魔王城の戦い
氷に覆われて草木一本生えていない大地を歩くこと五日。僕達は古城の前にきていた。
門を守る兵も魔物も現れず、勇者様を先頭に強者が城に入っていった。
僕達は本隊に少し遅れて城に入った。城内は静まり返っていて、足音だけが不気味に響いている。
先頭を歩く勇者様が大きな扉の前に立つと、一行を迎え入れるかのようにゆっくりと開いた。
「お待ちしていましたよ、ようこそ魔王城へ。私は魔人筆頭のルシファーです、お見知りおきを」
黒の礼服を着た男が頭を下げた。
「魔王はどこにいる?」
勇者様がエクスカリバーの柄に手を掛けた。
「すぐにご案内しますから、いきなり攻撃しないで下さいよ」
ルシファーは余裕の笑みを浮かべている。
「我々は魔王を倒しにきたのだ、宴会に招かれて来たのじゃないぞ」
「分かっていますよ。我々も五百年近く少しずつ力を溜めて皆さんを待っていたのですから、ゆっくりと楽しもうではありませんか」
「楽しむだと、ふざけるな!」
勇者様が抜刀した。
「今回の魔王様は非常に充実されておられるので部下と戦って疲弊した勇者ではなく、万全な勇者と戦いたいと申されていますので、貴方だけは直接魔王様の部屋お送りいたしますよ」
ルシファーが勇者様に向けて手を翳すと、姿が消えてしまった。
「何をした!」
シタタ・ラン軍師が慌てている。
「S級冒険者の皆さんは私がお相手をさせて頂きます。そして、後ろの荷物運びの皆さんは、下位の魔人に遊んで貰って下さい」
ルシファーが笑いながら後方の僕達に向けて手を翳すと、無双のデッサンと真鍮の守り盾と紅蓮の魔導士は、闘技場のようなところに飛ばされてしまった。
「ここはどこなのだ?」
ルベルカさんが先頭に立って盾を構えている・
「ここは、魔王様が俺達に遊び場として与えて下さった場所ですよ」
「お前は氷結迷路にいた魔人フォスター!」
「あの時、邪魔が入らなければ俺が勇者を倒していたのに、残念でしたよ」
黒い鎧姿のフォスターは、牙をのぞかせた口元を歪めている。
「他の皆はどこへいったのだ?」
「それぞれ相手が決まっていて、楽しんでいると思いますよ。俺達には荷物持ちしか与えられなかったのが不満ですが、我慢して相手をしてあげますよ」
「俺達って、お前ひとりじゃないか?」
「あそこに魔人サクゾーと魔人ダングがいるじゃないですか。あいつらに出番はないでしょうがね」
余裕の笑みを浮かべるフォスターが観客席を指差すと、腕組みした魔人がこちらを見ていた。
(ダング!)
フェアリーワールドの南の祠での戦いを思い出す僕は、悔しさに唇を噛んだ。
「ゼリア、アイスブレスの準備をしておいてくれ。ミリアナは暫く時間を稼いでくれるか」
「はい」
「任せなさい」
「ルベルカさん、貴方達をお守りする余裕はありません、出来るだけ離れていて下さい」
魔人には簡単に勝てない事を知っている僕は、白いマント姿に戻るとアイテムボックスからスーパーゴーレムとオシリスを取り出した。
「イフリート、ファイアブレスの準備だ」
「彼は何? 何をしているの?」
ルベルカさんに手を引かれるジュリアさんが、変身した僕を見て驚いている。
「話しは後だ。あいつらは最初から全力で戦う気なのだ。一瞬でフォスターを倒すだろうから、俺達は邪魔にならないように離れているのだ」
ルベルカさんは仲間と共に戦前を離れていった。
「おいおい、ポーターをおいて逃げるのか?」
「行かせないわよ」
ルベルカさん達を襲おうとした魔人フォスターを、ミリアナさんの大剣が止めた。
「その剣は! 氷結迷路で勇者との戦いの邪魔をした女だな」
「あの時の決着を付けましょうか!」
ミリアナさんは一歩も引かずに剣を交えている。
「勇者もいないことだ、ゆっくりと甚振ってやるぞ!」
「出来るかしら」
ミリアナさんは余裕の笑みを浮かべている。
13ページ目に耳の絵を描くと、火花を散らして打ち合う剣戟の音の中から魔人フォスターの足音を探した。
「イフリート、今だ!」
五線譜に表れた音符に×点を書くと叫んだ。
「任せな! ファイアブレス!」
スーパーゴーレムを包んでいた炎が渦巻き魔人フォスターを襲うと、呪われた黒い鎧が劫火で焼かれて真っ赤になっていった。
「この程度の炎では魔人を倒せないぞ。何!」
足が動かなくなった魔人フォスターが慌てている。
「今だ、ゼリア!」
「はい!」
ゼリアの無詠唱での魔法が発動すると、真っ赤に焼けていた鎧が急速に冷やされて白くなっていった。
「ミリアナ! 魔剣スラッシュ!」
ミリアナさんに合図を送りながら、魔力を吸って倍ほどの大きさになっているオシリスを振り下ろした。
急激な温度変化で脆くなっている呪われた鎧は、空気を引き裂く剣撃で魔人フォスターと共に真っ二つになった。
「精魂込めて作り、十分に成長させた筈の鎧を壊すとは、流石に勇者一行の荷物持ちになると、最下位魔人では勝てないか」
「僕達のことを、もう忘れたのか?」
「お前達は古代龍のダンジョンで会った冒険者!」
「あの時は逃がしたが、今度こそ決着をつけてやるぞ」
魔人サクゾーと魔人ダングを睨んだ。
「あの時より強くなっているようだが、俺に任せておけ」
「ダングも、あの小僧を知っているのか?」
「フェアリーワールドで一度戦った事があるだけさ」
魔人サクゾーと会話を交わしていた魔人ダングが、翼を広げてゆっくりと闘技場に出てきた。
「タカヒロ、あいつは!」
「南の祠で負けた、魔人ダングだ」
ミリアナさんと並んだ僕は、人間の仮面を被っているダングを睨んだ。
「久し振りだなぁ、少年。ここまで来るとは、少しは成長したようだな」
宙に浮いているダングはせせら笑っている。
「あの時の借りを返させて貰うぞ」
「君では私には勝てないと思っているのは、私のただの自惚れかな?」
「戦って見れば分かるさ」
粋がってオシリスを構えてみたが、まったく勝てる気はしなかった。
「南の祠で魔石を壊すのに力添えして貰った礼に、準備の時間を上げようじゃないか。簡単に終わってしまっては面白くないからね」
「それは、ありがたいな。ゆっくりと準備をさせて貰うよ」
「タカヒロ、大丈夫なの?」
ミリアナさんが心配そうに寄り添ってくれている。
「遣ってみるしかないさ」
アイテムボックスから赤い珠を取り出して、ミリアナさんに渡した。
「これを使って戦うのね?」
「激しい闘いになるだろうから、アテーナになって皆を守って欲しいのだよ」
「タカヒロを守るのじゃないの?」
「皆を守って欲しのだよ」
心配そうな顔をしているミリアナさんに、小さく首を振った。
「あいつに勝てるのね。分かった、任せなさい」
僕を見詰めているミリアナさんが小さく頷いた。
「頼んだよ」
スケッチブックを開くと各ページに『Aizawa.takahiro』のサインを入れた。
最高ランクのサインの記入で五十キログラム以上になっているスケッチブックを胸に当てると、スケッチブックは吸い込まれるように消えてしまった。
この旅の途中、16ページ目のコンプリートについて考えていた。
辿り着いた結論は、全ての魔法が同時に使えるのではないかと言う事だった。
そして今、それを実証しようとしているのだが不安は全く無かった。スケッチブックが消えて、体内に不思議な力が漲ってきているのだ。
「行くぞ、オシリス!」
白いマントをなびかせて闘技場の中央に出た。
「あの時とは随分雰囲気が違うな。私も本気で戦わせて貰うとするか」
ダングが人間の仮面を剥がすと体が三倍の大きさになって、禍々しい悪魔の顔になった。
「ミリアナさん、化け物が!」
ゼリアさんが声を震わせている。
「タカヒロなら勝てるわ。そして、今の私はミリアナではなくてアテーナよ」
赤い珠に魔力を流したミリアナさんは、真っ赤なフルアーマーに身を包んだ戦いの女神になっていた。