失意の帰還
「どうした暗い顔をして、無事に帰ってきたと言う事は敵を倒したのだろ?」
広間に戻ると火龍様が声を掛けてきた。
僕は小さく首を振り、ミリアナさんは深く項垂れてしまっている。
「何があったのだ? 話してみろ」
「僕の所為で、魔石の封印が解かれてしまいました」
「どう言う事だ、詳しく話してみろ」
火龍様に迫られて、祠での戦いを語った。
「そうか。魔人ダングは、自分を倒しにくる強い相手を待っていたと言う訳か」
「僕はどうすればいいのでしょうか?」
「タカヒロが気に病む事でもないだろう。もしも君が祠に行かなければ、ダングは別の魔人を呼び寄せるかして封印を解いていただろうからな」
「でも、僕が魔人に手を貸してしまったのは確かですから」
(勇者が魔王に負けたら、変革どころではなくなってしまうだろうな)
僕は立ち直れない自分がいるのを感じていた。
「あそこに封印されていた負のエネルギーは、元々は人間が持っていたものだ。元に戻っただけだから気にする事はないだろうよ」
「しかし、あれはこの世界を守るために神様が封印なさったものなのでしょ?」
「確かに人間の数々の悪行によって世界が崩壊しかけた時に封印なさったものだが、その後の世界に神様は満足されていないと聞いている。タカヒロは何をしにフェアリーワールドにやってきたのだい?」
「それは……。古代龍様に導かれて変革を起こすためです」
暫く考え込んで答えた。
「変革はどうすれば起こるのかね? 変革が起これば世界はどう変わるのかね?」
火龍様は難問をぶつけてくる。
「分かりません」
「そうか。ならば結果がどうであれ、君が行う事はすべて変革に繋がっていると儂は思うのだが、間違っているかな」
「僕の行いの全てがですか?」
「君には望む世界があるのだろ。古代龍様が導いたのであれば間違いないだろう、君は君の思う道を進めばいい」
「僕の思う道ですか? 誰も変革への道を示してはくれないのですね」
(今、出来る事は、勇者と魔王との戦いを見届けることかな)
何も出来ない僕は思い悩んだ。
「タカヒロ、大丈夫?」
ミリアナさんが思い詰めている僕を、じっと見守っていてくれる。
「ありがとう。大丈夫だよ」
「これからどうするの?」
「人間界に戻って勇者と魔王との戦いを見届けることが、僕の責任のような気がするのだよ」
「私はタカヒロが起こす変革を見届けるわ」
「じゃ、帰ろうか」
「吹っ切れたようだな」
火龍様が僕達を温かく見詰めている。
「はい。ところで、フェアリーワールドで古代龍様ともっとも関わりが深い場所はどこでしょうか?」
何が出来るか分からなかったが、この世界の行く末を見届ける決心をした。
「それはここだろうな。儂もクリスタルも古代龍様に仕えているのだからな」
「そうでしたか、失礼しました」
「それがどうかしたか?」
「古代龍様と関係のある場所だと思念が届くのですが、今回はまったく反応がないのです」
スケッチブックを開いてみたり、鱗の盾を手にしてみたりしたが、何も変わった事は起こらなかった。
「フェアリーワールドの事はすべて儂らに任されているから、古代龍様は何も言ってこないのだろう。用があるのなら儂が変わりに聞くが?」
「ありがとうございます。僕達を人間界に送って頂きたいのですが?」
「容易い事だ。今すぐに帰るのか?」
「いいえ。やり残した事がありますので、それが終わりましたらお願いします」
「分かった、いつでも声を掛けるがよい」
「ありがとうございます。それでは後ほどお声がけさせて貰います」
火龍様とクリスタルドラゴン様に一礼すると、スケッチブックを開いた。
ドワーフ国とエルフ国へ行って報告と別れを告げた僕達は、妖精の森に向かった。
「お帰りなさい」
妖精の森は変わりなく穏やかで、皆が明るい笑顔で迎えてくれた。
「イフリートとクレアのお陰で無事に戻ってくる事が出来ました」
ウンディーネさん達に深く頭を下げた。勇者が敗北したらこの穏やかな森はどうなるのだろう考えると、胸が苦しくなった。
「二人と契約して無事に帰ってくるなんて、タカヒロの魔力は凄いのね」
シルフさんは、肩の上に乗っているイフリート君とクレアさんを羨ましそうに見ている。
「タカヒロは本当に凄いのだぞ。俺達だけではなく魔剣オシリスも眷属にしちまったのだから」
祠での戦いの顛末をイフリート君は、自分の手柄のように話している。
「オシリスって、子供達を道具に使ったあのオシリス?」
ウンディーネさん達の表情が険しくなった。
「はい、あのオシリスです。皆さんのお怒りは分かるのですが、僕には魔剣オシリスの力が必要だったのです。そしてこれからも」
怒りの矛先を受け入れる覚悟で、妖精達に頭を下げた。
「タカヒロが謝る事ではないでしょう。祠の封印が解かれたとなると、この世界は再び混沌とかすでしょう」
「タカヒロ、オシリスの力を使ってでもこの世界を救ってください」
ウンディーネさんとシルフさんが、真剣な眼差しをしている。
「ありがとうございます。全力で頑張ってみます」
感謝の気持ちを込めて、再度深く頭を下げた。
「タカヒロ、行きましょうか」
「ああ、そうだな。そうだ、イフリートとクレアの契約を解除しないと」
両肩を見ると、二人は唖然とした顔をしている。
「俺はついていくぞ! 一度契約をしたら死ぬまで解除できないのだからな」
「そうなのか?」
「嘘よ、両者の合意があれば解除できるわ。でも私もついていくからね」
肩の上で二人が騒いでいる。
「これから行くところは人間界だぞ。妖精は人間とは関わりたくなかったのじゃないのか?」
「確かに人間に対して偏見を持っていたが、タカヒロと出会って見方が変わったのだよ」
「私も、タカヒロもミリアナも大好き」
「こんな事を言っていますが、いいのですか?」
ウンディーネさんに視線を向けた。
「一度契約を結ばれてしまうと、両者の合意がなければ解約できませんから」
ウンディーネさんが困った表情をしている。
「イフリート、クレア。ついていくのなら、二人をしっかり守りなさいよ」
シルフさんは寂しそうな表情をしている。
「いい知らせを持って帰ってくるよ」
「行ってきます」
イフリート君とクレアさんは仲間達に手を振っている。
「仕方がない。行こうか」
妖精達に見送られながら、火龍城の広間を描いた7ページ目にサインを入れた。
「準備が整ったようだな」
「はい」
「これは儂からの贈り物だ。受け取ってくれ」
「これは?」
「儂の鱗を使ってクリスタルが作ったマントだ。もう分かっていると思うが白いマントに職業適性があるように、この赤いマントには思考適性があるのだ。使い方は自分で見つけ出すのだな」
火龍様は、これ以上は教えられないと言うように語尾を強めた。
「思考適性ですか。ありがとうございます」
受け取った二枚のマントをアイテムボックスに入れた。取説がないのは分かっている、思考適性があると教えて貰っただけラッキーなのだ。
「君とはまた会う事になるだろう。しっかり試練を積んで、立派なか……」
隣にいるクリスタルドラゴン様にお尻を抓られた火龍様は、何かを言おうとして言葉を呑み込んでしまった。
「はい、何でしょうか?」
「いや、次に会うときはさらに強くなっている事を期待しているよ」
火龍様は何故か自分の言葉に頷きながら喋っている。
「はい。頑張ります」
僕は腑に落ちないながらも、軽く頭を下げるしかなかった。
「ところで、人間界のどこへ送ればいいのかな?」
「アスラン王国の、ロンデニオの街の近くにお願いいたします」
「分かった。送るぞ」
火龍様が右手を翳してきた。
クリスタルドラゴン様が恭しく頭を下げているのを見たのを最後に、僕達は眩しい光りに包まれた。
第三章 完結。