アダマンタイト鉱石
妖精の森は二時間ほどで抜ける事ができた。
「ドワーフにエルフって、テレビゲームなどで描かれているのと同じなのかしらね」
「どうだろう、好戦的でない事を祈っているよ」
「そうね。シルフと言う妖精の力も凄かったわ、あれで全力を出しているようには見えなかったから怖いわ」
ミリアナさんはセパレートの革鎧に手甲脚絆、大剣を背負った姿は変わっていないが、人間界で冒険者をしていた時と比べるとずいぶん大人しくなった。
「ここまでくれば妖精の目も届かないだろうから、フォブルに乗って行こう」
「そうね」
「いでよ! フォブル」
9ページ目に額に小さな角がある犬を描いて、名前を呼びながらサインを入れると、画用紙に広がる黒い波紋の中から銀色の大きな犬が現れた。
『我が主よ、お呼びか』
フォブルが思念を飛ばしてきた。
「あの山の麓まで乗せて行ってくれ」
『乗るがよい』
フォブルが腹這いになるとミリアナさんが前に乗り、僕は後ろに跨った。
『行くぞ!』
フォブルは草原を駆け、林を抜けて小一時間で頂上が霞んでいる山の麓にたどり着いた。
「敵はいない?」
「少し待ってよ」
中距離レーダーを作動させると、二キロメートルほど先に灰色の〇が複数確認できた。
「街ではなさそうだけど、誰か居るみたいだよ」
「行ってみましょう」
「そうだね。フォブル、頼んだぞ」
『任せなァ』
僕達を乗せたフォブルは、ゆっくりと岩場を登っていった。
「この奥だなァ」
「敵はいないの?」
「大丈夫」
フォブルをスケッチブックに戻すと、魔道具のランプをミリアナさんに渡した。
「何の音かしら?」
少し進むとカンカンと金属音が響いてきた。
「鉱石を採掘しているようだね」
石の欠片を拾うと、アイテムボックスに収納した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
洞窟の石 鉄10% オリハルコン3% その他87%
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ここの石には、オリハルコンが含まれいるみたいだね」
1ページ目に石の成分が表示された。
「微量ですが、アダマンタイトも含まれています」
「誰? 誰の声?」
スケッチブックから聞こえてきた声に驚いた。
「私です。ホムクルンです。暇だったのでアイテムボックスの整理を行っていました」
「驚かすなよ」
「申し訳ありません。いつ声を掛けていいものか迷っていました」
「それで、ホムクルンは何がしたいのかな?」
「はい。アイテムボックスの鑑定機能に私の頭脳を組み込めば、もっと詳しい事が分かるようになるのではないでしょうか」
「分かった。聞きたい事があれば訊ねるからよろしく頼むよ」
「お任せ下さい」
ホムクルンの声が、どこか喜んでいるように聞こえた。
「ちなみにだが、ホムクルンは魔法を理解できるのか?」
「魔力がありませんので行使は出来ませんが、理屈を理解する事はできます」
「そうか、ではその中にある『賢者になるための魔術書』を分かりやすく解読しておいてくれないか」
「承知いたしました」
「そう言う時は、任せなさい、と言うのよ」
スケッチブックの声を聞いていたミリアナさんが、しゃしゃり出てきた。
「変な事を教えるなよ」
「主よ、任せなさい」
(また、変なのが増えたぞ)
と、思いながらも、争いばかり続くこの世界で新たな力になるだろうと笑みが零れた。
「音が近づいてきたわ」
「あと二百メートルほどだが、灰色の〇に赤い○が近づいている!」
「どっちから来るの?」
「横からだよ」
「奥には枝道があるのかもしれないわ。急ぎましょう」
ミリアナさんが走り出そうとしたとき、地響きがして地面が揺れた。
「地震か?」
「ワームが出た!」
小学生ぐらいの人影が悲鳴を上げながら駆けてくる。
「入り口の方からも敵が来る!」
レーダーを見ると、今入ってきた方向にも赤い○が現れている。
「ミリアナは奥の敵を!」
9ページ目にサインを入れると画用紙に黒い波紋が広がり、フォブルを戻した時に用意しておいたスロウが現れた。
「任せなさい!」
ミリアナさんはドワーフと思われる人影とすれ違いながら、奥に向かった。
「止まれ、入り口の方からも敵が来る。挟み撃ちにする気なのだ」
スロウに両刃の斧を渡すと、両手を広げて走ってくる人影を止めた。
「スロウ、あれを倒せ!」
大蛇より太い何かが、凄いスピードで突っ込んでくる。
「主よ、任せろ」
斧を振り上げて突っ込んいくスロウは、敵を真っ二つに切り裂いた。
「凄い! ワームをやっつけたぞ」
髭面の男達が騒いている。
「こっちも終わったわ。怪我はない?」
ミリアナさんが小走りで戻ってきた。
「ありがとう、助かったよ。あんた達は誰なのだ?」
一塊になった十人の男達は、スロウを見て震えている。
「ここでは何だから、外に出て話しませんか?」
スロウを戻すと男達に提案した。紫の体液を流して倒れている物体は、気持ちが悪いとしか言いようがなかった。
「そうだな、そうしよう」
リーダーとおぼしき男が一歩前に出てきた。ミノタウロスが消えても不安は消えないようで、周りにキョロ、キョロと視線をやっている。
「あんな魔物が出る洞窟の奥で何をしていたのですか?」
「アダマンタイト鉱石を掘っていたのだ。それに魔物は何十年も出ていないのだがな」
ボルグと名乗ったドワーフが答えた。
「アダマンタイト鉱石はどれぐらい必要なのですか?」
「多ければ多いほどいいのだが、簡単には採取できないのだよ」
「鉱石を持っていますか?」
「ああ。慌てて逃げたから一個しかないがな」
ボルグさんは革袋から拳大の塊を取り出した。
「貸して貰えませんか?」
「何をするのだ?」
「鉱石を分析して、同じ物をゴーレムに採掘させるのです」
受け取った鉱石をアイテムボックスに収納すると、9ページ目にロボットの絵を描いた。
一体目は右腕に掘削ドリルをつけて左腕には物を掴み上げるコの字形のアームをつけ、二体目はキャタピラタの運搬車両を描いて『Aizawa』のサインを入れた。
「何だか見た事があるようなロボットね」
ミリアナさんはスケッチブックから飛び出した、ミスリルの塊が姿を変えたゴーレムを見詰めている。
「ゲッ〇ーロボを参考にさせて貰ったのだよ」
「ゲッ〇ーロボなんて知らないわ」
「そらそうだろ、昭和四十年代後半のアニメだからね。僕も再放送を見て知ったのだから」
「主よ、なに用だ?」
ゴーレムが声を出したので驚いた
「誰だ?」
「私ですよ、ホムクルンです。クリスタルドラゴンの鱗の欠片を調べていた時に、魔法陣に私の頭脳が追加されるように細工をしておきました」
「何、勝手な事をやっているのだ!」
「ダメだったでしょうか?」
「まぁ、いいけど。これからは何かする時は、僕の許可を取ってくれるかな」
「分かりました。それで、今回のご用は?」
「洞窟の奥に行って、アダマンタイト鉱石を採取してくるのだ」
「任せなさい」
二体のゴーレムは洞窟の中に入って行った。
「あいつ、何だか生き生きしていないか?」
「タカヒロの役に立てて嬉しいのよ」
「ホムクルンはAIでしかないのだぞ」
「タカヒロだって嬉しそうな顔をしているわよ」
「……」
自分でも顔がニヤけているのが分かるので、何も言い返せなかった。
「あの、今のは?」
ボルグさん達は僕の行為に驚愕しているようで、全員が髭面の厳つい顔を引き攣らせている。
「ゴーレムです。皆さんの代わりにこれを採掘に行かせましたので、ゆっくりとお話しを聞かせて下さい」
アダマンタイト鉱石の塊をボルグさんに返した。
「ゴーレムって、妖精が手足に使っている人形ですよね。採掘はそんな簡単な物ではありませんよ」
塊を革袋に戻したボルグさんは、少し不機嫌になっている。
「暫く様子を見てみましょう」
「先ほど助けて頂いたのだから、分かる事なら答えますよ」
「ありがとうございます。早速ですが、妖精にドワーフの国がこの辺にあると聞いてきたのですが、教えて貰えないでしょうか?」
「人間がドワーフ国に何の用があるのだ?」
ボルグさん達は警戒心を強めている。
「僕達は古代龍様に言われてフェアリーワールドに来たのですが、何か困っている事はありませんか?」
「古代龍様だと、益々怪しいなぁ。昔、人間が世界を壊したと長老様達が仰っていただが、何か企んでいるな」
「何も企んでなどいませんよ。ドワーフの国では魔物などが暴れたりしていませんか?」
「魔物を操ているのはお前じゃないか」
ドワーフは一塊になって敵対心を剥き出しにしてきている。
「主、戻りました」
二体のゴーレムが鉱石を山積みにして洞窟から出てきた。
「たくさん採れたようだな」
(ナイスタイミング)
険悪な雰囲気に困っていた僕は、ホムクルンの声に頬を緩めた。
「ボルグさん、必要なだけ持って行って下さい」
「アダマンタイト鉱石がそんな簡単に採れる筈がないだろが」
ボルグさん達は運搬車から降ろされた石の塊を次から次へと手にしては、ハンマーで叩いて調べている。
「どうですか?」
「含有率が高い上物だな」
ボルガさんが仲間を見渡すと全員が頷いている。
「それはよかった。必要なだけ持って行って下さい。運べないようでしたら、僕が運びますよ」
「ありがたい話だが、人間に我々の国の場所を教える訳にはいかない」
「そうですか、最後にもう一つだけ。エルフの国はどっちへ行けば見つかりますかね」
「エルフの国を襲うのか?」
「いいえ。困り事がないか聞きに行くだけです」
「なら、この山の裾を南に行けば見つかるだろ」
ボルグさんはそれだけ言うと口を閉ざした。
「ありがとうございました」
その場を去ろうとした時、上空に大きな影が現れた。
「火龍様が街に向かっているぞ!」
ドワーフの一人が叫んだ。
「ここにもドラゴンが居るのですね」
「古代龍様の関係者なら知っているだろ。あれは古代龍様の名代を務めている火龍様だよ」
ボルグさんが顔を顰めている。
「名代? そんな話しは聞いた事がないな。その火龍様が街になに用で行くのですか?」
古代龍の半分ぐらいの大きさのドラゴンを見上げて、首を傾げた。
「人手を連れに来たのさ」
「ひとで?」
「火龍様はドワーフやエルフを城に連れて行って働かせているのだが、その数が最近になって急に増えてきているのだ」
ボルグさんが吐き捨てるように言った。
「不満があるのなら、なぜ言わないのですか。古代龍様の名代なら分かって下さるでしょう」
「神様の行う事に、不平不満など口に出来る訳がないだろ」
「なら、僕が話しをつけに行ってきますよ。火龍様の城はどこにあるのですか?」
「止めておけ。火龍様を怒らせたら、一瞬で灰にされてしまうぞ」
ボルグさんは無駄だと言うように首を横に振っている。
「決して貴方達の事は口にしません。これは僕の意思で行くのです、場所を教えて下さい」
さらに警戒感を強めているドワーフ達に頭を下げた。
「あの煙が出ている山の頂上にある」
ぶっきら棒な口調になっているボルグさんが指を指した。
「火山の火口にあるのか」
(聞くのじゃなかったかな。会いに行くだけで大変だぞ)
一番高い山を見上げて心が折れそうになった。
「ドラゴンが帰っていくわ。私達も行きましょう」
ミリアナさんがまたまた楽天的な事を言っている。
「そうだな」
後戻り出来なくなってフォブルを呼び出した。
大きな犬の出現にドワーフ達は怯えている。