五年も経っている?
久し振りに見るロンデニオの街に変わりはなかったが、門番の兵士が変わっていた。
「身分を証明する物はあるか?」
厳つい顔をした番兵が声を掛けてきた。
「ご苦労様です」
僕は首にかけていたプレートを渡した。
「冒険者か。そっちの女は?」
「私も冒険者よ!」
怖い顔をしたミリアナさんがプレートを渡した。
「よし。通っていいぞ」
番兵はミリアナさんの顔を知らないようだ。
「愛想のない兵士だったわね」
「仕事だから仕方がないさ。いつも立っていた兵士はどうしたのだろうね?」
顔見知りになった番兵さんの事が気になった。
「人事異動でもあったのでしょう」
ロンデニオの街では少しは名の売れている自分を、番兵が知らなかった事でミリアナさんは少々不機嫌になっている。
「半年ぶりだから、街も少し変わっているようだね」
苦笑いを浮かべる僕は、辺りを見渡して場を濁した。
「まずはギルドに行きましょう」
ミリアナさんは少し早足になった。
街には冒険者風の人種が増えていて、空気が何となくとげとげしくなっている。
冒険者ギルドも人だかりが出来ていて、僕達も列に並ばなければ受付に行けない状況だった。
「知らない顔ばかりね」
「確かに。僕は元々あまり知った人はいなかったけどね」
初めてギルドに来た日を思い出すと、周りの威圧感に身を縮めた。
「見かけない顔だな、他所から来たのか? よかったら俺達のパーティーに入らないか、悪いようにはしないぜ」
近くにいた戦士風の男が、ミリアナさんに声を掛けてきた。
「私達を無双のデッサンと知って誘ってきているの?」
ミリアナさんが男を睨みつけた。
「無双のデッサン。何だそれ、そんな名前聞いた事ないよな!」
戦士風の男は、周りの同意を求めるように大きな声を出した。
「ああ。聞いた事ないぜ」
周りから嘲笑する声が上がった。
「あんた達は何て名前なのよ?」
不機嫌なミリアナさんが男に食ってかかった。
「A級冒険者の灼熱のソールを知らないとは、潜りの冒険者だな!」
ギルド内に高笑いが響き渡った。
騒ぎを聞きつけて女性が駆け寄ってきた。
「タカヒロさん、ミリアナさん、お帰りなさい。ギルドマスターが首を長くしてお待ちでしたよ」
この世界ではお馴染みのヘソ出しルック姿の美女が、僕達に深々と頭を下げた。
「マルシカさん、ただいま戻りました」
年齢不詳の美人に頭を下げた。
「マルシカさん、ただいま。師匠は元気にしていますか?」
ミリアナさんは離れていても、カーターさんの事を気にかけていたようだ。
「お元気ですよ。こちらにどうぞ」
マルシカさんは長い行列を無視して、受付の奥にあるドアを開けた。
「あの二人は何者なのだ?」
ギルド内に巻き起こる囁きを聞きながら、僕達は二階へ上がっていった。
「マスター。タカヒロさんとミリアナさんをお連れしました」
「入れ!」
「失礼します」
「よく無事に戻ってくれた。この五年、ずいぶんと心配をしたのだぞ」
ミリアナさんを見詰める厳つい顔の目が潤んでいる。
「五年ですか?」
涙の再会の場面を壊すように、僕は驚きの大声を出した。
「君達が古代龍のダンジョンンから消えて、五年が経っているではないか? そうだなマルシカ」
「はい、間違いありません」
マルシカさんが大きく頷いている。
僕とミリアナさんは顔を見合わせた。頭の中にはハテナマークが浮かび上がっている。
「腑に落ちんような顔をしているが、どうしたのだ?」
「僕達がこの街を離れて、まだ半年しか経っていない筈なのですが?」
「そうなのか? 確かに見た目、変わっていないように見えるな」
僕達を見詰めるカーターさんが首を傾げている。
「お二人とも、五年前と少しも変わっておられませんね」
マルシカさんも僕達を見詰めて首を傾げている。
「詳しい話しを聞かせて貰おう、座りたまえ。マルシカ、飲み物を」
事務机から離れたカーターさんは、ソファーを勧めると自分も腰を下ろした。
「飲み物でしたら、タカヒロさんにお願いしたほうが。私も久し振りに美味し水が飲みたいですわ」
マルシカさんが微笑み掛けてきた。
「はい、悦んで」
美人に見詰められて緊張しながら、アイテムボックスからガラスコップとガラスピッチャーを取り出した。
人前で4ページ目に蛇口を描いて水を出すのは、久し振りだった。
コップを配りピッチャーに汲んだ水を注いで回ると、ガラスの表面に水滴が浮かんだ。
「冷たくて美味しいわ」
「ジュースでも出せばいいのに、進歩がないわね」
マルシカさんの笑顔に顔を赤らめている僕を見ても、ミリアナさんは声を低くする事はなかった。
「早速だが、話を聞かせてくれるか」
カーターさんは落ち着かないようだ。
「今日までの事をお話しする前に、聞いておきたい事があるのですが?」
「何だ」
「街に冒険者が増えている理由と、勇者と魔王が現れたかどうかと言う事です」
半年と五年の食い違いもそうだが、ロンデニオに漂うとげとげしい空気に嫌な予感が拭えなかった。
「冒険者が増えているのは魔物が増えている事と、古代龍のダンジョンで新たなアイテムが次々と発見されているからだよ。それと、勇者も魔王も現れたと言う情報はどこからも入っていないぞ」
カーターさんも深刻そうな表情をしている。
「魔物が増えて、新しいアイテムの発見が続いていますか。魔物はいつ頃から増えていますか?」
フェアリーワールドで祠の封印が解かれた事と関係があるのではないかと考えた。
「そうだな。古代龍のダンジョンが出現してから増え続けてはいるが、特にここ三ヶ月ぐらいで強い魔物が急増したな」
カーターさんはマルシカさんに確認するように喋っている。
(三ヶ月前か。祠の封印が解かれて十日近く経っているから、人間界では約十倍の速さで時間が流れている訳か)
僕は時間の食い違いを漠然とだが理解した。
「そうですか。僕達が半年間で見てきた事、聞いてきた事をお話しします」
「聞かせて貰おう」
ガラスコップをテーブルに戻したカーターさんが、身を乗り出してきた。
ノートを手にしたマルシカさんは、全てを書き留めようと真剣な表情になっている。
僕は古代龍のダンジョンから転移したアニマルワールドでの出来事から、フェアリーワールドから戻ってくるまでの事を全て話した。
「まるで子供の頃に聞いたお伽噺の世界だな」
ソファーに凭れかかったカーターさんは、天井を見上げている。
「その妖精さんは、今どこにいるの?」
マルシカさんは大きな瞳を輝かせている。
「僕の両肩に乗っていますが、見えませんか?」
「え~? ミリアナさんには見えるのですか?」
目を擦るマルシカさんが首を傾げている。
「羽根のある小人が見えていますけど、マルシカさんには……」
「何も見えないわ。マスターには見えますか?」
マルシカさんに声を掛けられたカーターさんは、首を横に振っている。
「タカヒロ、魔剣オシリスを見せてくれないか?」
「抜刀しないとお見せ出来ないのですが、構いませんか?」
「構わないとも」
「では。出てこいオシリス」
両手を突き出して構えると、背中の大剣が手に握られた。
「これが魔剣オシリスか?」
カーターさんはテーブルに置いた大剣を、真剣な表情で見ている。
「はい。オシリスとは色々とありましたが、今は僕の眷属です」
「そうか。新しい魔法も習得したようだが、それは次の機会に見せて貰おう。疲れただろうから家で休むとよい、メイドにはいつ帰ってきても迎え入れるように言ってあるから心配ない」
「ありがとうございます。でも、宿を取りますので大丈夫です」
堅苦しいのは苦手なので辞退しようとした。
「今は、宿屋はどこも満室よ」
マルシカさんが小さく首を振っている。
「そうですか」
冒険者がこれだけ増えていると仕方がないだろと、カーターさんの好意を受け入れるしかなかった。
「このあと人と会うので、話しの続きは家で聞こう」
一層深刻な表情になったカーターさんは、事務机に戻った。
「では、失礼します」
冒険者ギルドを後にすると重い足取りで、ミリアナさんとカーターさんの屋敷に向かった。