偽火龍との戦い
洞窟を進みながら作戦を説明した。
「ドラゴンがレーダーで捕捉できるまで近づいたら、クレアが城の中に侵入して魔力反射を行うのだ。そしてドラゴンのスケッチに成功したら、力を吸収できる距離まで接近して戦うのだが、ドワーフやエルフが敵対してきたら意識を奪う程度にしておく事が肝心なのだ」
「そんなに上手く行くかな? 例のゴーレムを貸してくれたら、俺が力でねじ伏せてみせるのだがな」
肩に乗っているイフリート君が、やる気満々になっている。
「ドラゴンに暴れられると、ドワーフやエルフに死人が出る恐れがあるから避けたいのだよ」
「人間はもっと冷酷な生き物だと思っていたが、そうでない人間もいるのだな」
「タカヒロは考えが甘いから、いつもヒヤヒヤしているわ」
「ミリアナだって危険を省みず、僕を守っていてくれるじゃないか」
「それは、タカヒロに死なれたら私が困るからじゃないの」
ミリアナさんが真っ赤になって反論してくる。
「だが失敗した時のためにゴーレムは出しておいてくれ、クレアを守らないとウンディーネに怒られるからな」
「分かっている。他にも助っ人を呼ぶし、逃げる準備もしておくさ」
城に近づくと忙しなく右手を動かして、スー〇ーマン型のゴーレムを作り、フォブルとスロウを呼び出し、瞬間移動用の風景画を描き上げた。
「ドラゴンが居る広間は先ほど絵で説明した通りだ。もし、広間に居なければ一度戻って来るように。それと、途中で僕の魔力が途切れたらその場所がベストポジションだから、再び魔力を感じるまでそこで待機しているよに」
「分かったわ」
細かい指示を出すと浮かび上がったクレアさんは、光の屈折を利用して姿を消した。
中距離レーダーを発動すると、城に侵入していく緑の〇が現れた。城の中で特に変わった動きはないようだ。
暫くすると赤い〇が浮かび出たが、まだ点滅はしていない。
ミリアナさんは大剣を握り、イフリートはゴーレムに乗り移っている。
赤い〇が点滅を始めると、サインを消して合図を送った。
「よし、上手く行っているぞ」
再びレーダーを発動させて赤い〇をクリックすると、ポップアップウインドーにドラゴンの姿が現れた。
出来るだけ正確に、出来るだけ早くドラゴンの肖像画を完成させた。火山の熱風と緊張で手は汗ばみ、額からは玉の汗が滴り落ちている。
「こいつが火龍様を騙るドラゴンか、確かに似ているな」
「火龍様を知っているのか?」
「何度かお会いした事があるのだ」
「そう言えば同じ火属性だから、気が合うのじゃないか?」
「火龍様は、俺とは比べ物にならない力を持っておられるよ」
スー〇ーマンになっているイフリート君が、顔の前で手を振っている。
「そんな火龍様を封印したとなると、一筋縄ではいかないかもよ」
ミリアナさんは真剣な表情で、ドラゴンを描く僕を見ている。
「遣るしかないよ。行くぞ!」
力を奪う準備が出来たので城に入っていった。
ドワーフやエルフは戦闘要員にならないのか現れなかったが、等身大のゴーレムが行く手を塞いできた。
「俺に戦わせてくれ」
イフリート君が前に出ると、ゴーレムの周りに風が舞い始めた。
「気をつけろ、ただのゴーレムではなさそうだ」
「任せておけ」
イフリート君が火の玉を飛ばしたが、すべて弾かれてしまった。
「これならどうだ」
全身を炎で包んだイフリート君は、ゴーレムに掴み掛かっていった。
風に邪魔されながらも何とか掴んだゴーレムの腕が、見る見る溶解していく。
『スロウ、やつを叩き斬れ!』
「任せろ」
両刃の斧を持ったスロウが突進していった。
「また来たわ」
ミリアナさんが大剣を構えた。
奥から出てきたゴーレムが、大量の水をイフリート君が乗るゴーレムに向けて飛ばしてきた。
「なんて冷たい水だ」
炎を消されたイフリート君は後ずさった。
スロウの斧はゴーレムを倒す事は出来なかったが、頭を砕いた。
「ミリアナ、あれを斬るのは難しそうだ。魔法で焼き払うから、これで攻撃を防いでくれないか」
鱗の盾をミリアナさんに渡すと、腕と頭がなくなっても動いているゴーレムを描いた。
スロウは応戦をしているが、敵が飛ばしてくるウインドカッターやウオーターアローを受けて倒れかけている。
「イフリート、前のゴーレムに抱き着くのだ!」
3ページ目に描いたゴーレムの胸に、フレームボムを描いてサインを入れた。
爆発と共にゴーレムが溶解して、後には炎に包まれたスー〇ーマン・ゴーレムだけが残った。
「力が戻ったぞ!」
イフリート君は全身の炎を掌に凝縮すると、水を操るゴーレムに投げつけた。
二体目のゴーレムも何とか倒す事が出来た。
「やったね!」
右の肩にクレアさんが現れた。
「まだ油断はできないぞ。今のゴーレムの能力って?」
「それほど強くはなかったけれど、シルフ姉さんと、ウンディーネ姉さんの力に似ていたわ」
可愛く腕組をしたクレアさんが、納得したように頷いている。
「攫われた子供達は、ここに連れてこられていたのか?」
イフリート君もゴーレムを動かすのに、妖精の子供が使われていた事に気がついたようだ。
「先を急ごう」
ドラゴンと決着をつけるために広間に走った。
「侵入者の報告があったが、お前達だったか。異空間からよく脱出できたな」
余裕を見せるドラゴンがゆっくりと起き上がった。
「何が目的でこんな事をしているのだ?」
「フェアリーワールドを支配するためさ」
「古代龍様がそんな事を許す筈がないだろ」
「古代龍に何が出来る? 火龍さえ、あの様なのだぞ」
「古代龍様が何もできないのなら、僕がお前の野望を打ち砕いてやる」
「威勢がいいね。だが人間など一瞬で灰にしてしまえるのだぞ」
ドラゴンがゆっくりと口を開いた。
「タカヒロ!」
ミリアナさんが僕の前で盾を構えた。
「愚かな、そんな物でドラゴンのファイアブレスを防げると思っているのか」
苦笑いを浮かべるドラゴンが息を吐きだしたが、スカシッペだった。
「どうした、灰になっていないぞ」
「どうしたと言うのだ?」
ドラゴンが翼をドサリと床に落とした。
「お前の力を手に入れられないのは残念だけど、火龍様の封印を解くためには死んで貰わなければならないのだ」
「これで勝った気でいるのか?」
「タカヒロ、後ろからゴーレムが!」
クレアさんが肩の上で叫んだ。
「こいつらを殺してしまえ!」
「ミリアナ、ドラゴンの首を!」
「任せなさい!」
「タカヒロ、止められないぞ!」
五体のゴーレムに、フォブルは瞬殺され、傷ついていたスロウは消され、イフリート君も袋叩きにされていた。
「タカヒロ、どうするの?」
(どうする、ミリアナがドラゴンを倒すまでには、あと数分は掛かる)
3ページ目に杖から炎が噴き出す絵を描くと、ゴーレムに向けてサインを入れた。
「イフリート、上空に抜け出せ!」
(今なら、ドラゴンから奪った力が使える筈だ。ファイアブレス)
恥ずかしいので小声で呟いてみた。
スケッチブックから噴き出した劫火が、次々とゴーレムを溶解していく。
「スキル、斬鉄剣!」
ミリアナさんが、力が無くなって項垂れているドラゴンの首に大剣を振り下ろした。
『ガキンー』
と鈍い音が響くと、劫火がゆっくりと消えて行った。
「危機一髪だったぜ」
スー〇ーマンから抜け出していたイフリート君が、肩に戻ってきた。
鋼鉄で出来た敵のゴーレムは完全に溶けてしまい、ミスリルで作ったスー〇ーマン型のゴーレムも半分以上溶けてしまっていた。
「タカヒロ、来て」
「どうしたの?」
「あれ」
ミリアナさんが指差す先には、ドラゴンから出てきた黒い球体が転がっていた。
「本体ではなかったのか」
オシリスの魂と思われる球体を7ページ目に描いた。
『邪神様の邪魔をするのは誰だ!』
球体が光り出すと、低い声が響いてきた。
「何の力を持ったオシリスの魂だ?」
『我を知っているのか。我は封印のオシリスの魂だ。お前達を異空間に封印してくれる』
球体の光が強くなり禍々しいオーラが立ち昇るが、サインを入れると光が弱くなっていった。
『な、何をした。我の力が、霧散していくではないか』
「お前の力は異次元に飛ばしている、いくら出しても無駄だ諦めるのだな」
『そんな事が出来るのか?』
「消える前に一つ教えてくれ、オシリスの本体はどこに居る?」
『自分で探せ』
球体から出ていたオーラがなくなり、光も消えて静かになってしまった。
「今のは何だったのだ?」
黒い球体をアイテムボックスに入れると、イフリート君が声を掛けてきた。
「火龍様を封印した魔人オシリスの魂の一部なのだよ」
「何だ、タカヒロは魔人と戦っているのか?」
「成り行きでそうなってしまったが、オシリスには会った事もないのだ」
「大変ね、これからも貴方の力になりたいわ」
クレアさんが澄んだ瞳で見詰めてきている。
「ありがとう。どうしたのだい、ミリアナ」
「剣にヒビが入ってしまったの」
「ミスリルの剣にヒビを入れるなんてミリアナ、一段と力が強くなったのじゃないか」
「人を化け物みたいに言わないでよね」
ミリアナさんが睨んできた。
「そんな積もりで言ったのじゃないよ。いつも守って貰ってありがたく思っているよ」
「本当に?」
ミリアナさんが急に顔を赤くしている。
「本当さ。オリハルコンもアダマンタイトも手に入る事だし、ドワーフさんに頼んで剣を作って貰おうよ」
『なかなか、仲睦まじいではないか』
突然、頭の中に声が響いてきた。
「誰だ!」
新たな敵かと慌てた。
『儂じゃ、レッドドラゴンじゃ。封印を解いてくれてありがとうな』
広間に大きな影が現れて実体化していった。
「火龍様、復活おめでとうございます」
『あまりめでたくはないのじゃ』
「と、仰いますと?」
『儂が封印されたのは、オシリスに弱みを握られていたからなのじゃ』
「弱みとは?」
『儂の妻であるクリスタルドラゴンが、オシリスの手に落ちているのじゃ』
「助けて上げられないのですか?」
『我々、神族は下界には下手に手出しが出来ないのだよ』
「タカヒロ、オシリスをぶっ倒しに行くわよ」
ミリアナさんが怖い顔になっている。
「オシリスの居場所も分からないし、準備を整えてからでないと無理だよ」
「それもそうね」
ミリアナさんはガックリと項垂れた。
「ところで火龍様、ドワーフさんやエルフさんがどこに居るか分かりませんか?」
『城の地下に使っていない施設があるのだが、そこじゃないかな』
「探してきます」
僕達は入り口を教えて貰うと、広間を出て行った。
「タカヒロ」
「何かな?」
「今のが本物の火龍様なの?」
「封印されている時に一度お会いしただけだけど、間違いないと思うよ。どうしてだい?」
「神様にしては迫力が感じられなかったの」
クレアさんが肩の上で難しい顔をしている。
「イフリートは面識があるのだろ、どう思った?」
「火龍様に間違いはないが、迫力に欠けていたのは確かだな」
反対の肩ではイフリート君が首を傾げている。
「きっと、奥様の事が心配なのよ。早く助けに行って上げましょう」
「ミリアナの言う通りだろうな」
早急に対処しなければならない問題だったが、オシリスの居場所が分からないので手の打ちようがなかった。
「皆さん、ご無事ですか?」
鍵の掛かっていたドアを開けると、五十人近いドワーフとエルフがいた。
「あんた誰だい? ワシらは何でここに居るのだ?」
「俺が説明しよう」
イフリート君が空中に飛び出した。
「妖精さんか、珍しいな」
「俺は炎の妖精イフリートだ。あんた達は火龍様の偽物にここに連れて来られて、ゴーレムを作らされていたのだ」
「火龍様の偽物? ゴーレム?」
「何も覚えていないのか?」
「何らかの魔法を掛けられていたのだろうな」
僕は精神支配の魔法を想像した。
「偽物はタカヒロとミリアナが倒した。俺も頑張ったのだぞ」
イフリート君が胸を張っている。
「助けてくれたのだな、ありがとうよ。ところで俺達はどうなるのだ?」
「どうするのだ、タカヒロ?」
イフリート君が話しを振ってきた。
「皆さんは、火龍様にお願いして国に送り届けて貰おうと思っています。何か問題がありますか?」
「国に帰れるなら、そんな嬉しい事はないさ。なぁ、みんな!」
全員から歓声が上がった。
「皆さんは無事でした」
ドワーフ三十人と、エルフ十八人を連れて広間に戻った。
「それは良かった」
「はい。ドワーフさん達とエルフさん達を、国に送って貰えないでしょか?」
「分かった。君達はどうするのだ?」
「イフリートとクレアを妖精の国に送り届けたら、オシリスを探したいと思っていますので、クリスタルドラゴン様の救出はもう少し待って下さい」
「そうか、分かった。よろしく頼んだぞ」
巨大なレッドドラゴンが頭を下げた。
「でわ、これで失礼します」
出発前に写生しておいた妖精の森を7ページ目に描くと、サインを入れた。