幕間13勇者一行の戦い
マダラン国を出立した勇者一行は順調に進み、南の大陸と北の大陸を繋ぐ氷結迷路の入り口に来ていた。
「ここを抜ければ、草木も生えない永久凍土の北の大地だ。完全防寒対策を取って、物資はソリを使って運ぶぞ」
シタタ・ラン軍師の指示で全員がフードつきの毛皮のコートを着て、荷物の積み替えが終わると迷路へと入っていった。
壁も地面も氷で覆われた、幅も高さも十メートル近くある広い通路は真っ白で、すぐに方向を見失う可能性があった。
偵察部隊の漆黒の闇と白日の白鷺は気配を消して、本隊と連絡を密にしながら一キロ先を進んでいた。十人全員が隠密能力に優れ、罠や敵の存在を感知する勘がズバ抜けている。
そんな二チームがY字路に突き当たった。
「右が出口への通路だが、左に何かあるな」
「間違いないな」
全員が頷きあっている。
「本隊が来るまでには十五分ぐらい掛かるだろうから、ここにメンバーを一人ずつ残して調べに行くか?」
「十分もあれば戻ってこれそうだから、そうするか」
漆黒の闇と白日の白鷺のメンバー八人が左の通路の奥に消えていった。
「この扉の奥だな」
全員が財宝の匂いを嗅ぎ取っていた。
「三重のトラップとは厳重だな」
「俺達には意味のないトラップだがなぁ」
漆黒の闇のリーダーが扉に手をかけると足元の床が抜けたが、仲間が体を支えていたので落ちる事はなかった。
「次は毒矢が来るぞ!」
扉を開けると同時に、全員が左右に飛び退いていた。
「最後のトラップは、この扉が中からは開かない事だ」
「分かっていればトラップとは言えないがなぁ」
「四人が中を調べる。終わったら扉を叩くから開けてくれ」
八人は笑いながら打ち合わせをしているが、本当のトラップは別の場所、Y字路を少し進んだ所に仕掛けられていたのだ。
「見ろよ、金貨の山だぞ!」
「こっちは財宝の山だ!」
「これだけあれば危険な冒険者など辞めて、全員が優雅な生活が送れるぞ」
「勇者達を北の大地に送ったら、俺達はここの金銀財宝を持っておさらばしようぜ」
「そうだな、魔王討伐じゃ、生きて帰れないかもしれないからな」
男も女も目の色が変わってしまっている。
「他の者はどうした?」
Y字路に立つ偵察部隊の二人に、シタタ・ランが声を掛けた。
「はい。出口に向かには右を進むのですが、左の奥に何かあると言って調べに行ったまま戻ってこないのです」
「見てきますので待っていて下さい」
立ち番に残されていた二人は、二十メートルも行かないうちに行き止まりになっているのに驚いた。
「どうなっているのだ。通路などないではないか?」
同行したシタタ・ランは、真っ白な壁を前にして首を傾げている。
「分かりません」
「アラーム大司教、何か分かりますか?」
「魔法が使われた痕跡はないな」
「壊してみますか」
「無理だと思うな」
壁を撫でているアラーム大司教が首を振った。
「諸君、漆黒の闇と白日の白鷺の八人が消息不明になった。この通路には我々が知らないトラップが仕掛けられている可能性がある、十分に注意して進むように」
本隊に戻ったシタタ・ランは全員に注意を促した。
「魔王はトラップのような小細工を使う小物なのか、ガッカリだぜ」
「勇者様、ここはまだ北の大地の入り口です。魔王がやったのか分かっていませんので、気を緩めないようにお願いします」
シタタ・ランはS級冒険者が八人も消えた事に一抹の不安を覚えていたが、アルクはまったく気に留めていないようだ。
「仲間が見つからないのは残念だが、君達はどうするかね?」
シタタ・ランは立ち番をしていた二人に声を掛けた。
「もう少し捜索して、見つからなければ後を追います」
「そうか、危険だからあまり遅れるなよ」
「分かりました」
二人にも探すのが無意味なのは分かっていた。仲間の気配が完全に消えているのだ。
勇者一行は偵察隊がいないまま前進を再開した。
前方から魔物の群れが、ゆっくり向かってきていた。
「オーガなど何十体こようが敵ではないさ」
言葉通りS級冒険者の剣士は、オーガを一刀両断にしていった。
「力任せのミノタウロスなど敵ではないぜ」
オーガに続いて入ってきたミノタウロスは、戦士の盾で食い止められて魔法攻撃の的になった。
「サイクロプスまでお出ましか」
催眠光線を浴びないように目を閉じた氷結の乙女のアンリーヌは、空中を駆けるように飛び上がり一つ目にフロストソードを突き立てた。
「見事な戦いで、俺の出番はなさそうだな」
アルクは冒険者の戦いをのんびりと眺めている。
「あれは雪男か?」
頭が天井に届きそうな巨人が、魔物の死体を一行に次々と投げつけてきている。
そしてその後ろにも、通路狭しと魔物が入ってきている。
「出口が魔物で塞がれてしまっているぞ」
きりのない魔物の進行にシタタ・ランが危機感を抱いた。
「巨大魔法で一気に吹き飛ばしてやる」
魔法使い達が一斉に詠唱を始めた。
「ダメだ。通路が崩壊する可能性が高いし、逆流して巻き込まれる可能性もある」
アラーム大司教が魔法の使用を止めた。
「皆、魔物の血に気をつけろ」
戦士の一人が、雪男が投げてきた死体を防いだ盾を見せた。血の付着した部分が溶け出しているのだ。
「おいおい、嘘だろ!」
防ぐ術を持たない魔法使いは、慌てて後退している。
「俺がやる!」
アルクがエクスカリバーを抜くと、刀身が光りオーラを放っている。
「剣撃よ光となれ!」
アルクがエクスカリバーを一振りすると、魔物の群れに閃光が走り、数十体が真っ二つになった。
「流石は勇者様、やりますね。氷の斬撃!」
アンリーヌが魔剣を振ると、数十体の魔物が凍り付いて砕けた。
「遣るではないか!」
勇者とアンリーヌが競うように剣を振ると、次々と魔物が倒れていった。
勝利に近づいたかと思われた時。
「ううっ!」
「ギャー!」
投げ飛ばされてきた魔物の血を浴びた数人が、全身から煙を出して倒れた。
雪男だけではなく、他の魔物も倒れた仲間を武器にして進行してきたのだ。
「氷よ、我が敵の進行を防げ。アイスウォール!」
氷結の乙女のフロリアが、通路を塞ぐように氷の壁を作った。
それに続けと、他の魔術師も氷の壁を強化する魔法を使って難を逃れた。
「ここは一度下がって、作戦を立てなおした方が賢明ではありませんか?」
シタタ・ランがアルクに提言した。
「いや、まずは俺が魔物を倒しながら外に出て敵の侵入を立つから、皆はその後に出てくればいい」
「しかし、勇者様とは言え、魔物の血を浴びればただではすまないでしょう」
「俺にはどんな攻撃も防ぐ盾と鎧がある、それに魔法防御も心得ているから大丈夫さ」
アルクは美形に爽やかな笑みを浮かべた。
「後方からも敵が現れ、荷物を運んでいた兵士が次々と殺されています」
伝令が本隊に駆けてきた。
「挟み撃ちだと! 後方部隊と合流して立てなおしを図るぞ」
予想だにしなかった戦略的な攻撃に、シタタ・ランが唇を噛んだ。
「どこへ行く気なのだ? ここからは俺様が相手をしてやろうと言うのに」
魔術師達が作った氷の壁を壊して現れたのは、背中に黒い翼を生やした魔物だった。
「貴様は何者なのだ!」
「俺は魔人フォスターだよ」
「他の魔物は?」
空中に浮かんでいる魔人の後ろには、通路狭しと居た魔物が一匹もいなくなっていた。
「俺の力の糧になってくれたよ」
口元から血糊がついた牙をのぞかせるフォスターは、満足そうに腹をさすっている。
「魔物を食ったのか?」
「お前達も食ってやるさ」
名立たる猛者達と睨みあうフォスターは、醜い顔をさらに歪めて笑っている。
「させるか!」
一番に向かっていた冒険者は、翼の羽ばたきだけ壁に激突して動かなくなった。
「俺がやる! 下がっていろ」
「貴様が勇者か? 魔王様がお待ちかねだぞ」
「お前を倒して、すぐに行ってやるさ」
「俺を倒せるかな?」
魔人フォスターは、エクスカリバーの輝きを見ても平然としている。