魔人ルシファーの最後
一階の奥の広間に入ると、アンリーヌさんが槍で鎧ごと串刺しにされ、周囲にはたくさんの冒険者が倒れていた。
「止めろ!」
僕は叫びながらフォブルから飛び降りた。
「誰かと思えば、いでたちは変わっていますが、荷物持ちをしていた人ではありませんか。ダング達はどうしたのですか?」
「倒したさ!」
「冗談でしょ」
アンリーヌさんを放り投げた魔人ルシファーが笑っている。
「ミリアナ!」
「任せなさい」
ミリアナさんがスケッチブックを開いた僕を守るように、魔人ルシファーに向かっていった。
「少しは楽しめそうですね」
長く伸びた爪で大剣を受け止めた魔人ルシファーが、余裕の笑みを浮かべている。
「ゆっくりと楽しむといいわ」
ミリアナさんは最初から全力で向かって行っている。
サインを書き終えた僕はスケッチブックと一体化した。
「ミリアナ、皆を頼んだ」
白い珠をミリアナさんに投げ渡すと、魔人ルシファーと対峙した。
「貴方が私と戦うと言うのですか? 冗談がきついですよ」
「ここでは狭いので、外で戦いませんか?」
「本当に面白い人だ。ダングが言っていたフェアリーワールドの南の祠で戦った冒険者とは、貴方の事ですね」
「あの時は不覚を取ったが、今回は簡単には負けませんよ」
不敵な笑みを浮かべている魔人ルシファーを睨んだ。
「今回は魔王様だけではなく、私も全力で戦えると言う訳ですね。いいでしょう、外にいきましょう」
「風になれ!」
姿を消した魔人ルシファーを追って外に出た。これで女神セレーネになったミリアナさんが、傷ついた冒険者を治療していてくれる筈だ。
「浮遊魔法を使うとは、口だけではないようですね」
炎に包まれた魔人ルシファーの躰が五倍の大きさになった。
「出て来い、オシリス!」
構えた手の中に大剣が現れた。
「それは、私の剣だった魔剣オシリス」
「お前が、オシリスを使って人間界の崩壊を企てていたのだな」
「オシリスからの反応が途絶えたと思っていたら、貴方が所持していたのですか。戻れ、オシリス!」
魔人ルシファーが右手を突き出したが、魔剣は僕に握られたままだった。
「前の持ち主なら知っているだろ。鞘の所有者がオシリスの主であることを」
オシリスに大量の魔力を流すと、靄に包まれた刃が大きくなりイナズマを発生させている。
「オシリスにそこまで魔力を食わせるとは、ただの人間ではなさそうだな。だが、その剣では私は斬れませんよ」
「その余裕がいつまで続くかな。光になれ!」
一瞬で魔人ルシファーの背後を取ると全力で斬りにいったが、そこに魔人の姿はなかった。
「幻影を作っておいて正解でしたね」
空間から火の玉が飛び出して僕を襲ってきた。
「音になれ!」
「これならどうです」
数箇所の空間から火の玉が飛び出して、避ける僕に向かってきた。
全て躱している積もりだったが、目の前の空間から飛び出した火の玉の直撃を受けて落下していった。
「人間の魔力では、私には勝てませんよ」
「時の支配者になれ!」
「な、何をした?」
目の前の空間から現れた火の玉を避けた僕を見て、魔人ルシファーが慌てている。
「魔人は時の魔法を使えないのですか?」
「時の魔法だと! どれ程の魔力を消費すると思っているのだ。まさか、今のは時の魔法を使って避けたのか?」
「そうですよ」
「バカなぁ。貴様、人間ではないのか?」
「人間ですよ。セレーネの治療も終わった頃ですし、そろそろ終わりにしましょうか。全てを吸い込む空間になれ!」
右手を魔人ルシファーに向けて突き出すと、膨大なエネルギーと魔力が流れ込んできた。
「バ、カ、なぁ」
魔人ルシファーは必死で逃れようとしているが、力の全てを空間に吸い取られると小さくなって消滅してしまった。
「終わったようね。助けられない人もいたのが残念だけど、こちらも終わったわ」
広間に戻るとミリアナさんが待っていた。
氷結の乙女を初めとした、生き延びた冒険者達が深々と頭を下げていた。
「今度こそ、魔王に会いに行こうか?」
「そうね」
フォブルを呼び出すとミリアナさんが飛び乗り、その後ろに僕が跨り、魔人ルシファーを倒した事で広間の奥に現れた階段を、一気に駆け上っていった。