幕間17勇者VS魔王の舌戦
俺は魔人ルシファーによって、謁見の間と呼ばれる大広間に飛ばされた。
「お前が勇者か?」
禍々しい彫刻が施された玉座に座っていた男が、ゆっくりと立ち上がった。黒の法皇衣に黒いマント、頭には王冠を被っている。
「そうだ。勇者アルクだ!」
聖剣エクスカリバーの柄に手を掛けると、魔王と睨み合った。悪意とか覇気とか言った物が感じられない、作り物のような生命体だ。
「儂は人間を滅ぼすように邪神様に言われているのだが、お前は神に言われてそれを止めにきたのか?」
「俺はマダラン国の王様に頼まれただけで、神様など知らない」
「そうか、今回は完全体になれたから、久し振りに楽しめると思ったのだが違ったか? お前からは漲るような力が感じられんな」
なぜか魔王は残念そうな表情をしている。
「何を訳の分からない事を言っているのだ、人間を滅ぼす事などさせる訳にはいかない」
俺は戦う意思表示に抜刀した。
「それは聖剣エクスカリバーだな」
「そうだ」
「それを持っていると言う事は、勇者だと認めない訳にはいかないな」
「認めようと認めまいと、俺はお前を倒しにきたのだ、さっさと勝負をしろ」
「なぜ儂を倒そうとするのだ? 余所者のお前にメリットなどないだろうが?」
「お前を倒せば莫大な金銀財宝が貰えるのだ、それだけで十分じゃないか」
「ならば、儂はその倍の金銀財宝を出そうじゃないか」
「出まかせを言うな」
「出まかせなどではない。それにお前は元の世界に戻りたくはないのか?」
「お前を倒したら、金銀財宝を持って帰るさ」
「そんな約束を王としたのか?」
「……」
「していないだろ。マダラン国は、召喚儀式は行えるが、帰還儀式は行えないからな」
無表情だった魔王が、初めて薄笑いを浮かべた。
「たとえ元の世界に戻れなくても、この世界で楽しく可笑しく暮らせればそれでいいさ」
戦意を殺がれた俺は、声が小さくなった。
「それは儂に勝ったら実現するかも知れないが、無理だろうな。それより儂の提案を受け入れて、金銀財宝を持って元の世界に戻ったらどうだ?」
「そんな口車に乗ると思っているのか」
エクスカリバーに魔力を流した。
「まあ、待て。あれを見ろ」
魔王が壁に向けてステッキを翳すと、扉が開いて部屋一杯の金銀財宝が眩しいばかりに輝いていた。
「欲しいだけ持っていけばいいし、儂にはお前を元の世界に帰す術があるぞ」
「そんなまやかしに騙されはしないぞ」
「疑り深い奴だな。その盾と鎧は全ての攻撃を防ぐのだろ、儂が幻術などを使ってもお前には通用しない筈だろ」
「財宝を手に取って調べて見てもいいか?」
舌戦で敗北した俺は、エクスカリバーを収めてしまった。
「構わないとも、気がすむまで調べればいい」
玉座に腰を下ろした魔王は、俺の行動など歯牙にも掛けていないようだ。
俺は眩しく輝く財宝を手にしてみた。鑑定能力はないが本物だと認識できる品ばかりだ。
余裕で大国を築ける金銀財宝に、戦意が完全に消えてしまった。
「これを全部、くれるのか?」
「そうだ、足りないか?」
「いや、十分だ。だが、お前は俺との戦いを楽しみにしていたのじゃないのか?」
「楽しみにしていたさ、五百年近く待っていたのだからな。だが、お前では力不足だ」
「俺は勇者だぞ!」
「嘘だと思うのなら、魔王を倒す事ができる聖剣エクスカリバーで儂の腕を斬ってみろ」
魔王は無造作に左腕を差し出してきた。
「俺に無抵抗の相手を斬れと言うのか」
「お前では、キズひとつつける事も出来ないさ」
仮面を被ったような魔王が、余裕の笑みを浮かべている。
「後悔するなよ」
「しっかり魔力を流して扱わないと、自分がケガをするぞ」
「上等だ!」
バカにされて闘志に火がついた俺は、エクスカリバーを抜くと全力で左腕を斬りにいった。
「痛くも痒くもないぞ」
魔王は小枝で叩かれたほども感じていないようだ。
「バカな……」
打撃の衝撃で手が痺れる俺はエクスカリバーを落としてしまった。
「力の差が分かっただろ。儂の提案を受け入れるな」
「ああっ。本当に俺を元の世界に戻す事ができるのか?」
俺の勇者として魂は完全に砕かれてしまった。
「儂には出来ないが、邪神様には容易い事さ」
「邪神だと!」
「邪神様、私の願いをお聞き届け下さい」
魔王は玉座から下りると土下座をして、床に額をつけて邪神を呼んだ。
謁見の間の空間が歪み、圧倒的な力が現れた。
「ド、ド……」
驚愕に頬を引き攣らせる俺は、尻餅をついて動けなくなってしまった。
「何用だ!」
「この勇者では戦うに値しません。元の世界に帰して貰えませんか?」
「そうか。戦わずして勝利したと言う訳か。願いを叶えよう」
勇者の鎧を脱ぎ、聖剣エクスカリバーと盾を置いた俺に邪神が掌を翳すと、召喚された時と同じような光に包まれた