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幕間11祈祷師マキ


 私はチェリー村で祈祷師をしているマキ。

 私が生まれた村は五歳のときに魔物に襲われ壊滅して、私は大怪我をして視力を失ってしまった。

「大丈夫かい?」

「お父さんとお母さんは?」

「残念だけど助けられなかったわ」

 その言葉に、私は暗闇の中で泣く事しか出来なかった。

「君の目を治して上げる事は出来るが、それよりも祈祷師としての力を与えて上げるから、近くの村で生きていかないかい?」

 と、魔物から私を助けて下さった賢者様に言われた。

 凄く温かい手で頭を撫でられる私は、泣きじゃくりながら小さく頷いた。両親を亡くした絶望の中で、小さな光を見せて貰ったような気がしたのだ。

 賢者様は村長さんに私を託すと、名前も告げずに居なくなってしまった。

 チェリー村の人達に温かく見守られて育った私は、十五歳で祈祷師の力に目覚めて巫女として働くようになった。

 大した力はなかったけど村人の病気を治すだけではなく、気候や災害を占う事で村の発展に貢献して恩返しをしてきた。

 そして二十年以上の歳月が流れた。自分の未来を占う事は出来なかったが、死が近づいているのは感じていた。

「村長さん、近く村が盗賊に襲われます」

「本当か!」

「はい。でも、旅の冒険者が助けてくれます」

「そうか、それは良かった。それで、いつ襲われるのだ?」

「まだ、日時までは分かりません。警備を怠らないようにして下さい」

「分かった、そうしよう」

「詳しく分かりましたら報告します」

「いつも無理をさせてすまないなぁ」

 村長さんはいつも優しい言葉を掛けてくださるのだ。

 自分の姿を確認する事は出来なかったが、最近はすっかり老け込んでいるのが分かっていた。

「これが私の仕事ですから」

 私は育てて貰ったこの村が大好きだった。



 数日後、冒険者がチェリー村にやってきた。

 その日は盗賊が村を襲ってくると、占いで出た日だった。

「マキ、お連れしたぞ」

「旅のお方、よく来てくださいました。お座り下さい」

「お邪魔します」

 村長さんに案内された冒険者が社にやってきた。

「私はこの村で祈祷師をしているマキと申します。私には漠然とした未来を占う力があり、三日先は鮮明に占う事が出来るのです」

「凄い力ですね」

「旅の冒険者さんが、盗賊に襲われるこの村を救って下さると占いに出ています。どうか、村をお救い下さい」

 私は暖かい空気を漂わせている冒険者に頭を下げた。

「頭を上げて下さい。この村が盗賊に襲われるのなら、私達が守りますよ」

 リーダーと思われる女性の声は優しかった。

「ありがとうございます」

 社の前に集まった村人達も感謝の言葉を口にしている。

「それで、盗賊はいつ襲ってくるのですか?」

「今日、夜襲を掛けて来ると思います」

「そこまで分かっているのですか、凄いですね」

「私は幼い時に魔物に襲われて失明しました。その時に助けて下さった賢者様にこの力を授かりました」

 当時を思い出す私は、涙が溢れてくるのを堪えられなかった。

「賢者様? その方はおばあさんでしたか?」

 若い男性の驚いたような声が聞こえた。

「お顔を拝見する事は出来ませんでしたが、お声は覚えています。お年をめした女性でした。三十年以上前の事ですから、たぶんもう生きてはおられないのではないでしょうか」

「祈祷師様、今夜の戦いの結果をもう一度占って頂けませんか?」

「結果は冒険者の方が、この村を救って下さると出ていますが?」

 男性は私の占いを信じていないのか、懐疑的な言葉を投げ掛けてきた。

「もう一度だけお願い出来ないか、リーダーからも頼んでくれないか」

「祈祷師様、無理なお願いで申し訳ありませんが、お願い出来ませんか」

「村を救って下さる冒険者さんの頼みですから、喜んで占わせて頂きますよ」

 私は祭壇に向かうと祝詞を唱えた。

「突然、村が明るくなりました。死闘が続く中、盗賊の首領が弓で仲間を殺し始めました。たくさんの人が死んでいきます。魔物、恐ろしい魔物が現れました」

 今までの占いと違って、戦いの様子がはっきりと頭に浮かんできて自分でも驚くと共に、一気に力が抜けて意識が飛びそうになった。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫です。ありがとう」

 倒れかけた私を支えてくれた手を握ると、頭を撫でて下さった賢者様と同じ温かさだったので、見えない目で冒険者を見詰めた。

「この手は、あの時と同じ温かさを感じます」

 私は女性の柔らかい手を頬に当てると、大粒の涙を流した。

「祈祷師様、これで戦いが楽になります。ありがとうございました」

 占いの結果に満足した冒険者達は、感傷に浸る私を残して社を出て行ってしまった。

 その夜、村の事が気掛かりで祭壇に向かっていた私は、騒ぎが収まると眠ってしまって夢を見た。

「マキよ、よく頑張って生きてきた。お主には、次の人生で幸せに暮らせるように取り計らおう」

 夢に現れた巨大なドラゴンが話しかけてきた。

「両親を早くに亡くしましたが、チェリー村の人達に良くして貰って幸せな人生でした」

「そうか、ならば良かった。この世界を救った賢者がお主の事を気にかけておったので見にきたのだ。人生の最後に叶えたい望みないか考えておくといいぞ」

 巨大なドラゴンはそれだけ言い残すと、光の粒子になって消えてしまった。


「おはようございます、マキ様。冒険者の皆さんがもう一度お会いしたいそうです」

 不思議な夢の事を考えていると、村人が社にやってきた。

「分かりました。お通しして」

 冒険者は昨夜の盗賊の処分を占って欲しいと言ってきたので、領主様の騎士団がやってきて連行されていくと、占いの結果を話した。

「無理を聞いて頂いてありがとうございました。ところでマキさんは、お幾つなのですか?」

 リーダーと思われる女性ではなく、昨日懐疑的だった男性が声を掛けてきた。

「三十八です」

「村のために無理をされてこられたのですね」

「そんな事はありません。村の人は目の見えない私によくして下さっています」

「マキさんは、ご自分の未来を知っておられますよね、人生の最後に何か望みはありませんか?」

 優しく声を掛けてくる男性に手を握られた私は、昨夜の夢に現れたドラゴンの言葉を思い出して、暫く言葉が出てこなかった。

「あなた様は……。……そうですね。最後に私を見守り、育て下さった村がどんな所だったか見てみたいです」

 見えない目を男性に向けているとぼんやりと青年の姿が浮かんできて、やがて巨大なドラゴンと重なり夢の続きを見ているような気分になってしまった。

「マキさんの望みを叶えましょう。ただし、次に目を開けるのは僕達が村を出てからにして下さい。そして、ここで起きた事は誰にも話さないで下さい」

 男性の声はどこまでも優しかった。

「分かりました。あなた様の事は、墓場まで持っていきます」

 男性に見詰められているようで気恥ずかしさを覚えていると、全身が温かくなり言いようのない幸福感が襲ってきた。

「ありがとうございます」

 瞼を閉じている筈なのに、神々しい光に包まれた青年の姿が見えてきた。私は人生で二度も神様に出会えた奇跡に感謝して、恭しく頭をさげた。

「いいえ。僕の方こそ、色々と勉強させて頂きました。ありがとうございました」

 冒険者達は社を後にすると、村人に見送られて旅立っていった。

 一人になった私が社を出て瞼を開くと、自然が豊かなチェリー村の風景が目に飛び込んできた。

「これがチェリー村なのね」

 清々しい風が頬を撫で、小鳥がさえずり、どこまでも心が癒される風景が広がっていた。

 遠くには麦畑を縫って続く道を歩いていく冒険者の後姿があり、旅の御無事を祈った。

「ありがとうございました」

 三十八年と言う短いようで長かった人生の最後に、孤児となった私をはぐくんでくれた村を一目見たいと願った望みを叶えてくださった神様に感謝した。



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