魔人サクゾー
大きな扉の前に門番はいなくて、僕達が近づくと迎え入れるように開いた。
「複数でここに辿り着くとは珍しいな。アイテムを見つける事が出来なかったのか、それとも試してみなかったのかな?」
二枚目の優男が意味深な笑みを浮かべている。
「いや、違うな。そこのミノタウロスが持っているのは、私が作った斧ではないか。なぜ、人間を殺さない」
「貴様が、魔人サクゾーだな」
前に出たルベルカさんが優男を睨みつけた。
「私の名前まで知っているとは、ただの冒険者ではなさそうだな。名前を聞いておこう」
「俺はこのダンジョンの調査を依頼されたS級冒険者、真鍮の守り盾のリーダー・ルベルカだ」
「ルベルカさんか、覚えておこう。せっかくここまで来たのだ、私が作ったアイテムを持っていかないか? 全て貴重価値がある物ばかりだぞ」
「呪われたアイテムなど欲しい訳がないだろ」
「そうか、それは残念だ。それでは私のアイテムの餌食になって貰おうか」
サクゾーが右手を開くと黒い鎧が、左手を開くと黒い盾が姿を現して空中に浮かんだ。
「ここは仕事を請け負っている俺達が戦う、タカヒロ達は下がっていろ」
ルベルカさんがメンバーに合図を送ると、前衛と後衛のフォーメーションに移った。
ルベルカさんは動く鎧を止めるために盾を構え、ファブリオさんは黒い盾を壊すために剣を構え、ゾッタさんとエルミナさんはそれぞれ魔法の詠唱を始め、ダルさんは敵の弱点を探すために俯瞰出来る場所に移動している。
「S級冒険者を餌にすれば、私のアイテムがさらに強くなるだろうな」
サクゾーが右手を動かすと、鎧がルベルカさんの盾とぶつかって激しい音を立てた。
「そんな鈍らで、私のアイテムにキズがつけられと思っているのかい」
薄笑いを浮かべるサクゾーが左手を動かすと、ファブリオさんの剣と宙に浮いた黒い盾が打ち合いを始めた。
「聖なる光よ、我が仲間に力を。フィジカルアップ!」
エルミナさんはルベルカさんに続いてファブリオさんにも、身体強化の魔法を掛けている。
「炎よ、我が敵を破壊せよ、フレームボム!」
ゾッタさんが杖を掲げると火の玉が鎧に命中して、次々と破裂して炎の火柱を上げる。
「アイテムを動かしている貴様は無防備じゃないか」
ダルさんがサクゾーに向けて数本のクナイを投げた。
「それはどうかな」
何もしていないのに、クナイはサクゾーの足元に落ちた。
「魔力バリアか?」
「私の作ったアイテムにキズをつけるとは、流石はS級冒険者だ。そろそろお遊びは終わりにしましょうか」
サクゾーが右手を胸に当てると焼け焦げた鎧が体にフィットし、左手に収まったキズがついた盾と共に黒光りして完全復元した。
「リーダー」
ゾッタさんが最後の魔法を使う承諾を求めた。
小さく頷いたルベルカさんは詠唱時間を稼ぐために、盾を構えて突っ込んでいった。
「俺も行くぞ! 瞬足!、乱れ切り!、斬鉄!」
最後の力を使ってスキルを発動させるファブリオさんが、目にも止まらない速さで斬りつけていった。
ルベルカさんのタックルを左の盾で跳ね返したサクゾーは、一瞬にして右手に剣を握るとファブリオさんのロングソードを叩き折った。
「炎よ、我が敵を包み込み、全てを焼き尽くし灰とかせ。フレームストーム!」
ゾッタさんが杖を掲げると、炎の嵐が渦巻きサクゾーを包み込んだ。
炎は天井にまで達して、離れて見ている僕も身が焦げるほどの熱さを感じた。
「適度に体が温まって気持ちがいいぞ」
兜を被ったサクゾーが炎の中から出てきた。
「今度は私の番だな」
サクゾーが剣を一振りすると突風が吹き、ルベルカさんとファブリオさんが壁に激突した。
「危ない!」
ダルさんは飛ばされるゾッタさんを抱き留めて、壁に背中を打ちつけた。
「みんな!」
足が震えるエルミナさんは動けなくなっている。
「それでは、アイテムの糧となって貰いましょうか」
兜を外したサクゾーは、勝ち誇った笑みを浮かべている。
「その前に僕達の相手もして貰えるかな、魔人サクゾーさん」
純白の鎧に身を包んだミリアナさんと並んで6ページ目にサインを入れると、抵抗できないエルミナさんに近づくサクゾーが吹き飛んだ。
「邪魔をするなら、あなた達も殺しますよ」
「下がっていろと言われましたが、友が殺されるのを黙って見ている訳にはいきませんからね」
「そうか、では相手をしよう」
「いくわよ!」
一瞬で間合いを詰めたミリアナさんの大剣と、サクゾーの剣がぶつかって火花が散った。
「その大剣はアダマンタイトですね、女だてらにそれを使いこなすとは大したものだ。それにその鎧、私の剣でキズがつかないとは、何で出来ているのですかね?」
「そんな事、教える訳がないでしょ」
「そうですか、では倒してから調べさせて貰おう」
「出来るかしら」
ミリアナさんとサクゾーは会話をしながら剣を交えている。
「嘘だろ、動きが見えないぞ!」
真鍮の守り盾のメンバーには、火花だけしか見えていないようだ。
「スロウよ、二人の動きが見えているか?」
「見えているぞ、主よ」
「そうか、僕に攻撃が飛んで来たら守ってくれよ」
「任せておけ」
スロウは僕の前に立って斧を構えている。
「奴の動きを止めない事には、ミリアナに勝ち目がなさそうだな」
ミリアナさんとサクゾーの動きが捉えられなくなってきている僕は、14ページ目に11時59分45秒の時計を描くと、13ページ目を開いて耳の絵を描いた。
「やっと捉えたぞ」
五線譜に表れた音符に×点を書いてサインを入れた。ミリアナさんの足音は把握しているので、間違える筈はないのだ。
「何をした?」
急に足が動かなくなったサクゾーは僕を睨みながらも、ミリアナさんの大剣を辛うじて盾で受け止めた。
「終わりね。スキル斬鉄!」
ミリアナさんは大剣を横なぎに払った。
サクゾーの体が吹っ飛び、壁に激しくぶつかった。
「ううっ……」
呻き声を漏らしながら立ち上がったサクゾーの鎧は横腹が凹み、盾には大きなヒビが入っている。
「しぶといわね。縮……」
サクゾーに止めをさそうとしたミリアナさんが、呪いの盾の爆発で吹き飛ばされた。
「待て! ミリアナ。離れろ!」
14ページ目にサインを入れて時を戻すと、ミリアナさんに近づいて純白の鎧に手をかけた。
「タカヒロとやら、面白い魔法を使うな。貴様とはまた会う事になりそうだな」
歪んだ笑みを浮かべるサクゾーの鎧が、真っ赤に燃え始めた。
「皆、僕に掴まって」
ミリアナさんに抱き上げられて縮地で五人の傍に移動すると、用意しておいた7ページ目にサインを入れた。
古代龍のダンジョンが爆発して崩壊したのは、僕達が入り口近くの森に転移したのと同時だった。
「何があったのだ?」
砂埃を上げて崩れていくダンジョンを見詰めるルベルカさん達は、呆然としている。
「魔人サクゾーは自分が作ったアイテムを爆発させて、あの場を脱出したのだと思います」
「俺達はどうしてここにいるのだ?」
「それはですね」
「詳しくは聞かなくていい。助けてくれて、ありがとうな」
ルベルカさんが僕の手を強く握りしめた。
「礼なんかいいですよ」
ルベルカさんの力強さに顔をしかめた。
「どうだ、馬はいたか?」
「ダメだ、リーダー。爆発音に驚いて逃げてしまったようだ」
「救援部隊と調査部隊を早急に派遣して貰わなければならないが、歩いて戻るとなると大変だぞ」
ルベルカさんは苦悶の表情を浮かべている。
「そんな事、心配いらないわ。それよりお疲れでしょ、お水でもいかがですか?」
コップと水の入ったピッチャーを持ったミリアナさんが、真鍮の守り盾のメンバーを回った。
「ミリアナ」
「何?」
「いや、何でもない。ありがとう」
「僕にも水を一杯くれないか」
石の上に腰を下ろして絵を描いていた僕は、五人の熱い視線に気が付かなかった。
「準備が出来たの?」
「出来たよ。ギルドに戻ろうか」
7ページ目にギルドマスターの職務室を描くと、冷たい水で喉を潤した。
「戻ったか。聞いてはいたが、突然現れると驚くな」
カーターさんは椅子を倒して立ち上がっている。
「驚いたのは俺達もですよ」
真鍮の守り盾の五人も目を丸くしている。
「君達が一緒だと言う事は、古代龍のダンジョンで何かあったな」
「はい。大事件が起こりました」
「聞かせて貰おう。まずは座りたまえ」
冷静を装うカーターさんはマルシカさんを呼んだ。
「お話しをする前に、古代龍のダンジョンが崩壊しましたので、大至急救援部隊と調査部隊を編成して下さい」
ルベルカさんが早口になっている。
「マルシカ、緊急依頼の告知だ。報酬はいつもの調査依頼の三倍で、求人はB級以上の冒険者を無制限だ」
「分かりました」
部屋に入ってきたマルシカさんは、踵を返すと出ていた。
「早速、聞かせて貰おうか」
「分かりました」
ルベルカさんは呪われたアイテムの事から、魔人サクゾーとの戦いまでを詳しく話した。
テーブルには僕がアイテムボックスから取り出した、ロングソードと両刃の斧が並んでいる。
「そうか、魔人が現れたか」
カーターさんは腕組みをして、目を閉じてしまった。
「どうかされたのですか?」
「王都のギルドからの報告では、北の大陸で魔王が誕生したそうなのだ」
「魔王ですか」
「これはマダラン国のアラーム大司教が、全世界に通達されたものだから間違いない事なのだ。それと同時に勇者が召喚された事も伝わってきている」
「そうですか」
「驚かないのだな」
「タカヒロから話しを聞いていますから」
「そうか」
カーターさんは黙ってしまった。
「まだ何かあるのですか?」
「うん。これは強制ではないから自由にすればいい事なのだが、全世界のS級冒険者は勇者との合流が求められているのだ」
「勇者と一緒に魔王と戦うと言う事ですか?」
「そう言う事だな。報酬は桁外れの額が国から支給されるそうだ」
カーターさんは乗り気ではない口調だ。
「俺達では魔人サクゾーでさえ手も足も出なかったからな。タカヒロ達はどうするのだ?」
「僕達はB級とC級ですよ、お呼びじゃないですよ」
僕は笑って手を振った。
「俺達より強いお前達がなぜB級とC級なのだ。おかしいだろうが」
ファブリオさんがむきになっている。
「必要ならすぐにでもS級に認定するぞ」
「必要ありません。僕が勇者様に会いに行くのは、ポーターとして使って貰うためですから」
「ポーターって、まだそんな事を言っているのか? ミリアナはそれでいいのか?」
顔を真っ赤にしたファブリオさんが、立ち上がって唾を飛ばしている。
「先ほども言ったでしょ。私は何があってもタカヒロを守るだけ。それに、タカヒロの目的は魔王を倒す事ではなく、変革を起こす事だから」
「皆さんでしたら、もっと強くなって勇者様の片腕になれますよ」
「すまなかった、我々が口を出す事ではなかったな。今日はありがとう、また会おうではないか。マスター、返事は後日させて貰います」
真顔になったルベルカさんは仲間を促して立ち上がると、僕達に握手を求めた。
「こちらこそ、ありがとうございました」
真鍮の守り盾の皆さんに頭を下げた。
「僕達もこれで失礼します」
「待ちたまえ。これを持って行ってくれないか?」
職務室を出ようとした僕達を、カーターさんが呼び止めた。
「それは調査に必要ではありませんか?」
「呪われたアイテムは眠った魔物以上に危険だから、君に預かって貰いたいのだよ」
「分かりました、お預かりしておきます」
斧はスロウの武器になるので預かる事にして、ロングソードと共にアイテムボックスに収納すると、『夕焼け亭』に向かった。