レッドドラゴンの城
フォブルは険しい岩場を苦も無く駆け上り、火山の中腹までたどり着いた。
火口を降りるのは危険だと考え、洞窟がないかとレーダーを頼りに抜け道を探した。
「火龍は敵のようね」
スケッチブックを覗き込んできたミリアナさんが、険しい表情で呟いた。
レーダーには赤い〇が一つと、灰色の〇が無数点在していた。
「この洞窟を進んでいけば、火口近くに出られそうだよ」
岩の切れ目に出来た入り口を見つけた。
「入る前に転移の準備をしておいてよ」
「分かっているよ」
近くの風景を写生したキャンバスをアイテムボックスに収納して、7ページ目に同じ風景を描いた。後はサインを入れれば転移魔法が発動するのだ。
「先頭は私が行くわ。タカヒロはレーダーを確認しながらついて来て」
僕が肩に矢を受けてからのミリアナさんは、やたら神経質になる事がある。
「気をつけて進んでくれよ」
「任せなさい」
ミリアナさんは微笑むと洞窟に入っていった。
洞窟は狭くて蒸し暑かったが、音を上げるほどではなかった。
温度が上がっていく中をさらに進むと、切り開かれた場所に出た。
「何なの、あのガラスで出来たような建物は?」
ミリアナさんが驚くのも無理はなかった。所々に蒸気が噴出している場所に、透き通った美しい城が建っているのだ。
「火龍はあの中にいるよ」
「古代龍の名代と言うのは本当なのかしらね」
「会ってみないと分からないけど、敵対表示だから気をつけないとな」
この建物を維持している力を考えると、火龍が只者でない事は想像ができた。
人が近づく事を想定していないのだろう入り口には門番もいなく、軽く押しただけで扉が開いた。中に入ると火口近く居るのが嘘のように、気温が春の陽気のように感じられる。
「誰かいませんか!」
叫んで暫く待つと、ドワーフが現れた。
「何者だ?」
「タカヒロと申します。古代龍様の使いで火龍様にお会いしに来ました。お取次ぎ願えませんか?」
「古代龍様の使いだと。待っていろ、聞いてくる」
ドワーフは疑りながらも奥へ駆けていった。
「お会いになるそうです。ついて来て下さい」
ドワーフの言葉遣いが変わっている。
城の中は外見から想像するより広く、火龍が居る部屋は小学校のグランドほどの広さがあった。
『古代龍様の使いと言うのはお前達か? 何か証拠はあるのか?』
寝そべったドラゴンから思念が飛んできた。
「はい。これを預かっています」
前もってアイテムボックスから出しておいた鱗の盾を示した。
『古代龍様の鱗か。それで要件は?』
「はい。最近、ドワーフやエルフの徴用が多すぎるのではないかと、古代龍様が懸念されておられまして真意を確かめに参りました」
口から出任せを言って、火龍の出かたをみた。
『それは、古代龍様をお祀りする神殿造りが遅れいるので仕方なかったのだ』
ドラゴンも出任せを言っているようだ。
「そうでしたか、ではそのように伝えておきます」
『そうしてくれ。長旅で疲れただろう? 部屋を用意させるので、ゆっくりしていくがよい』
「そうさせて頂きます」
罠だと思いながらもミリアナさんと共に、ドワーフの後についていった。
「こちらの部屋をお使い下さい。御用がありましたお呼び下さい」
ドワーフはさっさと去っていた。
「これって罠よね」
「そうだね。ドワーフも操られているようだったし」
「だったら、さっさと逃げましょう」
「せっかく来たのだから、少し調べて行こうよ。このままではフェアリーワールドに来た意味がないからね」
部屋にはベッドしかなくて調べる必要がないので外に出ようとしたが、ドアには鍵が掛かっていた。
「何!」
「何なの?」
突然、床に魔法陣が浮かんで輝き出すと、僕達は吸い込まれてしまった。
「タカヒロ、大丈夫?」
落ちたのは真っ暗なところだった。
「大丈夫だよ。ミリアナは?」
魔道具のランプを照らすと、ミリアナさんが立ち上がるところだった。
「大丈夫よ」
『そこに居るのは誰だ?』
暗闇の奥から思念が送られてきた。
「誰か居るのですか?」
ランプを掲げて奥へ進んでいくと、ドラゴンの石像があった。
『儂は古代龍様に仕えるレッドドラゴンだ。不覚にも魔人によって封印されてしまったのだ』
「あなたが本物の火龍様ですか。いつからここに?」
『はっきりしないが、三月ほど前かな』
「そうですか。封印はどうすれば解けますか?」
『魔人オシリスを倒す以外にはないだろうな』
「フェアリーワールドにもオシリスが来ていたのですね」
『オシリスを知っているのか?』
「はい、名前だけですが。僕達はオシリスの魂と戦ってきました」
『そうか、それは頼もしい。しかしここに居るのは本体かも知れない、気を引き締めて戦え』
「はい、肝に銘じておきます。すると今いる火龍は偽物なのですね」
『オシリスが連れてきた、ただのドラゴンだろうな』
「そうですか、これで心置きなく戦えます」
『この異空間から抜け出せるのか?』
「はい、大丈夫です。後ほどお会いするのを楽しみにしています」
『名前を聞いておこうか』
「タカヒロとミリアナです。行こうか、ミリアナ」
城に入る前に風景を描いた7ページ目に、サインを入れた。
「火龍様、また会いましょう」
マントの裾を掴んだミリアナさんが、石像に手を振っている。
「無事に脱出は出来たけど、これからどうするの? まともに戦って勝てる相手ではないわよ」
「ドラゴンの力を吸い取らなければ勝てないだろうね」
僕達は洞窟の入り口に戻っていた。
「今回はタカヒロが絵を描いている間、守り切れそうにないわよ」
「確かに。サインを書く間があるかどうかだろうな」
火龍の威圧感を思い出す身震いした。
「古代龍様に力を借りたらどうかしら」
さすがのミリアナさんもドラゴンが相手では、何時もの威勢のよさが影を潜めている。
「ダメだと思うよ。古代龍様が力を貸して下さるのなら、レッドドラゴンが封印された時に行動を起こされているよ」
「確かにそうね」
「ホムクルン、聞こえるか?」
スケッチブックを開くと、1ページ目をトントンと叩いた。
「主よ、なにか用かな?」
「遠くから敵の映像を手に入れたいのだが、探索レーダーの性能を上げる事は出来ないか?」
「妖精の力を借りれば不可能ではない。今のレーダーは主の魔力を円状に飛ばして感知しているのだが、上空に協力してくれる妖精が居れば魔力を反射して感知する事が出来るようになるだろう」
「なるほど、人工衛星を使うようなものか」
「でも、協力してくれる妖精なんて居るかしら」
「もう一度、妖精の森に行って頼んでみるしかないだろうね」
シルフさんの素っ気なさを思い出して眉を顰めた。
「ダメもとで行ってみましょう。このままでは、ドワーフの人やエルフの人が可哀そうだわ」
「妖精の力を借りない事には、ドラゴンには勝てそうにないから行こう。ホムクルン、参考になったよ、ありがとう」
「それはよかった」
「ホムクルンって本当に感情がないのかしら?」
笑ったような声に、ミリアナさんも疑いを持っているようだ。
「僕も疑っているよ」
9ページ目にフォブルの絵を描きながら、ミリアナさんの疑問に頷いた。
『主よ、なに用だ?』
黒い波紋の中から現れたフォブルは、まったく変わりがない。
「妖精の森まで乗せて行ってくれ」
『任せなさい』
(お前もかよ)
ミリアナさんの口癖が感染していく事に苦笑いした。