新生無双のデッサン
フォブルを一日走らせた僕達は、ウスラン帝国との国境まで来ていた。
「この山を越えればウスラン帝国だから、少し早いが今日はここで休んでいこう」
僕は早速ログハウスの絵を描き始めた。
「はい。何から準備をしましょうか?」
フォブルから降りたゼリアさんは、足をフラつかせている。
「何もしなくていいわ。ゼリアさんはその辺に座っていて」
ミリアナさんは顔色が優れないゼリアさんを気遣っている。
「でも、それでわ」
「だったら、タカヒロの邪魔をしないで」
ミリアナさんは、鉛筆を走らせている僕の手をじっと見詰めている。
「今日は3LDKにしたよ」
「ええっ。何ですか、これ!」
13ページ目にサインを入れると、ゼリアさんは腰を抜かしてしまった。
「これが僕達の新しいテントです。ゼリアさんも早く慣れて下さい」
「し、師匠。私に敬語は使わない下さいとお願いしましたよね。ミリアナさんもです、いづらくなります」
何とか驚きから立ち直ったゼリアさんが、疎外感を覚えて泣きそうな顔になっている。
「慣れなくて、ごめん」
「私もですか? ゼリアさんは年上だし、冒険者としても先輩なのですからいいのでわ」
「ミリアナさんは五年前と少しも変っていないけど、私と同じ二十二歳ですよね」
「私はまだ十七歳よ」
ミリアナさんの言葉にゼリアさんは首を傾げている。
「込み入った話しは中でしようか」
先頭に立ってログハウスに入っていった。
「これが野営用のテントですか?」
「トイレとシャワールームはそのドアの奥だから、自由に使っていいよ」
「はい」
ゼリアさんはキョロキョロと辺りを見回している。
「話しをする前に、ひとついいかな?」
僕はゼリアさんを前にして目のやり場に困っていた。
「何でしょうか?」
「その服装だが、何とかならいか」
黒の派手なビキニに白のショートパンツ姿は、海水浴場以外はダメだろう。
「皆は似合っていると言ってくれていたので、着替えも似たような物しか持っていません」
「その恰好は、仲間のおじさん達の趣味なのか?」
この世界には羞恥心と言う概念がないのかと、頭を抱えた。
「変ですか? ミリアナさんだってお臍を出しているじゃないですか」
「そうだが、ゼリアほど肌は露出していないぞ」
揺れる胸から目を逸らせずにはいられなかった。
「私は素敵だと思うな。私も胸当をもう少し小さくしようかな」
「やめろ、やめろ。これ以上僕を刺激するのじゃない」
立っていられなくなって、椅子に腰を下ろした。
「師匠、私はどんな格好をすればいいのでしょうか?」
「ちょっと待ってくれ」
深呼吸をして興奮を鎮めると、画用紙を切り取って洋服のデッサンを始めた。
黒のワンピースを基調にして胸に深めのスリットを入れ、足首から膝までにもスリット入れた。
アクセントに腰に太めの革ベルトを締め、腕の部分は網目にしてみた。
「こんな感じの服はどうだ?」
「こんなドレスのような服では、戦いの時に自由に動けないのではありませんか?」
「慣れれば大丈夫だろうし、魔法使いはそんなに動き回らないだろ」
「タカヒロは、見えそうで見えない悩ましい恰好が好みだったのね。今度、私が着て上げるわ」
絵を覗き込んだミリアナさんが、意味深な笑みを浮かべている。
「な、何を言っているのだよ。僕は肌の露出は少ない方が安全だと思っただけで、他意はないのだからな」
「そんなにむきにならなくても分かっているわよ」
「分かりました。街に着いたら、この服を作ります」
画用紙を手にしたゼリアさんは、着ている自分をイメージしているようだ。
「わざわざ作る必要はないよ、これを着ければいい」
「タカヒロ! 何て言う格好になっているのよ」
ゼリアさんに赤いマントを差し出している僕を見たミリアナさんが、叫び声を上げた。
「キャー」
悲鳴を上げたゼリアさんは、真っ赤になった顔を両手で覆っている。
「ごめん、ごめん」
パンツ一枚になっているのに気づいて、アイテムボックスから白いマントを取り出して羽織った。
「服を着たから大丈夫だよ」
(自分達は臍を出しておいて、こっちがちょと裸になっただけで悲鳴を上げるなんて理不尽だよな)
ぼそぼそと呟いた。
一瞬で元の姿に戻った僕を見て、ゼリアさんは首を傾げている。
「レディが二人になったのだから、行動には気をつけてよ」
「はい。気をつけます」
理不尽だが頭を下げるしかなかった。
「あの~。このマントは?」
ゼリアさんは理解ができずに混乱しているようだ。
「ミリアナ、僕は食事の準備をするからマントの使い方を教えてやってくれないか」
「分かったわ。タカヒロは白いマントが使いこなせるようになったの?」
「僕には特定の職業がないから、逆に職業をイメージする事で装いも変えられるのだよ」
「なるほどね、タカヒロらしいわね。ゼリアさん、上で着替えましょうか?」
ミリアナさんは、戸惑っているゼリアさんを二階へ連れて行った。
テーブルに王都で購入した料理を並べると、小さな器二つにハチミツを注いだ。
「タカヒロも大変だな」
「本当、奪い合いの喧嘩が始まらないといいけどね」
「お前ら何を言っているのだ。誰が喧嘩をするのだよ」
「決まっているじゃいか、なあ、クレア」
イフリート君とクレアさんが、顔を見合わせて笑っている。
「師匠、どうですか、似合っていますか?」
ビキニの上にワンピースを着たゼリアさんが、二階から下りてきた。
「うん、ああ」
生返事しか出来なかった。ミリアナさんが言ったように隠すことで艶っぽさが際立ち、一層目のやり場に困る状況になっている。
「このマントの性能、凄いのですね。聞いて驚きました」
「そうか。賢者になるまで貸しておくから、自由に使ってくれたまえ」
下手な役者のような喋り方になってしまった。
「タカヒロ、何を変な喋り方をしているの」
「何でもない。食事をしながら今後の事を話そうではないか」
緊張を隠そうとする僕は、一番に席について焼き肉の串に手を伸ばした。
「タカヒロ」
ミリアナさんの声が凄く低くなっている。
「何だい?」
「私に手を出してもいいけど、ゼリアさんに手を出したら絶交だからね」
「何を言っているのだ、誰にも手を出したりしないよ」
ミリアナさんに睨まれて、必死で笑顔を作った。
「約束よ」
「はい」
「師匠とミリアナさんは、いつもこんな感じなのですか?」
「こんな感じとは?」
「恐妻家と言った感じかと」
「ゼリアは何を言っているのだ。僕達は無双のデッサンの仲間であって、それ以上の関係なんて何もないよ」
「そうよ、今日からはゼリアさんも仲間なのだからね」
ミリアナさんも慌てて焼き肉に手を伸ばしている。
「はい、よろしくお願いします。ところで、そこの二つの器は何なのでしょか?」
「友達の妖精が食べるハチミツが入っているのだよ」
「妖精ですか?」
「火の妖精、イフリートと、光の妖精、クレアがそこにいるのだ」
「器が動いた!」
ゼリアさんが驚愕に顔を引き攣らせている。
「ゼリアには見えないか? 妖精の存在を心から信じれば見えるようになるし、話せるようにもなるからまずは信じる事だな」
賢者のおばあさんの受け売りを口にした。
「はい。妖精は存在するのですね」
ゼリアさんはカタカタと動く器を凝視している。
「すぐには無理だから、そんなに気を張らなくていいよ」
真剣な顔のゼリアさん見て笑顔を浮かべた。
「タカヒロ、これからの計画はあるの?」
「まずは古代龍のダンジョンに近いウスラン帝国で呪われたアイテムの情報を探すのと、ゼリアの修行を中心に動いていこうと思っているのだ」
「師匠、私は何をすればいいのでしょうか?」
「まずは魔力の絶対量を増やす事が一番だろうな」
「どうすれば増えますか?」
「僕は賢者になれない落ち零れだから、直接指導は無理なのだ。だからゼリアの教育係は、ホムクルンに任せようと思っているのだ」
1ページ目に表示されているホムクルンの項目をクリックすると、光の波紋の中から白衣の青年が現れた。
「主よ、お呼びですか?」
「頼みたい仕事が出来たのだ」
「何なりとお申しつけ下さい」
「誰ですか?」
ゼリアさんが目を白黒させている。
「タカヒロのする事にいちいち驚いていたら、寿命が縮んでしまうわよ」
「ホムクルンだ。こいつが『賢者になるための魔術書』の全てを教えてくれるから、しっかり修行をするのだぞ」
「師匠が教えて下さるのではないのですか?」
「僕は今日からポーターに成りきる修行をするから、二人も手伝って下さいよ」
目を閉じて荷物を運ぶ職人をイメージすると、一瞬で装いが変わった。服は少しくたびれた作業服になり、灰色のマントを羽織って大きなリュックを背負っている。
「どうかな。冒険者の荷物持ちを職業にしているように見えるかな?」
「見えなくはないけど、本当にその恰好で旅をするつもりなの」
ミリアナさんが呆れた表情をしている。
「勇者様と出会った時に、優秀なポーターだと認めて貰いたいからね」
「私は何をすればいいの?」
「ミリアナは剣豪で無双のデッサンのリーダー。ゼリアは賢者を目指す魔法使いで、ホムクルンは薬師と言ったところかな」
「ひとつだけ聞かせて、なぜポーターなの?」
ミリアナさんは納得いかないようだ。
「魔王も魔人も僕達では想像も出来ないほど強いだろう。勇者様はそれに匹敵する強さを持っている、そしてパーティーの中で最も守られるのがポーターなのだよ。戦いに勝っても水や食料がなければ生き延びられないからね」
「守って貰うためにポーターになるの」
「そうだよ。僕はどんな事をしてでも、ミリアナとの約束を果たしたいからね」
「分かったわ、私も約束を果たすわ」
ミリアナさんは僕に背を向けた。
「よく分かりませんが、私は師匠の決めた事に従います」
ミリアナさんの涙を見たゼリアさんは、決意を表すように小さく頷いた。
「それじゃあ、僕の事はタカヒロと呼び捨てにして。ホムクルンを師匠と呼んでくれるかな」
「どうしても、そうしなければ駄目ですか?」
「普段から癖をつけておかないと、付け焼き刃はすぐにボロが出るからね」
「分かりました。お二人も私の事はゼリアと呼んで下さいよ」
「仲間なのだから、それでいいわよ」
ミリアナさんが折れて、今後の役割が決まった。
「もうひとつ、昔護衛任務にご一緒した時に年齢を聞いた筈なのですが、どうしてお二人は年を取っていないのですか?」
「それは」
僕は『夕焼け亭』で出来なかった、アニマルワールドとフェアリーワールドでの話しを聞かせた。
「そんな凄い旅をされてきたのですか」
「そこでは時間の流れが遅くて、こっちでの五年が僕達には半年しか経っていなかったのだよ」
「それで年を取っておられないのですか、分かりました」
「冒険者に年齢はあまり関係ないからね。ゼリアだってグランベルさん達とはかなり年が離れているのだろ」
「あの人達は孤児になった私を育てて下さった、父親のような存在ですから当然です」
ゼリアさんは、五歳の時に村を魔物に襲われて両親を亡くしたこと。その時に通りかかった冒険者に助けられて育てて貰ったことを聞かせてくれた。
「それでゼリアを無双のデッサンに誘った時に、三人があんなに怒ったのですね」
「はい。私の事を一番に心配してくれる三人ですから。ごめんなさい」
「それで、よく旅に出るのを許して下さったわね」
同じような境遇のミリアナさんは、カーターさんの事を思い出しているようだ。
「心配だけど、子供が成長した姿を見たいと、送り出してくれました」
ゼリアさんは涙目になっている。
「頑張って修行をして、早く賢者にならないとな。少し早いがこれを渡しておこう」
アイテムボックスから『賢者になるための魔術書』と、年季の入った杖を取り出してゼリアさんに渡した。
「これは?」
「先代の賢者様が使っておられた杖で、魔術書と一緒に預かった物なのだ」
「そのような大事なものを受け取れません」
「本と杖を使いこなせるように修行に励むのだな。ホムクルン、厳しく扱いてやってくれ」
「お任せ下さい。二十四時間付きっ切りで、魔術書の全てを教えて見せます」
「私は二十四時間、師匠と一緒にいるのですか?」
ゼリアさんは白衣の好青年をまじまじと見詰めている。
「ホムクルンは人間ではなくて機械だから、何も心配する事はないわよ」
ミリアナさんが僕の言葉足らずを埋めてくれている。
「そうなのですか。機械なのですか?」
ゼリアさんは感情のない顔を覗き込むように見詰めている。
「機械だが考える事は僕達よりも遥かに進んでいるから、しっかりと言う事を聞くように。そして、明日のためにしっかり休むように」
厳しく釘を刺して食事を済ませると、二階に上がってそれぞれの部屋で眠りについた。