南の祠 その1
森を抜けた先にあったのは、丘の上に建てられた石造りの祭殿だった。
鉄の扉を開けて入ると、下り階段が続いていた。
「近くに敵はいないようだ。行くぞ!」
レーダーを確認して準備を終えると、自分を鼓舞するように大きな声を出した。
「何があってもタカヒロを守るわよ」
「オー!」
イフリート君とクレアさんは、ミリアナさんに同調して右腕を突き上げているが、スロウとフォブルは茫然としている。
長い階段を下りきると広間になっていて、黒いマントを羽織った痩せ男が立っていた。
「なぜ!」
レーダーで敵がいないのを確認していた僕は、思わず叫んでしまった。
「逃げずにやってくるとは、人間にしてはたいした度胸だ誉めてやろう。しかしここがお前達の墓場だ」
腕組みをしている男は薄笑いを浮かべている。
「貴様がオシリスだな」
「そうだ。お前が変わった魔法で、儂の魂の欠片を使った攻撃を封じてきた奴だな」
「やっと本体と決着がつけられると言う訳だ」
痩せ男を睨みながらスケッチブックを開いた。
「どんな魔法を使うか知らないが、儂には一切の魔法が効かないからな」
オシリスは空中に手を伸ばすと一本の剣を引き抜いた。刃には黒い靄が不気味に纏わりついている。
「喰らえ、フレームシャワー!」
スー〇ーマン型ゴーレムに乗り込んでいるイフリート君が、いきなり炎の玉の雨を降らせた。
オシリスは何もせずに炎の玉を受けているが、薄いシールドに包まれているよに平然としている。
「これならどうだ、フレームボム!」
火の玉が当たると火柱を上げて爆発するが、オシリスは微動だにしない。
「無駄だと言っただろ」
オシリスが剣を一振りすると、黒い靄が渦を巻きイフリート君を吹き飛ばした。
スロウが叩きつける斧は敵を押しているように見えるが、攻撃を受け流しているオシリスは口元を歪めて笑っている。
「ミノタウロスの攻撃など痛くも痒くもないわ」
オシリスが剣を振り下ろすと、スロウの体が真っ二つになっ消えてしまった。
「ほおっ! 本体がここにない召喚獣と言う訳か、なかなか酔狂な事をするではないか」
オシリスはスロウが消えてしまった事に少し驚いているようだ。
「俺はまだ終わっていないぞ」
全身を炎に包んだイフリート君が殴りかかった。
「言ってなかったな。魔法だけではなく、打撃への防御力もアップしているので中途半端な攻撃では倒せないぞ」
「中途半端ではない攻撃ならどうだ」
全身の炎を右手に集めたイフリート君は、スーパーパンチを繰り出した。
「ちょっと危ないかな」
顔を少し動かしてパンチを避けたオシリスは、剣の一振りでゴーレムの腕を切り落とした。
躱された炎のパンチは、広間の壁に大きな穴を開けた。
「戻れ、イフリート!」
「動きが遅いのだよ」
オシリスが横薙ぎに払った剣が、ゴーレムの両足を切断した。
「折角作ってもらったゴーレムが壊されてしまったぞ」
肩に戻ったイフリート君がぼやいている。
「後で直してやるから心配するな」
「約束だぞ」
「ああっ」
「余裕だな。まだ勝てると思っているのか?」
「勝てるかは分からないが、やるしかないだろ。ミリアナ、奴を止めていてくれないか」
「任せなさい!」
大剣を構えたミリアナさんが僕の前に立った。
「少しは骨がありそうだな」
「スキル、縮地!」
ミリアナさんの先制攻撃を、オシリスは体を少しずらす事で躱した。
「その程度の動きでは儂を捉える事は出来ないぞ」
オシリスが剣を振ると、靄の渦巻きがミリアナさんを吹き飛ばした。
「お前に儂の攻撃を防ぐ術があるのか?」
オシリスが僕に向かって走ってきた。
「あんたの相手は私よ」
縮地を使ったミリアナさんが黒い靄を纏った剣を大剣で弾き返そうとしたとき、オシリスの姿が一瞬で消えた。
「遅い、遅い」
元の場所に現れたオシリスがせせら笑っている。
「やはりな」
小さく呟くと7ページ目に描いていたオシリスの絵を破棄して、黒い靄を纏った剣を描き始めた。
ミリアナさんは必死で距離を詰めるが、オシリスと剣を交える事さえ出来なかった。
「そこまでだ、オシリス!」
7ページ目に『Aizawa』サインを入れると、剣に纏っていた靄が少しずつ薄くなっていった。
「貴様、何をした!」
「タカヒロには近づかせないわよ。スキル、斬鉄剣!」
真っ直ぐ僕に向かってくるオシリスを、ミリアナさんが袈裟懸けに斬った。
「儂の力が抜けていく」
痩せ男の姿が消え、靄の消えた剣が床に転がった。
「やはり剣が本体だったか」
「なぜ分かった?」
「広間に敵の反応がなかった事。それに一度もスロウの斧やミリアナの大剣と、刃を交えなかったから怪しいと思ったのだよ」
「それだけで見抜くとは、この祠までやってきただけの事はあるようだな」
オシリスの剣は柄を上に一本立ちになった。
「タカヒロ!」
ミリアナさんが一瞬で僕の前に回って大剣を構えた。
「儂にはもう戦う力がない。すべて吸い取られているからな」
「ありがとう、ミリアナ、大丈夫だ」
「そお? 油断しないでよ」
「クリスタドラゴン様はどこにいる?」
「そこにいる」
広間の空間が歪むと、白い羽衣を纏った絶世の美女が現れた。
「クリスタルドラゴン様、ご無事でしたか」
ミリアナさんが駆け寄った。
「貴女が助け出して下さったのですか?」
絶世の美女の声は美しく透き通っていた。
「はい。火龍様にクリスタルドラゴン様が攫われているとお聞きして、タカヒロと共にやってきました」
「それは、ありがとう」
絶世の美女は僕に向かって静かに頭を下げた。
「それで、儂をどうするのだ?」
「お前が魔人オシリスの本体に間違いないのだな?」
「そうだな、魔人ではなく魔剣オシリスが正しいのだがな」
「どうしたものかな?」
「そいつは妖精の子供を道具に使った奴だ、俺に始末をさせてくれないか」
「イフリートの気持ちは分かるが、ちょっと待ってくれないか。オシリスよ、お前はなぜ邪神のために戦っていたのだ?」
「儂は戦うために作られた剣だから、戦ってきただけさ」
「そうか、ならここで始末されても文句はないな?」
アイテムボックスから三つの黒い球を出して床に並べた。
「負けたのだから文句はない。ただ、お前に儂を扱うだけの力があるのなら、儂を眷属にしてみないか?」
空中から大剣用の鞘がゆっくりと現れて、目の前に浮かんだ。
「これは何だ?」
「儂の鞘だ。その鞘を持つ者が儂の主だ」
「タカヒロ、魔剣の言う事など聞いてはダメよ」
ミリアナさんが心配そうに首を横に振っている。
「お前を扱うだけの力とは、どのような力が必要なのだ?」
「そこの妖精と契約を結んでいるのに必要な魔力と、同じ程度の魔力があればいい」
「そうか。それでお前が僕を裏切らない保証はどこにある?」
「その鞘を壊せば儂は消えてなくなるし、主が鞘を持ったまま死ねば同じように消えてなくなってしまう。これが保証だ」
「お前は自分が消えないためには、鞘を持つ僕を守り通さなければならない訳か?」
「そう言う事だ」
「よく分かった。どうすれば眷属になるのだ?」
「その鞘を手にして、戻れと言えばいい」
「よし、やってみよう。ミリアナ、僕に異変があったら鞘を壊してくれないか」
「分かったわ」
僕の傍に立つミリアナさんが、大剣を手にしている。
「オシリス、戻れ!」
目の前に浮かんでいる鞘を左手で掴むと、恐る恐る叫んでみた。
敵対していた魔剣を手にする恐怖はあったが、終わりの見えない変革のための戦いを考えると強力な力が必要だったのだ。
「大丈夫?」
「何も変わった事はないよ。だけど、この鞘にこの剣、おかしくないか」
鞘を振るとサイズの合っていない剣が、カタカタと音を立てた。
「本来の儂の姿ではないから仕方がないだろ」
「どう言う事だ?」
「今の儂は四つに分かれているのだ。儂でそこの三つの球を突き刺してみてくれ」
「突き刺すとどうなるのだ?」
「本来の姿に戻る事が出来るのだ」
「さんざん苦しめられてきたのだから、あまり信用しない方がいいわよ」
「そうだな、いつでも鞘を壊せるようにしていてくれないか」
ロングソードぐらいの魔剣を抜くと、一つ目の球に突き立てた。思っていたより簡単に刺さり、黒い球が黒い剣に吸収されていく。
二つ目、三つ目の球を吸収した魔剣は、ミリアナさんの大剣と変わらない大きさになった。
「これが本来の姿なのか?」
黒い大剣は軽くて、片手で突き上げる事ができた。
「そうだ、これが魔剣オシリスの本来の姿だ。力は持ち主の魔力の大きさで変わるがな」
「タカヒロ、重たくないの?」
ミリアナさんは非力な僕が、大剣を片手で持っている事に驚いている。
「うん。今まで使っていたショートソードと変わらないよ」
「そうなんだ」
ミリアナさんは、魔剣オシリスと自分の剣を見比べて首を傾げている。
「お取り込みのところ申し訳ありませんが、少しいいでしょうか?」
「あっ、はい。あの、何でしょうか?」
近くに寄ってきたクリスタルドラゴン様に声を掛けられて、しどろもどろになった。
「助けて頂いて何もお礼が出来なくて申し訳ないのですが、私は一刻も早く火龍様の許に戻り、あの方をご安心させて上げたいのですが」
「ああっ、すみません。すぐにお送りいたします」
オシリスの事で一杯一杯になっていた僕は、大事な事を失念していて慌てふためいた。
「それには及びません。封印さえ解ければ力が使えますから」
「そうですか。僕達はここでやらなければならない事がありますので、火龍様に宜しくお伝え下さい」
絶世の美女と間近に向かい合って、緊張で額に汗が流れた。
「御用がお済になりましたらお城に来て下さい」
クリスタルドラゴン様は微笑むと軽くお辞儀をした。
「はい。ご報告に伺います」
「お待ちしていますよ」
絶世の美女は光となって消えてしまった。
「何をそんなに緊張しているのだ?」
右肩に乗ったイフリート君が冷やかしてくる。
「あんな美人に見詰められたら緊張するだろ」
「そんなこと言ったら、ミリアナに怒られわよ」
左肩に乗ったクレアさんが囁いてくる。
「何で私が怒らなければならないのよ」
ミリアナさんがクレアさんに突っかかっている。
「仲がいいのはいいが、別の意味の緊張感がなさすぎるぞ。この祠には儂より強い魔人ダングと、その配下の魔獣がまだ四体残っておるのだぞ」
「まだそんなにいるのか?」
「ああ。殺されるなよ。儂まで消えてしまうからな」
鞘に収まっているオシリスが皮肉っぽく言ってきた。
「タカヒロ」
「ああ。油断できないな」
ミリアナさんと顔を見合わせて、気合を入れなおした。