覚醒
スケッチブックを体内に取り込んだ僕は、完全体となった魔人ダングと対峙した。
「待たせたな、準備は出来たぞ」
「簡単に死なずに、楽しませてくれよ」
ダングは余裕の笑みを浮かべている。
「楽しめる時間があるといいな。風になれ」
一瞬でダングの背後に回ると、左の翼を切り落とした。
「何!」
ダングは慌てているが、魔力で浮遊しているようで片翼を失っても落下はしなかった。
「どこを見ている、こっちだ!」
元の場所に戻っている僕を探して、ダングがキョロ、キョロしている。
「舐めた真似を!」
怒りに顔を歪めたダングが右翼をはためかすと、数十本の羽根が縦横無尽に飛びかって襲ってきた。
「炎になれ」
軽く手を振っただけで全ての羽根が灰になって消えた。
「私に人間の動きが見切れない訳がないだろ」
ロングソードを手にしたダングが、動きを止めた僕に切り掛かってきた。
「岩になれ」
僕の体に当たったロングソードは折れてしまっている。
「くそが! くそが!」
自棄になったダングは闘技場を高速で飛び回り、口から火の玉を無数に飛ばし始めた。
「タカヒロのあの動きは何なのだ? 止まった一瞬だけしか見えないし、斬られても平然としているぞ」
ルベルカさん達は、飛んでくる火の玉をすべて叩き落しているアテーナをミリアナさんだと思っているようだ。
「戦いの女神の私にも殆ど見えていないわ」
「戦いの女神?」
ゼリアさんを含めて全員が唖然としている。
「光になれ」
飛び回るダングの頭上に光速移動すると、両手を握って叩き落した。
「くそが! くそが! くそが!」
悔しそうに雄叫びを上げるダングがさらに大きく変身して、全身から邪悪な闘気を溢れさせている。
ダングの拳が唸り、次々と観客席を壊して地響きを起こしている。
「楽しむ時間はなかったようだな、これで終わりにしようか。全ての力が使える者になれ」
眩しい光に包まれた僕は、闘技場を覆いつくすほどの巨大なドラゴンに姿を変えた。
「バカな……」
何の抵抗も出来ずに僕を見上げて顔を引き攣らせているダングを、片足で踏み潰した。
ここまで圧倒的な力が使えるとは思っていなかったが、これで皆を守れると安堵した。
「おいおい。私はアイテム作りが専門で、戦いは苦手だから退散させて貰うぜ」
残った魔人に目を向けると、サクゾーは姿を消してしまった。
「新しき神よ、神殿でお待ちしておりますよ」
アテーナが小声で呟くと、ミリアナさんの真っ赤なフルアーマーが赤いマントに戻った。
「タカヒロ、何も聞きたくないが、ひとつだけいいか。お前、人間を止めてしまったのか?」
スケッチブックを手にして半壊した闘技場に戻ると、ルベルカさんに詰め寄られた。
「そんな訳、ないでしょう」
笑みを浮かべては見たが、自分でも信じられない力の発動に僕自身が一番驚いている。
「いやいや、どう見ても人間技ではないだろ」
ファブリオさんを初め、皆が首を横に振っている。
「終わったのね」
ミリアナさんだけはいつもと変わっていない。
「うん。何とかなったよ」
「そのようね。これからどうするの?」
「魔王に会いに行こうか」
「そうしましょうか」
「タカヒロ。お前達、本気なのか?」
ルベルカさん達が僕を凝視している。
「皆さんは城の入り口にお送りしますから、勇者様が戻られたら行動を共にしてください」
「私も連れて行って下さい」
「ゼリアは君を待っている仲間のところに帰るのだ。また、ロンデニオの街で会おう」
ゼリアさんは不服そうな表情をしているが、ドラゴンに変身した僕を見たためかそれ以上は何も言ってこなかった。
「では、行きますよ」
7ページ目に魔王城の門を描くとサインを入れた。
「ルベルカさん、後をよろしくお願いします」
「ああっ」
瞬間移動で言葉を失っている冒険者の中で、ルベルカさんだけが何とか声を出した。
フォブルに乗った僕とミリアナさんは、再び魔王城に入っていった。