チェリー村での戦い その1
ウスラン帝国に入ってからは、ゼリアさんの修行のために徒歩で移動していた。
魔力の絶対量を増やすために一日の終わりには魔力を使い切る事。魔法の種類を覚えるために色んな属性魔法を使う事。
ホムクルンの進言で魔物との戦いや食料の確保は、ゼリアさんの魔法を中心に行った。
悠然の強者の仲間三人に守られていたとは言えA級冒険者のゼリアさん。街道に現れる魔物に苦戦する事もなく、夜には魔力が尽きるまで火の玉を浮かせる魔法を使っていた。
「村が見えてきたわ」
今までの旅と違ってミリアナさんものんびりとしている。
「宿屋があるようには見えないが、人に会うのも久し振りだから寄っていくか?」
僕も古代龍に呼ばれての旅ではないので気が緩んでいる。
「人様に会うのは七日ぶりですね」
ゼリアさんの声だけは生き生きとしている。
「今日はまだ元気が余っているようだな」
「はい、少しずつですが、魔法を使っても疲れを感じなくなっています」
「そうか、ではそろそろワンランク上の魔法を教えようか」
「はい、師匠。よろしくお願いします」
「任せておけ」
「ホムクルン、お前、今、喜んだだろ」
「主、何を言っているのですか。私は神様に造られた人造人間ですぞ、感情などありませんぞ」
「やっぱりな、今声のトーンが変わったぞ。初めて会った時から、感情を持っているような気がしていたのだ」
「師匠は神様がお造りになったのですか?」
白衣の好青年を見るゼリアさんの目が輝いている。
「言ってなかったけ?」
「はい。キメラの研究所で出会ったとはお聞きしましたが」
「ホムクルンは大昔、この世界の生き物や植物を生み出すのに神様が造った人工頭脳なのだよ」
「神様、人工頭脳……。タカヒロさんはいったい……」
「どうしたゼリア、目が点になっているぞ」
ゼリアさんの口調が変わっている。
「タカヒロさんは何者なのですか?」
歩きながら話しているので、ゼリアさんが石に躓きそうになっている。
「僕はか弱い少年、いや、か弱いポーターだよ」
「どこが、か弱いのだか?」
先頭を歩くミリアナさんが苦笑いしている。
「どこから来た!」
村の入り口で鎌を持った若者三人に止められた。
「私達はアスラン王国から来た冒険者です」
ミリアナさんがプレートを示した。
「冒険者が何の用だ?」
「ウスラン帝国の王都に向かっていまして、たまたま通りかかっただけです」
村を襲われた経験のあるミリアナさんとゼリアさんは、ピリピリした空気を肌で感じているようだ。
「村長を呼んでくる、ちょっと待っていろ」
一人の若者が走っていった。
「何かあったのですか?」
「何もない」
ミリアナさんと対峙している二人は小刻みに震えていて、何も話さなくなった。
「旅の方、取り込んでおって、粗相がありましたらお許し下さい」
現れた老人が深々と頭を下げた。
「私達の方こそ、突然お邪魔をしてしまい申し訳ありません」
ミリアナさんは訳が分からずに恐縮している。
「旅の方、お時間がありましたら、会って頂きたい人物がいますのじゃが、よろしいかな?」
「急ぐ旅ではありませんので構いませんよ」
「それはよかった。ではこちらに」
老人は村の中に入っていくと、社のような建物に僕達を案内した。
「マキ様、お連れしました」
「旅のお方、よく来て下さった。お座り下さい」
祭壇を背にして巫女装束の老婆が座っていた。
「お邪魔します」
ミリアナさんとゼリアさんが前に座り、僕とホムクルンが後ろに座った。
「私はこの村で祈祷師をしているマキと申します。私には漠然とした未来を占う力があり、三日先は鮮明に占う事が出来るのです」
「凄い力ですね」
ミリアナさんは半信半疑ながら感心している。
「旅の冒険者が、盗賊に襲われるこの村を救って下さると占いに出ています。どうか、村をお救い下さい」
老婆は額が床につきそうなほど頭を垂れている。
「頭を上げて下さい。この村が盗賊に襲われるのなら、私達が守りますよ」
ミリアナさんが手を差し出したが、老婆には見えていないようだ。
「ありがとうございます」
社の前に集まった村人全員が深々と頭を下げている。
「それで、盗賊はいつ襲ってくるのですか?」
「今日、夜襲を掛けて来ると思います」
「そこまで分かっているのですか、凄いですね」
ゼリアさんが、盲目の祈祷師に畏敬の視線を向けている。
「私は幼い時に魔物に襲われて失明しました。その時に助けて下さった賢者様にこの力を授かりました」
老婆は白く濁った眼から涙を零した。
「賢者様? その方はおばあさんでしたか?」
僕は村に来て初めて口を開いた。
「お顔を拝見する事は出来ませんでしたが、お声は覚えています。お年をめした女性でした。三十年近く前の事ですから、たぶんもう生きてはおられないと思います」
「祈祷師様、今夜の戦いの結果をもう一度占って頂けませんか?」
「結果は冒険者の方が、この村を救って下さると出ていますが?」
僕の問いに老婆は首を傾げている。
「もう一度だけお願い出来ないか、リーダーからも頼んでくれないか」
「祈祷師様、無理なお願いで申し訳ありませんが、お願い出来ませんか」
僕の真意を汲み取ったミリアナさんが頭を下げた。
「村を救って下さる冒険者さんの頼みですから、喜んで占わせて頂きますよ」
祭壇に向かった老婆は、木の枝を振りながら祝詞を唱え始めた。
時間が経つほどに老婆の身振り手振りが激しくなり、トランス状態に入っていくのが分かった。
「突然、村が明るくなりました。死闘が続く中、盗賊の首領が弓で味方を殺し始めました。たくさんの人が死んでいきます。魔物、恐ろしい魔物が見えます」
それだけ言った老婆は床に突っ伏してしまった。
「大丈夫ですか?」
ミリアナさんとゼリアさんが老婆を抱き起した。
「大丈夫です。ありがとう」
座りなおした老婆はゼリアさんの手を握って、見えない目で赤髪の美貌を見詰めた。
「この手は、あの時と同じ温かさを感じます」
ゼリアさんの手を自分の頬に擦りつける老婆は、大粒の涙をボロボロと流している。
ゼリアさんは、どうしていいのか分からずにオロオロしている。
「祈祷師様、これで戦いが楽になります。ありがとうございました」
ミリアナさんは僕が小さく頷くと、皆を連れて社を出た。
「暗くなってきました、皆さんは家に入って戸締りをしっかりして下さい」
村人を解散させた僕達は、村の外れに向かった。
「ゼリアの魔法攻撃を中心に戦うわ。魔力が尽きたら後は私達が引き受けるから、全力で行きなさい。タカヒロは火の玉で周辺を明るくして」
リーダー役が板についていないミリアナさんは、ぎこちない指図を出した。
「分かった」
スケッチブックを開いた僕は、14ページ目が光っているのを確認した。時の魔法が進化したのだ。
「今回は新しい魔法を使ってみようか」
「どのような魔法でしょうか?」
「盗賊は人間だから殺さずに捕獲して憲兵に突き出した方が村のためにもなるだろうから、相手を電気ショックで気絶させる雷属性の魔法、エレキテルショックを使ってみよう」
「雷属性ですか? 見た事がない魔法です」
ホムクルンの指示を受けているゼリアさんが、困った顔をしている。
「忘れたのかい? 昔、僕がヒュドラを倒すのに使った魔法だよ」
3ページ目に火の玉の絵を描きながら口を挟んだ。
「あのような魔法が、私に使える筈がありませんよ」
大地を引き裂くような落雷を思い出したのか、ゼリアさんは全身をブルブルと震わせている。
「いや、あの魔法の初級がエレキテルショックなのだよ」
「そうなのですか。巨大な稲妻しか見ていないのでイメージが湧きません」
ゼリアさんはさらに困ってしまっている。
「主よ、ゼリアにエレキテルショックをかけて下さい」
「体験するのが手っ取り早いか。いいだろ、ゼリア手を出して」
8ページ目にゼリアさんの綺麗な手を描くと、中指の先に小さな雷を描き加えた。
「自然界では、雷はもっとも風と関係の深い現象なのだ。だから吹き荒れる風の中で、静電気が起きるのをイメージすればいい」
8ページ目にサインを入れると、ゼリアさんがガクガクと体を痙攣させた。
「ゼリア、大丈夫!」
隣で見ていたミリアナさんが、膝から崩れ落ちるゼリアさんを抱き支えた。
「はい、大丈夫です。目の前に火花が散り、体が痺れました」
「そんなに強くしなくてもいいでしょうが」
ミリアナさんが僕を睨んでいる。
「ごめん、ごめん。手加減したつもりなのだがなぁ」
二人から視線を逸らすと、ぶつぶつと独り言ちながらスケッチブックに向かった。
「今のを盗賊が来るまでに使えるようになるのだ」
ホムクルンの厳しい指導が続いている。
「来たぞ、準備はいいか?」
夜になり、レーダーを確認していた僕は皆に注意を促した。
「いつでも大丈夫よ」
ミリアナさんは片手に古代龍の鱗の盾、片手に大剣を握り締めている。
「はい、行けます」
賢者の杖を握り締めたゼリアさんは、頬を強張らせている。
「村に近づけさせないように、打って出るよ」
3ページ目にサインを入れると、空中に巨大な火の玉が浮かび一帯を明るく照らした。
「何だ、何だ!」
三十人近くいる盗賊団の中でざわめきが起こった。
「雷よ、我が敵の意識を奪い取れ、エレキテルショック!」
ゼリアさんが杖を掲げると、先頭の男が体を痙攣させて倒れた。
「どうした?」
「うわっ!」
助け起こそうとした男も倒れた。
「雷よ、我が敵の意識を奪い取れ、エレキテルショック!」
ゼリアさんが詠唱を唱える度に盗賊が倒れていった。
「ゼリア、伏せて!」
ミリアナさんが構えた盾に、三本の矢が当たって落ちた。
「何をやっている、さっさと村人を連れてこい」
馬に乗った男が、二台の馬車を引き連れて後ろから現れた。
「ここを通る奴は、殺すわよ」
ミリアナさんが大剣を普通の剣のように掲げている。
「冒険者か、お前らも我が弓の生け贄にしてくれる」
馬上の男が弓を射ると、同時に三本の矢が飛んできた。
「私はあの男を倒すわ。ゼリア、他の敵は任せたわよ」
矢を蹴散らしたミリアナさんは、盾を僕に投げて駆け出していった。
「は、はい。やってみます。雷よ、我が敵の意識を奪い取れ、エレキテルショック!」
ゼリアさんの詠唱で敵は次々と倒れていくが、数には勝てずに距離が縮まっていく。
「敵の意識を刈るのは限界のようだね。見ておくのだよ。雷よ、我が敵陣に爆風をサンダーボム!」
ゼリアさんの隣に移動すると、あえて詠唱を唱えながら雷の絵を描いた8ページ目にサインを入れた。
稲妻が走ってくる敵の真ん中に落ちて爆発すると、五人が吹き飛んで動かなくなった。
「ゼリア、意識を集中してエレキテルを凝縮するのだ。それがサンダーボムだ」
後ろに立っているホムクルンがアドバイスしている。
「はい、師匠。やってみます」
大きな目を輝かせるゼリアさんが、一言一言噛み締めるように詠唱を始めた。