イフリートとクレア
フォブルから降りて森の中を進むと、妖精達が慌ただしく飛び回る広場に出た。
「何かあったようね」
「だねー」
僕達は妖精に取り囲まれてしまった。
「やはり貴方達が犯人ね」
シルフさんが前に出てきた。
「何があったのかい?」
「しらばっくれないで。貴方達が現れるたびに子供が居なくなるのよ」
「こいつらが、言っていた人間か?」
全身がメラメラと燃え上がった小人が、シルフさんと並んでいる。
「そうよ、イフリート」
「子供達を返さなと灰にするぞ」
イフリートと呼ばれた妖精の炎が、さらに激しく燃え上がった。
「待ってくれ。僕達は火龍の城から今きたばかりなのだ」
大剣の柄に手を掛けたミリアナさんに庇われる僕は、必死で説明した。
「火龍様の城だと。人間が行けるような場所ではなかろうが」
「火龍は偽物だったが、城の地下に封印されていたレッドドラゴンは本物だったよ」
「何を訳の分からない事を言っているのだ。子供を返さないのなら、返したくなるよにしてやる」
イフリート君が火の玉を飛ばしてきた。
「これを使って!」
一発、二発と辛うじて火の玉を躱すと、アイテムボックスから鱗の盾を出してミリアナさんに渡した。
「私が相手よ」
盾を構えたミリアナさんは僕から離れていった。
「盾ごときで俺の炎が防げると思っているのか?」
イフリート君は掌から火の玉を出し続けた。
「その程度なの」
鱗の盾は火の玉を弾き返している。
「炎の妖精、イフリート様をなめるなよ」
イフリート君の体が大きくなるにつれて火力が上昇していくので、7ページ目に必死で鉛筆を走らせた。
敵対している訳ではないが、間に合わなければ誤解されたまま灰にされてしまうだろう。
「中々丈夫な盾ではないか。だが、これで終わりだ」
イフリート君の全身を包んでいた炎が、突き出された両の掌に集まっていく。
「古代龍様の鱗で作った盾だから、簡単には壊れたりはしないわ」
地面に盾を突き立てたミリアナさんは両足を踏ん張った。
「戯言ばかりぬかしおって、古代龍様の鱗が人間ごときに扱える訳がないだろう。俺の炎で証明してやる」
イフリート君が掌で凝縮した火の玉を投げようとした時、突然炎が消えてしまった。
「間に合ってよかった」
「本当、ヒヤヒヤものだったわ」
火の玉攻撃を受け続けていたミリアナさんは、汗だくになっている。
「な、何をした!」
小さくなったイフリート君が慌てている。
「話し合いが終わるまで力を奪わせて貰います。話し合いが終わればお返ししますので心配しないで下さい」
「イフリート、どうしたの?」
戦いを見ていた他の妖精がイフリート君に飛び寄った。
「分からないが、力がまったく出なくなったのだ」
「今度は私が相手をするわ」
シルフさんが全身に風を纏い始めた。
「止めなさい。イフリートが敵わない相手に私達が勝てる筈がないでしょ」
「ウンディーネ」
シルフさんは戦意を消した。
「私は水の妖精、ウンディーネです。お話しを聞きましょう」
透き通っていて目を凝らしていないと見失いそうな、羽根のある小さな少女が話しかけてきた。
「ありがとうございます。タカヒロとミリアナと申します。よろしくお願いします」
「お二人には私達の姿が見えているのですね。こうして人間と話をするのは、二千年ぶりの事でしょうかね」
「そんなにですか」
「神様が世界を分割されてからは、人間との接触はありませんでしたから」
「そうでしたか。邪魔者が侵入して申し訳なく思っていますが、僕達は古代龍様にこの地に行くように言われて来ました。ですので気を悪くしないで下さい」
妖精達に囲まれて、今までの経緯を全て話した。
「火龍様がそのような事になっているとは知りませんした」
「火龍様を助けるのに力を貸して貰えないでしょうか?」
「妖精には自然を操る力はありますが、体は非力で戦いには向いていません。残念ですがお力にはなれそうにありません」
ウンディーネさんは表情を曇らせている。
「今、イフリート君は僕達と戦ったじゃないですか?」
「今、タカヒロさんがイフリートを叩けば体は壊れて、魂は新たな体を探さなくてはならないのです。妖精とはそんな儚い存在なのです」
「そのような儚い存在が、どうやって生き延びて来たのですか?」
「妖精は人形に入り込んで動かす事が出来るのです。昔はドワーフさん達がゴーレムを作って下さっていたのですが、平和な時代が長く続き技術が廃れてしまったようで、今では私達の下に数体が残っているだけなのです」
「ゴーレムでしたら僕にも作れますが、今回貸して頂きたい力は魔力反射なので戦闘力は必要ありません」
「魔力反射ですか?」
「これがイフリート君の力を封じている物です」
画用紙を切り取ってウンディーネさんに渡した。
「これがですか?」
ウンディーネさんは、イフリート君の肖像画に見入っている。
「火龍様を騙るドラゴンの力をこのように奪いたいのですが、近寄る事が出来ないのです」
「それと、魔力反射とどのような関係が?」
「僕には遠くを見る能力があるのですが、それをもっと精巧にしたいのです」
レーダーを発動させると、二百メートル先の点滅している白色の〇をクリックした。
画用紙に現れたポップアップウインドーには、森から出てきたウサギが映し出されている。
「このウサギ、どこにいるの?」
「あそこですよ」
僕が指差す方角で何かが微かに動いていた。
「見てくるわ」
シルフさんは一瞬で二百メートルを飛び、ウサギを抱えてきた。
「それだけ遠くを見る事が出来れば十分ではありませんか?」
「ドラゴンにこれだけ近づくと、絵を描いている間に見つかってしまいます。せめて一キロメートル先から確認が出来るようになりたいのです」
「魔力反射が出来れば、それが可能になるのですか?」
「やってみなければ分かりませんが、可能になると考えています」
ウンディーネさんを見詰めて力説した。
「私が力を貸すわ」
どこからともなく声が聞こえた。
「クレア」
「はい」
ウンディーネさんの隣で何かがキラリと光ると、幼さが感じられる妖精が姿を現した。
「貴女にはまだ無理です」
ウンディーネさんが首を横に振っている。
「魔力反射なら私の得意な分野です。火龍様をお助けしたいので、やらせて下さい」
「俺が護衛につくから、やらせてやってくれ」
「イフリート、貴方までどうしたの?」
「ちょっと森の外を見てみたくなったのだ。タカヒロはゴーレムを作れるのだろ、作ってくれないか?」
飛ぶ力もないイフリート君は、チョコチョコ歩きで近寄ってきた。
「どんな形のゴーレムがいいのかな?」
「スマートで空が飛べそうな感じがいいな」
「分かった」
9ページ目にスー〇ーマンの絵を描いてサインを入れると、ミスリルの塊が黒い波紋から飛び出して等身大のゴーレムに変形した。
「これがゴーレムか? なんか格好いいな! すぐに俺の力を戻してくれ」
ゴーレムを見上げるイフリート君は目を輝かせている。
「暴れないでくれよ」
釘を刺すと、肖像画を破棄した。
「本当だ、力が戻ってくる」
全身炎に包まれたイフリート君は、スー〇ーマン型のゴーレムの肩に乗ると吸い込まれるように消えた。
「凄いぞ! 俺の力が増幅されていくようだ」
ゴーレムが炎に包まれると、ゆっくりと浮かび上がった。
「タカヒロ、ほっておいて大丈夫なの?」
ミリアナさんが、飛び回るイフリート君を心配そうに見上げている。
「飽きるか、力尽きたら戻ってくるさ」
「確かに貴方には凄い力があるようですが、クレアはまだ転生して日が浅いので森から出すのは心配です」
ウンディーネさんはいい返事をしない。
「俺がついて行くから心配するな。今なら俺一人でドラゴンを倒せそうだぜ」
イフリート君がゆっくりと降りてきた。
「気に入って貰えたようだが、一度返して貰うよ。話しが進まないからな」
スケッチブックを閉じるとゴーレムが消え、イフリート君が空中に投げ出された。
「オイオイ、俺に呉れたのじゃないのか?」
「残念だが貸す事しか出来ないのだよ。ドワーフ達を助けたら作って貰えるように頼んでやるよ」
「本当だぞ。今の形のやつだぞ」
イフリート君はスー〇ーマン型のゴーレムが気に入ったようだ。
「分かった、約束するよ」
「よし、契約成立だ。クレアは俺が守るから自由に使ってやってくれ」
イフリート君は僕の左の肩に飛び乗ってきた。
「何を勝手な事を言っているの」
ウンディーネさんが険しい表情で怒っている。
「タカヒロの言っている事が事実なら、妖精の森に被害が出るのも時間の問題だろ。それに子供達が居なくなっているのも、それと関係があるかも知れないだろ」
「魔力反射と言うのが危険だと判断したら、クレアを行かせる訳にはいかないわよ」
「分かりました。実験をやってみます。クレアさんは森の中で一番高い木より高く飛んでくれませんか、そして僕が飛ばす魔力を周囲に反射させて下さい」
「分かった。それに、クレアでいいわよ」
ちょっと生意気な妖精は上空に飛んで行った。
7ページ目に『T.Aizawa』のサインを入れると、中距離レーダーを発動した。いつもと変わらず、三キロメートルまでの生命体に反応して白い〇が複数現れている。
「変わりがないわね」
スケッチブックを覗き込んでいるミリアナさんが、残念そうにしている。
「そうだね」
白い〇をクリックしても何も起こらなかった。
「おい、何か点滅を始めたぞ」
イフリート君が肩の上で騒いでいる。
「出た出た。これを待っていたのだ」
一キロメートル先の点滅している〇をクリックすると、ポップアップウインドーが現れて森の中のシカが映し出された。
「成功ね」
「ああ。でもここからが大変なのだよ」
切り取った画用紙に鹿を描くとスケッチブックをリカバリーして、7ページ目に鹿を写すと『Aizawa』のサインを入れた。
「行くよ、ミリアナ。これでシカに近づけば力が奪える筈なのだ」
鹿が居た方向に走り出すと、妖精達がついて来ている。
「あそこだ」
僕達に気づいた鹿は逃げようとしたが、ひと啼きするとその場にへたり込んでしまった。
「こいつも俺と同じで、力が抜けて動けなくなっているのか?」
イフリート君がシカの周りを飛び回っている。
「そうさ。クレアのお陰で、遠くの敵の姿を正確に捉える事が出来るようになったのだよ」
スケッチブックを閉じると、鹿は森の奥に走って行った。
「私が役に立ったのね」
イフリート君とは反対の肩の上に、クレアさんの姿が現れた。
「ウンディーネさん、皆さんの力を貸して頂けませんか?」
「分かりました。私が何を言っても、イフリートとクレアは貴方についていくでしょう。一つだけ約束して下さい、必ず無事に帰ってくると」
「約束します。ありがとうございます」
心配そうにしている妖精達に別れを告げると、7ページ目に火山の洞窟付近の絵を描いてサインを入れた。