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キメラ研究所 その3


「何が出るか分かりません。気をつけて下さい」

 門に施錠はされていなくて簡単に開ける事が出来た。

 石造りの建物の中は静まり返っていて、薄暗い通路が長く伸びていた。

「何も出てきませんね」

「ですね」

 レーダーを見て首を傾げた。赤い○は建物の中央と思われるところに一つあるだけだ。

 通路を進むと上り階段があり、その先には出口と思われる明かりが見えている。

「ここは、コロシアム?」

 そこは古代ギリシアの遺跡に似た、青空天井の巨大な闘技場の客席のようだった。

「侵入者よ、ここをお前達の墓場にしてやる。降りてくるがよい」

 中央に座っている魔物から声がした。

「あれは、オルトロス!」

 古代の書物の絵で見た化け物がいて、勝ち目のない相手を前にして声が震えた。

 頭が二つある魔獣は、足一本が人間より大きい巨大な犬だった。

「タカヒロ殿、ミリアナ殿を連れて逃げて下さい。あいつは我々が足止めをします」

 鋼鉄のように鈍く光っている皮膚を持ち、禍々しい顔をした魔獣は誰の目にも勝ち目のない相手に映っていた。

「逃げても無駄だと思います。我々が入ってきた門は、内側から開かない構造になっていましたし、魔法障壁があるので転移も出来ないでしょう」

「ここまでですか?」

 リスア将軍の言葉に首を横に振る僕を見て、ゴセリー王子がガックリと肩を落とした。

「全員で一斉攻撃を仕掛けましょう」

 ハスキー将軍代行が剣を抜いた。

「僕に一度だけチャンスを下さい。もし、僕が倒れたら後はリスア将軍にお任せします」

「分かりました」

「サマンサ司教様の力をお借りしますので、横になって居て下さい」

「どうして横に?」

「サマンサ司教様の魔力をすべて使わせて頂きます」

「分かりました。お使い下さい」

 観客席の通路に横たわったサマンサ司教は、静かに瞼を閉じた。

「行こうか、ミリアナ」

 7ページ目にサマンサ司教の似顔絵とサインを描くとアイテムボックスに収納して、ミリアナさんと闘技場に降りて行った。

「やっと死ぬ覚悟か出来たか」

 オルトロスが尻を上げると巨大さが際立つ。

「準備が出来るまで僕を守って」

 ミリアナさんに古代龍の盾を渡した。

「任せなさい!」

 三歩前に出たミリアナさんは、オルトロスに向けて盾を構えた。

「奴は冷気と音波を吐くから気をつけて」

 6ページ目に一度見たサマンサ司教の魔法、ファイアブレスを纏わせたミスリルのショートソードを描いた。

「分かったわ」

「そんな物で俺の攻撃が防げると思っているのか?」

 一つの口を開けたオルトロスは、「ガオッー」と咆哮を上げた。

 凄い圧でミリアナさんが押され、盾がミシミシと音を立てている。

(勝負は一瞬だ。奴が走り出したら勝ち目はないだろう)

 ミリアナさんの後ろに隠れていても、音波の衝撃が襲ってきている。

「俺の攻撃に耐える盾があるとは驚いたが、今度こそ粉々にしてくれる」

 ミリアナさんを睨むオルトロスは、別の口を開けて吠えた。

 両手両足に力を入れて踏ん張っているミリアナさんが持つ盾が、冷気で真っ白になっていった。

(凍った盾に音波の衝撃を受けたら粉々になってしまうだろうなァ)

 焦るがフルネームのサインを書くのには時間が掛かった。

 汗を流しながら6ページ目に『Takahiro.Aizawa』のサインを入れると光の波紋が広がり、サマンサ司教の全魔力を吸ってメラメラと燃え上がるショートソードが現れた。

「ミリアナ、どいて! スラッシュ!」

 オルトロスが二つ目の口を開けるを見て、上段に構えたショートソードを振り下ろした。瞬間まで攻撃を悟られては、避けられてしまうのだ。

 風魔法の剣撃が炎の渦巻きを作り、攻撃を仕掛けて身動きが取れないオルトロスに向かっていった。

 地面さえも割っていく剣撃が、難攻不落と思われた巨大な魔獣を真っ二つにした。

「やったわね!」

 縮地のスキルで僕の前から姿を消したミリアナさんが、背後から声を掛けてきた。

「ミリアナがギリギリまで踏ん張ってくれたお陰さ」

 強敵を倒せた事に胸を撫で下ろした。

「タカヒロならやると信じていたから、踏ん張れたのよ」

 ミリアナさんの顔に笑顔が戻っている。

「あの球は!」

 オルトロスに近づくと、屍の傍に黒い球体が転がっていた。

「古代龍のダンジョンにあったのと同じね」

『邪神様の邪魔をするのは貴様達だな!』

 球から低い声が響いてきた。

「何者だ?」

『我は転移の力を持つオシリスの魂だ』

「やはりオシリスか」

『世界中の魔物をここに呼び出して、貴様達を滅ぼしてやる』

 球体が光り出して、禍々しいオーラが立ち昇った。

「タカヒロ!」

「分かっている」

 7ページ目を開くと『Aizawa』のサインと、何の特徴もない球体を描いた。

 観客席から駆けてきた精鋭部隊が見守る中、静まり返った時間だけが過ぎていく。

『な、何をした。我の力が、霧散していくではないか』

「やはり同じだな。お前の力は異次元に飛ばしている、いくら出しても無駄だ諦めるのだな」

『そんなバカな事が出来るのか?』

 球体から出ていたオーラがなくなり、光も消えて静かになった。

「今のは何なのだ?」

 皆を代表するようにリスア将軍が聞いてきた。

「オルトロスを操っていた邪悪な力です。でも、もう大丈夫です」

 拾い上げた球と絵をアイテムボックスに収納すると、サマンサ司教の似顔絵を取り出して破棄した。

 ハスキー将軍代行に抱え上げられているサマンサ司教は、目を開いたが顔は真っ蒼だ。

「タカヒロ殿、凄い一撃でした。私にご伝授して頂けないでしょうか」

 言葉遣いが変わったリスア将軍の目が輝いている。

「先ほどの一撃はサマンサ司教様の魔法を剣に乗せたものですから、サマンサ司教様が行使されるファイアブレスが発動出来なければ使えない技です」

「私には魔力がありませんから、それは無理ですね。ミリアナ殿がタカヒロ殿の前から消えられたのも魔法ですか?」

 リスア将軍の視線がミリアナさんに移っている。

「あれは、縮地のスキルを使っただけよ」

「スキルでしたら修得が可能ですよね。是非とも私に教えて下さい、お願いします」

 高飛車だったリスア将軍が、年下のミリアナさんに深く頭を下げている。

「ここから無事に帰る事が出来たら教えますよ」

 ミリアナさんは真剣な表情に負けたようだ。

「あちらに新しい出口が出来ています」

 闘技場を調べていた兵士が報告にやってきた。

 何もなかった壁の一部が消えて、通路が現れていた。

「奥に僕達の仲間が居ますね、行ってみましょう」

 レーダーを発動させると緑の〇が二つ映り出されたが、ポップアップウインドーは現れなかった。

「こんなところに仲間って? 敵はいないの?」

 ミリアナさんが不思議がっている。

「敵の姿はなさそうだよ」

「行きましょう」

 リスア将軍が先頭になって通路を進んで行った。

 階段を下りてさらに進むと、幾つもの部屋に仕切られた階層に出た。

「闘技場の地下がキメラの研究施設になっていたのですね」

 敵がいないのを確認すると、各部屋を見て回った。

 中には解剖した魔物や動物を溶液に浸けた容器や、何かを培養しているような容器が並んでいて、まさにバイオ研究室だった。

「仲間って、何処にいるの?」

 ミリアナさんは僕の傍を離れようとはしなかった。

「もっと奥だね」

「これだけの施設に敵がいないのも解せないわね」

 リスア将軍も、レーダーを確認している僕から離れようとはしない。

 さらに階段を下りて進むと、広い部屋に出た。

「新しいキメラはまだ出来ていないぞ」

 白衣を着た青年が、機械をいじるように魔物の死体を扱っている。

「貴方は誰ですか?」

 レーダーに反応しない人間の存在に驚いた。

「オルトロスの使いではなさそうだな」

 顔を上げた青年の表情は読み取れなかった。

「オルトロスは倒しました」

「あれを倒すとは強いのだな。私の名前はホムクルン、神によって作られた人造人間だよ」

「ここで何をしているのですか?」

 人造人間と聞いて、生命体に反応するレーダーに映らない事に納得した。

「私の仕事は新しい生き物や植物を作る事。だから私を長い眠りから目覚めさせたあの方に頼まれて、キメラや新しい魔物を作っているのだよ」

 ホムクルンの表情にはまったく感情がなかった。

「貴様が魔物に我々の国を襲わせたのか?」

 豹顔になったハスキー将軍代行が剣を抜いた。

「何を言っているのか分からない。私はここで研究をしているだけだ。あの方の代理であるオルトロスが倒されたなら、私は誰の指図を受ければいいのだ」

「ハスキーさん、待って下さい。ここは僕に話しをさせて下さい」

 コンピューターやAIが発達した世界から来ている僕には、ホムクルンの感情の無さが理解できた。

「分かりました」

「オルトロスが代理と言う事は、貴方を目覚めさせたのはオシリスだったのですか?」

「オシリス、それは誰だ? 私は起きて研究をするように命令されただけだ」

「命令したのは誰ですか?」

「分からない」

「そうですか。僕達の仲間が二人、ここに居る筈なのですが何処にいますか?」

「魔物が連れてきた研究材料なら、そこの部屋にいるぞ」

 ホムクルンが奥の部屋を指さした。

「リスア将軍、調べて下さい」

「了解した」

 リスア将軍がドアを開けると、鎖に繋がれたハング軍師とタイアン将軍がいた。

「タカヒロ殿、ミリアナ殿、ご無事でしたか」

「お二人もご無事で何よりです」

 解放された二人と握手する僕は、重い十字架を下ろした気分になった。

「タカヒロ、こっちも何とかしないと」

 椅子に座っているホムクルンを見張っているミリアナさんが呼んだ。

「ホムクルン、貴方はこれからどうしたいのですか?」

「タカヒロ殿と申されるか。私の仕事は研究をする事だけだから、仕事がないのなら眠らせて欲しい」

「貴方が居なくなればこの研究所はどうなるのですか?」

「ここは私の頭脳と連動しているので、私が居なくなれば誰も出入り出来なくなる」

「そうですか。貴方の処分は古代龍様と相談して決めます、それまで僕のアイテムボックスに入って貰います」

「アイテムボックスにって、本気?」

 ミリアナさんが驚いている。

「人間の姿をしているけど、進化したパソコンのような物だからね」

「パソコンって、私の知らないうちにそんなに進化しているの?」

「ああ。今ではロボットが受付をしたり、店内を案内したりしているよ」

 僕達の会話に皆が首を傾げている。

「タカヒロ殿は神様ですか?」

 ホムクルンが僕を見詰めている。

「僕は人間です」

「そうですか。私はタカヒロ殿が決められた事に従います」

 ホムクルンは立ち上がると右手を差し出してきた。

「では、建物から出たらここを完全に封鎖してアイテムボックスに入って下さい」

 小さく頷くホムクルンの手は冷たかったが、その顔が微笑んだように見えた。


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