第十二話
薄暗くなった駅前のロータリーが賑わいを見せ始めていた。時間が経つにつれて年齢層は上がっていき、登下校する僕らのような学生はいなくなりサラリーマンや子供を連れた家族が目立ち始める。
暗くてよくわからないけど、恐らく目の前にいる男の顔は獣のような目でまだ僕を捉えているだろう。
「かっこいいね、オタク君。で? 俺に言いたい事ってなに?」
壮大な伴奏が始まる前兆だろうか、まるでドラムのように小刻みに心臓の音が鳴っている。
「もう、宮園さんとは関わらないでほしい」喉奥から弱腰の声をしぼりだす。
「…… は? なんで?」
「君じゃ、宮園さんに相応しくない」
あっそ、と耳に届くと同時に、顔に石をぶつけられたような衝撃と痛みが走る。それが殴られたからだ、と認識するまでに数秒かかった。格闘家など、試合中は過度の興奮状態とドーパミンで痛みを感じないというが、僕の覚悟が根底から覆るような痛みだった。
「じゃあ、誰ならいいんだよ? あ?」と殴られて尻もちをついた僕に詰め寄る。
「い、いや…… その……」
倒れたこの流れで土下座でもすれば許して貰えるだろうか、そんな考えが頭をよぎる。偶然か本能か、僕の手の位置は、自然と土下座をするには丁度いい位置に配置されている。そのまま腕を曲げて頭を下げればいいだけの状態だ。
通りぎる大人数人と目があうが、関わりたくないと目で訴え足早に去っていった。
「何、勘違いしてんだよ。お前みたいな気持ち悪いオタクが姫のこと知ったふうにいってんじゃねぇよ。姫は俺の事が好きなんだよ。あいつの事をわかってやれるのは俺だけだ」
「どうしてそう思うの……?」顔は地面を向いているが、僕は男にそう言った。
「はぁ? 付き合ってたからにきまってんだろ? あいつの事は俺が一番よく知ってる」
一番知っている? 僕は立ち上が男と向かい合う。思ったよりも男の顔が近い。
「一番知ってるのが君なはずないよ……」
「もう一回なぐられたい? 次は一回じゃやめないけど?」と男は不気味に笑う。
「君が宮園さんを知ってるなら消すなよ……」
「は? 消す? なにを?」
「君は、ちゃんと笑う宮園さんを見た事があるの?
自由でわがままで、思わせぶりで、チョコの産地にも疎くて、行動が読めない時があることは知ってるの?
宮園さんの笑顔でみんなが癒されるてることは?
一番しってるんだろ? 知ってるならなんで、君と会ったときだけはその笑顔が消えてるんだよ」
思った事を全て言葉にした。もう悔いはない。
「なに熱くなってんだよ。キモいなお前」
「君は宮園さんの事を何もしらないよ。君といるくらいならオタクの僕といた方がマシだよ」
「てめぇ、調子乗んなよ?」男が右手を振りかざし、僕は衝撃に備えて目をつぶる。
「やめて!」
「え?」
声に反応した僕は目を開き、この声はまさか、と振り返る。
「宮園さん…… どうして…… いつから?」冷や汗が頬を伝う。さっきのセリフを聞かれたかもしれない、だとしたら僕は人生をリッセットしなければならない。
「ちょっと、あんた大丈夫? なんで助け呼ばないの!」
「沙也加さんまで…… 帰ったんじゃ?」
「こんな状況で帰れるわけないでしょ? それと…… あんたやればできるじゃん」と笑っている。
宮園さんは元彼である男に近づき、強く頬をたたいた。本日二度目の乾いた音が響く。
「いって…… なにすんだよ?」と男は目を丸くしている。
「二度と私の前に現れないで。私と付き合ったって勘違いしてるみたいだけど、私はあんなの付き合ったとは思ってないから。今後も絶対無理。顔もみたくないの、消えて」
「そんな、うそだろ?俺はお前の事好きなんだよ! お前がいなきゃ生きていけないんだ」
「じゃあ、死ねば?」
あまりの毒舌に言葉を失う。僕の知らない宮園さんがそこにはいた。
宮園さんを怒らせるのはやめよう、と心に誓う。あんなこと宮園さんに言われたら、そのままGo to heaven《天国へ向う》しかねない。
「沙也加のことありがとな。あとは任せろ」と体育会系の屈強な体つきをした男が僕の肩を叩く。大人びたその表情から歳は僕より少し上くらいにみえる。
「沙也加? えっと…… だれですか?」
「私の彼氏! かっこいいでしょ?」と沙也加さんは自慢げに目を輝かやかせている。そして、表情筋をゆるませ、幸せそうな見たことのないような顔をしていた。
確かに、と僕は素直に思った。短い髪に骨格のいい体、スラッと長い足、体格からスポーツ万能なことがわかる。
「おい! もう言いたい事はすんだか? お前沙也加に手上げようとしたんだって? ちょっと話そうぜ」と沙也加さんの彼氏は、宮園さんの自称元彼をどこかへ連れていった。
自称元彼は宮園さんにはっきりと言われた事がよほどショックだったのか何も言わず去っていった。
宮園さんは立ち尽くしていた。よくみると手が震えている。
「宮園さん…… 大丈夫?」
僕が呼びかけると、宮園さんは振り向いて無言で目の前にきて制服を掴み、僕の胸あたりに顔を埋めた。
「ちょ、ちょ、ちょっと、え? 待って、こんなとこじゃ人目が、じゃなくて…… えっと」
「今の顔見られなくない!本当最悪! 全部海斗くんのせいだから!」
女性にここまで密着されたのは初めてであり、ましてや憧れの宮園さんだ。鼓動が大きく内側から胸を叩いた。
明鏡止水、そう心で呟き、目を閉じ秋の涼やかな風と、枯葉の匂いを感じることで、平常心をたもつ。
ふと、宮園さんがまだ震えていることや、泣いている事に気が付き、我にかえる。
「宮園さん…… 大丈夫?」
「大丈夫じゃない! アイス!」
「え? アイス? もう秋だよ?」
「一緒にアイス食べてくれなきゃ許さない!海斗くんは私に冷たくしたんだから!」
「うっ…… そ、それは…… 本当にごめん」
「次は一緒に選んでもらうからね! 店員さんに聞くの禁止だから!」と宮園さんは笑顔に戻っていた。
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