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敗北の涙


「どうなされました!」

 古代龍の像に祈りを捧げていたコスモ大司教が、光の中から現れた僕達に駆け寄ってきた。

「タカヒロ殿がケガをなされました」

 サマンサ司教が泣き出しそうな声になっている。

「すぐに手当てをしましょう。古代龍様、私に力をお貸し下さい」

 鏃の部分を切り取って矢を抜いたコスモ大司教は、長い詠唱を始めた。僕の肩口に当てた白い手が、淡い光を放っている。

「ウウッ」

 僕は苦痛に耐えかねて呻き声を漏らした。大量の出血を伴うケガは、異世界に来て初めてだ。

「偉大な古代龍様のお力をお借りして、愛する人の傷を癒したまえ。ヒーリング! もう大丈夫ですよ」

 コスモ大司教の呪文を聞きながら、僕は気を失ってしまった。



 数時間の眠りから目覚めた僕は、ベッドに腰掛けていた。傍では椅子に腰を下ろしたミリアナさんが肩を落としている。

「気がつかれましたか。何か食事を用意させましょうか?」

 部屋に入ってきたコスモ大司教が、重たい空気を消すように柔らかい声を掛けてきた。

「ありがとうございます。今は結構です」

「ハングさんとタイアン将軍の事は、サマンサから聞きました。お二人は、タカヒロ様を救った事を誇りに思っておられるでしょう」

「僕がもっと慎重に行動していれば、こんな事にはならなかったでしょう。新しい力に自惚れいた自分が、情けなくて仕方がありません」

「タカヒロ様には大事な使命が……」

「傷は大司教様に治して頂いたのですが、僕の右手は動かなくなってしまいました。絵が描けなくては魔法も使えず、使命を果たす事も出来ません」

 僕は左手を上げてコスモ大司教の言葉を遮った。

「ケガは完全に治癒している筈です」

「鏃に何らかの毒が塗ってあったようです」

「私の魔法で、どの様な毒でも解毒されている筈ですが?」

「特殊な毒のようで、有名な薬師が作った薬でも解毒出来ませんでした」

 マルシカさんから貰った薬の空き瓶を握っているミリアナさんが、悲しそうに首を振った。

「私の力が足りないばかりに、申し訳ありません」

「大司教様には感謝しています。頭を上げて下さい」

 ベッドから降りると、左手でコスモ大司教に別れの握手を求めた。

「ライガン皇帝閣下がお見えになりました」

 司祭の一人が報告にやってきた。

「礼拝堂にお通しして。タカヒロ様、ミリアナ様、私の独断でサマンサにお城に行かせました」

「そうですか。僕も閣下に報告がありますので行きます」

 礼拝堂に向かう足が重たかった。これからどうすればいいのか、全く先が見えていなかった。

 後ろをついてくるミリアナさんも、無口になっている。

「タカヒロ殿、動かれて大丈夫なのか?」

「皇帝閣下、申し訳ありません。タイアン将軍が……」

 自分の責任で人が亡くなった事に深い憤りが生まれ、自分が許せなくなて言葉に詰まってしまった。

「貴殿が謝る事はない。戦場は常に死と隣り合わせの場所、タイアンも承知で参加したのだから気にするな」

「いいえ、すべて僕の責任です。そしてその責任を償う事も出来なくなりました」

 申し訳なくて深々と頭を下げた。

「どう言う事かな?」

「タカヒロはケガで右手が動かなくなってしまったので、もう戦う事が出来ないのです」

 俯いている僕に代わってミリアナさんが答えた。

「しかし、ケガは……」

 ライガン皇帝に視線を向けられたコスモ大司教は、首を横に振っている。

「それでは、アニマルワールドは終わりですか」

 両膝を崩したライガン皇帝が天を仰いだ。

「僕から古代龍様に、世界を救うようにお願いしてみます」

 これが自分に出来る最後の事のように思え、古代龍の像に近づくと思念が届いてきた。

『この世界を変革する者よ、苦戦を強いられているようだな』

「新しい力を授かりながら敗北しました。右手が動かなくなった僕はこれ以上戦う事が出来ません。古代龍様がこの世界をお救い頂けませんか?」

 像の前で片膝を衝くと、深く項垂れた。

『不可能ではないが、それではこの世界は変革しない。変革する者にヒントを授けよう』

 像が一際眩しく輝くと、光も思念も消えてしまった。

「タカヒロ、手が治ったの?」

 像に向かって一礼する僕に、ミリアナさんが駆け寄ってきた。

「願いは聞き入れられなかったよ」

「タカヒロ殿、やはりアニマルワールドはお終いですか?」

「まだ決まった訳ではありません。取説ではなくヒントだけなのでどうなるか分かりませんが、このまま終わらせる訳にはいきません」

 左手でスケッチブックを開くと、アイテムボックスから白い球を取り出してミリアナさんに渡した。

「これって」

「そう、古代龍のダンジョンの宝箱に入っていた球だよ」

「これで何をするの?」

 ミリアナさんが首を傾げている。

「心配する事はないよ。ミリアナはこれを持っていてくれるだけいいのだ」

「タカヒロがする事だから、何も心配はしていないけど」

『白い球を彼女に持たせて魔力を流し込めば、彼女の愛の力がお主を助けるだろう』

 自分だけに届いた古代龍の思念を頭の中で反復すると、1ページ目を開いたままのスケッチブックを右脇に挟み、球を持ったミリアナさんの両手に左手を重ねた。


 スケッチブックから溢れ出す魔力が流れ、重ねた手と手が熱くなると白い球の光が増していく。

 次第にミリアナさんの表情が変わり、凛々しさが影を潜めると慈愛溢れる菩薩のような顔に変化した。

「私を呼び出したのは貴方ですか?」

 ミリアナさんの声だったが、透き通っていて天上から降り注いでいるように聞こえた。

「貴女は誰ですか?」

「知らないで呼び出したのですか? 私は女神、セレーネです」

「セレーネさん? ミリアナはどうしたのですか?」

「彼女は眠っています。貴方の事は彼女の記憶から理解しました。右手を治せばいいのですね」

「はい。お願いします」

 突然の事で驚きながらも頭を下げた。

「分かりました。ミリアナの深い愛の力を持ってタカヒロを癒しなさい、セレーネの名の下に」

 ミリアナさんが聞いたら赤面してしまいそうな言葉が、可愛い口から零れている。

「さあ、手を動かして見なさい」

「ありがとうございます」

 恐る恐るグッパをしてみると、嘘のように自由に動くようになっていた。

「貴方とはいずれまたお会いする事になるでしょう、それまでお元気で」

 白い球の光が消えるとミリアナさんの身体がグラついたので、慌てて支えるとゆっくり横にした。

 ライガン皇帝もコスモ大司教も、ただただ呆然としている。

「気がついたかい」

「何があったの?」

 起き上がるミリアナさんの顔には、いつもの凛々しさが戻っていた。

「何も記憶がないのかい?」

「急に目の前が真っ暗になって、何も分からなくなったの」

「そう。あの球には女神セレーネの魂が入っていて、ミリアナの身体を使って降臨すると僕の手を治して下さったのだよ」

 右手でグッパをして見せた。

「よかった、動くようになったのね」

「ああ。これからは、以前のように慎重を期した行動を心掛けるよ」

「そうね、私もタカヒロを守る事を最優先に行動するわ。皇帝閣下も大司教様も、どうなさったのですか?」

 ミリアナさんは、セレーネの言葉を思い出して微笑みを浮かべている二人に首を傾げた。

「何でもありませんわ」

「タカヒロ殿の手が治ってよかった。早速だが精鋭部隊の指揮をお願い出来るかな?」

 ライガン皇帝が話題を変えようと話し掛けてきた。

「分かりました。何人の部隊ですか?」

「兵士の中から選りすぐった二十人だ」

「そうですか。僕はレッドゴリー王国に行って打ち合わせをしてきますので、五日後に出立出来るように準備をお願いします。水と食料の用意は必要ありませんが、各自の武器と防具、それに寒さ対策は完璧にお願いします」

「分かった、準備をさせておこう」

「足手纏いにならないようにさせますので、サマンサも同行させて下さい」

「大司教様のご推薦なら喜んでご協力をお願いします」

「あのハイブリッド化した魔物に対抗する手段があるの?」

 ミリアナさんが心配そうに聞いてきた。

「これから作戦を考えるしかないんだなァ」

 僕にも攻略のアイデアがある訳ではなかったが、時間が経てばさらに戦いが不利になって行くのは確かだった。

「儂はこれで失礼する。ゴスリー国王に会われたらよろしく伝えておいてくれたまえ」

 ライガン皇帝は慌ただしく礼拝堂を出て行った。

「僕達も明日の朝にはレッドゴリー王国に向かいますので、部屋で休ませて貰います」

 僕達もコスモ大司教に頭を下げると礼拝堂を後にした。


 翌日、湖の近くに転移すると、フォブルに乗ってレッドゴリー王国に向かった。

「お待ちしておりました、タカヒロ殿、ミリアナ殿。国王様がお待ちです、こちらにどうぞ」

 城門には兵士が迎えに出ていた。ゴセリー王子が戻ってからは、いつでも出迎えられるように準備をしていたようだ。

「武器は預けなくていいのですか?」

「はい。お預かりしても無駄だと聞いております」

 兵士は怯えるように頭を下げている。

(どれだけ化け物扱いされているのだよ)

 謁見の間の雰囲気を思い出して重くなる足で、兵士の後をついていった。

「タカヒロ殿とミリアナ殿をお連れしました」

「入って貰ってくれ」

 案内されたのは謁見の間ではなく、豪華な装飾が施された貴賓室だった。

「よく戻って下さった」

「丁重な出迎えありがとうございます。まずは悲しいご報告をさせて下さい」

 深く頭を下げると、自分が原因でハング軍師の消息が分からなくなった事を詳しく話した。

「そうですか。タカヒロ殿を守るためでしたら、ハングも悔いはなかった筈です」

 僕達にソファーを勧めて自分も腰を下ろしたゴスリー国王は、呟くように言った。

「ハング軍師が負け、タカヒロ殿が撤退を余儀されたとは、そのハイブリッド魔物は恐ろしい敵ですね」

 ゴセリー王子の顔には、悲しみと共に恐怖がにじみ出している。

「ハングの仇は私が取ってみせるわ」

 リスア将軍は相変わらず強気を通している。

「僕がもっと慎重に行動していれば、このような事にはならなかったと思います。本当にすみませんでした」

「タカヒロ殿が謝られる必要はありません。アニマルワールドのために危険を冒してまで敵の巣窟を見つけて下さった事、こちらこそありがたく思っています」

「そう言って貰えると少しは楽になります」

 重苦しい空気に息が詰まりそうになった。


「あの~~。ところで、連合国の精鋭部隊はどうなりましたか?」

 ゴセリー王子が、恐る恐ると言った感じで聞いてきた。

「ハスキーさんを隊長に二十人が、五日後に出立出来るように準備を整えています」

「我が国もリスア将軍を筆頭に二十人の部隊を編成しました。私も参加させて貰います、よろしくお願いいたします」

 ゴセリー王子が最敬礼をしている。

「ハング軍師が亡き後は、私が指揮を執るが問題はないな」

「ならん。我が国の精鋭部隊はタカヒロ殿の指揮下に入る。それで問題ありませんな、タカヒロ殿」

 ゴスリー国王がリスア将軍の暴走に歯止めをかけた。

「それは、連合国の精鋭部隊と合流してから決めたいと思っています」

 僕としては誰かに指揮を任せたかったが、調査隊での責任を感じていて言葉に出来なかった。

「全てお任せ致します」

「国王様が僕のような若造に頭を下げるのは止めて下さい。居た堪れなくなりますから」

「タカヒロ殿の事はゴセリーから詳しく聞かされいます。我が国を、いいえアニマルワールドをお救い下さい」

「分かりました、出来るだけの事はやってみます。四日後に精鋭部隊を迎えにきますので準備をお願いします。水と食料の用意は必要ありませんが、各自の武器と防具、それに寒さ対策は完璧にお願いします」

 連合国でと同じ注文を出すと立ち上がった。

「タカヒロ殿はどうなされるのですか?」

「明日、ドオランさん達を連合国に連れて帰りたいと思っています」

「それでしたら、今宵は食事を用意させますのでごゆっくりして行って下さい」

「ありがたいのですが、街で買い物がしたいので失礼します」

「父上、おやめください」

 ゴスリー国王が僕達を引き留めようとしたが、ゴセリー王子がそれを止めさせた。連合国に使者として出向いた事で、一回り大きく成長されたようだ。

「それでは失礼します」

 軽く頭を下げると貴賓室を後にした。


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