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幕間12勇者アルクとS級冒険者


 マダラン国王宮の地下には、魔王が出現した時のみに開く召喚の間が存在した。

 召喚の間の床に描かれた魔法陣の中央には、薬で眠った王が横たわり傍らに黄金の剣を持った王子が跪いていた。

「今から勇者召喚の儀式を執り行う」

 アラーム大司教が魔法陣を取り囲む十人の魔術師に宣言した。

 事前に何度も打ち合わせられた段取りだから、誰もが頷くだけで言葉を発する者はいない。

「神よ、偉大なる王の鮮血を捧げて勇者の降臨を求める。人類救済を願う王子の尊い思いに答えたまえ」

 魔術師の詠唱で輝き出した魔法陣の前でアラーム大司教が召喚魔法を唱えた。

「父に安らかな永眠あれ」

 王子は涙を流しながら黄金の剣を王の胸に突き刺した。

 王子がその場から離れると、鮮血を吸った魔法陣は眩しい光に包まれた。

 静寂の時が過ぎると光は消え、王が横たわっていた場所に裸の男が立っていた。


「ここはどこだ?」

 ギリシャ神話から抜け出したような完全な肉体美を持った青年は、ゆっくりと周りを見渡している。

「勇者様、我らの召喚にお答え頂きありがとうございます。ここはマダラン国の王宮でございます」

 アラーム大司教が前に進み出た。

「貴様が俺をここに呼んだのか?」

「私はお手伝いをしただけです。召喚されたのはこちらにおられる王子。いえマダラン国の新しい王様、アキタ・ラン国王でございます」

「よき来てくれた勇者よ、名前を聞かせて貰おうか?」

 父を殺す事、王の重責を引き継ぐ事、すべてを覚悟していたアキタ・ランの表情は、十数分前とは別人のように引き締まり威厳に満ちている。

「若い王様ですな、俺の名前はアルクです」

 裸の男は片膝をついて、恭しく頭を下げた。

「ここでは詳しい話しは出来んな。アラームよ、アルクに装備を与え謁見の間に案内せよ」

「かしこまりました」

 アラーム大司教は深々と頭を下げた。

 護衛兵を引き連れて召喚の間を出ていくアキタ・ランは、王子から王に生まれ変わっていた。


 かなり派手に装飾された革の服を着たアルクは、謁見の間に連れていかれた。

 玉座には王冠を被ったアキタ・ラン国王が座り、周りには警備兵が控えている。

「アルクよ遠方からの出向き、まずは礼を言うぞ。お主を呼び寄せたのは人類の敵魔王の討伐を依頼するためだ、受けてくれるな。勿論報酬は望みのままだぞ」

「王様の頼みとあれば喜んで引き受けよう。しかし、その魔王とは何者なのだ?」

 アルクは片膝をついて拝礼の姿勢を取っているが、言葉遣いは雑だった。

「魔王とは、巨大な力を持った悪の存在だとしか分かっていない」

「俺ひとりで倒せるような敵なのか?」

「今、各国からお主の仲間になる強者を集めているところだ。早速だがお主の実力を見せてくれないか?」

「いいぜ。いつでも、誰とでも戦ってやるぜ」

 アルクは誰もが惹かれてしまいそうな美形に笑みを浮かべた。

「そうか。叔父、いや、。シタタ・ラン軍師、最強の戦士との試合を準備させろ」

「はい。試練場に移動して頂ければ、いつでも行えるように手配してあります」

「そうか。アルクよ早速お主の戦いを見せてくれ」

「分かったぜ」

 アルクは大勢の兵士に囲まれていても、まったく臆した様子はない。


 いつもは兵士が訓練をしている試練場で、アルクはマダラン国の最強の戦士と言われているダンカン隊長と向かい合っていた。

「鎧と盾はいらないのか?」

「動きの邪魔になるだけだから必要ない」

 アルクは刃を潰した訓練用の剣を持っているだけだった。

「鎧がなければケガだけではすまないかもしれないぞ」

「戦いはいつも死と隣合わせだ、気にする事はない」

 アルクは剣を握りなおしたり、軽く振ったりして使い勝手を調べている。

「そうか、ならば手加減なしで行かせて貰うぞ。スキル、瞬足」

 ダンカンの動きが一瞬ブレたように見えた。

「結構う、早いね」

 アルクはダンカンの剣をしっかりと受け止めていた。

「まだまだ」

 ダンカンが盾で圧し潰そうとしたが、そこにアルクの姿はなかった。

「後ろですよ、隊長さん」

「何!」

 振り返ろうとしたダンカンは、横腹に剣を受けて数メートル飛ばされてしまった。

「もう、終わりですか。まだ俺の力を見せていないのですがね」

 アルクは呼吸ひとつ乱していない。

「強い、強すぎる!」

 見ている全員が呆気に取られている。

「まだだ!」

 立ち上がったダンカンは盾を捨てると両手で剣を握った。

「何度やっても同じですよ」

 アルクは剣を構えようともしていない。

「スキル、身体強化。瞬足。斬鉄」

 ダンカンの姿が消えたかのように見えた。

「どこを狙っているのですか?」

 剣を振り下ろすダンカンの背後を取るアルクは笑っている。

「私の負けだ」

 剣を手放したダンカンは敗北を認めた。


「流石、勇者様だ。しかし、魔法への対応力はいかがかな」

 杖を持ったアラーム大司教が進み出た。

「魔法? それは何だ。俺の世界にはなかったな」

「お見せしよう」

 アラーム大司教が杖をかざすと、無詠唱で火の玉が飛び出して地面に窪みを作った。

「凄い威力だが、当たらなければ意味がないではないか」

「確かに。だが、魔法は他にもありますぞ」

「よし、勝負だ。あんたの魔法を受け止めるか、避けきって見せよう」

 アルクは自信満々だ。

「いいでしょう、行きますよ」

 アラーム大司教は年甲斐もなく熱くなっている。

 ファイアボールを事もなげに避けられたアラーム大司教は、フレームボールを発動させた。

 火の玉の雨を簡単に躱しているアルクの足元が泥濘、動きを鈍くさせていく。

「色々とやってくれますね」

 アルクは火の玉に混じって飛んでくるウインドカッターを剣で叩き落した。

「これでもダメですか? 最後に老いぼれの意地をお見せしましょう」

 アラーム大司教が杖を高く掲げると、炎の嵐が渦巻きアルクを包み込んだ。

「アラーム、やりすぎだ止めろ!」

 シタタ・ランが慌てて叫んでいる。

「この程度の魔法攻撃に耐えられないようでは、魔王討伐は無理ですよ」

「これが魔法ですか。初めて見ましたがなかなかのものですね」

 炎の中から出てきたアルクの掌の上に、小さな火の玉が浮かんでいた。

「それは?」

「爺さんの炎を凝縮したものですよ」

 笑うアルクが火の玉を投げると、爆発と共に半径一メートルの窪みが出来た。

「魔法を知らなかった者が一度見ただけのフレームボムを使うなんて、恐れ入りました」

 ダンカンに続いてアラーム大司教も敗北を認めた。

「流石は勇者だ。今宵は宴だ準備をさせろ」

 アキタ・ラン国王は上機嫌で命令を下した。


 勇者が召喚されて一月、各地からS級冒険者がマダラン国に集まっていた。

 その中には氷結の乙女と真鍮の守り盾もいた。

「名だたる冒険者の諸君、よく集まって下さった。私は軍師のシタタ・ランです」

「そして皆さんのお世話をする兵士達を指揮するダンカンです。よろしく」

 マダラン国の中央広場では決起集会が行われていた。

「我々は各国のトップクラスの冒険者である皆さんを纏めようとは思っていませんが、今回の戦いは今まで皆さんが経験されてきた戦いとは次元の違う戦いになると思います。ここにおられる勇者様を中心に一丸となってこそ、魔王討伐が果たせるものと考えていますのでご協力よろしくお願いします」

 シタタ・ランは軍師らしく、丁重な言葉遣いで冒険者を纏めようとしている。

「勇者様もお言葉を頂けませんか」

「諸君。俺はアルクだ、よろしく。戦いにおいては諸君の方が強いと思うが、俺には魔王を倒すための聖剣エクスカリバーとすべての攻撃を防ぐ盾と鎧を授かっている。俺は必ず魔王を倒して見せるから皆の力を貸してくれ」

 アルクがエクスカリバーを高々とかざして見せた。

「おお!」

 冒険者の中には拳を突き上げて雄叫びを上げる者も現れて、決起集会は大いに盛り上がっている。

「なかなかの二枚目じゃないか!」

「オルタ、男の甘いマスクに騙されるなと、いつも言っているだろ。自分の力を誇示しようとしないあいつは、かなりの曲者だぞ」

 頬を赤くしているオルタをアンリーヌが叱った。

 他のグループにも勇者の美形に見惚れている者が少なくなかった。

「あれが勇者か。鍛えぬいた体に、溢れ出る覇気。たしかに俺達とは一線を画した力がありそうだな」

 ルベルカはファブリオと勇者の評価を交わしていた。

「エルミナ、大丈夫か?」

 ダルが虚ろな目になっている仲間を気遣った。

「う、うん」

「ダル、ゾッタとエルミナから目を離すな」

 ルベルカは女達の生返事が気になった。

「分かったぜ」

「タカヒロ達は来ていないな」

 ルベルカはマダラン国の王都に入ってから、タカヒロを探していたが見つかっていなかった。今も冒険者が五十人近くいて、その後ろには百人ほどの兵士と二十台の馬車が並んでいるがそれらしき影はない。

「そうだな。ポーターになるとか言っていたが、間に合わなかようだな」

 ファブリオも辺りを気にしている。


「我々は魔王城がある北の大地を目指すのだが、冒険者の諸君には偵察部隊、戦闘部隊、護衛部隊と任務を分担して貰いたい。偵察部隊は先行して情報収集を、戦闘部隊は勇者様に同行、護衛部隊は物資を守って貰いたいがお願い出来るかな」

 シタタ・ランは策士らしく常に下手に出ている。

「それで、分担はどう分けるのだ?」

「得意とする分野があれば聞かせて貰うし、ないようであればこちらで決めさせて貰うがどうかな」

「俺達は密偵の仕事を中心にこなしてきたから、偵察部隊を希望する」

「俺達は武闘派だから戦闘部隊だな」

 戦闘部隊を希望するグループが多かった。

「我々は守りが中心だから護衛部隊を希望する」

 魔人サクゾーとの戦いの苦い経験があるルベルカは、後方支援を選んだ。参加を止めると言う選択肢もあったが、S級の誇りがそれを許さなかったのだ。

「自ら護衛を選ぶとは、本当にS級なのか?」

 ひそひそ声が聞こえたが、タカヒロとミリアナが魔人サクゾーと戦うのを見ている真鍮の守り盾のメンバーに、反論する者はいなかった。

「諸君らの希望は分かった。暫く待って貰いたい」

 式台を下りたシタタ・ランは、髭を生やした老人と打ち合わせを始めた。

「あれは誰なのだ?」

「あれが、最強の魔導士・アラーム大司教だよ」

「勇者を召喚したアラーム大司教か」

「そうだよ、大地を揺るがす大魔法も使うらしいぞ」

 冒険者の間で老人の話しが飛び交った。

「では、発表させて貰う。意にそぐわないグループもあると思うが、魔王討伐のために全力を尽くして貰いたい」

 シタタ・ランは偵察部隊、2チーム。戦闘部隊、4チーム。護衛部隊、4チームの発表は終えると、出立の号令を発した。

 そして勇者一行は国民に送られて戦いの一歩を踏み出した。


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