表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/101

新たな鼓動


 ロンデニオに戻って五日、僕は絵を描くことで憂鬱な気分を紛らわせいた。

 変革の糸口も掴めず、自分の所為で勇者が負けると言う最悪の結末を迎えるかもしれないのだ。

 スケッチブックの14ページ目と15ページ目が解放されているが、検証する気力も湧いてこなかった。

「タカヒロ、少し出かけない?」

 ミリアナさんは元気のない僕を心配してくれていた。

「そうだね。食料品を買い足しておきたいから、街に行こうか」

「食料品?」

「旅に出ようと思っているのだ」

「どこへ行くの?」

「王都で魔導士のおばあさんに本を返したら、古代龍のダンジョンを探索に行こうと思っているのだ」

「私はいつでも準備が出来ているわよ」

「今度こそ、帰ってこられないかもしれないよ」

 何が出来るか分からないが、勇者と会う覚悟を決めていた。

 ミリアナさんは小さく頷いただけで、何も言わなかった。

「タカヒロ、街にハチミツは売っているのか?」

「イフリート、どうした急に。売っているが、ハチミツがどうかしたか?」

「妖精は主の魔力があれば生きていけるが、たまにはオヤツが食べたくなるのだよ」

「ハチミツがオヤツなのか?」

「うん。ハチミツ大好き」

 クレアさんが肩の上ではしゃいでいる。

「分かった、ハチミツも買ってやるよ」

「少し元気になったようね」

 僕の笑顔にミリアナさんが微笑んでいる。

「街へは、着替えてから行こうか」

 革鎧を脱いで下着姿になると、アイテムボックスから赤いマントを取り出して羽織った。

「何、やっているの。マントを羽織っただけって、変質者じゃない」

 ミリアナさんは美貌を真っ赤に染めている。

「そう思うだろ」

 僕がニコっと笑うと、マントが一般的な人が着ている作業服に変わった。

「凄い!」

「どんな服にも変わるのだよ」

 マントは一瞬に高校生が着ているブレザーに変わった。

「それって、学校の制服?」

「そう。自分がイメージできる格好なら、どんな格好にでもなれるのだよ」

 王様が着ている豪華な装いになって見せた。

「これが、思考適性と言う訳なのね」

「そう。着たい服をイメージしながら少し魔力を流すだけで、あとは元に戻るのをイメージするまで魔力も必要がないのだ」

 初めに着ていた革の服をイメージして、冒険者風の姿になった。

「普段着として使える訳ね」

「白いマントのように能力補正はないけれど、省エネで使い勝手がいいマントだろ」

 アイテムボックスからもう一枚赤いマントを取り出すと、ミリアナさんに渡した。

「私も着替えるの?」

「ギルドの時のように、色んな冒険者から声を掛けられると厄介だろ。それに、防御力も剣ではキズつかないし、汚れもつかない優れ物なのだよ」

「たしかに便利ね、着替えてくるわ」

 ミリアナさんはマントを受け取ると部屋を出ていった。

「お待たせ」

 戻ってきたミリアナさんは、スカートを穿いた街娘の装いに変わっていた。

「似合っているよ。それで大剣を持っていなければ、冒険者から誘いの声を掛けられる事はないと思うよ」

「剣を持っていないと心許ないわね」

「僕が預かっておくよ」

 オシリスとアダマンタイトの大剣をアイテムボックスに収納すると、作業服姿に装いを変えた。


 古代龍のダンジョンにもっとも近い街として、ロンデニオは賑わっていた。

「値段が高いし、品物が少ないわね」

 冒険者が買い漁っていくので、食品もアイテムも異常に値上がりしていた。

「王都に行けば品数も揃うだろうから、今は必要な物だけを買っていこう」

「ハチミツを忘れないでくれよ」

「分かっているよ」

 僕達が歩いていても冒険者からの誘いはなかったが、すれ違う男達が振り返ってミリアナさんを見詰めている。

「お嬢さん、私と付き合って下さい」

 一人の騎士がミリアナさんの前で片膝をついて、右手を差し出してきた。

「あんた、誰?」

 ミリアナさんの声は冷たい。

「私はこの街の警備隊長を務めていますクリス・アーモンドと申します」

「見かけない顔だけど、あんた強いの?」

「ミリアナ、街娘だと言うこと忘れているよ」

 服の裾を引っ張って注意を促した。

「私はいずれ王都に戻って連隊の隊長に就任します」

 鎧の騎士はミリアナさんに恭しく頭を下げている。

「そう、だったら連隊長になったら出直してくるのね。行きましょう」

 人だかりが出来た中で、ミリアナさんは僕の手を掴んで引っ張った。

「待て! 若造。私と勝負をしろ」

 引っ込みがつかなくなった騎士は、僕に勝負を挑んできた。

「どうして僕が?」

「そちらの美しい女性に、私と君のどちらが相応しかを見て貰うのだよ」

 立ち上がった騎士は剣の柄に手をかけている。

「タカヒロ、こんな人、ほっておいて行きましょう」

「男なら挑まれた挑戦から逃げたりしないよな」

 騎士は勝ち誇ったような薄笑いを浮かべている。


「おおい! タカヒロ? タカヒロだろ!」

 人混みの中から大きな声が響いてきた。

「グランベルさん?」

 銀色の鎧を着た男が近づいてきた。

「何だその格好は、冒険者をやめちまったのか?」

「本当にタカヒロさん、少しも変っていないわね」

 大男のライフさんと、美女のゼリアさんに続いて、

「ミリアナさんもお元気そうで何よりです」

 優男のカインさんが人混みから出てきた。

「何だね君達は、これから大事なところなのだから邪魔をしないで貰いたいな」

「クリス隊長、俺達の事を知らないのですか? 冒険者の悠然の強者ですよ」

「A級冒険者だろ、勿論知っているよ」

「それはよかった。こいつと決闘をしようとしているのなら、止めた方がいいぞ。こいつはリーダーより遥かに強いからな」

「ライフさん、痛いですよ」

 大きな手で肩を叩かれた僕は顔を歪めた。

「冗談はよしたまえ、それほど強ければ私が知らない訳がないだろ」

「クリス隊長が知らないのも無理はありませんよ、我々も会うのは五年ぶりですから。なぁ、タカヒロ」

 グランベルさんが懐かしそうに僕達を見ている。

「私の師匠のタカヒロさんは、真鍮の守り盾のルベルカさんより強いのだからね」

 なぜだかよく分からないが、ゼリアさんが胸を張っている。

「ルベルカより強い男がこの街にいる筈がないだろ」

 クリス隊長は頬を引き攣らせて、作り笑いを浮かべている。

「俺なら絶対にミリアナには声を掛けないな、なぜなら俺より強い剣豪だからな」

 グランベルさんは、今にも逃げだしそうなクリス隊長を見て笑っている。

「乙女を捕まえて化け物みたいに言わないで」

 ミリアナさんが声を低くした。

「冗談です、はい、すみません」

 グランベルさんは慌ててミリアナさんに謝った。

「街の中で騒ぎを起こすなよ」

 分が悪くなったクリス隊長は、逃げるように人混みに紛れていった。

「どっちがだよ」

「皆さん、お久しぶりです。声を掛けていただいて助かりました」

 僕は改めて挨拶をした。

「いや、本当に久しぶりだな。また会えて嬉しいよ」

「お二人とも、あの頃と少しも変っておられませんね」

 丁寧な言葉遣いになっているゼリアさんが、羨ましそうにミリアナさんを見詰めている。

「A級になられたのですね、おめでとうございます」

「俺達もだが真鍮の守り盾の皆も、君に追いつこうと鍛錬に励んだからね」

「古代龍のダンジョンでの戦いは、今でも忘れられませんよ」

 カインさんが興奮気味に言った。

「今までどこに行っていたのだ、聞かせてくれよ」

 ライフさんが馴れ馴れしく肩を抱いてきた。

「構いませんよ」

「仕事が先だぞ」

 グランベルさんが釘を刺した。

「どこかに行かれるのですか?」

「近くの村に出た魔物退治を請け負っているのだ、二、三日は掛かるだろうな」

「そうですか、僕達も明日には王都に向かいますので、戻ったらゆっくりとお話しをしましょう」

「王都だと七日は掛かるな。夜はいつも『夕焼け亭』にいるから戻ったら声を掛けてくれ」

「分かりました、お気をつけて」

「お互いにな」

 悠然の強者の一行は手を振りながら去っていった。

「タカヒロ」

「どうした?」

「王都って、そんなに遠いのか?」

「以前の僕達だったら馬を使っても往復するのに七日ぐらいは掛かったが、今なら日帰りも不可能ではないのだが古代龍のダンジョンにも行くからな」

「タカヒロ。大きな声で独り言を言っていると思って、周りの人が変な顔をしているわよ」

 ミリアナさんが、イフリート君と会話する僕に注意を促した。

「そっかぁ。フェアリーワールドでのクセが出てしまった」

 ばつの悪さを感じる僕は、ミリアナさんと小走りでその場を離れて、買い物を済ませるために店を回った。



 --------------------


 氷に閉ざされた北の大陸で魔王が誕生した事。

 マダラン国の秘儀によって勇者が召喚された事。

 それら新たな動きが、神界にもっとも近いとされているマダラン国のアラーム大司教によって全世界に通達されたのは、タカヒロ達がロンデニオに戻って十日あまりが過ぎた頃だった。


 --------------------


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ