第七話
数日前まで汗を誘っていた夏の風は、今では懐かしく感じるほど、外は肌寒くなっていた。
10月に入り1年も残すところあと僅かとなり、クラスでは変な盛り上がりを見せていた。
女子達の「ねぇ、今年のクリスマス一緒に過ごさない?」と最悪クリスマスを1人で過ごす事にならないよう保険をかけ、尚且つ《なおかつ》彼氏ができそうな友達に抜けがけして先に彼氏を作らせないようにさせるあくどい手法や、男子達の彼女がいる者にたいする不自然な態度の変化もでてきていた。
まだ2ヶ月以上も先のことをまるで明日のイベントかのように盛り上がれる心理が僕には理解できない。僕はそんなクラスメイト達を横目で見て鼻で笑ったあと、教科書に載っている偉人の顔に強制的にサングラスをかけさせるという非常にセンシティブな作業をする。
偉人の目を四角く縁どり丁寧に黒く塗っている途中、宮園さんの声が聞こえ、心臓が大きく動くのを感じた
。宮園さんは普通に友達と話しているだけで、その声は僕に向けられたものではない。しかし、僕はまだどこかで期待しているのかもしれない。また宮園さんから笑顔を向けられるのを。
宮園さんとはあのアイス屋さんの一件以来話していなかった。宮園さんの方から僕を気遣い声をかけてくれることもあったが、僕はあえてよそよそしく対応して距離をおいた。
理由は、宮園さんのような完璧な人の隣は僕なんかじゃ釣り合わないとわかったからだ。
そもそも、今の日常が僕にとっての普通であり、以前が特別だっただけだ。
宮園さんのことはキッパリ諦める。その覚悟として、ノートに書いていた願望アミダくじもやめ、宮園さんの事を考えないようにしていた。
それなのに僕はクリスマスという日本にとってはただの平日を宮園さんはどうすごすのか、気になっていた。
不意に僕が宮園さんの方に目を向けると、宮園さんは相変わらず人気者で女子達から囲まれ、男子達から熱い視線を送られていた。
これでいいんだ。僕はそう思い、もう半分以上黒く塗りつぶされた偉人の顔と向き合う。
一日の授業が終わり、帰り支度をしていると、「ねぇ」と背後から声をかけられる。女子の声だ。心臓が反応しないとこをみると宮園さんではないでろう。そう思い僕は安心して振り返ると「ちょっときて」と言って人気のない廊下のすみにつれだされた。
宮園さんと比べれば、少しふくよかで多少髪の明るい女子がこんな人気のない場所で僕をまるでゴミを見るような目で睨みつけていた。
蔑ん目でみられるのは嫌いじゃない、と僕の隠れた癖を心の奥底にしまいつつ「あの…… ごめん、だれだっけ?」ときいた。
「は? うざ、あんたにだれだっけなんて言われる筋合いないんだけど」
めんどくさい。素直にそう思いつつも僕は彼女の意図をくんで聞き直す。きっと僕なんかに雑に言われるのがいやだったのでろう。
「ごめん、どちら様でしょうか?」
「まじムカつくんだけど、沙也加!」
宮園さん以外をカメラのエフェクトのように捉えていた僕にとっては名前を聞いてもピンとこなかった。
なぜ怒るのかわからず「それで? なんで怒ってるの? 丁寧に聞き返したじゃないか」と僕は反論する。
深くため息をついて、「まぁ、いいや」といい、野獣のように鋭い眼光を僕に向ける。「あんたなんで姫のこと避けてんの?」
「え?……」
「え?じゃねぇよ」
「なんでって、そんなのあやかさんには関係ないじゃないか」
野獣のような女は僕の胸ぐらをつかみ壁に押し付ける「関係なくねぇんだよ、姫はあたしの親友だ。その姫を悲しませるやつは許さない。それと、沙也加だって言ってんだろ」
「え? 宮園さんが…… 悲しんでる?」
「そうだよ、正直最初はあんたが原因で悲しむわけないと思ってたけど…… 私にはわかるんだよ。姫とはずっと一緒だったから、あの子が何考えてるのか」
僕は言葉が出なかった。僕が距離を置いたのは僕といないほうが宮園さんのためになると思ったからだ。
「でも、宮園さんは僕なんかといないほうが……」
「はぁ? なんで?」
「なんでって、僕は地味だし、スポーツもできないし、僕と一緒にいたら宮園さんまで馬鹿にされる。僕にはそれが耐えられない」
「あのさぁ、あんたごときが何思い上がってんの?」
「え?」
「姫のためになるとかならないとかなんであんたが決めてんの? 確かにあんたは地味だし、姫とは釣り合わないけど、姫がどうしたいかは考えないわけ?」
「宮園さんがどうしたいか…… ?」
「うじうじして姫と関わらないのは勝手だけどさ、それだったら思わせぶりに姫のことチラチラ見るのやめてくれない? 普通にキモい」
「そ、それは……」気づいていたなんて、死にたい、と僕は心の底から思う。
沙也加?は僕の胸ぐらを離し「じゃあ、そういうことだから」と言って去っていった。
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