幕間15アンリーヌの苦悩
私は氷結の乙女のアンリーヌ。
五年前の古代龍のダンジョンの戦いで自信をなくした私達は引退を考えたが、自分達を鍛え直して再び最強の冒険者と呼ばれるようになっていた。
S級冒険者に勇者一行の魔王討伐への参加要請が来ていると、ギルドマスターから話があり、私達は最強の冒険者の威信に掛けて望む事にした。
各国から集まった冒険者は強者ばかりで、古代龍のダンジョンで出会った無双のデッサンはいなかった。
あの二人ならS級になっているのではないかと思っていたが、それは私の買い被りだったようだ。
「なかなかの二枚目じゃないか!」
冒険者の前に現れた勇者は、完成された肉体美と美貌を兼ね備えた男だった。
「オルタ、男の甘いマスクに騙されるなと、いつも言っているだろ。自分の力を誇示しようとしないあいつは、かなりの曲者だぞ」
頬を赤くしている仲間を叱った。
他のグループにも、勇者の美形に見惚れている者が少なくなかった。
氷結の乙女は戦闘部隊を希望して、勇者の隣で戦う事になった。
勇者一行は小さなトラブルはあったが、南の大陸と北の大陸を繋ぐ氷結迷路を進んでいた。
出口に近くになって魔物が現れ、私達の働きで勝利に近づいたかと思われたが、魔物の進行は止まらずに魔人までもが現れた。
勇者と互角に戦っていた魔人フォスターが呪われた鎧を身に着け、呪われた大剣と盾を手にすると一方的な戦いになってしまった。
「もっと、もっと強くならないと、魔王様は倒せないぞ」
魔人フォスターが笑いながら大剣を振ると、横腹を打たれた勇者が吹き飛ばされて壁に激突した。
「勇者様、加勢いたします」
何処からともなく現れた純白のフルアーマーに身を包んだ戦士が、勇者に追い打ちを掛けようとした魔人フォスターの剣を止めた。
「冒険者が出る幕ではないわ!」
「冒険者を甘く見ない事ね!」
フルアーマーの戦士は魔人フォスターの剣筋を見切るように躱すと、大剣で呪われた盾を真っ二つにしてしまった。
「あれは、誰なのだ?」
私の下に集まってきた仲間達に聞いたが、皆首を横に振るだけだった。
魔人フォスターと戦士の戦いは想像を絶する物で、最強の冒険者を自負する私でも、動きを追うのが精一杯だった。
「やはり古代龍のダンジョンで出会った冒険者が現れたか。こいつらは厄介だぞ」
魔人フォスターの傍に別の魔人が現れた。
「任せておけ。俺が冒険者ごときに負ける筈がないだろ」
盾を捨てた魔人フォスターと戦士の戦いはさらに熾烈さを増していったが、勇者が放った聖剣の一撃が二体の魔人を退けて氷結迷路での戦いは終わった。
「あれは、アマリア。それにポーターと言っているのはタカヒロだわ」
五年前の戦いが脳裏に蘇る私は、剣を持つ手が震えた。無双のデッサンが現れなかったら、勇者一行はここで全滅していただろうと思えるからだ。
「リーダー。賢者だと名乗ったあの女性は誰なのでしょう?」
自らも賢者だと名乗っているフロリアが、氷点下を下回る気温の中で悩ましいワンピース姿で平然としている、控え目な女性の素性を聞いてきた。
「名のある冒険者は知っている筈なのに、初めて見る顔ね」
私も五年前にはいなかったゼリアの事が気になった。
「あの~。僭越ですが、私どもの魔術師に浄化をさせましょうか?」
怪我人の治療に当たっていたカトリエが、呪われたアイテムで受けた傷が治せないとシタタ・ラン軍師報告すると、ミリアナが申し出た。
「特殊な呪いの浄化が出来ると言うのか!」
最強の魔道師と言われているアラーム大司教が驚いている。
「はい。一応先代から賢者の称号を頂いておりますので」
ゼリアは恥ずかしそうにペコペコと頭を下げている。
「願ってもない、是非やってくれ」
「分かりました」
ゼリアが年季の入った杖を高く掲げると、無詠唱で神々しい光が辺り一帯に降り注いだ。
「カトリエ、あの光って!」
「間違いないわ。女神・セレーネ様が起こされる奇跡、ホワイトフラッシュシャワーだわ」
聖女と呼ばれているカトリエが、究極の聖魔法に驚愕の表情を浮かべている。
「終わりました」
成り行きを見守っていたシタタ・ラン軍師とアラーム大司教に頭を下げたゼリアが、何事もなかったかのようにタカヒロの下に戻ると、彼はソリに積んであった大量の物資を大きなリュックにせっせと詰め込んでいた。
「奇跡だ、あの三人は一体何者なのだ?」
S級冒険者達が口々に無双のデッサンを語り出した。
「リーダー」
いつも強気なオルタが表情を曇らせている。
「そうだな。冒険者の仕事は今回が最後だな」
私の喪失感を感じとる三人が小さく頷いた。
無双のデッサンには五年前も驚かされたが、今回はさらに常人離れしたパーティーになっていて、S級と言う格付けが無意味な事を知らされた。
「ダンカン隊長を初め多くの兵士を亡くしたが、我々は魔王を倒さなければ帰れない。荷物はポーターのタカヒロが運んでくれるので、他の者は周辺の警戒と戦闘に全力を尽して貰いたい。では、出立するぞ」
シタタ・ラン軍師の掛け声で、私達は北の大陸へ足を踏み入れていった。