ポーターのタカヒロ
勇者一行を追ってフォブルで三日走ると、南の大陸と北の大陸を繋ぐ氷結迷路に到着した。
氷結迷路内の気温は氷点下を遥かに超えている筈なのに、火龍様とクリスタルドラゴン様から頂いたマントを身に着けている僕達は、寒さを感じなかった。
「タカヒロ、行き止まりよ」
「そんな筈はないのだかな? この先ですでに戦いが始まっているのだよ」
7ページ目のレーダーに映っている緑の〇が次々と消えていくのを見ている僕は、ただただ焦っていた。
「壊しますか?」
「そうね、あまり強力な魔法は通路が壊れるからダメよ」
「分かっています」
前を歩いている女性二人は、障害物を全く気に掛けていない。
杖を翳したゼリアさんが無詠唱で弱めのフレームブレスを発動させると、分厚い氷の壁が溶けていった。
ポーターの僕は出る幕がなく、黙って賢者の魔法を見ていた。
「急ぐわよ」
ポッカリと開いた穴を潜ったミリアナさんが走り出した。
「私も行きます!」
ゼリアさんもワンピースの裾をたくし上げて、必死で追いかけている。
「マントの使い方は教えてあるのだから、装いを変えればいいのに」
走り難そうなゼリアさんを見て、呟きながら後を追った。
「間に合わなかったようね」
氷結迷路の中央部ではたくさんの兵士が倒れて、一面が血の海になっていた
「ミリアナ!」
真鍮の守り盾の皆が呆然としていた。
「敵は!」
「本隊と戦っている」
疲れ切った表情のルベルカさんが、前方を指差した。
「リーダー、これを」
僕は大きなリュックから白いマントを取り出すと、ミリアナさんに投げた。
「私も行きます」
マントを羽織りながら走るミリアナさんを、ゼリアさんがバタバタと追っていった。
「俺達も行くぞ!」
さらに、真鍮の守り盾と一緒に護衛をしていたと思われるS級冒険者達が駆けて行った。
「兵士を守れなかった」
ミリアナさんを見て気が緩んだのか、ルベルカさんが膝をついてしまった。
「あんたの所為じゃないから、私達も行くわよ!」
傍にいた見慣れない女性がルベルカさんを立たせると、一緒に走っていた。
「タカヒロ、本当にポーターになったのだな」
一人残ったファブリオさんが、大きなリュックを背負った僕に声を掛けてきた。
「はい。今の女性は誰なのですか?」
ルベルカさんに付き添うように走っていた美人が気になった。
「そこかよ。あれはS級冒険者、紅蓮の魔導士のリーダーで、ジュリアだよ」
「魔道士ですか、凄い魔法を使うのでしょうね」
「たぶんな? そんな事よりミリアナを援護に行かなくていいのか?」
戦いに関係のない事ばかり聞く僕を、ファブリオさんが呆れた表情で見ている。
「ミリアナなら大丈夫ですよ。ファブリオさんこそ、行かなくていいのですか?」
「ああ。分かっていた事だが魔人相手では、俺達では手も足も出なかったよ。後は勇者様に任せるしかないさ」
「では、その勇者様の戦いを見に行きましょうか」
ファブリオさんに今までの経緯を聞きながら、ゆっくりと本隊に向かった。
魔人サクゾーが作ったと思われる呪われた黒い鎧を装着して、呪われた盾と呪われた大剣を持った魔人フォスターに、勇者様は苦戦を強いられていた。
「魔人ごときが邪魔をするな」
兵士達の血を吸って強くなった呪われたアイテムに、聖剣エクスカリバーの攻撃が通用していなかった。
「もっと、もっと強くならないと、魔王様は倒せないぞ」
魔人フォスターが笑いながら大剣を振ると、横腹を打たれた勇者様が吹き飛ばされて壁に激突した。
「勇者様、加勢いたします」
純白のフルアーマーに身を包んだミリアナさんが、勇者様に追い打ちをかけようとする魔人フォスターの剣を止めた。
「冒険者が出る幕ではないわ!」
「冒険者を甘く見ない事ね!」
僕では目で追えない大剣をあっさりと躱したミリアナさんは、アダマントタイトの大剣で呪われた盾を真っ二つにした。
「何だと!」
自信たっぷりだった魔人フォスターに焦りが見られた。
「嘘だろ。あれが今のミリアナの力なのか?」
「まだ序の口ですよ」
驚きが隠せないファブリオさんに笑顔を向けた。
「お前達はこの五年間、どこで何をしていたのだ?」
「古代龍に連れ回されて、色んな所を旅してきました」
「タカヒロ、お前も強くなったのか?」
「僕は変わっていませんよ」
「変わらなくても、十分に強かったがな」
縦横無尽に動くミリアナさんの戦いを見ているファブリオさんは、口を閉ざしてしまった。
「やはり古代龍のダンジョンで会った冒険者が現れたか。こいつらは厄介だぞ」
魔人フォスターの傍に姿を現した魔人サクゾーが、僕に視線を向けている。
「任せておけ。俺が冒険者ごときに負ける筈がないだろ」
盾を捨て大剣を両手持ちにした魔人フォスターは、ミリアナさんと刃を合わせられるまで動きを加速した。
僕には大剣同士が打ち合う火花しか見えなくなっていた。
「魔人の好きにはさせんぞ!」
辛うじて立ち上がった勇者様が、大上段に聖剣エクスカリバーを構えると刃が眩しく輝き出した。
一瞬、勇者様に視線をやったミリアナさんはエネルギーの高まりを感じて、飛び下がるタイミングを見計らっているようだ。
「退け!」
勇者様の叫びと共に、眩しく輝いた聖剣が吠えた。
光の剣撃は二体の魔人を呑み込むと、通路の壁をも壊して北の大地に消えていった。
「勇者様、見事な一撃でした」
アラーム大司教がおべんちゃらを言っている。
「俺に加勢をしてくれた冒険者は、どこへ行った」
「あそこです」
シタタ・ラン軍師が、僕の傍に寄ってきた白いマントのミリアナさんを指差した。
「まずは、加勢してくれた事、礼を言おう、ありがとう。ところで君達三人は初めて見る顔だな」
息を切らしている勇者様が、平然としているミリアナさんに見惚れている。
「はい。私達は勇者様のお荷物を運ばせて頂こうと、マダラン国に行ったのですが、出立された後でしたので追いかけて参りました」
「そうなのか」
「私は無双のデッサンのリーダーをしています、ミリアナと申します。それと仲間の二人です」
「賢者のゼリアです」
ミリアナさんは棒読みだし、ゼリアさんは恥ずかしそうに口ごもっている。
「ポーターのタカヒロです」
一番後ろに立っている僕は、呟くように言った。
「君達もS級冒険者なのだろ、歓迎するよ」
「私達は平均B級の冒険者です」
「B級、嘘だろ!」
ミリアナさんの戦いを見ていた全員から、驚きの声が上がった。
「階級など関係ないさ、君のように強い女性は大歓迎だよ」
笑顔を見せる勇者様は、ミリアナさんに握手を求めている。
「私とゼリアはタカヒロの護衛についてきただけですから、気になさらないで下さい」
差し出された手を無視するミリアナさんは、作業服に薄汚れたマント姿の僕を前面に押し出した。
「君がポーターのタカヒロか、宜しく頼むよ」
勇者様は胡散臭そうに僕を見ている。
「よろしくお願いします。あそこにある物資を運べばいいのですね」
ソリに積まれている荷物に視線をやった。
「あれを一人で運べると言うのかね」
シタタ・ラン軍師が驚愕の表情を浮かべている。
「はい。大丈夫です。物資は皆さんの命綱ですから、大切に運ばせて頂きます」
「よろしく頼むよ」
「ポーターの護衛は他のS級冒険者に任せて、君は俺と一緒に前線で戦ってくれないか?」
勇者様が必死でミリアナさんを説得しようとしている。
「S級の先輩方を差し置いてそのような事は出来ません。後方支援で頑張らせて頂きます」
完成された肉体美と誰もを惹きつける美貌で迫る勇者様を、ミリアナさんは鼻にも掛けていない。
「そうか、よろしく頼むよ」
愛想の無いミリアナさんの返事に機嫌を損ねたのか、勇者様の言葉遣いがよそよそしくなった。
「シタタ・ラン軍師、ケガ人の治療は終わりましたが、呪われたアイテムで受けた傷を完全に治せる特殊な聖魔法を使える者がおりません」
聖女と呼ばれているカトリエさんを中心に、兵士や冒険者の治療に当たっていたS級冒険者の魔術師をもってしても、惨劇の後始末には困難を極めていた。
「君達の治癒魔法をもってしてもダメか」
「動けない者もおりますし、呪われたアイテムで死んだ者もこのままにしておけば、ゾンビになって街を襲う可能性もあります」
毛皮のコートの下に神官服を着ている者達が、無念そうに顔を顰めている。
「あの~。僭越ですが、私どもの魔術師に浄化をさせましょうか?」
ミリアナさんが小さな声で申し出た。
「特殊な呪いの浄化が出来ると言うのか!」
最強の魔道師と言われているアラーム大司教が、大声を出した。
「はい。一応先代から賢者の称号を頂いておりますので」
悩ましいワンピース姿のゼリアさんは、恥ずかしそうにペコペコしている。
「願ってもない、是非やってくれ」
「分かりました」
ゼリアさんが年季の入った杖を高く掲げると、無詠唱で神々しい光が辺り一帯に降り注いだ。
「傷が消えていく」
壁に凭れかかっていた数人が驚きの声を漏らした。
僕は治癒魔法を使わなくて済んでホッとした。光属性の魔法も進化して傷を直視しなくても治せるようになっているが、いまだに傷口を切り開いていた頃の事がトラウマになっているのだ。
「終わりました」
「ありがとう、助かったよ」
アラーム大司教の感謝の言葉に、ゼリアさんは何事もなかったかのように軽く頭を下げている。
「ダンカン隊長を初め多くの兵士を亡くしたが、我々は魔王を倒さなければ帰れない。荷物はポーターのタカヒロが運んでくれるので、他の者は周辺の警戒と戦闘に全力を尽して貰いたい。では、出立するぞ」
シタタ・ラン軍師の掛け声で生き残った数人の兵士と、勇者様を先頭にした冒険者が北の大陸へ足を踏み入れ、僕達無双のデッサンは真鍮の守り盾と紅蓮の魔導士に守られながら最後尾を歩いていった。