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世界樹の力


 エルフ国はドワーフ国からフォブルで三日走った森の中にあった。

「よくお越しくださいました。私は女王のアルーシェです」

「タカヒロです。よろしくお願いします」

 アルーシェ女王の肌は透き通るほど白く、彫の深い美貌は彫刻のように美しかった。

「ミリアナです」

 僕の後ろで頭を下げたミリアナさんの声が、やけに低くなっている。

「お二人の事は火龍様よりお伺いしております。我が国の国民だけではなくフェアリーワールドをお救い頂きありがとうございます」

 アルーシェ女王の声は優しく、やすらぎを覚えるものだった。

「フェアリーワールドの戦いはまだ終わっていないのです。こちらにお邪魔したのは、クリスタルドラゴン様の所在を教えて貰うためなのです」

「と、仰いますと?」

「フェアリーワールドに平穏を取り戻すために、世界樹の力をお借りしたいのです」

「エルフは世界樹を守るために存在して、世界樹の力をお借りして栄えてきたのですが、平和な時代が続きエルフは世界樹の力を引き出せなくなってしまっているのです」

 アルーシェ女王は申し訳なさそうに頭を下げた。

「そうですか。ドワーフ国の方も素晴らしい技術が廃れたと仰っていました、こちらでも消えているものがあるのですね」

 変革の意味を考え直させられた。

(リセットされるだけが異世界の発展を阻害しているのではなく、世界を守るために分割した事で競争心がなくなってしまった事も要因の一つなのだ)

 異世界を変革する難しさがさらに増してしまった。

「世界樹を見せて頂けませんか?」

「ご案内いたしましょう」

 アルーシェ女王が玉座から立ち上がると、従女が二人後ろに回って白いドレスの裾を掴み上げた。

 僕達はゆっくりと歩くアルーシェ女王について、森の中央にやってきた。

「こちらが世界樹です」

「これがですか?」

 広場の真ん中には五メートルほどの、どこにでもあるような木が植わっていた。

「大昔、この木は雲を突き抜ける大樹だっと記録にありますが、フェアリーワールドだけに根を張るようになってからはこの大きさです」

「それでも、フェアリーワールド全域に根を張っているのですね」

「はい。エルフは世界樹と会話をする事で世界情勢を把握していたのですが、それも遠い昔の事です」

 世界樹を見上げるアルーシェ女王は遠い目をしている。

「どのようにして会話をなさっていたのですか?」

「世界樹に触れて心を通わせていたのです」

「凄い力があったのですね。すこし世界樹に触れさせて貰っても構いませんか?」

 僕は焦りを感じていた。ここでクリスタルドラゴンの消息が掴めないと、フェアリーワールド中を探し回らなければならず、ハーレムの夢が遠のくだ。

「傷つけなければ構いませんよ」

 アルーシェ女王は優しく微笑んだ。

 そっと、世界樹の幹に触れてみたが、特に変わった事は起こらなかった。

「イフリートとクレアなら、世界樹と会話が出来るのじゃないか?」

「俺達では無理だよ」

「木の妖精ドリアードなら話せると思うけど」

「妖精さん?」

 両肩に現れた羽根のある小人に、アルーシェ女王が目を丸くしている。

「はい。僕の友達のイフリートとクレアです」

「妖精さんを妖精の森以外で見たのは、何百年振りの事かしら。それに人間の友達だなんて」

 アルーシェ女王は、イフリート君とクレアさんをまじまじと見詰めている。

「何百年振り? 失礼ですが、女王様はお幾つなのでしょうか?」

 ミリアナさんが変なところに引っ掛かっている。

「人間なら五百歳ぐらいでしょうか」

「そうですか。そうなのですね」

 ミリアナさんのテンションが、いつもより少し高くなっている。

「それがどうかしましたか?」

「ああ、いえ。エルフの皆さんは長生きなのですね」

 顔を赤らめるミリアナさんは言葉を濁している。

「私はエルフの中ではまだまだ若い方ですわ」

 アルーシェ女王はにこやかな笑みを浮かべている。

「あの~。世界樹を写生させて貰っても構わないでしょうか?」

「シャセイですか?」

「世界樹の絵を描かせて貰いたいのです」

「世界樹を傷つけたりしなければ構いませんよ」

「ありがとうございます」

 イーゼルスタンドにキャンバスをセットすると、世界樹を描き始めた。

「タカヒロ」

「なんだい? クレア」

「もしかして、瞬間移動でドリアードをここに連れてこようと考えていない?」

「それもありかな」

「それは無理だよ」

「どうしてかな?」

「ドリアードは妖精の森を出る事が出来ないの。タカヒロと契約を交わしてもね」

「そうなのか」

 絵を描くことに集中している僕は、クレアさんに生返事をしながら世界樹を描き上げると、周りの風景を描き加えた。

「分かっているの?」

「他の方法を考えるしかないね。完成した!」

 筆を置くと、一歩下がってキャンバスを見詰めた。我ながら完璧な出来栄えだ。

「素晴らしいですわね」

「ありがとうございます」

 絶世の美女のアルーシェ女王に絵を誉められて、悪い気はしなかった。

「世界樹から情報を得られないとしたら、これからどうするの?」

 ミリアナさんの声が平常に戻っている。

「お力になれなくてごめんなさいね」

「僕はまだ諦めていませんよ」

 世界樹の絵をアイテムボックスに収納すると、スケッチブックを閉じてこげ茶色の表紙を見詰めた。

 静寂の時間は長く思われたが、十数秒後淡い光がスケッチブックから溢れ出した。

「キター!」

 小さく叫んでスケッチブックを開くと、13ページ目が解放されていた。

「なんですか急に」

 エルフ達が驚いている。

「ごめんなさい。新しい力が覚醒したのが嬉しく叫んでしまいました」

 照れ臭くなって頭を掻いた。

「どのような力なのですか?」

「分かりません」

「分からないのですか?」

 アルーシェ女王は僕の言動に首を傾げている。

「タカヒロ、何が出来るの?」

 ミリアナさんも気になっているようだ。

「検証するから、一人にしてくれるかな」

 世界樹の前で座り込むと、13ページ目に『Aizawa』サインを入れて鉛筆を置くと目を閉じた。

(世界樹の力って何なのだ?)

 まったく想像がつかなかった。

『私の力は、音を作り出す事、音を操る事です。こうして貴方と会話が出来るのも、音で空気を震わせているからです』

 画用紙の上の鉛筆が振動して言葉を発している。

「音ですか?」

 音の力が理解できない僕は、世界樹を見上げた。

『私はこの世界が作られた時に生まれ、この世界の全ての音を作り出してきたのです。音がない世界を想像してみて下さい』

(音がない世界……。音がなければ言葉が生まれない、言葉がなければ文明が発展しない……。音がなければテレビもスマホも出現しない……。それに……)

 日本での生活にまで思いを馳せる僕は、音のない虚無の世界を考えて震えた。

『貴方なら音を操る事が出来るでしょう』

「音の力を使いこなせるようになるには、時間がかかると思いますが頑張ります」

『そうして下さい』

「世界樹さんは、この世界を把握されていると聞いています。一つ教えて貰いたい事があるのですが?」

『今はフェアリーワールドの事だけしか分かりませんが、何でしょうか?』

「クリスタルドラゴン様の居場所が知りたいのですが、分かりますか?」

『分かりますよ。クリスタルドラゴンならそこにいます』

 画用紙の上で鉛筆が自走するとフェアリーワールドの地図が描かれ、南の端に×点が記された。

「ありがとうございます」

 立ち上がると、世界樹に向かって頭を下げた。

「やったな、タカヒロ!」

 イフリート君とクレアさんが騒いでいる。

「やったわね。私の大剣も手に入ったし、これでクリスタルドラゴン様を助けに行けるわね」

「そうだね。火龍様に報告したら、救出に向かおうか」

「エルフさえ忘れてしまった、世界樹と会話をする力を持たれているタカヒロ殿は、古代龍様の使途様なのでしょうか?」

 僕を見詰めるアルーシェ女王が深々と頭を下げた。

「いいえ、僕はただの人間です」

 たくさんのエルフに囲まれて、居心地が悪くなってきた。

「私達は何も出来ませんが、ご武運をお祈りしています」

「色々とご配慮を頂きありがとうございました。無事に戻りましたらご報告にまいります」

 アルーシェ女王達の熱い視線から逃げるように、火龍城の広間を描いた絵にサインを入れた。


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