第十一話
遅くなり、申し訳ありません!
「ごめん…… 姫、あたしどうしても許せなくて…… 」と電話がきたのは十分前のことだ。
普段の、からっと晴れたような明るい声とは対象的などんよりとした沙也加の声に携帯を握る指に力がはいる。
電話口から聴こえる声は不思議なほど暗く、明らかな異変と不安を感じながらも「どうしたの? 彼氏となにかあった?」と私は不安を悟られないようあえて明るくふるまった。
「…… 私今日、あいつに会ったの」
あいつ、と言われて内心はすぐに誰のことかわかった。それでも私は、違ってほしい、と微かな望みをもってあえて確認する。
「あいつ……?」
「うん、姫の元彼…… 」
やっぱり、と私はさらに携帯を強く握る。言いづらそうにしている沙也加の反応は私をさらに不安にさせる。なぜなら、誰よりもストーカーの元彼と私の事に気をつかっていた沙也加は見かけた程度のことじゃ、私に絶対言ってこない。つまり何らかの接触があったということになる。
「そ、そうなんだ…… もしかして、あいつになにかされたの?」
「ううん、そうじゃないの。ていうか、やらかしたの私なの…… 」
「え? 沙也加が? どういうこと?」
「姫からあのストーカー男の話を聞いてたから顔見るとムカついちゃって、私、気がついたらあいつを殴ってた…… 」
「殴った?! えっ…… ? 本当にあいつから何もされてない? もし沙也加になにかしたなら私絶対許さない」
あのストーカー男が例え、女だろうが、殴られてだまっているはずがない。
「ありがとう。本当に私は大丈夫なの。でも…… 実はそこにあのオタクもいて…… 」
「海斗くんが?! どうして……」
「私も詳しくは知らないんだけど、なんかあいつに絡まれてるみたいだった。私があいつを殴ったあと、あいつは怒って私を殴ろうとしたんだけど、海斗が私をかばって止めてくれた……」
「海斗くんが?! それで、海斗くんは?」
「うん、その後は私少し離れてたんだけど、海斗があいつに何かを言って、それで余計に怒らせたみたいで」
「わかった!それで、海斗くんはどこにいるの?」
話を聞いていてもたってもいられなくなった私は家を飛び出した。
沙也加さんの言葉にたいし、宮園さんの元彼がなんて言ったのかは聴こえなかった。しかし、「襲った」という不快なワードと、その直後の肌と肌が強く接触したような乾いた音ははっきり聴こえた。
振り向くと男は頬を抑え、数秒後、凄い剣幕で拳を振りかざす。
「やめろ!」と咄嗟に僕は叫ぶ。生まれて初めて使った言葉と声量に僕の声は裏返っていたかもしれない。しかし、効果はあった。
「あ?」と男の拳がとまり標的は僕へと変更される。
僕は沙也加さんに「もう帰って、ここからは僕がなんとかするから」とヒーローのようにふるまう。
沙也加さんは目を見開き驚いた表情で僕を見つめたあと、すぐに「ちょっと!何カッコつけてんの? あんたがこいつをどうにかできるわけないじゃない!」と泣きそうな顔を見せる。
「大丈夫!ここは人通りも多いし、いざとなれば助けも呼べるから、はやくここからはなれて」
「でも……」
「いいから!心配しないで! 僕はまだこいつに言わなきゃいけないことがあるから」
「わ、わかった、でも危なくなったらすぐに助け呼びなさいよ」
「うん、わかった。ありがとう」
僕の説得になんとか納得してくれた沙也加さんは急いでその場をはなれてくれた。
小学校に入学していたか、まだ幼稚園だったか、それくらい記憶が薄い幼い頃、オモチャの新幹線と電車を間違えて買ってきた母に対し、僕は感情のままに泣きじゃくり、母に罵声を浴びせた。それを見たおばあちゃんは、宥めるのと説教の中間のくらいの言葉で僕をさとす。「すぐに怒る子は赤ちゃんと同じ。そんなすぐに怒ったらダメ。賢い子は怒らないの」とどういう理屈かはわからないが、おばあちゃんの話しを聞いて、不思議と納得した。
年齢を重ねるにつれて、人間は理性で怒りを制御するようになる。でもそれは抑えつけているだけで、怒っていないわけではない。つまり、我慢をして自分ではない自分を演じているだけだ。それが、「人」として優れているのかはわからないけど、人間社会を生き抜いていくには必要な能力なのだろう。
そんなふうに思って極力怒りを出してこなかった僕が、怒りの感情を抑えられずにいる。
もちろん、怒ったからといってこの男を倒せるほど強くなれるわけはない。しかし、僕には、この男に言っておかなきゃいけないことがあった。
読んでいただきありがとうございます!
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