南の祠 その5
祠の前に転移した僕達は下層に下りていった。
「この奥にケルベロスがいる。アテーナを呼び出そうか?」
「私に戦わせて。何とかなりそうな気がするの」
「分かった。このマントを身に着けて戦ってくれるかな」
「これはクリスタルドラゴン様から頂いマントね」
「このマントの能力の一部が分ったのだ」
スケッチブックの表紙を捲ると、クリスタルドラゴンのマントの項目をクリックした。
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クリスタルドラゴンのマント 素材 クリスタルドラゴンの鱗
能力 装着者の職業によって変形する
装着者のすべての能力値を30%アップ
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「職業によって変形ってどう言う事かしら?」
「アテーナの時は鎧に変形していたから、戦うのに適した装備になるのじゃないかな」
「私の場合だと何になるのかしら」
「ミリアナは大剣使いだから、重装備の鎧じゃないかな。魔力を流してみな」
「やってみる」
マントを羽織ったミリアナさんが魔力を放出すると、純白の頑丈な鎧が体を包んでいった。
「重たくないかい?」
「マントと変わらないわ。これで能力値が30%アップするなんて、凄いわ」
「ケルベロスは動きが速いから気をつけて戦ってくれ」
「三体同時に倒す方法はあるの?」
「たぶん力を奪っていけば合体するだろうから、そこを狙うしかないだろうな」
「もし、合体しなかったら?」
「その時はアテーナに頼るしかないだろうな」
「分かったわ。やってみましょう」
「俺も戦うぞ」
「ああ。頼んだぞ」
イフリート君のために、アイテムボックスからスー〇ーマン型ゴーレムを取り出した。
「よし、行こうか」
僕もマントを羽織ると、オシリスを手元に呼び出した。
「タカヒロのマントは変形しないのね?」
「そうなのだよ。この世界には絵描き師と言う職業が存在しないのだろうな」
いつもの放置プレイに苦笑いを浮かべた。
扉を開けるとケルベロスが待ち構えていたように、低い唸り声を上げて突進してきた。
横跳びで体当たりを躱したミリアナさんは、一頭を薙ぎ払うと二頭目に向かって走り出した。
「イフリート、倒れた奴を焼き払うのだ!」
「任せな、フレームストーム!」
スー〇ーマン型ゴーレムから噴き出す炎の渦巻きが、傷を修復しようとしているケルベロスを包み込んで力を奪っていった。
身体能力が30%アップしているミリアナさんは、目にも止まらない速さで二頭の同時攻撃を躱し、大剣を軽々と振り回して修復が追いつかない傷をケルベロスに負わせいった。
オシリスに魔力を注ぎ込むと、来るべき一瞬を待っていた。三頭同時に倒すのは難しいが、合体した瞬間なら仕留められるはずだ。
ケルベロスの動きが鈍くなってきて、ミリアナさんの攻撃が確実に当たるようになってきた。すでに一頭は前足を失い、転がりながら攻撃を躱している状況になっている。
「消えたぞ!」
イフリート君の炎に包まれいたケルベロスの姿が掻き消えた。
「ウオー」
ミリアナさんが追い詰めていたケルベロスが遠吠えをすると体が倍に膨れ上がり、強靭さが増したのか大剣を弾き返した。
「ウオー」
合体を続けるケルベロスはさらに倍に巨大化して、頭が三つになった。
「スキル、斬鉄剣!」
俊敏な動きで敵を翻弄するミリアナさんが、横薙ぎに大剣を振った。
「グオーッ」
大剣を叩き落そうとした太い尻尾が半分に切れた。
「まだまだ、いくわよ」
ミリアナさんは高速で移動しながら、ケルベロスに傷を負わせていっている。
「ミリアナ、魔法がくるぞ!」
僕が叫ぶのと同時に、ケルベロスの周りに風が渦巻き、雷が光った。
ミリアナさんは一瞬で十メートル以上飛び下がって、電撃を避けていた。
(奴の動きを止めない事には、オシリスが使えないな)
13ページ目に耳の絵を描いてサインをいれると、ケルベロスの足音に意識を集中させた。
目にも止まらない速さで動き回るミリアナさんは、巨大化したケルベロスと拮抗した戦いを続けている。
「出た!」
雷鳴の轟く中から拾い取った足音が、五線譜に音符となって表れた。
「ミリアナ、離れろ! 魔剣スラッシュ!」
音符に×点を書くと、叫びながら巨大化したオシリスを上段から振り抜いた。
限界まで膨れ上がった靄が凝縮されて鋭い刃なって、ケルベロスに向かって飛んでいった。
足音を消されたケルベロスは、足が動かないはずだ。
鋭い刃は吹き荒れる風を突き抜け、ケルベロスの前で弾けた。
「えええッ!」
攻撃が効かなかった事に驚いていると、ケルベロスを包み込んだ黒い靄は急速に縮み、そこに何もなかったかのように全てを消し去ってしまった。
「奴は不死身だ、例え体を切り刻んでも復活する。だから、暗黒の世界に送ってやったのだ」
オシリスがカタカタと笑うように音を立てている。
「先に言っておいてくれよ、失敗したかと思ったじゃないか」
「儂の力はこんなもんじゃないぞ。主の魔力が強ければ強いほど、儂も強くなるからな」
「これからも頼りにしているぞ」
「ああ。だがこの先には、儂でも勝てない魔人ダングがおるぞ」
「そうだ、まだいたのだな」
「タカヒロ、今の私ではこれ以上の力は出せないわ」
ミリアナさんは、セパレートの革鎧にマントを羽織った姿に戻っている。
「たしかに、今の僕達では魔人ダングに勝てないだろうな」
終わりの見えない戦いに、限界を感じずにはいられなかった。
「でもここで引き下がる訳にはいかないでしょ。赤い珠を出して」
ミリアナさんが右手を差し出してきた。
「それしかないようだな」
「アテーナでも勝てない時のために転移の準備をしておいてよ」
赤い珠を受け取ったミリアナさんは、すでに険しい表情になっている。
(最悪、ミリアナさんは僕だけでも逃がそうとするだろうな)
ミリアナさんの思い詰めた顔を見詰めると、小さく頷いて手を重ねた。
魔力を流し込むと、先ほど以上に手が熱くなってきた。
「強い想い、受け取ったわ」
ミリアナさんのマントが真っ赤なフルアーマーに変形して、表情が見えなくなってしまった。
「アテーナさん?」
「そうよ。必ずタカヒロを守ってみせるわ」
「さっきと様子が違うのだけど?」
「これが戦いの女神、アテーナの本当の姿よ」
「そうなのですか。ミリアナの体に傷をつけないで下さいよ」
「任せなさい」
アテーナさんがクスと笑ったようにみえた。
決意を決めて、負のエネルギーが封印されている魔石がある部屋の扉を開けた。
「ケルベロスを倒すとは、君、予想以上に強いのだね。だがもう少しで封印が解けるから、邪魔はさせないよ」
スーツのような白い服を着て、黒いマントを羽織った男が部屋の真ん中に立っていた。顔は人間に似ているが、頭には二本の角が生えていた。
「貴様が魔人ダングだな。封印を解かせはしないぞ」
「私の事を裏切り者のオシリスから聞いているのなら、私に刃向かっても無駄だと分かるだろ」
「やってみなければ分からないだろ」
「私が行くわ」
アテーナさんが床を蹴るのとほぼ同じに、刃が打ち合う音が響いた。
「なかなか早いではないか」
ダングはいつの間にかロングソードを手にして、大剣を受け止めている。
アテーナさんは剣先が見えない速さで大剣を扱っているが、すべてダングに見切られている。
「加勢するぜ」
イフリート君がフレームボムを飛ばした。
「何かしたかね」
ダングは火柱に包まれても平然としている。
「たしかに強いわね。だけど私はタカヒロを守って見せるわ」
距離を取ったアテーナさんが掲げた大剣が、眩しく輝きだした。
「ほおっ。それは魔を切る聖剣か? ならばこちらもそれなりにお相手をしよう」
ダングがロングソードを一振りすると、黒いオーラが刃に纏わりついた。
光る刃と黒い刃が激しくぶつかり空気が震え、空間が歪み始めている。
急ピッチで7ページ目にダングの姿を描くと、サインを入れた。すべての力を奪えなくても、アテーナさんが優勢に立てるはずだ。
「えええっ!」
力を奪っているはずなのに、アテーナさんが吹き飛ばされて壁に激突した。
「上手く描ているじゃないか」
「えええええっ!」
ダングに肩越しに絵を覗き込まれて、悲鳴に近い叫びを上げた。
「タカヒロから離れなさい!」
「危ない、危ない」
アテーナさんに斬りかかられたダングは、一瞬で魔石の前に戻ている。
「君の能力は絵を描いて敵を倒す事のようだが、本当の姿が分らないと力は発揮できないようだね」
「どう言う意味だ」
背中に張り付いた恐怖で声が震えた。
「今の私の姿は、仮の姿だと言う事だよ」
ダングが薄笑いを浮かべている。
「だから力が奪えないのか」
「ここまでやってきた努力を賞して、本当の姿を見せて上げよう」
ロングソードを消したダングが両腕を大きく広げると、体が三倍に膨れ、背中に禍々しい翼が生えた。
「サタン?」
仮面を剥いだダングの顔は、日本にいた時にテレビや映画で観た悪魔にそっくりだった。
「これが魔王様にお仕えする魔人ダングの真の姿だ、あの世の土産に目に焼きつけておくのだな」
「タカヒロ、危ない!」
ダングが翼を羽ばたかせると、アテーナさんが僕の前で両腕を広げた。
赤い鎧に数本の黒い羽根が、ナイフのように刺さっている。
「邪魔をするのなら、先に殺してやろう」
ダングが黒い翼を大きく広げた。
「オシリス、出て来い!」
大剣を握ると最大限の魔力を注ぎ込んだ。黒い靄が刃を三倍に膨らませている。
「主、止めろ、嫌な予感がする」
オシリスがカタカタと音を立てている。
「このままでは、ミリアナがやられてしまう」
「そんな鈍らで、私が倒せると思っているのかい?」
再びダングが翼を羽ばたかせると、無数の羽が風を切って飛んだ。
「ミリアナ! 魔剣スラッシュ!」
叫びながらオシリスを上段から振り下ろした。
「これを待っていたのだよ」
黒い剣撃を体で受け止めたダングが笑っている。
「何が起きているの?」
赤い鎧が消えて、マント姿になったミリアナさんが隣に立った。
「分からない」
黒い炎に包まれて膨らんでいくダングの体が弾け飛ぶと、後ろにあった魔石が『カチン!』と音を立てて砕け散った。
「タカヒロ君、協力ありがとう。お陰で魔石の封印を解く事ができたよ」
「何を言っているのだ!」
どこからともなく聞こえる声に、体の震えが止まらなかった。
「神の最後の封印は私一人の魔力では破る事が出来なかったが、君が桁外れの魔力をぶつけてくれたので破る事が出来たのだよ。アハハ……!」
ダングの笑い声が祠に響き渡った。
「そんな……」
「邪神様の仰った通りになった。これで次の魔王様と勇者の戦いが楽しみだよ。君が望むなら今回の功労者として魔王様に紹介してあげるから、いつでも私を訪ねてくるといい」
さらなる高笑いが消えると、静寂が祠を包んだ。
「タカヒロ、しっかりして。一度、火龍様のところに戻りましょ」
ミリアナさんが膝を崩した僕の背中に縋りついた。
「そうだね」
フラつく足で立ち上がると、火龍城の広間を描いた7ページ目にサインを入れた。