勇者一行を追いかけて
新たなページの詳しい検証は先送りにして、ホムクルンをアイテムボックスに収納した。
「今夜は祝いの席だ、存分に食べてくれよ」
場の雰囲気を変えようと料理を示唆した。
「師匠、約束しましたよね」
「何かな?」
黒のワンピース姿で迫られて、見えそうで見えない豊満な胸の谷間から目をそらした。
「賢者になったら秘密を話して下さると」
「ゼリア。知らない方がいいと言う事は、たくさんあると思うわよ」
「ミリアナさんは知っているのでしょ、師匠の秘密。私はお二人の仲間ではないのですか?」
「分かった。話すよ」
今にも泣き出しそうなゼリアさんを前にして、折れてしまった。
「教えて下さい」
「僕は日本と言う別の世界からきた人間なのだ。そして僕は地球の神様から授かったこのスケッチブックを使って、ゼリア達が知らない魔法を発動させているのだよ」
「別の世界からきた? ミリアナさんもそうなのですか?」
ゼリアさんは唖然した表情になっている。
「私はこの世界で生まれた人間だけど、生まれ変わる前の記憶があるの。日本人としての記憶がね」
「そ、そんな事って、あるのですか?」
「信じられないかも知れないが、これが僕の秘密なのだよ」
「確かに、タカヒロは普通の人間じゃないわな」
話しを聞いていたイフリート君と、クレアさんが頷き合っている。
「そうですよね。でなければ、あんなバカげた強さ、ある筈がないですものね」
現実逃避したゼリアさんは、妖精達と会話をしている。
「それに、妖精二人と同時に契約を結んだ人間も初めてだしな」
「妖精さんと契約を結ぶのって、そんなに大変なのですか?」
「契約を結ぶときに膨大な魔力が必要だし、契約を結んだ後も妖精を養っていくための魔力が必要なのだ」
「私にも妖精さんと契約を結べますか?」
テーブルに肘をついたゼリアさんは、イフリート君達と顔を突き合わせている。
「ゼリアなら出来るよ。私、ゼリアと契約したい」
クレアさんが騒ぎ出した。
「無茶を言うなよ、契約の規約を覚えているだろ」
イフリート君が必死でクレアさんをなだめている。
「何を騒いでいるのだ」
明日からの事を考えていた僕は、テーブルの上での小さな騒動に声を掛けずにいられなくなった。
「師匠、私、クレアと契約がしたいのです」
「急に何を言っているのだ」
「お二人に特別な力があるように、私も特別な賢者になりたいのです」
ゼリアさんは真剣な表情で見詰めてきている。
「イフリート、可能なのか?」
「タカヒロとの契約を破棄すれば可能なのだが」
「だが。どうしたのだ?」
「契約を破棄すれば妖精の森に強制送還されるから、ゼリアが妖精の森に行かなければ契約は出来ないのだ」
イフリート君は困り顔になっている。
「師匠、何とかなりませんか?」
「今日はゼリアの賢者就任祝いだから、やれるか分からないが、やってみるか」
「タカヒロ、何をする気なの」
「ちょっと、妖精の森に行くのだよ」
「無茶言わないでよ、古代龍様の力を借りなければ行けないでしょう」
「ダメだったら諦めてくれよ、ゼリア」
ミリアナさんの心配をよそに、宿屋の部屋のスケッチをアイテムボックスに収納すると、7ページ目に妖精の森の広場を描いた。
「はい。お願いします」
ゼリアさんは僕の力を全く疑っていないようだ。
「ほんとに女性に甘いのだから」
ミリアナさんはブツブツと独り言ちている。
「行くよ!」
7ページ目にサインを入れて眩しい光が消えると、そこは見覚えのある広場だった。
「お帰りなさい」
妖精達が一斉に集まってきて騒いでいる。
「えっ! えええっ!」
瞬間移動を初めて体験したゼリアさんは、周りを見渡して言葉を失っている。
「皆さん、ご無沙汰をしています」
「何を言っているの、まだ数日しかた経っていないじゃないの」
「ああっ。そうでしたか、時間の感覚がおかしくなりそうだな」
シルフさんに言われて頭を掻いた。
「今日は、どうかされましたか?」
ウンディーネさんはいつもと変わらず落ち着いている。
「クレアとの契約を解除するために来ました」
「何か問題でもありましたか?」
「ウンディーネ姉さん、私、賢者のゼリアと契約を結ぶ事にしたの」
ゼリアさんの肩に乗っているクレアさんが、ニコやかに微笑んでいる。
「それで契約解除ですか。タカヒロさん、貴方にはいつも驚かされますね」
「申し訳ありません。クレアとゼリアの契約を許して貰えませか?」
「貴方の仲立ちでした間違いないでしょう」
ウンディーネさんは笑顔で頷いている。
「クレア、色々と助けてくれてありがとう。契約を解除するよ」
「私こそ、無理ばかり言ってごめんなさい。そして、ゼリアともどもよろしくお願いします」
「クレア、あんた少し賢くなったわね」
シルフさんが笑っている。
「皆が驚くほど強くなって帰ってくるのだからね」
クレアさんが小さな胸を張っている。
「じゃ、ゼリア、クレアと契約を結ぶのだ。右手を前に出して待っていればいい」
「こうですか?」
ゼリアさんが差し出した手にクレアさんが触れて、契約は無事に終わった。
「ゆっくりされていかれるのですか?」
「残念ですが、やらなければならない事がありますので失礼します」
「そうですか、いつでもお越し下さい」
ウンディーネさんが軽く頭を下げている。
「はい。ありがとうございました」
7ページ目に宿屋の部屋を描いてサインを入れた。
「師匠の魔法はやはり凄いですね」
部屋に戻ったゼリアさんは感動している。
「これでゼリアも一人前の賢者になったのだから、明日にでもグランベルさん達が待っているロンデニオに帰った方がいいよ」
「どうしてですか?」
「ここからの旅は命がけになるからね」
「私も帰った方がいいと思うわ」
「僕なら今のように、一瞬でロンデニオに行けるから送っていくよ」
「一晩、考えさせて下さい」
「分かった。冷めちまったけど、食べようか」
僕達はテーブルに向かった。
「タカヒロ、ミリアナ、おはよう」
ゼリアさんは朝から元気を振り撒いている。
「おはよう」
「タカヒロ。私、賢者になったけど、このマントは返さないわよ」
ワンピース姿のゼリアさんは、クルクルと回ってみせている。
「ゼリア、急にどうしたの? 大丈夫」
ミリアナさんが心配そうに見ている。
「無双のデッサンを抜けるまで、借りていてもいいよね」
「ああ、いいよ」
「一緒にくる事にしたのね」
ミリアナさんも笑顔で迎えている。
「はい。賢者のゼリアです、これからもよろしくお願いします」
「リーダーのミリアナです。こちらこそよろしく」
「ポーターのタカヒロです」
元気な女性二人に当てられて、声が小さくなってしまった。
「食事をすませたら、勇者様の一行を追いかけるわよ」
「いつでも準備は出来ています」
ゼリアさんはやる気満々になっている。
「はい。分かりました」
僕はポーターらしく、おとなしく返事をした。