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【短編】小さい頃に可愛くて小さい男の子を助けたら、公爵家の次期当主となって迎えに来てくれました

作者: shiryu

短編というよりも中編小説です。

ぜひ最後までご覧ください!



 私、ルフィナ・ベラスケスは、貴族学園に通っている学生だ。


 学園にはいろんな貴族の令息や令嬢が通っている。

 私は男爵令嬢なので、特に目立つような存在ではない……と思っているが、時々目の敵にされることがある。


 理由は、友人がビルギット侯爵令嬢のベルタだからだ。


「あら、ルフィナ、どうしました? 私の顔をじっと見つめて」

「いえ、なんでもないわ」

「そう? ついにルフィナが私に惚れたのかと思いましたわ」

「自信に満ち溢れていていいわね」


 ベルタはとても綺麗で美しい。

 金色の髪は艶やかで光り輝いているようで、顔も小さくて顔立ちも整っていて、綺麗でもあり可愛くもある。


 スタイルは細身で社交会でドレスを着ると本当に美しく、皆の注目をずっと浴びている。


 性格は……まあ今みたいに、自分の容姿にとても自信を持っている自信家だけど、裏表がない素敵な令嬢だ。


 そんな美しく素敵な侯爵令嬢が、なぜ男爵令嬢の私と友人なのかというと……。


「ルフィナ、今回こそ試験であなたに勝ったはずですわ。何点だったのかしら?」

「百点だけど」

「……満点じゃ勝ちようがないですわ!」

「ベルタは何点なの?」

「十五点ですわ……」

「なんでその点数でいつも満点の私に勝てると思ったの?」

「ルフィナが名前を書き忘れることを信じていましたわ」

「アホね」


 ベルタは素敵な御令嬢なんだけど、意外と頭が悪い。


 だから私がいつも勉強を教えてあげているのだ。


 半年前から、私が貴族学園のAクラスに入った。

 Aクラスは普通、伯爵家や侯爵家などの上位貴族の人しか入れないのだが、私は成績がずっと一位だから編入できた。


 ベルタは私がAクラスに入った途端に絡んできて、それから仲良くしてもらっている。

 彼女のお陰で私はこのクラスで浮かないでいられた。


 まあ「男爵令嬢なのに侯爵令嬢と絡んで生意気だ」と思われてもいるけど。


 それはもう慣れたから問題ない。


「ベルタはまたクラスで最下位? 大丈夫よ、それでも私はあなたを見捨てないから」

「それは嬉しいですけど、今回は最下位じゃないですわ」

「えっ、嘘でしょ?」


 このクラスは上位貴族の方々が多いから、家で家庭教師をつけて勉強している人が多い。

 だから試験の点数は高い人がほとんどだ。


「本当ですわ。下から二番目ですけど」

「ベルタの他に最下位の人がこのクラスに?」

「あの方ですわ。ほら、窓際の席のお方」


 ベルタに言われてそちらを見ると、一人の男の子が座っていた。


 赤髪で耳にかかる程度の長さ、横顔は中性的で一瞬女の子に見間違えるほどだ。

 瞳も赤色で、この国では珍しい容姿をしている。


 座っているからわからないが、身長は私よりも低い。


 私やベルタと同じ十四歳のはずだが、普通の男性よりも成長が遅いのかもしれない。


「アルフォンス・ヘルブランディ様。ヘルブランディ公爵家の方ですわ」


 ベルタが言ってくれたように、彼はこの国で数少ない公爵家の令息だ。

 だけどそんな彼が、なぜベルタよりも悪い点数を取ったのか。


 それは一週間前、彼がこの学園に編入してきた時にわかった。


「確か隣国出身で、こちらの国の言語がわからないのよね」

「ええ、その通りですわ。喋るのも難しいみたいです」


 アルフォンス様についてはいろんな噂が流れているが、私はベルタに聞いたことしか知らない。

 ベルタは侯爵令嬢なので、噂というよりも普通に真実を知っていた。


 ヘルブランディ公爵家は跡継ぎが生まれなかったので、隣国にヘルブランディ公爵家の分家があったので、アルフォンスを引き取ったようだ。


 その分家は経営破綻をして潰れたらしく、引き取るにはちょうど良かったらしい。


 だけど隣国とこの国では言語が違うので、この国に来て一週間と少し程度のアルフォンス様は、まだこちらの言語を聞き取るのも喋るのも難しいようだ。

 このクラスに編入してきた初日、いろんな令嬢や令息がアルフォンス様に話しかけに行った。


 だけど誰も話すことは出来なかった。理由はもちろん、言葉が通じなかったから。


「最下位を免れたのは嬉しいですが……アルフォンス様の状況を考えると、ほぼ私が最下位ですわよね……」

「言語がわからないアルフォンス様に勝っても嬉しくないでしょ」

「そうですわね。勝つなら彼が言語を全部知ってから勝ちたいですわ。だけどそれがいつになるのでしょうか……」


 確かに、まだこちらの国に来て一週間ほどしか経っていないらしいので、完璧に言語を習得するのには長くかかりそうだ。

 それにこの学園で彼と喋る人は誰もいない。


 だからいつも一人でいるのだが……それが寂しそうで、見ていると少し胸が苦しくなる。



 放課後、私は図書室で勉強をしていた。


 私は勉強をしないで試験で満点が取れるような天才じゃない。

 普通の人よりも勉強の時間が長いだけだろう。


 貴族学園なので図書室も広くて、書物も数えきれないほどある。


 これをすべて読むのは不可能だろう。


 私は授業で学んだところの復習や、気になる分野の勉強、あとは小説を読んだりするのが好きで図書室に来ている。


 友人のベルタは一緒には来ていない。

 彼女は本が嫌いで、本の表紙を見ただけで頭痛がすると言っている。


 文字を読んで頭痛がするというのは聞いたことあるけど、表紙で頭痛がするのはもう病気じゃない?

 まあベルタらしいけど。


 だから今、私は一人で勉強をしているのだが……隣のテーブルで、勉強をしている男の子がいる。


「け、けいざい……経済……」


 アルフォンス・ヘルブランディ様だ。


 彼は一人でテーブルに教科書や本などを広げて勉強をしている。

 ぶつぶつと呟いているようだが、うるさいわけじゃないから問題はない。


 彼はこの学園に編入してきて一週間、私と同じように毎日この図書室に来ている。


 その勉強のやり方を見ていてわかったのだが……彼はまだこちらの言語を喋れないし、読めない。

 だからこちらの言語で書いてある教科書を、隣国の言語に翻訳してから読まないといけない。


 とても時間がかかるし、全単語を翻訳してから読むのは大変すぎる。


 だからアルフォンス様は長い間ずっと図書室で勉強をしている。

 必死で勉強をしている姿がとても健気で素敵なんだけど……とても辛そうだ。


 容姿も十四歳とは思えないほど幼くて可愛らしいから、余計に辛そうに見えてしまう。


 私は、あまり目立ちたくない。


 今でもAクラスに入って、男爵令嬢なのに侯爵令嬢のベルタと友人になって、いろんな人に変な目で見られている。

 さらに公爵家令息のアルフォンス様に話しかけたら、絶対にもっと悪目立ちをしてしまう。


 だけど……これ以上は、私の良心が痛んで、我慢できない。


 私は立ち上がり、アルフォンス様に近づいていく。


 正面から近づいたので、アルフォンス様が私に気づいて見上げてくる。

 可愛らしい赤い瞳が私を不安げに見つめる、小動物みたいで可愛らしい。


『アルフォンス様、失礼します』

「っ!」


 私が隣国の言語で挨拶をすると、アルフォン様が目を見開いた。


『え、えっ……君、隣国の言葉が喋れるの? 確か、ルフィナさんだったよね? ルフィナさんも隣国出身なの?』


 アルフォンス様は同じクラスの私の顔と名前は憶えてくれていたようだ。


『いえ、私はこの国出身よ。隣国の言語は独学で学んで喋れるようになっただけ』


 私は隣国の言葉が喋れるし、読み書きも多少ならできる。

 教科書に書いてある言葉くらいなら隣国の言語で喋れるし書けるだろう。


『独学だから発音は合っているかわからないわ』

『いや、完璧だと思うよ。独学とは思えないくらい』

『ありがとう』


 アルフォンス様は驚きながらも隣国の言葉で喋ってくれる。

 初めて彼の声をまともに聞いたけど、まだ声変わりも終わってないのか少し高い。


『あと完璧に学んでいるわけじゃないから、敬語がほとんど使えないの。公爵家の令息のアルフォンス様に敬語を使えないから、それはごめんなさい』

『いや、それは問題ないよ。僕もいきなり公爵家になっただけで、自分が偉くなったと思わないから』


 隣国の言葉で喋るのを躊躇っていたのは敬語が使えないというのもあったけど、気にしないというのならよかった。


 私は彼の前の席に座って会話を続ける。


『アルフォンス様の勉強方法を見ていたんだけど、とても大変そうよね』

『うん、本当に……頻出の単語は書き起こして覚えているけど、初めて出てきた単語は自分で推測して探さないといけないから、大変で……』


 本当に効率が悪い勉強の仕方をしている。

 だけどそれでも頑張って勉強をしているのは素晴らしいと思う。


『家庭教師とかはいないの? 隣国の言語を理解している人とか』

『まだ探している最中で、自分で学ぶしかないんだよ』


 そうなのね、確かに隣国の言語を学んでいる人は少ない。

 だからこそ私は面白そうと思って学んだんだけど。


『アルフォンス様がよければ、学校では私が教えてあげようか?』

『えっ、いいの!?』


 上から目線の申し出となってしまったが、アルフォンス様は全く気にせずに、むしろ嬉しそうにしてくれた。


『ええ、私が教科書の言葉を翻訳していくから、そっちの方が一から調べるより早いでしょ?』

『それをやってくれるのはとても嬉しいんだけど……どうしてやってくれるの? 僕達、今まで関わりなかったのに』


 アルフォンス様は不安そうに問いかけてきた。

 確かに私とアルフォンス様は同じクラスというだけで、喋ったこともなかった。


 だけどもう、私は彼を放っておけないと思った。


 私はAクラスに入った時、とても不安に感じていた。

 上位貴族の人達ばかりで、男爵令嬢の私は誰とも喋れないんじゃないのか。


 そんな不安を、あの子……ベルタは取り払ってくれた。


 ベルタのせいで厄介なこともあるけど、それでも楽しい学園生活を送れている。

 アルフォンス様は、私がAクラスに入った時よりも大変な状況だ。


 いきなり隣国から公爵家に引き取られて、言語もわからないのに学園に入れられた。


 それでも、アルフォンス様は一人で頑張って勉強をしていた。


『アルフォンス様が努力しているから、手伝いたいと思ったの。あなたは努力家で、とても素敵な男の子だから』

『っ……ありがとう』


 アルフォンス様は目を潤ませてお礼を言って、肩を震わせながら俯いた。


 やっぱり心細いわよね。

 これから私が言葉を教えて、いろんな人と喋れるようになれたらいいけど。


 というか、アルフォンス様を「素敵な男の子」と言ってもよかったのかな?


 身長が低いから、なんとなく年下感があって、弟のように感じてしまう。


『アルフォンス様、教えやすいように隣に座っていい?』

『うん、いいよ、ルフィナ。それと、僕のことはアルって呼んで。敬称もいらない』

『いいの?』

『もちろん、ルフィナには愛称で呼ばれたいから』


 アルフォンス様……アルはニコッと笑ってそう言った。


 うん、やっぱり可愛らしい。

 私と同い年の十四歳というのが嘘のようだ。


『それじゃあ、教科書の文章を読み上げていくわね。知らない単語とかが出たら書き出していく感じでいい?』

『うん、よろしく、ルフィナ』


 そして私達は、図書室で静かに勉強をし始めた。



 翌日、私は普通に授業を受けていた。


 だけど少し気になることがあり、左方向をチラッと見る。


 窓際の席、そこにはアルフォンス様……いや、アルがいた。


 教師が言っている言葉は、さすがにまだ理解できていない。

 しかし黒板に書かれている言葉は、だいたいわかっているはずだ。


 なぜなら私が今日の授業の内容を予習していたので、言葉を教えているから。


 今のところ予習は当たっていて、ほとんど教えた単語しか出てきていない。


 だけど補足の説明などは口頭で教師が言っているので、そこは私が書き残しておいて、あとで伝えよう。


 とりあえずそんな感じで今日の授業は終わって、お昼休み。


「ルフィナ、今日の小テストはどうだったかしら?」


 ベルタがドヤ顔で話しかけてきた。

 彼女がそんな顔で私に話しかけに来たということは、今回のテストでは自信があったということだ。


 だけどそれは、彼女の中で自信があるだけで……。


「私は満点だったけど」

「くっ……私は三十五点でした」

「でしょうね。ベルタがドヤ顔をする時は、だいたいそのくらいの点数よね」

「えっ、私の顔で点数がわかったの? さすが私の美しさ、留まることを知らないわね」

「赤点に近いテストを他人に伝える美しさってどういうこと?」


 よくわからないけど、彼女はいつも通りのようだ。


 チラッとアルの方を見ると、彼はテスト用紙をじっと見つめている。


 その顔はなんだか嬉しそうだ。

 私は目がいいから少し見えるのだが、アルの点数は五十点を超えている。


 すでにアホなベルタを超えている点数だ。


 私が少し言語を教えたとはいえ、さすがにこんなすぐに結果が出るなんてありえない。


 アルはもともとすごい勉強をしていたし、彼の努力の結果だろう。

 言語も教えたら結構すぐに覚えていたし、とても優秀だと思う。


 そんなアルなのだが……彼はまだ授業中や休み時間の間に、私に話しかけに来ていない。


 これは昨日、私が「目立ちたくない」とアルに言ったからだろう。

 アルは賢いから、教室で彼が私に話しかけに来たら、私が目立ってしまうというのがわかっているのだ。


 だから話しかけに来ない……絶対に寂しいと思っているのに。


 私がアルのことを見ていると、彼も私の方を見てきて視線が合った。


 アルは嬉しそうにテスト用紙を少し掲げて、ニコッと笑う。

 そして声に出していないようだが、隣国の言語で『ありがとう』と言っているのが口の動きでわかった。


 くっ、なんて可愛くて健気な子なの、アルって……!


 これから昼休み、ほとんどの生徒が食堂に行って食事をする。


 私もベルタも、アルも食堂へと向かうだろう。


 アルはもちろん友達はいないので、一人で……。


「ベルタ、一緒に食堂で食べる人を、一人誘ってもいい?」

「えっ? 珍しいですわね、ルフィナが誘いたい人がいるなんて。誰ですの?」


 私はチラッとアルの方を見ると、もうすでに教室を出て行ったのかいなかった。


「食堂に先に行ったみたいだから、私達も食堂に行きましょう」

「いいですけど、誰ですの? まずはそれを聞かないと……」

「ベルタも彼と話したら……いや、話せないかもしれないけど、好きになると思うわ」

「話せない? ルフィナ、お言葉ですが私はあなたよりも勉強はできないかもしれませんが、社交性は高いですわ。あなたが仲良くなれて、私が仲良くなれない人なんていませんわ」


 ベルタはドヤ顔でそう言い放った。


 確かにベルタは私よりも社交性が高く、いろんな人と仲が良い。

 そんな友人が多いのに、なぜ私と一番仲良くしているのかわからないけど。


 私達は食堂に行って、周りを見渡してアルを探す。


 広い食堂の中探すのは大変だと思ったけど、彼は赤髪で少し目立つので見つけられた。


 四人が座れるテーブルで、アルは一人で食事をしていた。


 その姿を見ているだけで心が痛んでくる……。


「ベルタ、行きましょうか」

「まだ誰と食事するか聞いておりませんわよ?」

「あそこで一人で座っている子よ」


 私はそう言いながら、アルに近づいていく。


『アル、ここで一緒に食べてもいい?』

『っ、ルフィナ……』


 私が話しかけると、アルはとても驚いたようだった。


『ぼ、僕はいいけど、ルフィナは目立ちたくないんじゃ……』

『侯爵令嬢のベルタといつも一緒にいるし、公爵家の令息のアルと一緒にいても問題ないと思うわ。だけどベルタも一緒にいい? さすがに二人きりだと目立ちすぎるし』


 今でも結構目立っているけど……すでに周りの人から視線がビシビシと伝わってくるから。

 だけどベルタがいれば、公爵家令息と侯爵家令嬢が喋っていると思われるので、私だけが目立つことはない。


「え、えっ? 一緒に食事したい相手って、アルフォンス様でしたの? それにベルタとアルフォンス様は、何を話していらっしゃるの? 暗号文かしら?」

「暗号文で会話は難易度が高すぎるわね」


 戸惑っているベルタに、私が適当に説明をする。

 私が隣国の言語を喋れるので、彼の勉強を手伝ったということを。


「まさかルフィナが隣国の言語を喋れるなんて……さすが私の友人ですわ!」

「うん、よくわからないけどありがとう」

「それに、勉強を教えているんですの? はっ、まさか……アルフォンス様、本日の小テストは何点でしたの?」

「……?」


 ベルタに質問をされたけど、アルはまだこちらの国の言語を聞き取れない。


 私が『アル、今日の小テストの点数は?』と問いかける。


『小テスト? えっと、五十四点だったけど』

「アルは五十四点だって」

「まだ言語を完璧に理解していないアルフォンス様に負けたんですの!?」

『アル、こちらはベルタ。さっきの小テストが三十五点のアホの子よ』

『なんでいきなり小テストの話題になったの……?』

『私もわからないわ』


 とりあえず私達はテーブルを囲んで食事をする。

 さっきまで「誰とでも仲良くなれますわ」と意気込んでいたベルタだったが……。


「アルフォンス様の服はとても素敵ですわね。どこのブティック店で購入いたしましたの?」

「……?」

『アルの服はどこで買ったの、って聞いているわ』

『これ? 僕もわからないんだ、ヘルブランディ公爵家が用意した物を着ているだけで』

「わからないって」

「そ、そうなのですね……」

「……」

「ベルタ、誰とでも仲良くなれるんじゃなかったの?」

「言語が違う相手とはとても難しいってことを学びましたわ……!」


 うん、そうよね。

 もともとアルが一人なのは、こちらの言語が喋れないからだ。


 言語が通じないのに仲良くなれるなら、アルは最初から一人ではない。


『ご、ごめんなさい、僕がこちらの言語を喋れないから、怒っているんだよね』


 ベルタが身体を震わせて悔しそうにしているのを、アルが怒っていると勘違いしたようだ。


『怒っていないわ、アル。ベルタはアルと仲良くなれなくて悔しがっているだけよ』

『そ、そう? 仲良くなりたいと思ってくれているのなら嬉しいけど……』

『アルと仲良くなりたくない、なんて人はこの学園にほとんどいないと思うけど』


 数少ない公爵家の令息だ、男女関係なくほとんど全員がアルと仲良くなりたいと思っているはずだ。


『だけどそれは、僕自身とじゃなくて、公爵家の人間と仲良くなりたいだけなんだよね』

『それは……』


 アルの自嘲するような笑みを見て否定したかったが、できなかった。

 確かにその通りだから。


「何を話していらっしゃるの? なんだか空気が変わった気がしましたが」


 隣国の言語がわからないベルタが首を傾げている。

 私がアルの言ったことを説明すると、ベルタも少し真面目な顔をして頷いた。


「確かにその通りですわね」

「っ、ベルタ、アルに言葉が通じないからってそんなこと言うのは……」

「通じていても言っていますわ。だって私も同じなんですもの」

「ベルタも、同じ?」

「ええ。ルフィナ、私がこれから言うことをアルフォンス様に伝えてもらってもいいかしら?」


 私が頷いて了承すると、ルフィナはアルの目を見ながら話し始める。


「私はビルギット侯爵家令嬢です。アルフォンス様の公爵家ほどじゃありませんが、私も上位貴族の家なので、いろんな人に話しかけられて、仲良くさせていただいてますわ。ですがアルフォンス様がおっしゃった通り、私個人というよりも、ビルギット侯爵家の令嬢と仲良くしたいだけの人が多いですわ」


 ベルタはいろんな人と仲良いと思っていたけど、彼女もアルと同じような悩みを抱えていたのね。

 今思い返すと、ベルタは私以外の人と話す時はずっと作り笑顔だった気がする。


 私の前ではあまり笑顔を作らない、ドヤ顔か悔しそうな顔をすることが多いわね。


「私も最初は戸惑いましたが、上位貴族の人間なら仕方ないことですわ。だけどそれに気づいてから学園では素が出せず、友人はできないのだろうと思いましたわ」

「……」


 ベルタの話を訳してアルに伝えているが、アルも少し悲しそうに聞いている。


 アルが学園に編入してきた初日、いろんな人が彼に話しかけに行っていた。

 しかし彼がこちらの言語を喋れない、理解できないとわかった途端に、全員が離れていった。


 言葉が通じないから関わるのが難しいとは思うが、それでもアルはショックを受けただろう。


 私が話しかけるまで、アルは本当にずっと一人で学園生活を送っていた。


「だけど私は今年に入って、ルフィナと出会いましたわ」


 ベルタの言葉を訳しながら、私は首を傾げた。

 ここで何で私の話?


「ルフィナは成績優秀でAクラスに入ってきたので、私が最初にテストの勝負を挑んだんですの。今でも笑っちゃうくらいボコボコにされましたわ」


 うん、そうだったわね。

 ベルタは今では三十点くらいを取れるようになったが、それは私が教えているから。


 私と初めて勝負した時は、五点くらいだった。もちろん私は満点。


「今まで私はいろんな人とテストの点数の勝負をしてきましたが、だいたい負けてきました。それはいいんですが、私に勝った人は私の機嫌を取ってきたりするんですの。『今回は調子がよかっただけで、ベルタ様の方が絶対に頭がいいですよ』と言ってきたりして、何度か勝負をすると私よりも低い点数を取るためにわざと間違えたりし始める……私は勝負するのが好きなのですが、もう勝負ができないと思いましたわ」


 ベルタは懐かしむような笑みを浮かべていた。


 そして「ですが」と私のことを見ながら話を続ける。


「ルフィナは違いました。私と初めて勝負して勝った時に、ルフィナは――」

『なんでこんな点数なのに首席の私に勝負を挑んできたんですか?』

「――と、辛辣な言葉をかけてきましたわ」


 ……今思うと、侯爵令嬢のベルタに私はなんて言葉をかけていたんだろう。

 アルもベルタの話を聞いて驚いたようで、目を丸くして私を見つめてきた。


 上位貴族の人にそんなことを言う人なんて、普通はいないのだろう。


 私は失礼なことをしたいというわけじゃなかったが、勝負は勝負だから立場なんて関係ないと思っていた。

 だからベルタが酷い点数なのを見て、辛辣な言葉が思わず出てしまったのだ。


「ルフィナにも言ってませんでしたが、私はあの時本当に嬉しかったんですの。同年代の女性に初めて、気を遣われずに本音で言葉をぶつけられたと思いましたわ」


 ベルタがそう言ったので、私はアルに訳して伝えているのだが……なんだかとても恥ずかしくなってくる。


「だから私はルフィナと立場など関係なく友人だと思っていますし、それは今後も変わることはありませんわ」


 ベルタはアルを真っすぐと見つめて言う。


「アルフォンス様が言った通り、公爵家の人間だからあなた様に絡む人は大勢いると思います。ですがルフィナは違いますわ。私に適当な態度で、媚びるような態度じゃなく接してくれるんですの」

「っ……」

「あら、ルフィナ。早くアルフォンス様に訳してくださいませ」

「わ、わかっているわ……!」


 さっきからベルタの言葉を訳しているけど、自分で自分のことを褒めているみたいになってとても恥ずかしい。


 私はベルタの言葉を無心になりながら訳す。


 アルはとても優しい笑みを浮かべながら聞いている。


「だからアルフォンス様も、ルフィナのことは信用していいと思います」

『……うん、もちろん。僕はルフィナのことは、とても信用しているよ』

「ルフィナ、アルフォンス様は何ておっしゃったの? 訳してくださいませ」

『ルフィナ、僕が言った言葉も訳してほしいな』

「あなた達は揃いも揃って、私を恥ずかしがらせて……!」


 この二人は本当に言葉が通じてないの? 全く同じようなことを言っているんだけど。

 私は羞恥心を抑えながら、アルの言葉を訳して二人の会話を成り立たせる。


「アルフォンス様がルフィナの魅力に気づいてらっしゃるならよかったです。私達もルフィナを通じて、良い友人になれそうですわ」

『そうだね、ルフィナのお陰でベルタさんと仲良くなれそうで嬉しいよ。これからよろしくね』

「ええ、よろしくお願いしますわ」


 二人はにこやかに握手をした。


 私は恥ずかしさで赤面しているのを自覚していたので、片手で顔を隠していた。


 これは早くアルにこちらの言語を覚えてもらわないといけないわね……。

 ベルタはどうせ絶対に覚えられないから、教えるだけ無駄な気もする。


「ルフィナ、何か私に対して失礼なことを考えなかったかしら?」

「べ、別に、失礼なことは考えてないわ」


 当たり前のことを考えただけで、失礼なことではないはず。


『アル、早くこちらの言語を喋れるようになってね。私が恥ずかしくて死んじゃう前に』

『う、うん、頑張るよ』


 アルが戸惑いながらも頷いてくれた。

 彼はやはりいい子ね、身長も私と同じくらいで童顔だから可愛らしい。


 本当に私と同い年なのか? なんだか可愛くて頭を撫でたくなってくる。


 その後、私達は食事をして教室に戻った。


 ……やっぱり結構目立っていたけど、大丈夫よね?



◇ ◇ ◇



 僕、アルフォンス・ヘルブランディが貴族学園に編入してから、一カ月ほどが経った。


 こちらの国に来てから一カ月、ようやく少し言葉が聞き取れるようになってきた。


 まだ喋るのはほとんどできないけど、日常会話くらいだったらもう聞き取れる。


 これも全部、ルフィナのお陰だ。


 僕がこの学園に入学して一週間経った時、彼女に話しかけられた。


 ルフィナ・ベラスケス男爵令嬢。


 濃い茶色で背中の真ん中あたりまで伸びる綺麗な髪。

 瞳は明るい茶色で、笑みを浮かべると細くなる目が僕は好きだ。


 身長は僕よりも頭一つ分高い……僕が低すぎるだけなんだけど。


 僕はこの国ではいきなり公爵家の人間になったけど、彼女は下位貴族の男爵家。


 学園では爵位でクラスが分けられていて、普通だったら男爵令嬢の彼女と絡むことはないはずなんだけど。


 ルフィナはとても頭がよく、上位貴族がいるAクラスに入っている。

 しかも彼女は隣国の言語を独学で学んでいて、僕と話すことができた。


 彼女のお陰で、僕はこちらの国に来て苦しかった言語の壁を、少しずつ改善することができてきた。


 授業で使うような言葉の読み書きはできるようになった。

 会話も聞くことは結構できるようになった、話すのはまだ難しいけど。


 本当に彼女のお陰で、この国に来てから不安がとても取り払われた。

 とても感謝している……だけどルフィナは少し、僕のことを子供だとか、弟だとか思っていそうだ。


 勉強を教える時の距離感も近いし、僕を褒める時も小さい子を褒めるような感じだ。


 頭も撫でたそうにしているけど、さすがにそれは我慢してもらっている。


 僕の身長が低くて、童顔だから……まだ成長期だし、これから伸びるから、うん。


 いつかルフィナの身長を抜きたいな。


「あ、ありがぁ、とう……おねがいぃ、します……」


 今は図書室で一人、こちらの言語の発音を練習している最中だ。

 日常会話でよく出てくるような言葉から練習している。


 まだ全然喋れず、訛っている部分が多いので、一人でルフィナがいない時に練習することが多い。


 図書室なので静かにやっているが、ほとんど周りに人がいないから迷惑になることはないだろう。


 そんな感じで練習をしていると、後ろから声を掛けられる。


「アルフォンス様、ご機嫌よう」

「あっ……べぇるた、さん」


 ベルタ・ビルギット侯爵令嬢、ルフィナと友達の女性だ。

 彼女も僕と一緒にルフィナと一緒に勉強をしている。


 侯爵令嬢でルフィナよりも爵位は上だけど、ベルタさんとルフィナさんは親友で、とても仲が良い。


 僕もルフィナと仲良いと思うけど、彼女ほどじゃない。


 羨ましい……早くこちらの言語を完璧に覚えて、ルフィナともっと仲良くなりたい。


「あら、アルフォンス様、ルフィナはどこかしら? 私より先に来ていると思ったのだけれど」

「? まだ、きてない」

「おかしいですわね、教室を出たのはあの子の方が先だったのに」


 確かに、いつもならルフィナはもう来ていてもおかしくない。

 図書室に来る前に、どこか寄っているのだろうか?


「ルフィナがいないと勉強を教えてもらえないですし……探しに行きましょうか」

「うん、そぉうだね」


 僕達はルフィナに勉強を教えてもらうために図書室に来ている。

 僕は一人でも勉強はできるけど、ベルタさんは……いつもルフィナに付きっきりで見てもらっている。


 それが少し羨ましいと思うけど、僕はこれ以上迷惑をかけるわけにはいかない。


 僕とベルタさんは図書室を出て、教室までの道中を探した。


 だけどルフィナは見当たらない。


「どこにいるんでしょう……あっ、今思い返すと、誰かに呼ばれていた気がしますわ」

「そう、なのぉ?」

「ええ、だからどこかで話しているのかも……中庭かしら?」


 ルフィナが誰かに呼ばれて話すなんて、今までほとんどなかったことだ。

 ……なんだか、嫌な予感がする。


「はやく、いこぉう」

「ええ、そうですわね」


 ベルタさんも僕と同じように思ったのか、少しだけ早足で中庭へと向かう。

 この学園の中庭は広く、緑が溢れていてベンチも複数個ある。


 中庭に着くと、人影はほとんどない。


 やはりここにもいないのかな?


「ん、見つけましたわ。ルフィナですわ」

「っ、ほんとぉうだ」


 ベルタさんが見ている方向を見ると、ルフィナが立っていた。


 その前に三人ほどの女性がいるのが見える。

 何を話しているのだろう?


 ルフィナは真顔だし、他の三人の女性は眉をひそめて険悪な雰囲気が漂っている。


 僕とベルタさんは顔を見合わせて、少し近づいてみる。

 四人が話している場所に大きな柱があるので、僕達が近づいてもその柱の陰に隠れていて、気づいていないみたいだ。


 近づいていくと、声が聞こえてくる。


 これはルフィナではなく、三人の女性の内の誰かだ。


「あなた、調子乗っているでしょ? いつもいつも、侯爵家令嬢と公爵家令息の方と一緒にいて」

「下位貴族の男爵家の令嬢のくせに、生意気よ」

「あんたなんて勉強が少しできるだけで、他には何の価値もないのに」


 っ、これは……。

 僕はまだ完璧にこちらの言語を理解しているわけじゃないが、ルフィナが嫌な絡まれ方をしているのはわかる。


 しかも僕とベルタさんと一緒にいるから、それを咎められているようだ。

 ルフィナは僕とベルタさんの爵位や地位を見て、友達をしているわけじゃないのに。


 むしろそんなの全く意識していないし、普通の友達として接してくれているから、ベルタさんは友達になったと言っていた。


 僕はベルタさんを見ると、とても冷めたような顔をしていた。


 彼女はいつも笑みを浮かべていたり、ルフィナとテストの点数を競って悔しがったりと、喜怒哀楽が顔に出やすい女性だ。


 それなのに今は無表情で、陰からあの女性三人組を見ている。


「アイリ様、ベヨッタ様、コリーン様……そんなことを思っていらしたのね。私は何度か、ルフィナは立場も何も関係ない友人だと伝えたと思うのですが」


 ベルタさんはため息をつきながら、冷たい口調でそう言った。

 彼女も僕よりも下の爵位だけど、侯爵家で爵位は高い。


 いろいろと友達関係で苦労しているようだ。


 というか、早くルフィナを助けに行かないと!


「ベルタ、さん。はやく、行かなぁいと」

「ん? 行くって、助けにですか? いえ、それは必要ないと思いますわ」

「えっ……?」


 必要ない?

 僕がどういう意味か聞こうとしたら、ルフィナの声が聞こえてきた。


「私は調子に乗っているわけでも、生意気でもないと思いますが」

「はぁ?」

「私がベルタさんとアル……アルフォンスさんと友達なのは、二人が好きだからです。あなた達のように、爵位や地位のことを見て仲良くしようとはしていませんが」


 ルフィナは毅然とした態度で、全く怯んでない。

 三人の女性に迫られたら、普通は少し怖いと思うけど。


 ルフィナが全く臆していないのを見て、逆に三人の女性が言葉に詰まっている。


「そ、そんなの嘘でしょ。どうせあの二人に取り入って、おいしい思いをしようとしているんでしょ」

「そうよ、ずっとあの二人と一緒に図書室で勉強をしているみたいだけど、気に入られようとやっているだけよね」

「いえ、普通に楽しく勉強をしているだけです」

「嘘よ、あんな付きっ切りで勉強を教えるのなんて、気に入られようとしないとできないわ」


 うっ、確かに……いつも勉強を見てもらっていて、迷惑じゃないかとは思っている。

 ルフィナは気に入られようとしているわけじゃないのはわかっているけど。


「普通に楽しくやってますよ。教えるのが好き……いや、あの二人との勉強が好きなんで」


 ルフィナはずっと真顔だったのに、今だけは笑みを浮かべている。


「教えるのは大変ですけど、楽しいですよ。ベルタは覚えるのが苦手で、何回も同じところを間違えちゃうけど、それでも正解した時はすごい可愛らしい笑顔で……何回も同じところを教えた疲れが吹き飛ぶような、愛らしい笑みをするんです」


 ルフィナのその言葉を聞いてから、隣にいるベルタさんの顔をチラッと見る。

 さっきまで無表情だったベルタさんだが、今はニマニマと顔が緩んでいる。


 うん、今のは仕方ない、ニマニマしてしまうだろう。


 ルフィナもベルタさんがいる時に、そんな話はしないからね。


「アルもとても努力家で、教えたことは翌日には覚えてきているんです。家で勉強をしているのは明らかで、だけど努力をひけらかすことはなくて、謙虚で素晴らしい人なんです」


 ……次は僕がニマニマする番だった。

 柱の陰に隠れて、僕とベルタさんはニマニマとしている。


 僕達が聞いていることを知らないルフィナが、話を続けている。


「だから私はあの二人に気に入られようとはしていません」

「くっ…」

「それに、例え気に入られようとしていたとしても、あなた方には関係ないのでは?」

「か、関係あるわ! あなた男爵令嬢、私達は伯爵令嬢よ。ベルタ様やアルフォンス様に相応しいのは、私達よ!」


 僕とベルタさんに相応しい?

 なぜそんなことを思っているのか、全くわからないんだけど。


「あなたみたいな下位の貴族が気に入られようとするなんて、身の程知らずよ!」

「それなら、あなた達も気に入られようとすればいいじゃないですか」

「えっ?」

「勉強を教えれば気に入られると思っているんでしょう? それならあの二人に教えてあげればいいんじゃないですか?」

「そ、それは……」


 女性三人は狼狽えて、声が小さくなっていく。


「だ、だって私達は勉強が得意なわけじゃないし……」

「努力をして得意になればいいじゃないですか」

「ア、アルフォンス様が喋る言語もわからないし……」

「学んで理解できるようになればいいじゃないですか」

「あ、あなたがあの二人に教えているから、そこに割って入るのは……」

「別に私は止めませんし、あの二人も教えてくれるなら嬉しいと思いますよ」


 三人の言い訳のような言葉を、ルフィナが全部反論する。


「あなた達は私が気に食わないだけで、気に入られようとする努力すらしていないんですね」


 ルフィナの言葉を聞いて、三人はもう言い訳もできないようだ。


「あなた達はベルタやアルが困っている時に助けもしない。それでよく、気に入られたいと思いましたね」


 少し怒気を込めたような、挑発するようなルフィナの言葉。


「っ、黙って聞いてれば、調子に乗って……ただの男爵令嬢が!」


 三人の内の一人が今の言葉を聞いて怒ったようで、声を荒げた。


 そして次の瞬間、バチンッという乾いた音が鳴った。

 その令嬢が、ルフィナの頬を叩いた音だった。


 いきなりの出来事に驚いて、僕は目を丸くして呆然としてしまった。


「あっ……」


 叩いた女性も、カッとなって叩いてしまったようで、少し狼狽えている。

 だがルフィナは……倒れたりのけぞることもなく、まっすぐと頬を叩いた女性を見ていた。


「これで満足でしょうか?」


 ルフィナは平然とした態度でそう言った。

 その瞳は横から見ていても、とても力強いものだった。


「っ、るふぃな!」


 僕はハッとして、隠れて見ていたことを忘れて飛び出してしまった。

 僕が出てきたことで女性三人、それにルフィナも驚いているようだった。


「るふぃな、だいじょぉうぶ?」

「アル、なんでここに……?」


 近づいてルフィナの叩かれた頬を見ると、とても赤くなっていた。

 痛そうなのに、ルフィナは痛がるそぶりを見せない。


「ア、アルフォンス様……ベルタ様も……!」


 僕の後ろからベルタさんもついてきたようで、三人の女性が怖気づいている。


 ベルタさんもいつもの笑みが消えて、真顔でルフィナの頬を叩いた女性を睨んでいた。


「アイリ・チルゴグル伯爵令嬢」

「ベ、ベルタ様……」

「今のは暴力行為、令嬢の顔を傷つけるような行為、見過ごせません。このことは学園に報告させていただきます」

「そ、それだけはご勘弁を、ベルタ様……!」

「いえ、許しません。私の友人を侮辱し、あまつさえ暴力行為を働いたことを、後悔なさい」


 顔を真っ青にして絶望しているアイリという女性。


 その人に冷たい視線を送っていたベルタさんだが、すぐにその人から視線を切って、ルフィナに近づいてきた。


「ルフィナ、大丈夫かしら? すぐに医務室に行きましょう」

「ベルタもいたのね。別に大丈夫よ、これくらい」

「いいえ、あなたの綺麗な頬が腫れたら大変ですわ」


 僕もそれに同意するように、首を縦に何度も振った。


「アルまで……わかったわ、行きましょう」


 僕達がその場から離れる時、ベルタさんが一度振り返って残った女性達に声をかける。


「ベヨッタ様、コリーン様。暴力行為は私が報告しますので、あなた達は何もしなくて結構です。ごきげんよう」

「は、はい、ベルタ様……!」

「ご、ごきげんよう、ベルタ様」


 二人の女性は僕とベルタさんがどこまで見ているかわからないから、ビクビクしているようだった。

 全てを見ていたベルタさんは、二人の言葉に返すことはなかった。



 ルフィナをすぐに医務室に連れて行き、彼女の頬の赤みや腫れを治してもらう。

 医務室の先生は治癒魔法が使えたので、あっという間だった。


「ルフィナ、大丈夫? もう痛みはないかしら?」

「大袈裟よ。このくらい腫れもしないし、赤みもすぐに引いただろうに」

「いいえ、このくらいは当然の処置ですわ」

「うん、そうだよぉ、るふぃな」


 僕とベルタさんの対応に、ルフィナは呆れているようだった。

 だけど少し嬉しそうに笑みを浮かべているから、迷惑だとは思ってないはずだ。


「というか、二人とも見ていたの?」

「ええ、見ていましたわ」

「……どこから? 最後の叩かれるとこだけ?」

「ふふっ、私の笑みってあなたの疲れを吹き飛ばしちゃうんですわね。さすが私ですわ」

「全部聞いてるじゃない!?」


 ベルタさんのドヤ顔を見て、ルフィナは恥ずかしそうに顔を赤らめた。


「えっ、じゃあアルも……?」

「えっと……う、うれしかったぁよ」

「聞いているのね……」


 僕も嘘をつかずに聞いていたことを話すと、ルフィナは顔を手で覆ってしまった。

 ルフィナは恥ずかしいようだけど、僕は本当に嬉しかった。


 ベルタさんもそのようで、医務室の椅子に座っているルフィナに抱き着いている。


「ふふっ、恥じることはないですわ、ルフィナ。私の笑みが疲れを吹っ飛ばすことなんて、周知の事実ですもの!」

「う、うるさい! それにくっつかないで!」

「はっ、私の笑みで癒せるなら、頬の痛みや腫れも癒せたかもしれないですわね」

「それは無理でしょ。それと私が言ったのはあなたのドヤ顔の笑みじゃなくて、可愛らしい笑みのことだからね」

「私の笑みはいつでも癒しでは?」

「あなたの容姿の自信は尊敬するわ……」


 二人のいつものやり取りが見られて、少し安心して嬉しくなる。

 ……あそこに混ざりたいとは思うけど、僕は男だからさすがにそれはできない。


 それに、僕はルフィナに謝りたい。


「るふぃな……ごめん、なさい」

「えっ? アル、どうしたの?」


 僕がいきなり謝ったので、ルフィナが驚いて目を丸くした。

 説明をするために、隣国の言語で喋り始める。


『僕が公爵家の令息で、ルフィナが僕に勉強を教えてくれているから、ああいう人達に絡まれたんだよね』

『っ、いや、確かにそうだけど、別にアルが悪いわけじゃないわ』


 ルフィナはそう言ってくれるが、僕が一人で勉強ができていれば、彼女に迷惑はかからなかった。

 しかもすぐに治ったとはいえ、他の女性にビンタまでされて……。


『本当にごめん、ルフィナ』

『……ねえ、アル。私はね、アルと友達になれて本当に嬉しいのよ』

『えっ?』


 い、いきなり褒められてビックリしたけど、ルフィナは少し怒っているかのように眉をひそめている。


『私があんな女達に、もうアルと関わらないでとか言われたり叩かれたくらいで、わかりました関わりません、って言うと思っているの?』

『そ、それは……』

『逆にアルは、ああいう人達にもうルフィナは下位貴族だから友達として相応しくないって言われたら、納得して私と友達じゃなくなるの?』

『そ、そんなわけない! 僕は他の誰かになんて言われたって、ルフィナと一緒にいたいから!』

『私も同じよ、アル』


 彼女の言葉を聞いて、僕はハッとした。

 ルフィナは少し笑みを浮かべて言葉を続ける。


『あんな人達に何を言われたって、私はアルやベルタが好きだから、一緒にいるのよ』

『ルフィナ……』

『だから謝らないで、アル』


 ルフィナは、ああいう人達に絡まれることを覚悟していたんだ。

 もしかしたら、僕とベルタさんが知らないだけで、これまでに何回もあったのかもしれない。


 それでも、僕とベルタさんと一緒にいてくれる。


 とても優しくて、強い女性だ。


『……ありがとう、ルフィナ』

『ええ、こちらこそ。心配してくれてありがとう、アル』


 ルフィナの笑みに、僕の名前を呼んでくれる声に、心臓が高鳴った。

 ああ、やっぱり僕はルフィナが――。


「ルフィナ、アルフォンス様、私を仲間外れにして何を話していらっしゃるの?」


 ルフィナの横で座っているベルタさんが、いじけるようにそう言った。


「私だけわからない言語で喋るなんて、ひどいですわ」

「ごめんなさい、ベルタ。別に仲間はずれにはしてないわ」

「じゃあ何を話していたのかしら?」

「私達は他の人に邪魔をされても友達だっていう話よ」

「まあ、そんな当たり前のことを? 当然、私とルフィナは未来永劫、ずっと友人ですわ!」


 胸を張って言い切ったベルタさん。

 ベルタさんは自分に自信を持っていて、すごい女性だ。


 それに比べて、僕は……。


 身長もルフィナやベルタよりも低くて、こちらの言語も喋れない。

 ルフィナが僕やベルタさんと一緒にいるという覚悟を知らずに、いろいろと助けられてばかりだ。


 このままじゃ、ダメだ。

 僕はルフィナとずっと一緒にいたい、それは間違いない。


 だけど友人のままじゃ、嫌なんだ。


 ……よし。



 その日の夜、僕はヘルブランディ公爵邸で、当主様である義父と話していた。

 まだ僕はこちらの言葉が上手く喋れないので、通訳の人を雇っている。


 その人が僕の言葉を、当主様に伝えてくれる。


「ふむ……アルフォンス、覚悟は決まったのだな」

「はい」


 僕は強く頷いた。

 当主様は僕の目を真っすぐと見てきた。


 威圧感がある風貌で、こちらに引き取られてから一カ月ほど経ったが、いまだに当主様と話したり目を合わせるのは慣れない。


 今も睨まれているようにかんじるけど、僕の覚悟を伝えるために目を逸らさない。


 しばらくして当主様が「わかった」と呟いた。


「十五歳でまだこちらの言語を覚えていないから、もう少し遅くても良いと思っていたが。アルフォンス、お前が覚悟を決めたというのなら、準備を進めよう」

「ありがとう、ございます」


 僕はお礼を言ってお辞儀をした。


 当主様の執務室を出て、自室へと戻って緊張の糸が緩んで、ため息をつく。


 ヘルブランディ公爵家では次期当主となるために、いろんなことを覚えないといけない。


 僕は十五歳からこの国に来て、次期当主としての教育を受けている。

 だけどこのままでは、学ぶことが多すぎるし、次期当主の器になるには遅すぎると言われていた。


 もちろん勉強だけじゃなく、剣術や魔法なども学ばないといけないのだ。

 最低でも十八歳の時には、全てを学び終わっていないといけない。


 まだ言語も覚えていない僕が、あと三年ほどで全部を学ぶのは……今のままでは難しすぎる。


 そう、今のまま、貴族学園に通っていては無理なのだ。


 だからあと三年で全部学ぶには、王都から離れて公爵領に行き、朝から晩までいろんな教師陣と付きっ切りで、勉強や剣術などを学ぶことになる。


 つまり……貴族学園を辞めて、三年間も遠く離れた公爵領に引きこもるということ。


 その間はもちろん……ルフィナや、ベルタさんに会えなくなる。


 実は結構前に、この話は当主様からされていた。

 三年間ほど公爵領で、厳しい勉強や特訓などをするかどうか。


 僕はまだ覚悟は決まっていなくて即答できず、当主様も「考えておいてくれ」と猶予をくれた。


 その話をされた時には、もうルフィナと出会っていた。


 ルフィナと出会う前だったら、貴族学園に居場所はなかっただろうから、即決で公爵領に行っていただろう。


 だけど今は、貴族学園に行ってルフィナと会って話すのが、楽しかった。


 だから公爵領に三年間も行くのを、躊躇した。

 彼女と会えなくなるのが、嫌だから。


 だけど……僕は、ルフィナやベルタさんと対等な友達でいたい。


 今のままでは、自分だけこちらの言葉も喋れないし、覚悟が決まっていなかった。

 ルフィナやベルタさんは誰に何と言われようと、身分なんて気にせずに一緒にいる、友達でいるという思いがあった。


 僕はまだそこまでの覚悟がなかった。


 だけど、一緒にいたい。

 特に今回、ルフィナが暴力を振るわれているところを見て……守りたいと思った。


 僕が自分で、この手で。


 だから僕は、成長するしかないんだ。


 例え、少しの間、ルフィナと離れることになっても。



◇ ◇ ◇



『えっ、三年間、公爵領で引きこもって特訓する?』


 私が女生徒に頬を叩かれるという事件の数日後。

 学園の図書室で、アルから大事な話があると言われた。


 まだベルタは教室で他の女生徒と話しているので、ここにはいない。


 そしてアルから大事な話を聞いて、私は驚いて復唱してしまった。


『うん、このままじゃ学ぶ速度が遅いから、学園を辞めて三年間、勉学も剣術も魔法も、公爵領で全力で学ぶんだ』

『そう、なのね……ごめんなさい、それは私が教えるのが下手だから?』

『いや! そんなことはないよ! むしろルフィナのお陰でこっちの言葉を聞き取れるようになったから。だけど単に、貴族学園の授業だけで学ぶには、ヘルブランディ公爵家の次期当主になるには難しいってことらしい』


 なるほど、下位貴族の男爵令嬢の私にはわからないけど、やはり公爵家の次期当主になるには計り知れない努力、実力が必要なのだろう。


 今でもアルは結構頑張っていると思うけど、それだけじゃ足りないようだ。


『いつから行くの?』

『明日にはもう出発するんだ』

『明日から!? そんな急なの!?』


 まさかそんなに急だとは思っていなかった。


『うん、僕はまだまだ未熟だから、すぐにでも出発して特訓したいんだ』


 アルが真面目な顔で、強い口調でそう言った。

 もうすでに、アルは覚悟が決まっているようね。


『そうなのね……応援しているわ、アル』

『ありがとう、ルフィナ』


 私とアルはそう言って笑い合った。

 三年間か……とても長いけど、一生会えないわけではない。


 次に会えるのは、私とベルタがこの学園を卒業する年になるのかな?


 そう思うとあっという間のような、長い時間のような……。


『じゃあ勉強しようか。私がアルに教えられるのは、今日が最後になるかもしれないしね』

『そう、だね。その、ルフィナ……』

『ん? なに?』


 いつも通り隣に座って勉強を始めようとしたが、アルに恐る恐る話しかけられる。


『えっと……』

『うん?』


 とても躊躇っているようだけど、なんだろう?


『ルフィナ、僕は明日から学園を辞めるけど、その――』

「お待たせいたしましたわ! ルフィナ、アルフォンス様!」


 アルが何か言おうとした瞬間、うるさい声が後ろから響いてきた。

 私は少しげんなりしながら振り返る。


「……ベルタ、ここ図書室だから。声を抑えて」

「あら、申し訳ありませんわ。私の美声が響いては、皆さん聞き惚れてしまいますものね」

「いや、全く違うけど」


 確かに声も綺麗で可愛らしいけど、そういう意味で声を抑えてと言ったわけではない。

 というか、ベルタが来たからアルが話したいことを聞けていない。


『アル、話を中断してごめんなさいね』

『あ、いや、大丈夫だよ』

「あら、またお二人で内緒の話ですの? 私も聞きたいから、通訳をお願いしたいですわ」

『……アル、説明してもいい? 多分うるさくなるけど』

『もちろん、お願い』


 ベルタにアルが明日から三年間、公爵領に引きこもって特訓をすると言うことを話した。


「まあ! なんて素晴らしい向上心ですの、アルフォンス様! さすがです!」

「あり、がとぉ」

「だけど三年間も会えなくなってしまうんですのね……それは寂しいですわ。アルフォンス様の舌足らずの喋り方は愛らしくて、好きだったですが」

「あっ、それは私も好き」

「うっ、それは、はぁずかしいけどぉ……」


 照れて顔を赤らめるのも可愛らしくて好き。

 弟みたいで、話してて楽しくて、ずっとこうして一緒に過ごせると思っていた。


 だから……やっぱり寂しいな。


 でも、アルが成長するために覚悟を決めたことだから、応援したい。


「じゃあ今日が一緒に勉強できるのが最後になりますの?」

「そう、なるねぇ」

「では最後に対決をしましょう! 最近はアルフォンス様に負けることが多くなってしまいましたが、最後は勝ち越しを狙いますわ!」

「ふふっ、いいよぉ。ぼくも、まけなぁい」

「ルフィナ、問題を出してくださいまし!」

「はいはい、わかったわ」


 ベルタのせいで、またいつも通りの雰囲気で勉強をし始めた。

 いや、ベルタもアルとの最後の勉強が、暗くならないようにしてくれたのかもしれない。


 彼女もやはり、アルと離れるのは寂しいだろうし……。


「くっ、負けてしまいました……! 次、次は勝ちますわ!」


 ……いや、本当にただ勝負をしたいだけかもしれないわね。


 その後も私達は楽しく勉強をして、笑って最後の勉強を終えた。



 数時間後、学園の図書室が閉まって、私達は帰路に就く。

 ベルタとアルはいつも通り、学園まで馬車が迎えに来る。


 さすが侯爵令嬢と公爵令息だ。


 私はそんな馬車もないので、いつも普通に歩いて帰っている。


「今日お別れしたら、最低でも三年間はアルフォンス様と会えないのですね……」


 馬車を待っている間、学園の門前あたりでベルタがそう話を切り出した。

 さっきまでは騒いでいたベルタだったが、今は少し寂しそうだ。


「そう、だね……」


 アルも一度目を伏せてから、喋り出す。

 その言葉は隣国の言葉だった。


『ルフィナ、また翻訳を頼んでもいい?』

『ええ、もちろん』


 アルは晴れ晴れとした笑みを浮かべて話し始める。


『二人とも、本当にありがとう。学園に入って二人と出会えたことが一番幸せだった。ベルタさんはいつも明るくて面白くて、一緒にいて楽しかった』

「私もですわ、アルフォンス様」

『ルフィナ。君が僕を助けてくれたから、この国で楽しく過ごせた。それで、君と一緒にいたいから、もっと成長したいと思えた。本当に、ありがとう』

『アルに負けないように、私もこれからも勉強頑張るわ』


 私の言葉に、アルは一度言葉を止めて……少し躊躇いながらまた話す。


『その……僕は三年間、公爵領に引きこもるけど……僕のことを、忘れないでいてくれる?』


 アルは不安そうに、上目遣いにそう問いかけてきた。

 私はベルタにその言葉を訳して伝えると同時に、ベルタが反応する。


「もちろんですわ! アルフォンス様、私達は離れていてもずっと友達ですわ!」


 ベルタの言葉に、アルはほっとしたように笑みを浮かべた。

 私も続いて、こちらの言語で話す。


「アル、忘れるわけないわ。三年後、また絶対に会いましょう」

「っ……あり、がとぉ」


 アルが涙目になりながらも、嬉しそうにお礼を言った。

 そして、公爵家の迎えの馬車が先に来た。


 ここで、アルとはお別れだ。


「ありがとぉ、ベルタ。げんき、で」

「ええ、アルフォンス様も。また会いましたら、テストの点数を勝負しましょう」

「ふふっ、うん」


 アルとベルタはそう言い合って、最後に握手をしていた。

 三年後にもテストの点数で勝負するつもりなの?


 私達は卒業する年なのに?


 まあベルタっぽいけど。


「ルフィナ……ありがとうぉ。元気で」

「アルも、怪我や病気には気を付けて」

「うん」


 私もアルと握手をする。

 すぐに手を離そうとしたのだが……いつまでもアルが手を離さない。


「アル?」


 私が彼の名前を呼ぶと、アルは少し恥ずかしそうに目を伏せてから……私の手を口元まで持っていき、手の甲に唇を落とした。


 ……えっ?


「え、えっと……?」


 私は驚いて、何も言葉が出てこない。

 隣でベルタが「まあ」と口に手を抑えているのが見えた。


 アルがゆっくりと私と視線を合わせて、ニコッと笑った。


「ぜったいにぃ……むかえに、くるから」

「迎えに?」

「うん……だかぁら、やくそく」


 アルは手を離して、満足そうにしながら馬車に乗り込む。


「じゃあね、ふたりとも! だいぃすき!」


 乗り込む前に振り向いて、アルはとてもいい笑顔でそう言った。

 馬車が出発してしばらく経つまで、私は呆然としてしまっていた。


 む、迎えに? 約束って何?


 どういうこと?


「ルフィナ、やっぱりあなたとアルフォンス様ってそういう関係だったんですわね」

「え、えっ!? ど、どういう関係!?」

「隠さなくていいですわ、私はわかっていますから」

「だ、だから別に隠してないし、私もわからないんだけど!」


 その後、ベルタにニヤニヤとして揶揄われて、私は真っ赤になりながら反論した。

 ベルタも私とアルがそんな関係だと本気で思っているわけじゃないみたいだが……それでも、最後に一言気になることを言ってきた。


「おそらく、アルフォンス様は本気ですわよ。だから……三年後、覚悟しておいたほうがよろしくてよ」

「か、覚悟って?」

「ふふっ、いろんな覚悟をですわ」


 よ、よくわからないけど……三年後が楽しみでもあり、不安にもなってきた。


 だけど、成長したアルと早く会いたいのは、変わりない。



◇ ◇ ◇



 私、ルフィナは十八歳になった。


 ついに明日、貴族学園の卒業が迫っていた。

 数年間通った学園を卒業するのは、感慨深いものがあるわね。


 それに……。


「ルフィナ! 卒業披露宴ですが、誰と行くか決めたんですの?」

「……ベルタ、あまり騒がないの。もう大人になったんだから」

「あら、私はいつでも大人っぽくて素敵だわって言われるわよ?」

「容姿はね? 中身は数年前から一切変わってないけど」


 私の友人のベルタは、美少女が美女に成長したという感じで綺麗で美しい女性となった。

 だけど今言ったように、中身は変わらない。


 まあ、そこが可愛らしいところでもあるんだけど。


「それで、卒業披露宴を誰と行くかって話?」

「ええ、そうよ。誰か一緒に行く殿方はいないの?」


 貴族学園は、卒業式が終わった後に卒業披露宴がある。

 社交パーティーのような感じで、卒業生の親なども参加する、かなり大きな披露宴となる。


 そこで婚約者などの相手がいる人達は、二人で参加することが多い。


「ベルタは誰と行くの?」

「私はお父様ですわ。まだ私に見合うような殿方には出会ったことありませんもの」


 ベルタのその言葉を聞いて、周りの男性たちがホッとしたような、ガクッとしたようないろんな反応を見せている。


 やはり彼女は多くの男性から心を寄せられているようね。

 容姿もいいし、家柄も侯爵家の令嬢だ。


 多くの男性が一緒に卒業披露宴に参加したいと思うのは、当然のことだろう。


「私もお父様よ。というか、私はあなたみたいに男性に言い寄られることはないから」

「あら、そう? ルフィナも美人でスタイルは良いし、髪も綺麗だと思いますわ」

「ありがとう。だけど私の周りの男性は、上位貴族の方が多いから」


 私は成績が優秀だったので、貴族学園をAクラスで卒業することができた。


 しかも首席で。まあそれくらいじゃなければ、下位貴族の男爵令嬢がAクラスで卒業などできない。

 だけどAクラスだからこそ周りは上位貴族の男性ばかりで、男爵令嬢の私を誘う人はいない。


 誘われても断ると思うけど。


「ルフィナもとても素敵な女性なのに、見る目がない男性たちですわ」

「ふふっ、ありがとう、ベルタ」


 私に対しては気を遣わない、嘘をつかないベルタに言われると嬉しいわね。


「ドレスの準備はできているんですの?」

「ええ、もちろん。ベルタや他の令嬢と比べたら、あまり良いドレスは用意できないけどね」


 そこまで裕福ではない男爵家だから、侯爵令嬢のベルタが用意するようなドレスと比べたら、見劣りしてしまうだろう。


「むぅ、前にも言いましたが、私の方で用意してもよかったんですのよ?」

「さすがにそれは気が引けるわ。いくら友達だとしても、いえ、友達だからこそね」


 侯爵家なら私一人のドレス代くらいは簡単に払えるだろうけど、友達のベルタにお金での貸し借りを作りたくはない。


「ええ、わかっていますわ。ルフィナも強情ですのね、そこも素敵なところですけど」


 頬を膨らませているベルタ。そんな姿も可愛らしい。



 その日の学園からの帰り道、明日に迫った卒業式に思いを馳せていた。


 貴族学園、五年間ほど通っていたけど、結構楽しかったわね。

 男爵令嬢という地位だったら学べないようなことを、首席だからいろいろと図書室で調べられた。


 今後の仕事とかで活かしていきたいわね。


 まだ仕事は決まってないけど、できるだけ稼げる仕事がいい。

 貴族学園に通う学費などは結構高かったから、それを払ってくれた両親に親孝行がしたいから。


 首席で卒業した実績があれば、いい仕事に就けるだろう。


 もう貴族学園で図書室に通うことはなくなるのね。

 あそこでベルタといっぱい勉強して、いろんな話をしてとても楽しかった。


 それに……アルも一緒に。

 アルと別れてから、もう三年が経ったのね。


 あれからアルとは本当に一回も会っていないし、手紙でのやり取りなどもない。


 侯爵令嬢のベルタですら連絡も取れないようだし、本当に大変な特訓をしているのだろう。

 それがいつ終わるかなどは詳しく知らないけど……また会えたら嬉しい。


 アルはどれくらい成長しているんだろう。

 別れる時は私よりも小さかったし、弟みたいで可愛らしかった。


 身長は伸びているのかな? それとも前と同じ身長だったら……それも可愛いわね。


 最後に会った時は、私の頭一個分低くて……。


『むかえに、くるから』


 っ……!

 手の甲に唇を落とされたことを思い出して、恥ずかしくなってしまった。


 いけない、あれはその、友達としてだから。

 勘違いしてはいけない。


 アルも距離が近くて一緒に勉強とかをしていたけど、ベルタと同じ……いや、それ以上に爵位が上の公爵家の次期当主だ。


 本来なら、私がタメ口で話せるような人ではない。

 それを忘れてはいけない……だけど、友達でいたいわね。


 そんなことを思いながら家に帰って中に入ったのだが……。


「なにこれ?」


 玄関に、大きな箱があった。

 あまり広くない玄関なので、とても目立っている。


「ルフィナお嬢様、お帰りなさいませ」


 一人だけいる使用人が出迎えてくれたので、箱について問いかける。


「これは? なんだか綺麗な箱に入っているけど」

「ルフィナお嬢様宛のプレゼントのようですが……」

「えっ、私に?」


 こんなプレゼントをくれるような人、思いつかないけど。


「誰から?」

「それが、公爵家の方からでして……!?」

「公爵家!?」


 驚きすぎて、私は大きな声で聞き返してしまった。


「それって、侯爵家……ベルタからのプレゼントとかじゃなくて?」

「いえ、ベルタ様のビルギット侯爵家ではありません。贈り主は、ヘルブランディ公爵家です」

「ヘルブランディ公爵家……あっ、もしかして」


 すぐにパッと思い出せなかったが、その公爵家の名は聞き覚えがあった。


 アルだ。

 アルフォンス・ヘルブランディ、彼は公爵家の令息だった。


 本当に、アルからのプレゼントなの?


「中身は何なの?」

「まだ確認しておりません。公爵家からのプレゼントを、ルフィナお嬢様がいないのに確認することはできませんので……」

「それもそうね。手紙とかは入ってた?」

「こちらに」


 使用人からプレゼントに同封されていた手紙を受け取り、開けて読む。

 そこには綺麗な文字……もちろん、こちらの国の言語で書かれていた。


『親愛なるルフィナへ。久しぶり、ルフィナ。アルフォンスです。今でもアルって呼んでくれるかな?』

「アル……文字が綺麗になったわね」


 三年前はこちらの文字を書けても、まだ少し汚かった。

 今ではとても綺麗で、三年間の努力がここでも伺える。


『いろいろと話したいことはたくさんあるけど、まずは貴族学園の卒業おめでとう。首席での卒業、さすがルフィナだよ。とても努力をしたんだろうなってわかるから、本当に尊敬する』


 いきなり手紙で褒められて、少し照れてしまう。

 首席で卒業が決まった時、ベルタや家族は喜んで褒めてくれたけど、他の人には一切褒められなかった。


 むしろAクラスの人達からは、「なぜ下位貴族の令嬢ごときが……」と冷たい目で見られていた。


 ベルタがいなければ、直接言われていただろう。


 だからアルに褒められるのはとても嬉しい。


『首席での卒業をお祝いして、プレゼントを受け取ってほしい。明日の卒業披露宴に間に合ってよかったよ』

「明日の、卒業披露宴?」


 卒業披露宴で使うものってこと? 何が入っているの?


『サイズがわからないから、十数着ほど選んだ。どれか気に入るドレスがあれば嬉しいよ』

「えっ、ドレス? しかも十数着!?」


 大きい箱だとは思っていたけど、まさかドレスが十数着も入っているなんて……!

 あ、開けるのが怖くなってきたわ。


 手紙にはまだ続きがあるので読んでいく。


『明日、僕も卒業披露宴に招待されているんだ。だからそこで会おう。そしてできることなら、ルフィナをエスコートさせてくれ』

「アルも、卒業披露宴に……」


 彼は貴族学園を辞めたはずだけど、招待されているのね。


 ヘルブランディ公爵家はこの国で数少ない公爵家、その次期当主が招待されているのは当然のことだろう。


 その次期当主のアルにエスコートをされるの?

 大丈夫? いや、絶対に大丈夫じゃない。


 絶対に目立つし、いろんな人に見られるだろう。


『明日、三年ぶりに会えることを楽しみにしているよ』


 そこで手紙は終わっている。

 私もアルに会えるのは嬉しいんだけど……エスコートされるのはマズい気がする。


 どうしよう……だけどまずは、このプレゼントをなんとかしないと。


 使用人に中身はドレスだと伝えて、全部出してもらう。


 中にはとても綺麗なドレスが十五着もあって、本当に高級そうで素晴らしいドレスばかりだ。

 私が着ていこうとしていたものよりも、こちらの方が美しい。


 本当にこれを着て行っていいの?


 アルがプレゼントをしてくれたから、着て行こうとは思うけど……。

 明日が楽しみだけど、少し不安にもなってきた。



 そして、翌日の卒業披露宴の日。

 私はアルから送られてきたプレゼントのドレスの一つを選び、それを着て家を出る。


 赤と白を基調とした、とても豪華なドレスだ。男爵令嬢の私にはもったいないドレスね。


 両親からも「とても似合っている!」「綺麗よ!」と言われたので、似合ってはいるはずだ。


「だけど、すまないな。そんな綺麗なドレスを着て、学校までの道のりを歩かせてしまって」

「本当に、馬車を準備しておけばよかったわね」


 両親が申し訳なさそうに謝ってきた。


「別に大丈夫よ。行きなれた道だし、問題ないわ」


 私は笑みを浮かべてそう言って、家のドアを開けた。

 そして学校への道を歩き出そうとしたのだが……。


「えっ……お父様、お母様、馬車があるけど?」


 目の前に大きな馬車があった。


 しかもとても煌びやかで豪華な馬車だ。


「用意していたの?」

「いや、していないのだが……」


 お父様も知らないようで、困惑しているようだ。

 そうしていると、馬車の扉が開いて男性が出てきた。


 身長が高くて、サラサラとした赤い髪。


 端整な顔立ちで、目じりが少し下がっていて優しげな赤い瞳。

 服もとても豪華で、平民や下位貴族の人ではないことが一目でわかる。


 えっ、彼の髪色や顔には既視感があるんだけど、まさか……。


 彼は私と目が合うと、とても嬉しそうに微笑んだ。


「ルフィナ! 久しぶり!」


 声変わりを少ししているけど、聞き覚えがある。


「もしかして、アル……?」

「そうだよ、ルフィナ」


 ニコッと笑ってそう言った男性、アル。


 やっぱり、とても成長したけど顔に見覚えがあった。

 三年前はとても可愛かったのに、今ではとてもカッコよくなっている。


 アルは私に近づいてきたが、やはり大きくなっている。

 前は私の方が頭一個分大きかったのに、今では彼の方が頭一個分大きい。


 やっぱり男性って感じね。


「本当に久しぶりね、アル」

「うん、本当に……この三年間、ずっと会いたかったよ」

「っ、ええ、私もよ」


 綺麗な笑みで言われると、ドキッとしてしまう。

 まさか弟みたいに思っていたアルが、こんな成長しているとは、


「いろいろと話したいことはあるけど、まずは学園に行こうか。ほら、乗って」

「えっ、の、乗っていいの?」

「もちろん、そのために用意したんだから。あっ、他に馬車とか準備してる?」

「いや、してないけど……」


 こんな豪華な馬車、男爵令嬢の私が乗っていいの?

 そう思っていたら、アルが私の後ろにいる両親に気づいた。


 両親もポカーンとしていたが、アルは綺麗なお辞儀をして挨拶をし始める。


「初めまして、ベラスケス男爵。私、ヘルブランディ公爵家のアルフォンスです。以後お見知りおきを」

「こ、公爵家……! さ、先に挨拶をさせてしまい、申し訳ありません!」

「いえ、こちらこそご挨拶が遅れました。また後日、娘さんとの将来の話をしに来たいと考えておりますので、よろしくお願いします」


 私の両親がしどろもどろになっているけど、アルはとても落ち着いて丁寧に対応している。

 というか、私との将来の話? どういうこと?


 そんな疑問が湧きあがったが、アルは挨拶を終えてから私の手を取った。


「ほら、ルフィナ。遅れるといけないから、急ごう」

「え、ええ……」


 自然に手を繋がれたからドキッとしてしまう。

 い、いけない、アルは私をエスコートをしているだけ。


 変な勘違いをしないように。


 私とアルは豪華な馬車に乗り込み、学園へと向かう。


 中もとても綺麗で、椅子もふかふかだ。


「本当に久しぶりだね、ルフィナ」

「ええ、そうね……あの、いつまで手を繋いでいるの?」


 馬車で対面に座っていても、なぜか手を繋いでいる。

 アルは「あっ……」と言って慌てて手を離した。


「ごめんね、ちょっと……久しぶりに会って、嬉しくなっちゃって」


 アルは恥ずかしそうにそう言いながら微笑む。


 くっ、可愛い……!

 三年前と同じかそれ以上に可愛いわね。


 カッコよくもなって、それでいてまだ可愛さも残っているなんて、卑怯だ。


「わ、私も嬉しいわ、アル」

「うん、それならよかったよ」

「そういえば違和感なかったけど、普通にこちらの言語で会話してたわね」


 三年前、二人で喋る時は隣国の言語で喋っていた。

 わかっていたけど、この三年間でしっかりこちらの言語を喋れるようになったのね。


「うん、公爵領に行った時に、まずは言語からしっかり学んだからね。発音が難しかったけど、頑張ったよ。ルフィナはよく独学で隣国の言語を喋れるようになれたよね」

「こっちの言語よりも簡単だったから。それに勉強が好きだったし」

「すごいね、僕は大変だったよ」

「アルは言語を学ぶだけじゃなく、いろんな種類の勉強とか、剣術や魔法も学んでたんでしょ? それは大変に決まっているわよ」


 新しいことを学ぶのはとても大変だし難しい。

 それをいくつも同時にやっていたアルは、本当にすごいと思う。


「確かに、剣術や魔法を同時に学ぶのは大変だったなぁ。主に体力的に」

「そうよね……」

「だけどそのお陰で強くなったし、身長も伸びたからね」


 アルはニコッと笑いながら、座っている私の頭あたりをチラッと見る。


「ルフィナよりも身長が高くなってよかったよ。三年前は僕の方が小さかったから」

「そうね、あの頃は可愛かったわね……」


 顔も童顔で、私に勉強を教わってニコッとする顔が可愛らしかった。

 成長した今も童顔だけど、凛々しさも出てきて可愛いとは言いづらい。


 まあ……さっきの恥ずかしそうに微笑んだ時は可愛かったけど。


「小さいままでもよかったのよ?」

「さすがにそれはね……男として、ルフィナよりは大きくなりたかったから」

「そう?」

「うん。だって前は僕の方が小さかったから、ルフィナは僕を弟みたいに思っていたでしょ?」

「そうね」


 今思うと、公爵家の次期当主を男爵令嬢の私が弟みたいに扱っていたなんて、とても不敬じゃない?

 アルが私を不敬で訴えるとは思えないけど、嫌に思っていなかったかは心配だ。


「その、ごめんなさい。弟みたいに扱ったのは嫌だったわよね?」

「んー、嫌ではなかったけど、少し恥ずかしかったかな」

「そう? 嫌じゃないならよかったけど……」

「うん、でも今は弟みたいには見えない?」

「ええ、そうね。身長も高くなって、カッコよくなったから」


 私がそう言うと、アルは目を丸くする。


「えっ、カッコいい? そう言ってくれた?」

「え、ええ、そう言ったけど……」


 アルは前かがみの姿勢になって問いかけてきた。

 そしてとても嬉しそうに笑った。


「そっか……カッコよくなったのならよかった!」

「カッコよくなりたかったの?」


 いきなり反応が大きくなったので、私はそう問いかける。


「うーん、どうだろ? 少し違うかな?」

「違うの?」


 可愛いよりもカッコいいと言われた時の方が嬉しそうだったけど。


「可愛いとかカッコいいでもいいんだけど……」


 アルは私と視線を合わせて、口角を少し上げて言う。


「ルフィナに、男として見られるなら、どっちでもいいかな?」

「っ……」


 その言葉と共に、艶のある笑みを向けられて、私は言葉が出てこなかった。

 今の笑みは、ズルい……!


「ルフィナ、顔が赤くなってるよ?」

「うっ……」

「もしかして馬車の中が暑い? それか、ドレスが暑いとか? 大丈夫?」

「だ、大丈夫よ」


 アルは心配そうに見つめてくるが、私は視線を逸らしてしまう。


 私が恥ずかしくなって顔を赤らめているのは、気づいていないようだ。

 恋愛感情とかに鋭いベルタなら、すぐに指摘してきただろう。


 アルがそういうのが鈍感でよかった。


 そんな話をしていると馬車が停まった。貴族学園に着いたようだ。


「着いたね、出ようか」

「え、ええ」


 私は少し落ち着くために深呼吸をしている間に、アルが先に馬車から降りた。


 立ち上がって馬車の扉から出ようとした時に、ふと思い出した。

 そういえばこの馬車、公爵家のアルが用意してくれたからめちゃくちゃ豪華よね?


 侯爵家のベルタがいつも乗っていた馬車よりも煌びやかだったはず。

 私は馬車から出る時に、周りを少し見渡した。


 ……めちゃくちゃ目立っているわね、やっぱり。


 貴族学園の門の前だから、今日卒業する生徒が大勢いる。


 晴れ舞台なので全員が着飾っているのだが、それでも目立っている。

 いろんな人がこちらを見ているが……私が目立っているわけじゃないかもしれない。


 一番目立っているのは、アルだ。

 贔屓目なしにアルはカッコいいし、スタイルも抜群だから令嬢からの熱い視線がある。


 パッと周りを見渡しても、ボーっとアルを見つめている人が何人かいた。

 次に馬車が目立っていて、これは男性の方が見ていることが多い。


 おそらくどこの貴族かどうか、豪華さや貴族の紋章などを見るためだろう。


 だから私はあまり目立ってない……と思いたい。


「ルフィナ、手を」


 そんな一番目立っているアルから、手を差し出される。

 すぐにいろんな令嬢から、私に鋭い視線が刺さってくる。


 これはもう、諦めるしかないわね。


「ありがとう、アル」


 私はアルにエスコートされながら、学園の卒業式の会場へと向かう。

 その間、いろんな視線が私達に刺さっているが、もう気にしない。


「アルは卒業式の会場には入れないでしょ?」


 私は歩きながらそう問いかける。


「そうだね、さすがに生徒ではないから、卒業式は出れないよ。招待されているのは卒業披露宴だから」

「そうよね」

「うん、だからまた後で……」


 そんな話をしていたら、「まあ!」と大きな声が後ろから聞こえた。

 私はもうその声だけで誰かわかるわね。


「ルフィナ! そのお方はどなた!? まさかあなたが殿方と一緒に来るなんて! それにドレスも素晴らしく綺麗ですわ!」


 うん、卒業の日でもいつも通りのやかましさだ。

 もう安心するくらいね。


「初めまして、私はベルタ・ビルギットと申します。以後お見知りおきを」


 ベルタはドレスの裾を持って、しっかり綺麗なお辞儀をして挨拶をした。


 しかし……。


「ベルタ、あなたも知っている男性のはずよ」

「えっ!? も、申し訳ありません、会ったことがございましたか……!」


 ベルタは失礼をしたと思ったのか、焦って謝っている。


 その姿を見て、私とアルはくすくすと笑い出す。


「ふふっ、ベルタさん、僕だよ。覚えてるかな?」

「えっ……はっ! ルフィナと仲が良さそうで、綺麗な赤髪に赤い瞳……もしかして、アルフォンス様ですか!?」

「うん、そうだよ。久しぶり、ベルタさん」

「まあ! お久しぶりですわ! とても逞しく成長なされたのですね!」


 逞しく……なんだかベルタも親目線のような言い方だ。


「まさかそんなに素敵な男性になるなんて思わなかったですわ」

「あはは、ありがとう。ベルタさんも、三年前と変わらず綺麗だね」

「あら、それでは私の美しさが進んでいないみたいですわ。さらに綺麗になったと言ってくれないと!」

「ふふっ、相変わらずで安心したよ」


 二人も仲良さそうに話していてよかった。

 三年前は私が間に入らないと満足に喋れなかった二人だが、今は普通に話せている。


「僕にとって魅力的な女性はただ一人だから、他の女性を過剰に褒めるわけにはいかないんだよね」

「あら、そうなのですね。確かに私は美しいですが、アルフォンス様の心を射止めるのは諦めた方が良さそうですわね」

「あはは、特に僕を狙ってないでしょ?」

「そうですわね、三年前からアルフォンス様はわかりやすかったですから」

「そ、そう?」

「ええ、言葉がわからなくても伝わってきてましたわ」

「それは少し恥ずかしいな……」


 ずっと通訳をしていた私からすれば、二人が普通に話しているのが感慨深いものがあるわね。


 微笑ましいような気持ちで見ていたら、二人が会話を止めて私を見つめてきた。


「えっ、何?」

「いえ、やはりルフィナは気づきませんわよね」

「うん、ルフィナが鈍感だって知っていたから」

「私が鈍感?」

「ええ、アルフォンス様はわかりやすいのに」

「大丈夫だよ、ベルタさん。あとで直接伝えるつもりだから」

「まあ、応援していますわ!」

「なんのこと?」


 よくわからないけど、二人は通じ合っているみたいだ。

 私だけ仲間外れ……三年前はベルタが「二人でわかる言葉だけで話していて、仲間外れですわ!」と言っていたのに。


「そろそろ卒業式でしょ? 早く二人は行かないと」

「あっ、そうでしたわね」


 確かに、もうすぐ卒業式が始まってしまう。


 私とベルタは卒業式の会場へと向かわないと。


「僕は披露宴まで待っているから、あとで会おうね」

「あとでね、アル」

「ええ、また」


 私とベルタはアルと別れて、会場へと移動する。

 アルは笑顔で手を振って見送ってくれた。


 ……私達が離れた瞬間、アルにいろんな令嬢が近づいているわね。


 困ったように笑っているアルだけど、大丈夫かしら?


「ルフィナ、アルフォンス様と披露宴に出るつもりですの?」

「そうよ。アルが誘ってくれてね」

「ふふっ、いいですわね。もちろん、そのドレスもアルフォンス様からの贈り物でしょう?」「ええ、首席で卒業したお祝いで」

「とてもお似合いだと思いますわ」

「ありがとう」


 本当に、アルのお陰で素敵なドレスを着させてもらっている。

 卒業式やその後の披露宴が、楽しみになってきた。



 そして、卒業式が終わり、披露宴が近づいてきた。


 卒業式があった会場から、披露宴の会場は結構近く、卒業生のほとんどがそのまま移動している。


 だけど私はアルと約束をしているので、一度会場の外に出る。


 どこで待ち合わせとかは言ってないけど、大丈夫かしら?


 確か服装は、黒っぽいものだったはず。

 今は日が暮れて暗くなり始めたので、少し目立ってないかもしれない。


 会場の外で周りを少し見渡して待っていると……。


「ルフィナ」


 後ろからアルの声が聞こえてきた。


「アル、お待たせ……えっ?」


 振り向いてアルを見たのだが、彼の格好に目を見開いてしまった。

 さっき一緒にいた時は黒っぽい格好だったけど、今は赤と白を基調とした礼服を着ている。


 まさか、卒業式の間に着替えていたの?


「ふふっ、ルフィナ、驚いた?」

「お、驚いたわ。まさか着替えているなんて。なんで着替えたの?」


 別にさっきの黒っぽい礼服でも、卒業披露宴に出られたはずだ。


「だって、ルフィナとお揃いの服で参加したかったから」

「お揃い?」

「うん、ほら、今の僕の服はルフィナが着ている赤と白のドレスと同じような感じでしょ?」

「あっ、本当ね」


 確かに、自分のドレスを忘れていたけど、赤と白のドレスを選んでいた。


「今日、会うまでルフィナがどの服を着るかわからなかったからね。だから卒業式で別れた時に、ルフィナが着ているドレスとお揃いの服を着たんだ」

「えっ、もしかして……私がどの服を着ても、お揃いの服があったの?」

「うん、もちろん」

「準備万端ね……」


 私に送られてきたドレス、十五着くらいはあったけど……アルが着る分も十五着用意していたのね。

 公爵家の財力はやはりすごい。


「とても似合っているわ、アル」


 高身長になってスタイルもいいし、アルは何を着ても似合うだろうけど。


「っ、ありがとう。ルフィナに言われるのが、一番嬉しいよ」


 アルはニコッと笑いながらそう言った。

 くっ、可愛いしカッコいいわね……何回ドキッとさせるつもりかしら。


「じゃあ、行こうか。ルフィナ」

「ええ、アル」


 アルが手を差し出してくれたので、私はそっと手を添える。

 社交会などに何回か出たことあるけど、男性と一緒に出たことはない。


 まさか初めてが卒業披露宴という大きな社交会で、しかも相手が公爵家の次期当主のアルだとは。


 ……絶対に目立つわね。

 まあこれで学園は卒業するんだし、最後くらいはいいかしら?


 それに……。


 アルの手を握ってる手が温かくて……さっきまでは一瞬だけ胸が高鳴っていたけど、今はずっとドキドキしてしまっている。


 だけど、この手を離したくはない。


「大きい手ね、アル」

「ん? そりゃ、ルフィナよりも身長が高くなったからね」


 大きくなっただけじゃない。

 手の平の皮膚が硬くなっていて、おそらく剣を数えきれないほど何回も振ってきたのだろう。


 それだけ努力してきた、カッコいい手だ。


「カッコよくなったわね、アル」

「っ……嬉しいな。ルフィナも、とても綺麗になった。もとから綺麗だったけどね」

「ありがとう、アル」


 私とアルは笑い合って、一緒に歩き出した。



 卒業披露宴の会場に着いて中に入ると、煌びやかな内装が目に入る。


 そして、卒業式の時よりも人が多い。


 卒業式では卒業生と教師くらいしかいなかったが、ここには卒業生の親や貴族の方々が多くいる。


 多くの人がいるのだが……その中でも、とても注目を浴びているのがわかる。


 アルが公爵家の人間だとわかっている人はあまりいないはず、彼は最近王都に帰ってきたばかりだから。


 だから、この注目は……アルがイケメンだからだろう。


 さっきも私とベルタが離れた瞬間、いろんな令嬢に話しかけられていた。


 それをどう切り抜けたのかは知らないけど、やはり今も令嬢に見られることが多い。


 私とアルは適当に会場を歩いていると、ベルタを見つけた。


 ベルタは両親といるようだ……つまり、ビルギット侯爵家の当主と夫人ね。


 挨拶したことないけど、男爵令嬢の私が話しかけて丈夫かしら?


「あら、ルフィナ! アルフォンス様!」


 そう思っていたら、ベルタの方から話しかけてきた。


「ベルタさん、改めて卒業おめでとう」

「ありがとうございます、アルフォンス様。あら、アルフォンス様の礼服ですが、もしかしてルフィナとお揃いですか?」

「うん、まあね」

「まあ! とても素晴らしいと思いますわ!」


 二人はまた盛り上がっているようだ。

 私はその間に、ベルタのご両親に挨拶をする。


「ビルギット侯爵様、侯爵夫人、初めまして。ルフィナ・ベラスケスと申します。娘さんのベルタさんとは仲良くさせていただいております」

「ふはは! そんなにかしこまらなくていいぞ、ルフィナ嬢!」


 父親の当主様がキラッと歯が光っているかのような笑みを浮かべてそう言った。


「そうですわね。話はいつも娘から聞いていますわ、頭が良くて優しい令嬢に、いつも勉強を教えてもらっていると。お世話になっています」

「い、いえ、私の方こそお世話になっています」


 私の言葉に侯爵夫人が優しい笑みを浮かべて、首を軽く横に振る。


「いつも図書室で数時間も勉強を教えているのに、翌日のテストは赤点。お世話になっているのは、どう考えてもうちの娘の方です」

「……」


 さすがにこれは否定できなかった。

 本当に、どうやったらそうなるのかわからない。


 ベルタはわざと間違えているとかでもないし。


「大変だったでしょ?」

「そう、ですね。大変ではありました」

「そうですよね、うちの娘が申し訳ないですわ」

「いえ、大変でしたが、ベルタさんとの勉強はとても楽しかったです。だから、どうか謝らないでください」


 私がそう言うと、侯爵夫人は少し目を見開いてから微笑む。


「貴族学園を楽しく通えたのは、ベルタさんのお陰でした。私は彼女と友達になれて、本当に幸運に思います」

「……ええ、私も娘があなたみたいな子と友達になれて、嬉しく思います」

「っ……ありがとうございます」


 ま、まっすぐ見つめられてそう言われると、さすがに照れてしまう。


 ベルタに似て綺麗な人に見つめられるとなおさらだ。


 あ、いや、ベルタが侯爵夫人に似ているのよね。


「ふはは! やはりルフィナ嬢はとてもいい子のようだ!」


 当主様は歯がキラッと白いのが目に入るわね……あとベルタみたいに騒がしい。

 ベルタが騒がしいのは父親似のようね。


「ええ、そうみたいね、あなた」

「私達には息子もいるが、息子にまだ婚約者が決まっていなかったら、ぜひ頼みたいところだったよ!」

「えっ!? う、嬉しいですが、そんな恐れ多いです……」


 まさかそんな評価をされているとは思わなかったから、驚いた。

 ベルタは家で私をどんなふうに伝えているのだろうか。


 そう思っていたら、私の隣にアルが立った。


「初めまして、ビルギット侯爵様、侯爵夫人。アルフォンス・ヘルブランディです」

「っ、なんと、ヘルブランディ公爵家の方でしたか」

「これは、ご挨拶が遅れて申し訳ありません」


 侯爵家の二人が、アルに軽く頭を下げた。

 立場上ではアルの方が少し上のようだ。


「いえ、私も娘さんのベルタさんとは仲良くさせていただいております」

「ほう、それは嬉しいですな。これからもベルタと仲良くしてください」

「ええ、こちらこそ。それと先程の話、少し聞こえていたのですが……」


 アルがチラッと私の方を見て、私の手を握ってきた。


「ルフィナ嬢は今宵、私のパートナーです。私以外の他の男性を紹介するという話は、しないでもらいたいですね」


 アルはニコッと笑いながら言っているが、なんだか少し雰囲気が怖い。

 そんな笑みを見ながらも、ベルタの父親は全く表情は変わらない。


「ふむ、それは申し訳ありません。確かに、すでにパートナーがいる令嬢に言う冗談ではなかったかもしれませんな」

「いえ、わかってくだされば大丈夫です」


 そう言って二人は握手をしていた。

 アルからは手を離されたけど……いきなり手を繋がれるとビックリする。


 よくわからないけど、言い争いとかにならないのであればよかった。


 チラッとベルタの方を見ると、夫人とコソコソ話をしているみたいだ。


「お母様、まだあの二人はくっついておりませんが、アルフォンス様の方は……」

「まあ、いいですわね。青春で……私も主人とは学生の頃からだから、思い出しますわね」

「学生の頃からの恋愛結婚だったんですの!?」

「あら、言ったことなかった?」


 なんだか楽しそうに話している。


 そしてやはり似ている……というか、母娘というよりかは姉妹にしか見えない。


 そう考えていると、私達の様子を周りで窺っていた人達が、アルに話しかけに来た。


「失礼ですが、ヘルブランディ公爵家の方でしょうか?」

「……ええ、そうですよ」

「おお、やはりそうでしたか! 服や雰囲気が高貴でしたので、そうだと思っていたんです!」

「あはは、ありがとうございます」

「申し遅れました、私は――」


 アルは余所行きの笑みを作って対応し始めた。

 まあそうよね、公爵家だとわかった瞬間にゴマをするように近づいてきた人に、良い気持ちなんて抱くわけがない。


 だけどアルは一気にいろんな貴族の方や令嬢に囲まれてしまったようだ。


 大変そうね……私が一人であそこには入っていくのは難しい。


「あなたのパートナーさん、とても人気者ですわね」


 私が一人でアルを遠くから眺めているところに、ベルタが話しかけてくる。


「そうね、まあ公爵家の次期当主だから、当然でしょうけどね」

「あら、もう次期当主って決まっているの?」

「えっ? だってこっちに帰ってきたってことは、そういうことじゃないの?」


 公爵領で学ぶことをすべて終えて、こちらに戻ってきたのだと思っていた。


「アルフォンス様からは聞いてないということ?」

「ええ、そうね」

「じゃあまだわからないんじゃないですの? 戻ってきたと言っても、次期当主として認められたとは限りませんし」

「……そうかも」


 確かにベルタの言う通りだ。

 まだアルから「次期当主として認められた」ということは聞いてない。


 だけど……。


「でも、アルは次期当主になると思うわ」

「えっ、なぜですの?」

「だって、私はアルを知っているから」


 三年前、短い間だったけど、彼がどんな人間か知っている。

 さっきも手を握った時、タコができるくらいに剣を振り続けたこともわかっている。


 アルがどれだけ努力をする人間か、わかっているから。


「だから、アルはもう次期当主として認められていると思うわ」

「……ふふっ、確かにその通りですわね」


 ベルタもアルのことを知っているので、強く頷いた。


「少し疑ってしまいましたが、アルフォンス様がこちらに戻ってきたということは、そういうことですものね」

「ええ、そうよ」


 いろんな貴族と朗らかに話しているアルを見る。

 彼が学園にいた頃は、私とベルタしか喋る相手がいなかった。


 だからアルが他の人と話している姿を見ることは、ほとんどなかった。


 なんだか遠い場所にいる感じがして、少し寂しいわね。


「もう少し時間がかかりそうだし、私達は食事でも取りに行きましょうか」

「ええ、そうしましょう。貴族学園の料理人が作った物を食べるのも、最後になってしまいますわね」

「ベルタ、いっぱい食べていたものね。それで何回も『ダイエットしないとですわ!』って言ったわね」

「そんなことは思い返さなくていいんですの!」


 ベルタとそう話しながら、会場を見て回る。

 立食式となっていて、私とベルタは適当に食べ始める。


 貴族学園の料理人というくらいだから、やはりとても美味しい。


 デザート系が多く、ベルタは一番そういうのが好きだから美味しそうに食べている。


 この顔も可愛らしくて、いつも見ていて微笑ましい。


「むふぅ、美味しいですわ」

「そうね、だけど食べ過ぎないようにね」

「最後だから、いっぱい食べていいと思いますわ」


 そう言って、いろんなデザートを食べているのだが――。


 数分後、ベルタは私の前から消えた。

 彼女の名誉を守るために特に何も言わないが……お花を摘みに行ったのだ。

 だからあまり食べるなと言ったはずなんだけど。


 私はため息をつきながら、周りを見渡す。


 アルはまだいろんな人に囲まれているようだ。

 そちらを見ていると、アルと目が合った。


 少し困っているように笑っているけど……私はどうすることもできない。

 私も軽く笑みを作って、「頑張って」と口だけを動かした。


 アルは伝わったのかはわからないけど、軽く頷いてくれた。


 さて、私はどうしようかな。


 もうお腹いっぱいだし、これ以上食べるのは無理ね。

 それにベルタもいないし、それ以外の人と話すこともない。


 ずっと立ちっぱなしで疲れたから、座りたいわね。

 会場内に座るような場所はないけど、庭に出ればベンチなどがあったはずだ。


 そう思って庭に出たら、やはりベンチがあった。

 もう日が完全に暮れていて真っ暗だけど、庭には灯りがついている。


 庭はそこまで大きくなく、私以外に誰もいなかった。


 昼間のようにとは言わないが、夕方くらいの明るさはある。


 私はベンチに座り、「ふぅ」と一息ついた。

 慣れないドレスを着ているから、少し疲れたわね。


 もちろん綺麗だから嬉しいんだけど……しかもアルがプレゼントしてくれたものだしね。


 私は座って空を見ながら休憩しようとしたのだが、庭に誰かが来た。


 そちらを見ると、女性が二人ほどいた。


 私はあまり見たことがない女性だ、見た目的におそらく卒業生だろう。

 ……なんだか私を睨みながら、まっすぐこちらに向かってくるんだけど。


「ちょっと、あなた」

「……はい」


 やっぱり私に何か用があるみたいだ。

 なぜか怒っているようだけど。


「あなた、男爵令嬢なんですってね」

「ええ、そうですが」

「私達よりも爵位が下じゃないの!」

「いや、まずあなた達を知りませんけど。同じクラスじゃありませんよね?」

「わ、私達は伯爵家の令嬢よ!」

「そうですか。すみません、Aクラスにいたなら絶対に覚えていたはずなのですが」


 私の言葉に、二人は少しイラっとしたように眉をひそめた。

 伯爵令嬢ならAクラスにいてもおかしくないのだが、この二人の姿は見たことがない。


 だけど成績が悪かったら入れないので、そういうことだろう。


「しゅ、首席だからって調子に乗らないことね!」

「そうよ! もう卒業したんだから、あなたはただの男爵令嬢よ!」

「はぁ、それでただの男爵令嬢に何か御用でしょうか?」


 私が淡々とそう問いかけると、二人はキッと睨んでくる。


「ただの男爵令嬢が、なんで公爵家の方と一緒にいるのよ!」


 はぁ……そうだと思ったけど、やっぱりアルのことか。


「どんな弱みを握ったら、あんたみたいな芋臭い女がアルフォンス様にエスコートしてもらえるのかしら」

「いえ、弱みなんて握ってません」


 男爵令嬢が公爵家の次期当主の弱みを握れるなんて、本気で思っているのかしら?

 そんなことをしたら、家系ごと潰されてしまいそうだけど。


「彼がまだ学園に在籍していた時に友達になったんです」

「男爵令嬢と、公爵家の令息様が? 嘘をつかないで!」


 うーん、確かに事情を知らなかったら嘘みたいな話だろう。

 私しかアルが話す言語を知らなかったから、友達になれたという事情があるが……そこまで説明するのは面倒だ。


「嘘じゃないです。まあ嘘だと思ってもいいですが、あなた達には関係ありませんよね?」


 私がそう言うと、さらに二人の令嬢が声を荒げて怒ってくる。


「あなたみたいな令嬢が近づいていい存在じゃないのよ!」

「身の程をわきまえたらどうかしら!」


 はぁ、学生の頃もこんな感じで絡まれたことが何度もあったわね。

 アルだけじゃなく、侯爵令嬢のベルタに絡むなと言われたことがある。


 回数で言えば、ベルタに絡むなと言われたことの方が多い。


 ここ一年ほどはそういうのがなかったので、こうやって絡まれるのは久しぶりね。


「もう一度言いますが、あなた達には関係ないので。私はこれで失礼します」


 面倒なので私はその場を離れて、会場へと戻ろうとする。


 彼女達に背を向けて歩き出そうとした時……。


「待ちなさいよ!」


 そう言われて、手首を強く掴まれて引っ張られた。

 いきなりだったことと、慣れていない靴を履いていたので、後ろ向きに倒れそうになってしまう。


「あっ……」


 そういえば、こういう人って暴力を振るうようなこともあったことを思い出した。

 確か前にも、アルとベルタに絡むなと言われた時に頬を叩かれたことがあった。


 そんなことを倒れる寸前に思い出しながら、倒れる痛みにこらえるように目を瞑った。


 すると、想定していた痛みがくることはなく、誰かに支えられたような感触だった。


「ルフィナ、大丈夫?」


 目を開けて見上げると、そこにはアルの顔があった。

 後ろに倒れこむ前に、アルが背中に腕を回して支えてくれたようだ。


「あ、ありがとう、アル」


 顔が近くてドキッとしてしまったが、私はお礼を言って自分の足で立つ。

 アルはまだ心配してくれているのか、私の腰辺りに手を添えてくれていた。


「怪我はない?」

「ええ、大丈夫……いや、ちょっと足首が痛いわね」


 後ろに倒れそうになった時に、足首を捻ったかもしれない。


「……わかった、あとで治すから」


 治す? えっ、治せるの?


 アルはそう言ってニコッと私に笑いかけた後、視線を外して二人の令嬢の方を向いた。

 その瞬間、二人の令嬢がビクッと震える。


「あ、あの、アルフォンス様……」

「私達は、その……」


 二人が何か言う前に、アルがそれを遮って喋る。


「何をやっていたかは見ていた。令嬢二人、君たちの名前は覚えている。あとで二人の伯爵家には私の大事な人を怪我させたことを伝えさせてもらう」

「っ、わ、私達はアルフォンス様のために……!」

「僕のため? なぜ僕の大事な人を怪我させるのが、僕のためになるの?」


 アルは令嬢を問い詰めるように淡々と話す。

 怖い雰囲気で反論もできない令嬢は、黙り込んでしまう。


「あ、あの、私は何もやってません……!」


 おそらく私の手を掴んでないほうの令嬢が、怖がりながらもそう言った。


「そうか、確かに暴行の罪はないのかもしれないが、それで?」

「えっ? だ、だから私は別に、その……」

「暴行をしていないだけで、僕からすると不快度は変わらない。僕の大事な人に暴言を吐いたのはわかっているんだから」


 アルがそう言うと、二人はもう黙り込んでしまった。


「もういい、ここから去ってくれ。治癒魔法の邪魔だ」


 冷たい言葉でそう言い放つと、二人はおずおずと会場へと戻っていった。

 その様は私に突っかかってきた時とは比べ物にならないほどに、惨めな姿だった。


「ルフィナ、ベンチに座って」

「ええ、ありがとう」


 私に優しい音色で話しかけてくれる。

 ベンチに座ると、アルは私の前でしゃがんで靴を脱がそうとしてくる。


「アル、そこまでしてもらうのは……!」

「大丈夫、僕に任せて」


 アルは優しい笑みを浮かべてそう言って、手際よく靴を脱がしてくれた。


 止める暇もなく、脱がす時に痛みもなかった。

 アルは私の足首辺りに手をかざすと同時に、彼の手から淡い光が放たれた。


 見たことがある、治癒魔法の光だ。


「治癒魔法が使えるようになったのね」

「うん、魔法に関しては結構才能があったから。剣術は微妙だけどね」


 アルはそのまま数秒ほど治癒魔法を放ち続けて終わった。


「これで大丈夫だと思う。立ってみて」


 私は靴を履いて立ち上がり、軽く歩いてみる。

 本当に痛みはなくなっていて驚いた。


 貴族学園の治癒魔法使いの人よりも治すのが早い。


「痛くないわ、ありがとう」

「うん、よかった」


 私達は笑い合ってから、二人でベンチに座って喋る。


 アルが庭に来た理由は、私と同じで疲れたからのようだ。

 確かに、ずっといろんな人と話していたから、疲れるのは当然だろう。


 私が庭にいるのもわかっていたようで、私が令嬢二人と話しているのを見て、陰から見守っていたらしい。


「三年前も、同じようなことがあったよね」

「そうね、確かあったわね」


 あの時は、ベルタとアルが陰から見ていたらしいわね。

 私は前回も今回も、見られていることに気づかなかったけど。


「前回も今回も、ルフィナに怪我をさせてから助ける形になったのは申し訳ないけど……」

「ううん、助けてくれるだけで嬉しいわ。それに今回は怪我も治してくれたし」

「前回、僕が魔法が使えれば治せたのにと思っていたからね」


 アルは簡単にそう言ったけど、この三年間でどれだけ努力をすれば、本職の治癒魔法使いよりも早い速度で治せるようになるのだろうか。


「すごい努力したのね、アル」

「っ……うん、頑張ったよ」

「ええ、そうよね。さすがね、尊敬するわ」


 私がそう言うと、アルは目線を逸らして頬をかいた。


「……ルフィナに言われるのが一番嬉しいけど、恥ずかしいな」

「ふふっ」


 やはり可愛らしいのは変わりないみたいね。

 でも三年間、しっかり努力をして……。


「アル、公爵家の次期当主になったのよね?」

「えっ……僕、言ってないよね?」

「ええ、聞いてないけど。アルだから」


 私がそう言って笑うと、アルはさっきよりも顔を赤くした。


「……ずるいなぁ、ルフィナは」

「何が?」

「そうやって、僕が喜ぶ言葉を言ってくる感じが」


 何がズルいのかよくわからないけど、アルが照れて嬉しそうにしているのならよかった。


「だって、アルが三年間、公爵領でずっと努力してたんだから、それくらいは当然じゃない?」

「すごい信頼だね」

「もちろん、親友だもの」

「……親友、ね」


 アルの声色が少しだけ落ちた気がした。

 顔を見ると、寂しそうに笑っている感じだった。


「ありがとう、ルフィナ。そう言ってもらえて嬉しいよ」

「それならよかったけど……どうしたの? なんだか少し暗いけど」

「うーん、信頼を裏切るようで申し訳ないけど……まだ厳密に言うと、次期当主として認められたわけじゃないんだ」

「えっ、そうなの!?」


 私は驚いて少し大きな声を上げてしまった。

 自分の大きな声に驚いて、咄嗟に口を押さえる。


「ご、ごめんなさい、大きな声を出して」

「ふふっ、大丈夫だよ。それだけ信頼してもらえていたってことだから」


 私、ベルタにも「絶対に次期当主になっているわ」なんて言ってしまったけど……。


「ヘルブランディ公爵家の当主、父上にはもう認めてもらっているんだけどね」

「そうなの?」

「うん、だけどまだ一つ、次期当主として大事なことが決まってないんだ」

「大事なこと?」

「そう……婚約者、なんだけど」

「あ、なるほどね」


 確かに、公爵家の跡継ぎとして、婚約者はとても大事だろう。


「婚約者が決まれば、次期当主として認められるってこと?」

「うん、そうだね」


 アルは能力としてはもう認められているけど、婚約者がいないからまだ正式に決まってない。

 だけどもう実質、次期当主になることは決まっているようなものね。


「それなら大丈夫よ、アルはカッコいいしモテるから、婚約者なんて探せばすぐに見つかるわ」


 例えカッコよくなかったとしても、公爵家の次期当主の婚約者という立場なんて、いろんな貴族の令嬢が立候補するだろう。


「今日の会場でも、いろんな令嬢に話しかけられていたから、むしろ選ぶのが大変そうね」

「……いや、もう僕が婚約者に選びたい人は、決まっているんだ」

「えっ!? そうなの!?」


 また驚いて大きな声を上げてしまったが、今のは仕方ない。

 まさか、もう決まっているなんて思わなかった。


 今日の会場で一目ぼれでもしたのかしら?


「もともと父上にも、婚約者を選んでもらっていたんだけど……僕は絶対にこの人がいいって決めてたから、断ったんだ」

「そうだったのね……」


 アルにそんな人がいるなんて、知らなかったわ。

 公爵領で出会った令嬢かしら?


 あっ、もしかして、ベルタかも?


 二人は結構仲良さそうだったし、公爵家の次期当主と侯爵家令嬢で、爵位も近いから問題ないはずだ。


「ルフィナ」

「ん? なに?」

「君だよ」

「……えっ?」


 アルの言葉に、私は目を丸くする。

 驚いて固まった私に、アルがもう一度笑みを浮かべながら言う。


「僕が婚約者にしたいのは、ルフィナ・ベラスケス。君なんだよ」

「な、なっ……!?」


 その言葉に、私は一気に顔が熱くなってしまう。


 わ、わたし!?

 本当に今、私って言ったの!?


「ふふっ、ルフィナがそれだけ顔が赤くなったのは、初めて見たよ」

「ア、アル、揶揄っているだけなの? そうでしょ?」

「いや、違う。僕はずっと本気だよ」


 アルは真剣な表情で私を見つめながら言う。


「公爵領で特訓していた三年間、ずっと君を考えていた。この国に来て、貴族学園に入って、ルフィナに会えたから僕は成長できた。君がいなかったら、僕は次期当主になんてなれなかった。君がいたから、頑張れたんだ」

「っ……」


 私の心臓の鼓動が早くなっていく。


「正直言うと、父上には反対されたんだ。男爵家の令嬢は相応しくない、って」

「だ、だったら……」

「だけど、僕もそれは絶対に認めなかった。だから、認めてもらうまで努力したんだ」


 アルは少し笑って、「実はね」と続ける。


「公爵領での特訓は、二年半くらいで終わってたんだよね。あとの半年は、男爵令嬢のルフィナを婚約者に認めさせるための期間」

「えっ、そうなの!?」

「認めさせるための期間というか、当主に勝つための修業期間だったかな? 魔法では勝てるんだけど、剣術は苦手だったから全然勝てなくて」

「まさかの実力勝負!?」

「うん、本当なら魔法だけでもいいんだけど、剣術でも勝つために半年もかかっちゃった」


 そう言って笑うアルだが、どれだけの努力をしたのか想像がつかない。


「なんでそこまで……」

「そんなの、単純な理由だよ」


 アルは私の手を取り……手の甲に唇を落とした。


「ルフィナが、好きだから。それ以外に、理由なんてないよ」


 アルの笑みと共に放たれた言葉に、私の胸の高鳴りが収まらない。

 顔もずっと熱いままだ。


「そ、その……」

「いきなりでごめんね。ルフィナは鈍感だから、直接言わないと気づかないと思って」

「わ、私って鈍感かしら?」

「うん、だってベルタさんは僕の気持ちに気づいていたし」

「えっ!?」


 まさか、ベルタは気づいていたの!?

 だけど確かに彼女は社交性は高いし、そういう人の感情の機微には敏感な気もする。


「三年前から、僕はルフィナだけを想っていたよ」

「っ……」


 アルに優しい笑みでそう言われて、私は視線を逸らしてしまう。

 何か返事をしないといけないのはわかるけど、胸が高鳴って落ち着かない……。


「そ、その、アル……」

「あっ、ルフィナ、返事は今度でいいよ」

「えっ? そ、そうなの?」


 初めて告白されたからわからないけど、普通すぐに返すものなんじゃないの?


「うん、今回は僕が気持ちを伝えたかったのと、男として意識してもらいたかっただけ。このままじゃルフィナにずっと友人として見られそうだったから」

「そ、そうかもしれないけど……」

「うん、だから伝えた。君と結婚をしたいくらいに、僕が好きだってことを」

「うぅ……」


 そ、そんなに真っ直ぐ伝えられると、顔から熱がずっと引かないわ……!


「それにただの恋人とかじゃなく、公爵家の次期当主の婚約者になるってことだから、いろいろと準備と覚悟は必要だろうしね」

「そ、そうね……」


 確かに……男爵令嬢の私がアルの婚約者になってもいいのだろうか。

 あまりにも地位的に相応しくないというか……。


「あっ、男爵令嬢だからとか、僕に相応しくないからとか、そういう理由で後ろ向きには考えないでほしいな」

「……アル、もしかして私の心を読んでる?」

「ふふっ、意外とルフィナの表情はわかりやすいからね」


 アルはそう言って笑うが、すぐに真面目な雰囲気になる。


「そういう後ろ向きな理由は、僕が全部解決するし、もうしてきた。何があってもルフィナを守れるように、努力してきたから」

「っ……」

「だからルフィナには僕が好きかどうかで、公爵家に嫁いでもいいかどうかで判断してほしい」

「わ、わかったわ……」


 とても恥ずかしいが、アルが頑張ってやってきたことはしっかりと受け止めたい。

 だからアルが言う通りに、アルの婚約者、妻になるかどうか。


 公爵家に嫁いでもいいかだけで考えることにしよう。


「……よし、じゃあこれで話は終わり! 会場に戻ろうか、ルフィナ」

「え、ええ、そうね」


 まだ少し落ち着かないけど、そろそろ会場に戻らないと。

 ベルタも花を摘みに行って帰って来ている頃だろうし。


「ルフィナ、手を」


 アルに手を差し出されながらそう言われて、私は彼の手を握る。

 さっきよりも意識してしまって、ドキドキしてしまう。


 だけど一つ、アルに伝えておかないと。


「アル、ありがとう」

「えっ?」

「告白、まだ返事はできないけど……とても嬉しいわ。尊敬できるあなたに想われていることが、こんなにも嬉しいと思わなかった」


 とても努力をして、公爵家の次期当主と認められるまでに至った。

 そんな素敵な人に好かれて、心の底から嬉しい。


「だからありがとう、アル」


 私が笑みを浮かべてそう言うと、アルは一瞬だけ目を丸くした後に、視線を逸らした。


「はぁ、ズルいなぁ、ルフィナは……」

「えっ?」

「いや、さらに僕を惚れさせようとしてくる感じがね」

「そ、そんなことないわ。ただ心から思ったことを伝えただけで」

「だからこそズルいんだよ」


 アルは軽くため息をついてから、繋いでいた手にまたキスを落とした。


「こちらこそ、ルフィナ。君に惚れてもらうために、頑張るよ」

「……え、ええ」


 こういう時になんて言えば正解なんだろうか……。

 私が曖昧に頷いたのを見て、アルは満足そうにうなずいた。


「よし、じゃあ戻ろうか」

「そうね、ベルタも待っているだろうし」


 私達はそう言いながら、会場へと戻る。



 私とアルの関係がどうなるのか、まだわからないけど。


 これからの私の日常にアルという存在がまた加わったのは、本当に嬉しい。

 できるならこれからも、ずっと――。


 そう思うってことは、もう私の答えは決まっているのかもしれないわね。



最後までお読みいただきありがとうございます!

「面白かった!」「続きが読みたい!」と思ってくださったら、

もしよろしければ、本編の下の方にある☆☆☆☆☆から評価を入れていただけると嬉しいです!


後日談などは考えておりますので、人気が出たらそういうのを書きたいですね…!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 3人の友情がとても良かったです。 変な絡み令嬢も即淘汰、こういった事のは時間をかけないのが正しいい権力の使いどころ。 [気になる点] 上位貴族で構成されているはずのAクラスの人間が、男爵…
[良い点] ルフィナさんの鈍感具合が好きでした。 アルフォンスさんの努力が実って、とても読み応えのある素敵なおはなしだと思いました! ありがとうございます。 [一言] 個人的な感想ですが、ベルタさんが…
[一言] タイトルに『小さい頃に』とあるけれど、14歳は小さい頃、には当てはまらないのでは、と思いました。
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