。そもそも、僕の記事を新聞で見たというのがあり得なかった。だってあれは警察向けの新聞だ。一般市民、それも何処ぞかの令嬢が読むようなものじゃない」

 初めから何か企んでいるだろうとは思った。でもまさか殺人犯とはね。

 最初はスリか何かかと考えていた。試しに金目のピンがついたジャケットを預けてみたが、無くならずに戻ってきて、ポケットを確認したら血のついたハンカチが出てきたのだ。


 その後、お茶を楽しみながらいつも通り情報交換を幾つかした後、彼は署に戻ると言って出ていった。


 ああ見えて警察のトップにいる男だ。

 僕の暗部時代からの信頼のおける先輩であり、シャーリーを信奉していた仲間の一人。


 僕はスイトピーをいくつか切り取り、リボンをつけて花束にして家を出た。


 王宮跡は今は整備されて公園になっている。


 シャーリーの墓はその一角にひっそりと建てられおり、暇を見つけると僕はそこを訪れる。


 無記名の墓跡に、花を添えて語りかける。


「シャーリー、貴女の夢見た国に近付いていますか?」


 彼女はきっと今頃天国でピンクのスイトピーに囲まれて過ごしている事だろう。

 地獄行きの僕が直接見る事は叶わないけれど、目を瞑ればいくらでもその姿が浮かんでくる。


 僕の思い出の中の彼女はいつも笑顔で輝いており、まさに光だ。

 失われた後も、その光は僕の脳裏に刻み込まれ、いつでも手を伸ばしそうになる。


「シャーリー……」

 僕の光。どうかこの世の終わりの果てに君が再びこの地で立てる様に。






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