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キメラ研究所 その2


 僕達は建物の正面が見渡せる場所に出て来ていた。

「玄関前に座っている魔物は何ですかね?」

「あれはライオンの上半身に山羊の下半身、それに蛇の尻尾を持ったキマイラですね。頭はライオンと山羊の二つがあり、ライオンの口は炎を吐き、山羊の口は毒を吐くと記載されています」

 古代の書物を広げて皆に説明した。

「炎と毒のブレスでは近づく事も出来ないではないか」

「建物の周りには鎧を着たオークとオーガが巡回していますし、攻め込みようがありませんね」

「確かに、遠距離攻撃が出来ないとなると厄介ですね」

 リスア将軍とハスキー将軍代行と同じように、僕にも攻略方が思いつかなかった。

「キマイラの力を吸い取る事は出来ないの」

「イナズマを弾いた魔法障壁は建物から三十メートルほど離れたところに張られているので、その中に入らないと僕の魔法も発動しないだろうなァ」

(障壁の外で魔法を発動させて中に入れば力を吸い取れるだろうが、三十メートルまで近づいてしまったら逃げる事が出来なくなってしまうなァ。それにキメラを倒せても他の魔物に襲われるしなァ)

「タカヒロ殿、どうかしたか?」

 考え込んでしまった僕の態度に、リスア将軍が痺れを切らしたようだ。

「攻め込む策が無い訳ではないのですが、失敗したら全滅してしまうのです」

 キマイラの力を吸い取る方法を説明しながらも、決断はしかねていた。成功する確率は低く、炎のブレスで焼かれてしまう確率が高過ぎるのだ。

「確かに大きな賭けね。今回は任せなさいとは言えないわ」

 ミリアナさんも苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「その魔法を発動後、私がスケッチブックを持って障壁の中に入るのではダメなのか。もしも私が倒れてもスケッチブックはタカヒロ殿の意思で手元に呼び寄せる事が出来るのだろ」

 リスア将軍は、僕が牢獄でスケッチブックを取り返していたのを覚えていた。

「それは無理です。人の手に渡った時点で魔法は効力をなくします」

「なら、レッドゴリー王国の騎士全員がタカヒロ殿の盾になろう。もし失敗したら、我らを盾にして逃げて下さい」

 リスア将軍が真顔になっている。

「そのような事が出来る訳がないでしょう」

「タカヒロ殿に勝利を収めて貰わないと、アニマルワールドは消滅してしまうのです。我々は初めからタカヒロ殿の盾になるために作戦に参加しているのです、分かって下さい」

 リスア将軍の口調が変わってしまっている。

「タカヒロ殿、私からもお願いします。リスア将軍の意思をお汲み取り下さい」

 ゴセリー王子が頭を下げた。

「タカヒロ。リスア将軍をリーダーに選んだのは貴方でしょ。その貴方が指揮に従わないでどうするの」

「しかし、皆を危険に晒さなくても、他に方法があるかもしれないだろ」

「ここは平和を謳歌している日本じゃないのよ。皆、常に死と隣合わせで生きているの、それが分からないのならこの作戦から外れなさい」

 ミリアナさんが泣き出しそうな顔になっている。

「ミリアナ殿が仰っている事の半分は分かりませんが、ありがとうございます」

「分かりました。やりましょう」

(やっぱりミリアナさんは強いなァ)

 7ページ目を開くとキマイラを描き始めた。失敗は許されないので、出来るだけ正確に描写していった。

「行きましょう」

 十五分で絵は完成した。

「待ってください」

「何でしょう?」

「もしも作戦が失敗したら、タカヒロ殿とミリアナ殿は障壁を出て礼拝堂に戻ってください。そしてレッドゴリー王国と連合国を纏めて、アニマルワールドを守って頂きたいのです」

「それは……」

「それが命をかける皆の願いです」

「分かりました」

「よろしくお願いいたします」

 リスア将軍を初め、全員が頭を下げている。

「必ずこの作戦を成功させましょう」

 7ページ目にサインを入れたが、予想通りキマイラに何の変化も表れなかった。

「タカヒロ殿に魔物を近づかせるな。そしてキマイラが動き出したら私が囮になるから、魔術師は最大威力の魔法を発動させる事。行くぞ!」

 盾を構えた騎士を先頭に全員が走り出した。いかに早く建物に近づくかが勝敗を分ける。

 巡回していたオークとオーガが、我々に気づくと抜刀して向かってきた。

「ここは私に任せて!」

 ミリアナさんが一気に加速していった。

『フォブルとスロウも行け』

 思念を飛ばすとフォブルはミリアナさんと並走し、スロウはその腕力で石を投げて敵の動きを抑えている。

 ミリアナさんが先頭のオークと剣を交えると、いつもなら一刀両断している大剣が受け止められてしまった。

 フォブルが足に噛みついた瞬間、ミリアナさんがオークの首を刎ねた。鎧を避けての絶妙な攻撃だ。

 強化されたオーガには、ミリアナさんも苦戦を強いられている。

 キマイラが動き出す前に魔法障壁を越えるために、全力で走った。

「ハスキー、タカヒロ殿を頼んだ!」

 先頭を走っていたリスア将軍が、突然隊から離れていった。キマイラがゆっくり動き出しているのだ。

『スロウ、リスア将軍に続け』

 今は眷属を動かす事しか出来なかった。

「こちらにもオーガが向かってきます」

「第一斑はオーガを止めろ」

 ハスキー将軍代行の指示で五人の騎士が動いた。

「くそう! 間に合わないか!」

 キマイラはリスア将軍に向かって、ライオンの口を大きく開けている。

 鍛えているつもりだったが、まだまだミリアナさんにも鎧を着た兵士にも走り負けている。

「ガーォッ」

 必死で走ると何とか間に合ったのか、キマイラはファイアブレスを吐くことなく横倒しになった。

「どうしたのだ?」

 力を吸い取っている筈なのにキマイラの尻尾が土埃を上げて地面を叩くと、リスア将軍が吹っ飛ばされて倒れた。

 遠くからでは後ろに隠れていて確認出来なかったが、キマイラの尻尾には顔がついていて別の生き物のように動いているのだ。

 エネルギー体であるフォブルとスロウは魔法障壁にぶつかると消えてしまっていて、鞭のように撓る尻尾が僕に狙いをつけている。

 周りを見ると、騎士達は手にした盾でオークとオーガの攻撃を受け止め魔術師達と共闘中だし、ミリアナさんとゴリラの姿になっているゴセリー王子は、オーガと剣を交えて火花を散らせていて、応援を頼める状態ではなかった。

(遣るしかないか)

 風魔法を纏わせたショートソードを構えたが、動き回る尻尾を斬る自信がもてなかった。

「偉大なる古代龍様の力をお借りして、我が敵の動きを封じたまえ。アイスブレス!」

 治療のために魔力を温存していたサマンサ司教の翳したステッキから吹雪が吹き出して、尻尾の動きが鈍くなった。

「スラッシュ!」

 ショートソードを振り下ろすと白くなった蛇の頭が半分に割れ、キマイラの尻尾はピクピクと痙攣して動かなくなった。

「サマンサ司教様、助かりました。ありがとうございます」

「タカヒロ様は魔法だけではなく、剣術も凄いのですね!」

「ミリアナの剣術に比べたらまだまだですよ」

 サマンサ司教が大きな目をさらに見開いて僕を見詰めるので、照れ臭くなった。

「サマンサ司教、来てください!」

 熾烈な戦いは辛うじて精鋭部隊の勝利に終わったが、意識の無いリスア将軍の呼吸が途切れ途切れになっていた。

「偉大なる古代龍様の力をお借りして、我が仲間を救いたまへ。ヒーリング!」

 兵士に呼ばれて駆け寄ったサマンサ司教の治癒魔法を受けても、リスア将軍の症状は回復しなかった。

 ケガ人が多数でたのか、いたるところで魔術師の治癒魔法が発動されている。

「どうなの?」

 覗き込むミリアナさんの表情も冴えない。

「片方の肺が破れているようです」

 苦しそうに呼吸をするリスア将軍の手当てを続けるサマンサ司教は、悲しげに首を振った。

「タカヒロ、治しなさい。貴方なら出来るでしょ」

「肺なんて、見えないのに無理だよ」

「見えれば治せるのね。ナイフを出しなさい、私が見えるようにするから」

 ミリアナさんは鬼のような形相をしている。

「遣ってみるよ」

 アイテムボックスから出したナイフをファイアで炙ると、ミリアナさんに渡した。見るに堪えない光景だが、命懸けで守ってくれた恩人から目を背ける訳にはいかなかった。

 胸骨に沿ってナイフを入れたミリアナさんは、さらに肋骨に沿って切り込みを入れていった。

「うううっ!」

 激痛で意識を取り戻したリスア将軍は、兵士に押さえられて布切れを噛まされている。

「タカヒロ、早く治しなさい」

 皮膚と筋肉が捲られると、折れた肋骨が刺さった肺から空気が漏れているのが見て取れた。

 血の気が引いて行くのを覚えながらも10ページ目を開くと、破れた肺を描き、正常な肺と正常な肋骨を重ね描きしてサインを入れた。

 優しい光に包まれた肺は、膨らみを取り戻してリズミカルな動きを始めた。

 ミリアナさんが切り裂いた傷を描いて再びサインを入れると痛みが消えたのか、リスア将軍は気を失い静かな呼吸をしていた。

「大丈夫?」

 生々しい内臓と大量の血を見て目眩を起こした僕を、ミリアナさんが優しく支えてくれた。

「ありがとう。他にケガ人は?」

「いないわ」

「何とかなったようだね」

 スケッチブックを閉じてリカバリーすると、体力と魔力を少しでも回復して貰おうと全員に水を配って回った。

「リスア将軍、動けますか?」

「ありがとう。何があったかはゴセリーから聞いた。本当にありがとう」

 右乳房の下を擦るリスア将軍は顔を赤くしている。

「リスア将軍、命を大事にするように言ったでしょ。でも、ありがとうございました。お陰でキマイラを倒す事が出来ました」

「戦いはこれからですよ」

 血色が戻ってきたリスア将軍は。敵の巣窟とは思えない静かな建物を見上げた。

 目の前の巨大な建物は、侵入者を拒むように大きな門を閉ざしている。


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