プロローグ
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一定のリズムを刻みながら脈打つ鼓動の音を、僕はこれ以上早くならないようにと祈っていた。
なぜなら今僕は、憧れの女子生徒、宮園姫奈の隣りにいるからである。
宮園さんは校内一と美女として呼び声も高く、狙っている男子も多い。密かに狙っているやつも合わせれば彼女のいない男子生徒は全員宮園さんに恋心を抱いていると言っても過言ではない。
僕もその一人だが、容姿だけに惚れるにわかとは違う。宮園さんの自由奔放な性格や優しい人柄そのものに魅力を感じた。
猫のようにクリっとした瞳、細身だけどスカートからでている長い足は筋肉質で引き締まっていて、月ように優しく光を反射させている艶やかな髪。こんな完璧な存在がいるのかと、夢か現実かわからなくさせるほどだ。
「ねぇ、海斗君聞いてる?」頬の内側に可愛らしく空気を押し当ててリスのような顔で不満気に僕を見ていた。
「はい?!な、なんでしょう」動揺が顔に表れる。幸い、今は放課後であり、夕日のオレンジで教室はいっぱいだ。僕の顔が多少赤らんでいたとしても夕日のせいだと誤魔化せる。
「やっぱり聞いてない! だから、もう掃除やめて帰っちゃおうよ。みんなもいないし」
そうだった、と僕は我に返る。僕達は教室の掃除中だった。いつもはいる他の掃除当番の生徒はみんな帰ってしまっていた。用事があり半ば押し付けるように帰った人もいれば、疑わしくも体調を理由に帰った人もいた。
僕にとっては願ってもない状況だ。ほんの少しの偶然が重り、放課後の教室で憧れの女子生徒と2人きりという奇跡のような時間が生まれたのだから。それなのに僕は緊張して彼女の顔すら直視出来ずにいた。
「で、でもちゃんとやらないと先生に……」何とかこの幸せな時間を延ばそうと抗ってみる。
「えー、うん…… あ、そうだ! じゃあ、海斗くんの面白い話し聞かせて」
不満そうではあるが、彼女はなんとか承諾してくれた。それと引き換えにコミュ障の僕にハードな無茶ぶりをする。
「えっ? 面白い話し?」
「うん!だって掃除だけだったらつまらないんだもん。どうせつまらないなら面白くしようよ!」
17歳の女子が喜ぶような面白い話しなんてもちろん持っていない。あったとしてもそれを快調に話せる話術とメンタルが僕にはない。
箒で先程も掃いたところに再び手をつけながら、掃除に集中するフリをして口を開く。
「面白い話しなんて…… 」
そんなものはないよ、そう言ったわけではないが彼女にはそう伝わった。
「そっか…… そうだよね」寂しそうなその声色は僕の心を簡単にしめつけ心臓を苦しくさせた。
僕は慌てて「いや、ある。あるよ」とつい口をつく。
好きな子の寂しそうな声は一種の毒だ。健康でよかった。心臓が弱ってる時なら死にかねない。
「本当?!きかせて!」弾んだ声が僕の心臓を平穏に戻すと同時に急いで彼女が面白いと思ってくれる話題をつくらなくてはならない焦りに駆られた。
僕は緊張しながら口を開く。
「こ、今年の冬は東京にも雪が降る可能性があるらしいんだ。えっと… それでは次のニュースです」
「え?……」
言葉を発して僕はすぐに僕はなにを言ってるんだと自分の言葉を疑った。話題が浮かばなすぎて今朝たまたまみた天気予報でアナウンサーが言っていた事をそのまま口走ってしまった。
しかも、可能性の話しで本当に降るかどうかも定かではない信ぴょう性の薄い微妙な情報だ。
恋が終わった、と落胆しかけていると、きゃはは、と声が聞こえ振り向く。宮園さんは目に涙を浮かべながら笑っている。
「い、いまのは緊張してて…… 僕が伝えたかったのは珍しく雪がふるかもしれないっていう……」
「まって、殺される! 次のニュースってなに? 面白すぎる」
宮園がこんなに笑っているのを見るのは初めてだった。
「ご、こめん。緊張してて」
「ううん、最高! それに海斗くん、まだ9月だよ。気が早すぎるよ」
僕は恥ずかしくなり、再び宮園さんから目をそらす。これじゃあまるで僕がアナウンサーを目指し、なおかつ雪を心待ちにしているクリスマス前の少年みたいじゃないか、と心で呟く。
「でも、私、雪ってちゃんと見たことないんだよね。綺麗なんだろうなぁ……」
少なくとも話題に興味はもってくれたらしい。
「そ、そうなんだ。ぼ、ぼくも、ちゃんとは見たことなくて……」
「あ、そうだ。じゃあ雪が降ったら一緒に見に行こうよ」
「うん …… ん?…… え?」
耳を疑った。もしかしたらこれは夢で、夕日に焼かれて僕は気を失ったのかもしれないとさえ思った。
僕は逆光で見えにくくなった宮園さんの顔を見る。
「えっと…… 見に行くって…… どこに…… ? 」
「それは…… その時まで秘密!」へへっ、と彼女はいたずらっ子のような笑顔を見せる。
なにを言っているんだ、とは思わなかった。冷静に考えれば、見に行かなくとも同じ東京にいる以上雪が降れば都民は嫌でも見ることになる、でもそんなことはどうでもよかった。
「行く! 行きたい!」もちろん僕は即答した。